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穏やかなままで

 町を見回り、領主の館へ向かった。

 町はかなり広く、活気がありにぎわっている。酒場が数件、雑貨屋も何件かあり、フェニアたちは久しぶりに買い物がしたいと言ったが、まずは領主代理に挨拶へ向かうため、小高い丘の上にある領主邸へ。

 領主邸に到着し、その敷地の広さ、そして……妙な匂いにアルフェンたちは少し顔をしかめた。

 領主邸の門を開け、大きなドアの前に立つ一行。

 ウィルは、メルに言う。


「おい。この臭いにおい……なんだ?」

「ふっふっふ。きっと驚くわよ?」

「いや、言えよ。もったいぶるの、テメーの悪い癖だぞ」

「…………」

「お、おいウィル……」


 メルが笑顔のままま頬と眉をぴくぴく動かしている。アースガルズ王国の王族であるメルにこうも失礼な態度を取れるのは、ウィルしかいなかった。

 メルはコホンと咳払いし、ウィルの質問に答えず領主邸のドアをノックする。

 すると、ドアが開き、アルフェンたちと同世代の少女がいた。


「はい……あ、メル様!? お、お出迎えもせず、ドアを開けさせるようなことを」

「あーいい、いいって。久しぶりねユイシス、バーソロミューはいる?」

「は、はい。母は執務室に……あ、もしかして」


 ユイシスと呼ばれた少女は、アルフェンたちを見る。

 メルは、アルフェンの背中を押して前に出した。


「そ、この子がアルフェン・リグヴェータ・イザヴェル男爵。このイザヴェル領地の新米領主よ。少し休暇をもらったから、お嫁さんたち連れて来たの」

「お、おい!? お嫁さんって」

「「…………」」


 なぜかフェニアとサフィーが赤くなり、アネルは「あ、アタシは違う」と首を振り、レイヴィニアは首を傾げていた。ウィルとニスロクは同時に欠伸をする。

 ユイシスは、スカートをちょこんとつまんで挨拶する。


「初めまして。ユイシスと申します。メル様の従順なしもべで、このイザヴェル領地の領主代行バーソロミューの娘でございます」

「あ、親切にどうも……」


 アルフェンは頭を下げるが、メルに軽く叩かれた。


「あなた、貴族なんだから、そう簡単に頭下げちゃダメよ」

「いや、別にそんな」

「いいから。これからあなたは領主になるのよ? そう軽々しくペコペコしたらダメよ」

「んー……まぁ、わかった」

「まったく。じゃあユイシス、案内して」

「はい」


 荷物を載せたマルコシアスは庭で待機させる。

 ユイシスの案内で一行は執務室へ。ドアをノックして中に入った。


「これはこれは姫様。遠路はるばるご苦労様です」

「いやー……遠路はるばるってか数時間の旅だったけどね。久しぶりねバーソロミュー、手紙で伝えた通り、イザヴェル領地の領主となる貴族を連れて来たわ」

「おお……ようやく、肩の荷が下りますな」


 バーソロミュー。

 四十代ほどの女性だ。長くさらっとした黒髪、片目は眼帯で覆われ、顔には気苦労の証であるシワが刻まれている。服装はドレスなどではなく、シャツにズボンとジャケットというラフなものだ。

 バーソロミューは、アルフェンに手を差し出す。


「この地を預かっていました、バーソロミューと申します」

「初めまして。アルフェンです」


 がっちり握手。

 すると、ウィルが思いついたように言う。


「バーソロミュー、男みてぇな名前だな」

「ちょ、ウィル!?」

「ははは。その通りだね。あたしの父親は貴族でね、奴隷の母親から生まれたんだよ。んで、父親は戯れにと女であるあたしに男の名を付けて母と共に追放したってわけだ。母はあたしを育てるため死ぬ気で働き過労で死亡。あたしも傭兵で戦場を駆け巡っていたところでユイシスを身籠ってね。そのまま引退さ。その後、メル様に引き取られて、ここを任せてもらってるってわけだ」


 いきなり重い話だった。

 そして、メルは付け加える。


「ちなみに、バーソロミューを捨てた父親はわたしが『粛清』したわ。今頃、どこかの鉱山で強制労働させられてるんじゃないかしら?」

「はっはっは。メル様、その話はまた」

「あら失礼」

「「「「「「「…………」」」」」」」

 

 やはり、メルは怖かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 それぞれ挨拶を終え、荷物を館の部屋に運び、今度は応接室に集まった。

 ユイシスに紅茶を淹れてもらい飲む。


「あ、おいしい……」


 紅茶に口を付けたサフィーが呟くと、バーソロミューは笑みを浮かべる。


「このイザヴェル領地で収穫された茶葉さ。お口にあってなにより」

「すっごく美味しいです! それに、この紅茶の淹れ方も……」


 サフィーはユイシスを見る。ユイシスはにっこり笑った。

 ウィルは紅茶にブランデーを入れたがったが、アネルに止められる。

 メルはこれまで何があったかの話をすると、バーソロミューは頷いた。


「あたしに何かできるとは思いませんが……未来の領主様、好きなだけここに滞在なさってください。ああ、それと、ここには『温泉』が湧いてます。好きにお使いください」

「おんせん……?」

「ああ、あまり馴染みない言葉ですな。えぇと……まぁ、地下から湧きだすお湯です。デカい風呂とでも」

「お母さん……もっとちゃんと説明しないと」

「うるさいね。苦手なんだよ」


 メルはクスっと笑い、ウィルに言う。


「外の匂いは『温泉』の香りなの。町にはいくつか大きな浴場があるのよ」

「へぇ……」

「お風呂かぁ……ねぇサフィー、アネル、入りたくない? けっこう汗掻いたし、みんなで入ろうよ!」

「はい。おんせん……聞いたことないです。たのしみです」

「アタシも、気になるわ」

「おい! うちも入るぞ!」

「当然、わたしも。では、さっそく女性陣で行きましょうか。ユイシス、あなたも」

「わ、私もですか?」


 そう言って、女性陣は応接室を出ていった。

 ウィルも立ち上がり、アルフェンに言う。


「町で飲んでくる」

「お前はブレないな……ある意味安心するよ」

「やかましい。じゃーな」


 ニスロクは誰もいなくなったソファにゴロンと寝転がると、グースカ寝息を立て始めた。

 そして、残されたのはアルフェンとバーソロミュー。

 バーソロミューは、微笑んで言う。


「少し、話でもしようかね」

「あ、はい」


 今度は、バーソロミューが紅茶を淹れてくれた。

 アルフェンは、バーソロミューと向かい合う。

 切れ長の目は鋭く、どこかアルフェンを品定めしているようにも見える。

 バーソロミューは貴族でなく元傭兵。そして今はイザヴェル領地の領主代行だ。この地をアルフェンに譲り渡すことに不満があるのかと思いきや、バーソロミューは言った。


「安心しな。別にあんたにどうこう言うつもりはないよ。もともとこういう領地経営は好きじゃない。のんびり酒場でもやりながら、ユイシスの旦那を見つけて隠居したいのさ」

「え……」

「メル様に恩義は感じているからやってるのさ。あたしやユイシスの本来の役目は、メル様の『力』になることさ」


 メルの召喚獣『ゲート・オブ・イゾルデ』は、メルに忠誠を誓った者の召喚獣を使役するというもの。バーソロミューもユイシスも、メルと契約し、その召喚獣を貸していた。

 領地経営は、あくまでもついでだ。

 バーソロミューは煙草に火を点ける。


「しばらくは領地経営の手伝いをしてやる。全部終わらせて、早めに戻ってきなよ」

「……はい」


 アルフェンは、曖昧に返事をした。

 果たして、今のままで『戻る』ことができるのか。

 ニュクスと戦い、勝つことができるのだろうか。

 

「さーて。引き継ぎの準備もしないとねぇ……」

「…………」


 アルフェンは、バーソロミューに何かを言うことはなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 アルフェンは、一人で領主邸の裏庭に来ていた。

 裏庭はかなり広く、家庭菜園やボロボロの木人形、使い古された木剣があった。家庭菜園はユイシスが、木剣はバーソロミューの鍛錬の物だろうか。

 日当たりのいい裏庭だった。

 すると、庭の隅にグリフォンとマルコシアスがいた。


「よう。日光浴か?」

『ぐるる……』

『きゅるる』


 二匹は頷く。

 グリフォンはアルフェンが幼い頃から顔なじみ、マルコシアスには好かれているようだ。アルフェンはマルコシアスとグリフォンを撫でる。

 そして、右目を押さえ……少しだけ試してみた。


「『第三の瞳(マクスウェル)』……『開眼』」


 セピア色の景色が広がり、世界の色が消える。

 召喚獣の世界だった。あまりにも寂しい、色がない世界。

 マルコシアスとグリフォンだけが色づいていた。

 二匹は、アルフェンの変化した右目を見て喋りだす。


『やめておけ。その眼はヒトの手に余る』

『そうよ? フェニアの想い人が廃人になるの、見たくないわ』

「え、あれ? グリフォン……お前、メスだったのか?」

『失礼しちゃうわね。ずっと一緒だったのに』


 グリフォンは翼を広げキーキー鳴く。

 すると、早くも頭痛がしてきた。


『やめておけと言ってる。その眼はジャガーノートの眼。全てを見通し生気を操る魔眼だ。かつてその眼を宿していた人間ですら持て余していたのだぞ』

「そ、それ……魔帝だよな? っく……なぁ、そいつのこと、教えてくれよ」


 マルコシアスとグリフォンは、仕方ないといった感じで話し出す。


『魔帝。その人間はジャガーノートを召喚し、契約の証として互いの眼を交換した』

『その後、魔帝はドレッドノートを召喚したのよ。王様と女王様を引き連れて、召喚の研究をして、人々に召喚術を教えた……魔帝はドレッドノートの『我儘な法律(ローズハート)』の一つ、『無限生命(フリーライフ)』を使って、寿命を何倍にも引き延ばしてね』

『そして、魔帝とドレッドノートの間に何かがあったのだろう。魔帝とドレッドノートは互いに愛し合い、この世界を召喚獣の世界にしようと目論んだ。それを止めるためにジャガーノートは立ち上がり……』

「そこまでは知ってる。人のために魔帝と戦った。んで、ドレッドノートを倒して相打ちになったんだろ」

『そうよ。それが五十年。強い二十一人の人間が魔帝を封印したときよ。というか……人間は気付いてなかったのよね。人間が相手にした魔帝は、ジャガーノートにやられて半死半生だったって』

「…………」


 アルフェンは自分の右手を見つつ、マルコシアスとグリフォンに聞く。


「なぁ。俺がもっと強くなるのは、どうしたらいいと思う?」

『知らん。というか、貴様はもう十分強い』

『そうね。正直、あたしやマルコシアスじゃ勝てないわ』

「足りないんだ……このまま魔帝と戦っても、勝てる気がしない」


 ニュクスは寄生型。そして、ドレッドノートを宿している。

 同じ寄生型でも、アルフェンには勝てる気がしない。

 身体を鍛えるとか、新技を開発するとか、そんな小細工でどうにかなる相手ではなかった。

 マルコシアスは、アルフェンをまっすぐ見る。


『ならば、内なる声に耳を傾けよ』

「え……?」

『ジャガーノートは、完全に消えてはいない。いいか、人間に寄生し、魂と完全に同化した状態を『寄生型』と呼んでいる。魂と同化すれば、召喚獣の意志は完全に消滅……我らにとっての『死』だ。だが、ジャガーノートはまだ消えていない。わずかだが、匂いがする』

「匂い……お、俺の中から?」

『ああ。ジャガーノートなら、貴様が強くなる方法を知っているかもしれん』

『ちょっとマルコシアス……あまり勝手なこと。この子になにかあったら、フェニアが悲しむわ』

『ただ思ったことを言ったまで。どうするかはヤツの意志だ』


 すると、アルフェンの頭に刺さるような痛みが走る。

 『第三の瞳(マクスウェル)』の限界……アルフェンは言う。


「マルコシアス、グリフォン、ありがとう……」

『ふん。サフィーを救った礼だ』

『アルフェン、気を付けてね』

「ああ。じゃ、また……っぐ」


 右目を解除すると、世界に色が戻る。

 マルコシアスとグリフォンは、もう喋らなかった。

 アルフェンは、自分の胸を押さえる。

 そして、近くのベンチに座り、目を閉じ……念じてみた。


「モグ……」


 思い描くのは、愛くるしいモグラの姿───。

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