巨大肉塊
巨大肉塊となったテュポーンに全長は百メートルを超えた。
アルフェンたちは、完全な更地となったリグヴェータ邸から脱出。貴族街が徐々に、徐々に巨大肉塊に押しつぶされていく。
アルフェン、ウィル、アネル、ガーネットは、ガーネットが生み出した煙の虎に乗って貴族街から離れる。そして、ウィルが叫ぶ。
「おいババァ!! 英雄さんはどこで油売ってんだ!?」
「───……チッ」
「……ああそうかい、名ばかりの腰抜けどもが!!」
忌々しげに舌打ちをするガーネットを見て察した。
前回、オウガ襲撃時と同じだ。増援は期待できない。
ガーネットは言う。
「現在動いてんのはあたし、ダモクレス、ヴィーナス、アルジャンだけだ。ヴィーナスとアルジャンは城下町を駆け回って騎士と一緒に避難誘導。ダモクレスは町にいる肉片みたいな魔獣を片っ端からツブしてる。召喚学園の生徒たちもB級以上は城下町で戦ってるさね」
「え?……あの、A級以上の召喚師は」
アネルは驚愕しつつ質問する。ウィルと違い、信じられないようだ。
「……A級以上、特A級は王城の警護。貴族たちが避難している王城の護衛だ」
「嘘……じゅ、住民は? 国民を守るのが」
「ここで話しても無駄さね───……ん!?」
ガーネットは、煙虎を止めて振り返る。
現在、貴族街の中心街道を爆走中だった。振り返るとそこには……もはや山のような大きさの肉塊があった。さらに、肉塊からは滅茶苦茶に触手が伸び、大小さまざまの眼球がギョロギョロし、大きな口がいくつも形成されていた。
そして……真の恐ろしさはここから。
テュポーンの口から、吐瀉物が吐きだされた……吐瀉物ではなく肉片で、地面に落ちた瞬間、スライムのようにグネグネと動き形が変わっていく。
「な……なんだ、これ」
それは、魔獣だった。
正確には、肉塊が魔獣を模したできそこない。
アルフェンたちの回りに、無数の『肉塊魔獣』が現れた。
「うっげ、気持ち悪っ!? このっ!!」
アルフェンは右手を巨大化させ薙ぎ払う。すると、肉塊魔獣はあっさり崩れ去った。
ウィルもヘッズマンを乱射、ガーネット吐きだした煙で槍を造り投擲し、肉塊魔獣を破壊する。
「戦力としてはD級くらいかね。だが……数が多い」
テュポーンはどんどん膨張し、口から肉塊魔獣を吐きだしている。
アルフェンは、城下町へ続く道を見て言った。
「くそ……あんなの、どうすりゃいいんだ!!」
◇◇◇◇◇◇
それは、王城からも見えた。
「なっ……なんだあれは!?」
リリーシャは、二十体目の肉片魔獣を倒し一息入れていた。
だが、突如として膨らみ始めた巨大肉塊ことテュポーンを見て驚愕した。
さらに、巨大肉塊テュポーンは何本も触手を伸ばし、その先端からさらなる肉片を吐きだした。
肉片は天高く飛び、そのまま雨のようにアースガルズ王国へ降り注ぐ。
王城だけはグレイ教授の『オリハルコン』が守っているので無傷だが、エステリーザたちのいる王城前には肉塊が降り注いだ。
「これは……まさか」
肉塊がグネグネ動く。
ヒトのような形となり、リリーシャに襲い掛かる。
だが、リリーシャは刀で一閃。肉塊は溶けるように消滅した。
リリーシャは、未だ困惑しているA級召喚士たちに指示を出す。
「全員落ち着け!! あれが何かは不明だが、この肉片は大したことがない。落ち着いて処理をしろ!!」
刀を掲げ、全員に指示を出す。
いつの間にか、この戦場はリリーシャの指揮下に入っていた。
リリーシャはニヤリと笑う。
「いいぞ。上手く私の声が響いた……このまま戦場を掌握し、私の手柄にする」
リリーシャは刀を握り、肉塊に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
「あ~っはっはっはっはぁ♪ すっごぉぉ~~~い……」
フロレンティアは、テュポーンの変身と合わせて離脱。逃げるアルフェンたちを遠くで眺めながら、もはや意志持たぬ肉塊となったテュポーンを見た。
「まさか、ここまでなんて……もしかしたらベルゼブブ。わたしがテュポーンをここに連れて来ることを計算して……? まさかねぇ~?」
フロレンティアがいるのは時計塔。そのてっぺんに立ち、テュポーンを見る。
これほどのバケモノ。フロレンティアでも勝てない。それどころか、オウガですら勝てないだろう。テュポーンは間違いなく、最強の召喚獣である。
フロレンティアは、クスっと笑う。
「お姉さんは高みの見物~♪ ふふっ……人間たちはどうするつもりかしら?」
フロレンティアは妖艶に笑い、逃げるアルフェンたちを見ていた。
◇◇◇◇◇◇
アルフェンたちは、王都中に降り注いだ肉塊魔獣を倒していた。
もはや、テュポーンに意志などない。肉片を吐きだすだけの肉塊となり、巨大な触手がブンブンと振り回されている。
唯一の救いは、テュポーンに移動能力がないというとこだ。
アルフェンとアネルは、倒してもキリがない肉塊相手に右手を脚を振るう。
「くっそが!! こんなの、どうすりゃいいんだ!!」
「キリがないよっ!!」
アルフェンとアネルは背中を合わせ苛立つ。
そんな二人に、上空から肉塊魔獣が襲い掛かってきた。
だが、肉塊魔獣は一瞬で穴だらけになる。
「ごちゃごちゃうるせぇ!! 今はとにかく戦え!!」
「でも、勝機が見えない!! ちっくしょう……俺の目でも何も見えない!!」
「くっ……」
「……手はある」
と、煙を吐きだし防御に回っていたガーネットが言った。
アルフェンが右腕を巨大化させ、肉塊魔獣を一気に薙ぎ払う。その隙に、三人はガーネットの元へ。
ガーネットは大きく煙を吐き、煙幕を形成。魔獣たちがアルフェンたちを見失ったわずかな時間で、近くの藪に飛び込み煙でドームを作った。
ドームは周辺の景色と溶け合うような保護色となり、肉塊魔獣はアルフェンたちを見失う。
「しばらく時間をかせげるはずさね」
「おいババァ、手はあるってどういう意味だ!?」
「落ち着きな。確証はないが、今考えられる策はこれしかない。このまま体力を消耗するだけなら、賭けるしかない」
「さっさと言え。もったいぶんじゃねぇよ」
「相変わらず生意気なガキだね……」
「ウィル、落ち着けよ」
「そうだよ。それでガーネット先生、どんな作戦ですか?」
ガーネットは言う。
「フロレンティアだ。あいつを捕まえてこの肉塊をどうにかする方法を聞きだす」
「…………」
ウィルの気配が変わる。
すると、アネルがウィルの左手をギュッと摑んだ。
アルフェンは、頭をボリボリ掻きながら言う。
「でも、『色欲』がこんなバケモノをどうにかする方法を知ってるのかな……」
「だが、フロレンティアの言葉がきっかけでこの魔人は変異した。可能性は限りなく低いが、フロレンティアを捕まえてどうにかするしかない」
「…………」
「それで、捕まえるって言ってもどうすれば……いつの間にかいないし、どこ行っちゃったのかな。もしかしたら帰ったのかも」
アネルはウィルの手を握りしめたまま首を傾げた。
だが、ガーネットは否定する。
「あのフロレンティアが、こんな状況を見物せずに帰るわけがない。見晴らしのいいどこか高台で見ている可能性がある」
「見晴らしのいい……この辺りだと時計塔かな? アタシ、あそこに登ってみたいって思ったけど、許可のない立ち入りは禁止だって」
「恐らくそうだろうね。さぁて、やること、目指す場所は決まった。ガキども、気合入れな」
「「はい!!」」
「…………」
「ウィル。お前の仇を捕まえる」
「……好きにしろよ。今のオレじゃ歯が立たない。お前らに───」
パシッパシッ───と、軽い音が二発響いた。
ガーネットとアネルが、ウィルの頬を別々に叩いたのだ。これにはガーネットもアネルも驚いていた。まさか、互いに叩くとは思わなかったのだ。
アルフェンは「うわぁ……」と呟き沈黙。
そして、ウィルは目を見開き……すぐに怒りの形相へ。
「なにしやがる!!」
「ウィル、カッコ悪い……」
「同感だね。お前、いつからそんなにダサい男になった?」
「あぁ!? わかんだろうが、『色欲』はオレじゃ歯が立たねぇんだよ!! アネル、ガーネット、お前らがいないと倒せねぇ!! だから」
「なにそれ。アタシ、ウィルの武器じゃないよ」
「全く同感だ。お前、仲間をなんだと思ってる?」
「仲間ぁ? ……んだよそれ」
ウィルは頭をガシガシ掻く。
ナクシャトラの予言通りに『仲間と協力している』のだ。
なぜ、アネルもガーネットも機嫌が悪いのか。
「ウィル。復讐を止めろなんてもう言わない。でも……そんな諦めたような言い方、しないでよ。家族や妹の仇、取るんでしょ? だったら……不貞腐れたような態度で戦わないで。前を見て、家族を想う気持ちを糧にして、『色欲』とケリ付けよう?」
「……オレは『色欲』に勝てねぇ」
「関係ない。ウィル、諦めたらそこで終わり。アタシやアルフェン、ガーネット先生がいる。だから……諦めないで、一緒に戦おう」
「…………」
アネルはウィルの左手を両手で包み込む。
そして、ウィルは言った。
「お前、いい女だな」
「え」
「ありがとよ」
「……え、あ、うん」
「おいお前ら、『色欲』をブチのめすぞ」
「お、おう」
「フン。いい顔になったじゃないか」
ガーネットは煙管を咥え、ニヤリと笑った。