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『暴喰』の魔人テュポーン

 アースガルズ王国、リグヴェータ邸。

 王国の貴族街の一等地にある豪邸だ。庭があり、なんと池まである。王都の貴族街で庭付きの屋敷を構える貴族は、アースガルズ王国に五家しかない公爵家だけだ。

 いくら貴族でも、召喚学園のイチ生徒が所有していい物件ではない。背後にサンバルト、そして辺境伯爵の父母が見えたような気がした。 

 馬車から降り、アルフェンは屋敷を見上げる。


「俺の買った屋敷の五倍はあるな……」

「そういえば、お前も屋敷を買ったのか」

「ええ。今度、兄さんを招待します」

「ああ。ありがとう」


 キリアスは、幼少期のころとは別人のようにアルフェンに優しくなった。

 暴言や罵倒は消え、優しく、兄らしく接してくる。

 馬車を下りると門が開き、使用人が出てきた。

 キリアスは招待状を見せる。


「キリアス・リグヴェータ、アルフェン・リグヴェータだ。姉上に招待された。挨拶をしたい」

「ようこそいらっしゃいました。キリアス様、アルフェン様。さっそくご案内いたします」


 使用人もすでにいた。

 案内されて家の中へ。


「わぁ……金持ちっぽいなぁ」

「オレと兄上、姉上の報酬をつぎ込んだからな。問題は、維持費……姉上、父上と母上に支援を頼んだみたいだけど」

「…………」


 恐らく、その支援金はアルフェンの魔人討伐報酬だろう。

 この家の維持費が、自分の稼いだ金から出されている。そう考えたアルフェンは急激に帰りたくなった。

 だが、今さらもう遅い。

 案内されたのは庭。茶会の準備がされており、けっこうな数の貴族が集まっていた。

 中心にいるのは、リリーシャ。しかもなぜかサンバルトまでいる。


「姉上」

「ちょ、キリアス兄さん」


 キリアスは、何の迷いもなくリリーシャの元へ。

 貴族たちの視線が一気に突き刺さる。視線は、キリアスよりもアルフェンに集中していた。

 弟なのだから声を掛けるのに不思議はない。でも、アルフェンはなるべく目立ちたくなかった。

 だが、もう遅い。

 真紅のドレスで着飾ったリリーシャは、にこやかな笑みを浮かべて二人の元へ。


「ようこそ。私の屋敷へ」

「姉上。招待いただき感謝します」

(……いや、キリアス兄さんも金出したんだし、私の屋敷とか招待とかおかしくね?)


 ボソリと呟くアルフェン。だが、リリーシャは聞こえていたのか、アルフェンの頭をそっと掴み、柔らかな胸に押し付けるように抱きしめた。


「うわっ……おい、放せよ」

「今日、今だけは余計なことを言うな」

「は?」

「貴様。リグヴェータ家のことなどどうでもいいのだろう? だったら、余計なことを言わずに、その辺に生えている雑草のようにしていろ。貴様目当ての女も来ているが無視しろ、いいな」

「……わかったから放せよ」


 アルフェンは、リリーシャの胸から解放された。

 周囲の貴族たちは温かな眼差しで二人を見ていた。そして、貴族の若い男たちがリリーシャとアルフェンを取り囲む。


「いやぁ、仲良し姉弟ですね……羨ましい」

「ええ。自慢の弟ですの。ふふ、どうも恥ずかしがり屋で」

「ははは。あなたのような美しい姉の胸に抱かれ、照れない男はいませんよ。たとえ弟であろうともね。なぁ、アルフェンくん?」

「…………ははは」


 アルフェンは、苦労して笑みを浮かべた。

 リリーシャの言うことなど聞く必要はない。だが、なんとなく笑ってしまった。

 ウィルの言うように、中途半端な対応をするからこうなっている。

 ようやく解放されたアルフェンは、十七歳ほどの少女と話をしているダオームの元へ。別に用があったわけではない。リリーシャを囲う貴族たちから逃れた先にいたのがダオームだ。

 すると、少女がアルフェンを見て笑みを浮かべた。


「あら、あなたがダオーム様の弟君であるアルフェン・リグヴェータ様?」

「テレーゼ。こいつはいい。姉上の元へ」

「駄目ですわ。未来の弟なのですから、挨拶はしないと。初めまして。テレーゼ・メイズと申します」

「あ、ああ。どうも……」


 どうやら、ダオームの婚約者らしい。

 長く緩めの金髪が似合う少女だった。ダオームとの仲も良さそうだ。

 ダオームを見ると、チッと軽い舌打ちをして紹介する。


「オレの婚約者だ……もういいか?」

「ええ、邪魔してすみません。ではテレーゼ義姉さん(・・・・)、茶会をお楽しみください」

「まぁ」

「くっ……」


 テレーゼは喜び、アルフェンはダオームに向けて軽く舌を出した。これくらいの嫌味はいいだろう。

 そして、ようやく茶会が開催される。

 ワイングラスが配られ、リリーシャが(なぜか隣にサンバルトがいる)グラスを掲げた。


「今日はお集まりいただきありがとうございます」


 アルフェンは、リリーシャの挨拶を聞きながら欠伸した。

 周りを見ると、リリーシャの美貌に男たちが酔っているように見える。確かに、リリーシャはスタイルもよく、『アースガルズ召喚学園で一番の美女』と言われている。

 アルフェンは全く興味がなかった。正直、さっさと帰りたい。


「それでは、お茶会を心ゆくまでお楽しみください」


 挨拶が終わり、茶会が始まった。

 すると、リリーシャの同級である貴族が、リリーシャたちに群がる。

 爵位の高い貴族がプレゼントを渡したり、有名な商家の長男が花束を渡したり……中には指輪を渡し求婚している者もいた。驚くべきことに、王子であるサンバルトの目の前でだ。

 だが、リリーシャばかりではない。


「あ、あの……アルフェン様でいらっしゃいますか?」

「え、ああ。はい」

「宜しければ、あちらでお茶でもいかが?」


 可愛いらしいリスみたいな女の子が、お茶を誘いに来た。

 女の子のいう『あちら』には円卓があり、貴族女子たちが優雅にお茶を飲んでいる。そして男はいない……アルフェンは、嫌そうな顔をしないのに精一杯だった。


「え、ええと……」

「アースガルズ王国の新たな英雄、『愚者(フール)』の称号を持つS級召喚士様のお話、ぜひお聞きしたいですわ」

「あ、あはは……」


 アルフェンは曖昧に笑うことしかできなかった。

 同世代で、話したことのない女の子と円卓に付くなど厳しい。フェニアやサフィーがいれば違ったのだろうが、ここは敵地並みに味方がいない。キリアスはキリアスで女性に囲まれている。

 お菓子を食べて時間を過ごそう。そう考えていたアルフェンは実に甘かった。

 すると、リスみたいな女の子はアルフェンの腕を取る。


「さ、こちらへ」

「あ、いや……」

「ふふ、照れないでくださいな。さ、こちらへ」


 アルフェンは、リスみたいな女の子に引っ張られ───。


「ん……なんだ君は? 迷子かい?」


 と、使用人の男性が小さな女の子に声をかけているのが聞こえた。

 何気なく視線を送ると───。


「おなか、すいたの」


 そこにいたのは、褐色肌にツノの生えた十四歳くらいの少女だった。

 アルフェンは凍り付いた。


「なっ……な、なんで」


 そして、使用人が女の子の肩に触れようとした。


「さぁ、どうやって入ったか知らないがここは立ち入り禁止───」

「駄目だ!! 離れろぉぉぉぉぉっ!!」


 アルフェンが叫んだ。

 だが、遅かった。


「あー……」

「え」

「んっ」


 少女の右手が『巨大な口』となり、使用人を丸呑みしたのだ。

 アルフェンが叫んだことで、注目を浴びていた。

 だから、この場にいる全員が目撃した。


「んー……おいしい。にんげんって美味」


 目の前にいる少女が、人間ではないことに。

 

「おいしいの、いっぱい……あのおばさん、うそ言わなかった」


 少女の気配が変わり、両腕が巨大な『口』となった。

 凍り付く空気の中、アルフェンだけが動いた。


「『獣の一撃(ジャガーブレイク)』!!」

 

 アルフェンの右手が巨大化。少女に激突した。

 少女は吹っ飛び屋敷の壁を破壊。アルフェンは叫んだ。


「全員、逃げろ!! こいつは魔人だ!!」


 ようやく、硬直が解け───貴族たちは一斉に逃げ出した。

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