少しだけ、のんびりと
ようやく、授業が再開された。
ガーネットに代わる新たなS級召喚士の専属教師は、なんとグレイ教授だった。
とても長い顎髭に、深緑のローブを着た老人は、分厚い教科書を教卓の上にドンと載せる。
サフィーは、驚いたように言う。
「た、『塔』のグレイ教授……? え、教授クラスは四期生以上の生徒にしか教えないんじゃ……?」
「ほっほっほ。ガーネットとメテオールに頼まれたからのぉ……それに、S級召喚士。わしも直に教えてみたかった」
グレイ教授はコホンと咳払いし、アルフェンたちを見る。
にこやかな笑みを浮かべ、自己紹介をした。
「わしはグレイ。ここでは教授と呼びなさい。ガーネットの代わりに、お前さんたちに知識を授けよう」
「チッ……偉そうなジジィだ」
「ほっほっほ。偉そうじゃない。偉いんじゃよ」
ウィルの悪態にも笑顔で答えた。
ウィルは舌打ちするが、アネルに小突かれる。
アルフェンは、いつもの日常が戻りつつあることに安心し、あまり好きではない勉強だが楽しかった。
グレイは、こほんと咳払い。どうやら癖らしい。
「では、さっそく始めようかの。教科書98ページを開いて……」
さっそく、授業が始まった。
ガーネットから内容は引き継いでいたのか、わかりやすく頭にスラスラと入る授業内容だった。ノートを取り、質問に応え、いつの間にか五十分の授業は終わりのチャイムを告げる。
グレイは、教科書を閉じた。
「では、十分の休憩じゃ。その後は教科書115ページから始めるぞい……ふぃぃ、歳を取ると厠が近くてしょうがないわい」
グレイは慌てて出て行った。
そして、教室内は一気に空気が緩む。
アルフェンは、後ろに席にいたフェニアとサフィーに言った。
「いやぁ……わかりやすかったな」
「うんうん! ガーネット先生もわかりやすい授業だったけど、グレイ教授はもっとわかりやすいかも」
「さすが教授ですね。すごいです!」
アネルは、ウィルに言う。
「ウィル。あんまり教授のこと馬鹿にしない方がいいよ」
「誰がするか」
「うち知ってるぞ! お前、ガーネットが恋しいんだろー?」
「……撃ち殺すぞ、クソガキ」
「じょ、冗談だし! こ、怖い顔するなー!」
「すかぁぁ~~~……うぅん、ちび姉ぇうるさいぃぃ」
ウィルはレイヴィニアに殺意を向け、アネルに窘められていた。
そして、メルは大きな欠伸をする。
「それにしても、やっと普通の日常、って感じねぇ~……ふぁぁ」
メルは、のんヘンリーした口調で外の景色を眺めていた。
こうして、午前中の授業はあっという間に終わるのだった。
◇◇◇◇◇◇
午後は、訓練の授業だった。
いくら魔人を討伐しても、実績があっても、訓練をしなければ腕は鈍る。
実技の教師はダモクレス。そしてヴィーナスとアルジャンの三人だ。
ダモクレスとヴィーナスは寄生型三人、アルジャンはフェニアとサフィー、そしてメルの相手をする。レイヴィニアとニスロクは見学だ。
アルフェンは、ダモクレスと模擬戦を行い、互いに一撃入れて終わった。
「……本当に強くなった。驚きである」
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、ありがとうござい、ました……っぷはぁ」
『完全侵食』を使わないと、ダモクレスには勝てない。
それはアネルもウィルも同じだ。相手がヴィーナスでも、完全侵食を使わないと勝てないのだ。
だが、ダモクレスもヴィーナスも満足そうだ。
「S級召喚士。正直、最初はあまり期待してなかったけどね……これほどの強さを見せつけられたら、認めるしかないよ。さすがガーネットの教え子だってね」
「うむ! いやぁ、久しぶりの模擬戦、実に楽しかった!」
「そうだね。ん……あっちも終わったようだね」
アルジャンの方を見ると、疲労でしゃがみ込んでいるフェニアたちが見えた。
当のアルジャンは汗一つかかず、にこやかに笑っている。
ダモクレスたちの方にゆっくりと向かい、笑いながら言った。
「ほっほっほ。次の世代はよく育っとる」
「ほう、お前もそう思うか」
「うむ。よきよき……どうじゃダモクレス、今夜いっぱい」
「いいのぉ! ヴィーナス、お前も来い!」
「いいね。昔みたいに酔いツブしてやるよ。っと……お前たち、今日はここまで。じゃあ、ゆっくり休みな」
そう言って、教師三人は笑いながら去って行った。
かなり褒めちぎっていたが、アルフェンたちは疲労でなかなか動けない。
「つ、疲れたぁ……いや、久しぶりの模擬戦だからって、張り切りすぎだろ。なぁウィル」
「同感だ……あのバケモノども」
「あ、アタシ……お、お腹へったぁ……」
「サフィー、大丈夫……?」
「な、なんとか……」
「ぜーはーぜーは……な、鈍ってるわね。でも、いい感じに疲れたわ」
メルは立ち上がり、全員に言う。
「よし! みんな、今日は公衆浴場に行くわよ。その後、わたしおススメのレストランで食事よ!」
メルの意見に、反対する者は誰もいなかった。
◇◇◇◇◇◇
アルフェンたちは私服に着替え、メルの権限を使って城下町へ。
メルの私兵が運営する公衆浴場を貸し切り入浴し、温まったところでメルおススメのレストランへ。
城下町の裏路地を進み、煉瓦造りの建物内へ。
建物内は、広めのバーみたいな作りだった。二階には個室もあるようだ。
メルはアルフェンに言う。
「わたしの資金源となるお店の一つよ。裏路地にあるお店だけど、けっこう繁盛してるんだから」
「レストランってか食堂……いや、バーだなここ」
「どうでもいいでしょ。ちょっと待ってて」
メルが経営者と思わしき男性に話しかけると、そのまま二階に案内された。
案内されたのは個室で、十名以上の宴会で使うような広さだ。
アルフェン、ウィル、フェニア、サフィー、メル、アネル、レイヴィニアとニスロク。八人入るとちょうどいい空間だ。
椅子とテーブルが準備され、それぞれが席に座る。
「今日はわたしの奢り。好きなだけ食べてちょうだい」
楽しい食事会が始まった。
次々と料理が運び込まれ、空腹だったアルフェンたちの腹に詰め込まれていく。
アルフェンとフェニアは肉を食べ、サフィーはサラダ、レイヴィニアとニスロクはケーキをムシャムシャ食べ、アネルとウィルは魚を食べる。
メルはワインを飲みながらチーズを食べていた。
「っぷはぁ、うんまいなぁ~……メル、マジで奢りなのか?」
「ええ。王女の財布を舐めないでよね」
アルフェンは再び肉にかぶりつく。
ウィルは満足したのか、ウイスキーを注文し、懐から煙管を取り出す。
そのまま火を点け、煙草を味わった。
「ふぅ~……なんだか、こういう雰囲気は久しぶりだな」
「確かにねぇ……あむっ」
アネルは魚の燻製を食べている。
レイヴィニアとニスロクはケーキを食べ終え、ジュースをゴクゴク飲んでいた。
「うまい! いやぁ、人間ってすごいな。こんな美味いの作るなんて!」
「おいしいぃ~~~……ぐぅぅ」
「ニスロクの馬鹿! 寝るな!」
全員が笑っていた。
楽しい日常、学園生活。そんな時間が流れていく。
アルフェンたちは、楽しい時間を過ごしていた。