増援
アルフェン、ウィル、アネルの三人は、テュポーン相手に全力で戦っていた。
だが……テュポーンは強い。
身体が滅茶苦茶だった。何本も触手が生えたり、背中が瘤のように膨らんだり、ウィルの弾丸が頭を貫通してもケロリとしていたりと、わけがわからない。
アルフェンは、荒くなった息を整える。
「こいつ、マジで何なんだ!? 頭ぶっ飛ばしてもまるで効いてない!!」
「わけわかんない……今までとまるで違う」
「…………」
ウィルは考えこむ。
そして、高みの見物をしているフロレンティアを見た。
「あらら? ボクちゃん、わたしに興味津々なのかな~?」
「───……」
ビキリ、と……ウィルの額に青筋が浮かぶ。
だが、歯が砕けんばかりに食いしばり、ウィルはテュポーンを見た。
テュポーンは、全身至る所から触手を出している。
さらに進化を続けているのか、触手の先端は『口』だけでなく、ハンマーだったりドリル状になっていたり、槍だったり剣だったりした。
「アルフェン、どうする?」
「アネルは後ろ、俺は正面からいく」
「わかった……! じゃあ行くよ!」
アネルの両足が『噴射口』になり、もはや更地と化しつつあるリグヴェータ邸を飛び越えテュポーンの背後へ。
ウィルはアルフェンとアネルを援護できる位置に。アルフェンは右腕を巨大化させた。
「ん~……ふふ、そっちの二人、完全侵食を使わないのかな?」
「「っ!?」」
フロレンティアの問いに、アルフェンとアネルは答えられない。
アルフェンは使用を迷った。完全侵食、そして『終焉世界』を使えばテュポーンを倒すことができるかもしれない。
でも、テュポーンは能力らしい能力を見せていない。肉体だけが滅茶苦茶に変化する能力だとしたら可能性はある。だが、それ以外のナニカがあるような気がして、変身に躊躇していた。
アネルもまた、タイミングを測り兼ねていた。
アネルの場合、この場が狭すぎて変身に適さないのだ。広範囲攻撃が得意なアネルの完全侵食は、リグヴェータ邸の狭い庭では性能を発揮できない。
さらにアルフェンは、アネルとウィルが来てから硬化を使っていない。もしアネルがテュポーンの『硬化』した部分に触れたら、それだけでアネルはアウトだ。
「ふふふん。まぁ面白いからいいよ~? お姉さん、高みの見物♪」
「そうかい? じゃあ、あたしが相手してやるよ」
「え───?」
フロレンティアは気付かなかった。
自分がいる樹の枝とは別の枝に、一人の女が立っていた。
煙管を咥え、煙を吐き……煙がフロレンティアを包んだ瞬間、フロレンティアの身体が裂けたのだ。
「ぐ、がぁ!?」
「油断したね。フロレンティア」
「お前……ッ!!」
フロレンティは煙を大鎌で払う。
枝が斬れ、フロレンティは着地。そして同様に着地したのは……ガーネットだった。
煙管片手に、露出の多いキャミソールのようなドレスを着てローブを羽織っている。さらに魔女のような帽子をかぶっていた。
「久しぶりだね。フロレンティア」
「ガーネット……懐かしいわね」
「フン。お前の顔なんて見たかないけどね。というか、よくこの国に入ってこれたね? この国に誰がいるか忘れたのかい?」
「あ~ん。わたしは見物人よぉ? そっちの子が暴れるのを見て楽しむだけぇ♪」
ガーネットは、煙管をクルクル回し、煙草の煙を吐く。
煙はトラのような形になり、ガーネットの傍へ。
「以前は逃がしたけど、今日は逃がさない……あんたの命日だよ」
「ふふ、粋がっちゃって……一人でわたしを止められるの?」
「止めるさ。それがこの『女教皇』ガーネットの役目」
「うふふ♪ じゃあ……少しだけ遊んであげる」
フロレンティアは大鎌をクルクル回し、強烈な笑みを浮かべガーネットに飛び掛かる。
ガーネットは煙管で大鎌を受け止め、煙の虎に命令する。
「噛み殺せ!!」
「いやぁん!! 野蛮なのはキライよぉん!!」
大鎌が虎を両断するが、煙の虎はすぐに元通りになる。
ガーネットはフロレンティアから離れ、煙管を吸って吐きだした。
「『鳥獣戯煙』!!」
吐きだされた煙が動物に変わる。
鳥、虎、龍と様々な生物へ形状を変え、フロレンティアに向かう。
フロレンティアは全ての煙を切り裂き、凶悪な笑みを浮かべガーネットの元へ。
「ババァ!! クソ……」
ウィルは左手をフロレンティアに向ける。
だが、その手は途中で止まった。
ウィルの弾丸は、フロレンティアに通じない。
「あたしはいい!! そっちをなんとかしな!!」
「っ……!!」
ガーネットが叫び、ウィルは歯を食いしばる。
そして───……フロレンティアは叫ぶ。
「テュポーン!! そろそろ『解放』しなさい!!」
「いいの? 滅茶苦茶になっちゃうよ?」
「構わない!! うふふ……ちょっと早いけど、魔帝様復活の前哨戦といきましょうか♪」
「うん。ごはん、いっぱいたべるね」
次の瞬間、テュポーンの身体が爆発的に膨張した。
「え!? な、なにこれ!?」
「に、肉?……なのか?」
アネルとアルフェンは膨張するテュポーンから距離を取る。
ウィルも離れ、ガーネットとフロレンティアの戦いも中断された。
フロレンティアは、楽しそうに言う。
「そろそろネタばらししてあげる。この子の正体は数百、数千の召喚獣が魔帝様の力で一つに融合した『合成召喚獣』……能力は『変異』」
テュポーンの膨張が止まらない。
リグヴェータ邸よりも大きくなり、周囲の木や街頭、放置してあった馬車や他の貴族の屋敷をも飲み込んでいく。
そして、巨大な肉塊となったテュポーンの身体から、触手が滅茶苦茶に生えた。さらに触手から口が生え、牙が生え、肉塊から無数の目が現れ、円形だった肉塊がグチャグチャの粘土みたいにドロドロになっていった。
大きさも、全長百メートル、二百メートル、三百メートルを超えた。だがまだ大きくなる。
「なっ……なんだい、これは」
ガーネットが、煙管を取り落とした。
アルフェンたちも、膨張を続けるテュポーンを見上げることしかできない。
フロレンティアは、なぜかアルフェンに言う。
「複数の召喚獣の能力が滅茶苦茶に混ざり合った結果。この子は能力を宿していない。あまりにも多くの召喚獣と融合したせいで、自分がどんな能力を宿しているのか? どうすれば使えるのか? がわからない。だから使えないの。でも、たった一つだけ使える能力……それが『捕食』よ」
「捕食、だと?」
「ええ。この子は何でも食べる。この巨体は溶け合った召喚獣の肉塊。肉塊に全てを取り込んで自分を作っている。あの童女みたいな人格は魔帝様が貼り付けた意志にすぎない」
「嘘だろ……」
「ふふふ♪ 最初はムカつくことばかりするから、この国に送りこんで二十一人の召喚師に殺してもらおうと思ったわ。能力を聞いてもピンとこなかったけど……まさか、ここまでなんてね。本当に一匹でこの国を滅ぼせちゃいそう♪」
「…………」
「さぁ、止めてごらんなさい。わたしは見物させてもらうから♪」
フロレンティアは、とても楽し気に笑っていた。