翡翠の翼
ウィルは翼を広げ、アネルに言う。
「アネル。ガーネットを頼む」
「え……」
「……頼む」
「…………」
アネルはブースターユニットを噴射させ離脱。
完全侵食を解除し、ウィルの傍で倒れているガーネットを見た。
そして、口元を押さえ……静かに涙した。
「頼んだぞ」
「……ッ」
涙を流し、小さく頷く。
ウィルは両手を『拳銃』形態にして大蛇となったフロレンティアへ向ける。
フロレンティアは、顔を歪ませ醜く怒り狂っていた。
『キサマァァァァ~~~っ!! この、このあたしに傷を、傷をヲヲヲヲヲヲっ!!』
「クソやかましいんだよ。このバケモノが」
ウィルは翼を広げ飛んだ。
そして───……両手をフロレンティアに向け、弾丸を発射する。
『フン、そんなモン喰らわな───』
大鎌を構えて弾丸を叩き落とそうとしたが、弾丸は大鎌を『貫通』し、再びフロレンティアの両腕に突き刺さる。弾丸は止まることなく腕を貫通した。
『ギャァァァァァァァァァァァ!?』
「馬鹿かお前。お前に弾丸が通る以上、オレの『貫通』も有効になる……テメーみてぇな図体のデカいバケモノなんて、いい的なんだよ」
ウィルは翼を広げ、高速で移動した。
まるでオオワシのように。獲物を狙うハヤブサのように。鋭い目で睨むタカのように。執念深いカラスのように。複雑な軌道を描き空中を移動する。
そして、その間───弾丸は放たれる。
『ぐ、がぁ、っぎ、ぎゃっ!?』
バスバスバス、と弾丸がフロレンティアの全身に突き刺さる。
フロレンティアは、とにかく身を守ろうと、巨大なヘビの尾を蜷局のように巻いて筋肉で固める……だが、そんなものは気休めにもならない。
ウィルの弾丸は、あらゆるものを貫通するのだ。
『この、ガキ───っ!!』
身体を丸め防御するフロレンティア。
だが、フロレンティアには策があった。
『舐めるんじゃないよ───』
フロレンティアは嗤う。
少しずつ、少しずつ……フロレンティアは大鎌を生み出していた。
ウィルにバレないように、顔や身体をすっぽりと尾で隠し、地面に大鎌を埋め込むように生み出している。
最初にガーネットは言っていた。テュポーンを止める方法を教えろと。つまり現状、ウィルはフロレンティアを殺すことはない。
そこに、勝利の鍵がある───フロレンティアはそう考え、耐えることにした。
「しぶといクソヘビだな」
『っぐぅ……』
ウィルは急上昇し、急降下する。
落下の勢いと翼の推進力を合わせ、巨大な猛禽類の爪でフロレンティアの身体を引き裂いた。
だが、フロレンティアは耐える。ウィルが油断するのを。
そして、動かなくなったフロレンティアに舌打ちし、ウィルは左腕を『狙撃銃』に変えて突きつけた。
「あのバケモンを止めろ。そうすりゃ一撃で楽にしてやる」
『ひ、ひ……わ、わかったぁ。わかったから、殺さないで』
「……五秒待つ。止めろ」
『わ、わかったからぁ、お願い、殺さないでぇ!!』
『四』
ウィルは空中に浮かんだまま、静かにカウントを告げる。
油断───フロレンティアはニヤリと笑い、ウィルの真下に仕込んだ大量の大鎌を操作した。
「───っ!?」
『油断したぁ!! 死ねぇぇぇ!!』
大量の大鎌が回転しながら地面から飛び出した。
ウィルの全身を刻み、間違いなく即死───。
◇◇◇◇◇◇
「あれは───ウィル?」
アルフェンは、テュポーンをひたすら削っていた。
何度も何度も再生する。だが、ほんの少しずつ再生が遅くなっていくのを感じていた。どうやらテュポーンの再生は無限ではない。限りなく無限に近い上限がある。
戦いのさなか、アルフェンはウィルが『完全侵食』したのに気付く。
ジャガーノート化したアルフェンの視力は常人の数百倍。翡翠の鳥人間みたいな姿は、間違いなくウィルと確信……さらに、その近くには女のような上半身を持つ大蛇がいるのを見た。
「あれが『色欲』……追い詰めたのか。よし、こっちも───……ん?」
アルフェンは見た。
大蛇のような女……フロレンティアが、地面に何かを送り込んでいる。
そして、送りこんだ場所の真上にウィルがとまった。
アルフェンの右目だからこそ見えた。
「───やばい!! フェニア、サフィー、ちょっとだけ任せた!!」
「「えっ?」」
アルフェンは右手を思い切り伸ばし、数百メートル離れた街灯を硬化させ大地に固定。そのまま右腕の伸縮を利用し跳躍。数キロ離れたウィルの元へ飛んだ。
◇◇◇◇◇◇
『油断したぁ!! 死ねぇぇぇ!!』
「───っ!?」
ウィルの真下からいくつもの大鎌が回転しながら向かって来た。
油断───ウィルは舌打ちし、せめて即死だけでも防ごうと防御する。
だが、目の前に黒い塊が割り込んだ。
「『停止世界』!!」
薙ぎ払われた右腕。
その軌道上、空間と時間が『硬化』され、軌道上に入った大鎌が全て停止する。
いきなり現れた黒い塊───ジャガーノート化したアルフェンは叫んだ。
「やれウィル!! 過去にケリ付けちまえ!!」
「───フン、言われなくても」
ウィルの左腕が巨大化し、砲身も大きく長くなる。
翼を広げ、アルフェンの隣を通り過ぎた時───アルフェンは聴いた。
「ありがとよ、アルフェン」
「えっ」
ほんの一瞬だった。
半秒もなかったが、アルフェンは確かに聞いたような気がした。
初めてアルフェンの名前を呼んだ、ウィルの声を。
「舐めた真似してくれたな……」
『あ、あ、待った!! 今のは、その、あ、あたしがいないとテュポーンは止まらないわよ!?』
「そうか? ……見ろよ、あれ」
『え……』
数キロあったが、鳥の目を持つウィルには見えた。
アルフェンも見えた。フロレンティアには見えなかった。
ウィルが見た先に見えたのは、溶解するように泥化していくテュポーンの姿だった。
「テュポーンだったか? ……身体が崩壊している。グズグズに崩れ始めてる」
『噓……ま、まさか。複数の召喚獣を融合させた弊害!? そんな、魔帝様が生み出した召喚獣に、こんな不具合が……なんで』
「もうお前はいらねぇ。あとは……オレと、オレの仲間で何とかなりそうだ」
『ま、ままま、待って待って待ってぇぇぇぇぇぇぇ!!』
「爺ちゃん、婆ちゃん……親父、お袋、村のみんな……ようやく終わるよ」
ウィルの翼が広がり、翡翠がキラキラと輝きだした。
『ヘッズマン』は、エメラルドグリーンの輝きを放つ。
「サラ、不甲斐ない兄貴で悪かった。ヘンリー……これからもオレの心の空を舞ってくれ。ガーネット……あんた、最高にいい女だったぜ」
『いやぁァァァァァァァァァァ!?』
エメラルドグリーンの砲身から、翡翠の弾丸が発射された。
「『翡翠天津甕星弾』」
時間、空間、存在、命、起源、全。
その全てを『貫通』し、破壊する弾丸がフロレンティアに直撃。
フロレンティアは一瞬で蒸発。その魂は召喚獣の世界に還ることなく消えた。
「へへ……」
ウィルは薄く微笑み、青く透き通った空を見上げた。
フロレンティアの消滅と同時に、テュポーンも完全に泥化。完全に機能を停止した。
こうして、アースガルズ王国を襲った魔人の襲撃は終わった。