強さを求めて
ウィルは、自室で筋トレをしていた。
上半身裸で、逆立ちしながら指だけで腕立てをする。汗が流れ、床にシミを作っていた。
ウィルは、鍛え抜かれた上半身をしていた。
腹筋は見事に割れ、筋肉はやや薄いがみっちり詰まっている。食べてもあまり太らない体質で、こればかりはどうしようもない。
「っし……終わり」
指の力だけで飛び上がり、そのまま立つ。
机に置いてあったタオルで汗を拭い、次は腹筋を鍛えるため自室にある鉄棒(ウィルが魔人討伐の報酬で自室を改築。トレーニング機器が置いてある)に足をひっかけ、上体起こしを始める。
ウィルは、日々のトレーニングを欠かさない。
寄生型の身体能力は、鍛えれば鍛えるほど強くなる。アルフェンやアネル以上の身体能力をウィルは持っていた。
だが、『完全侵食』だけは持っていない。
どうすれば完全侵食の力を得られるのか。
「五十、いち……っ、五十……にっ」
腹筋をしながら考える。
アルフェンとアネルの話では、同化した召喚獣が語りかけてきたらしい。だが……ウィルは、ヘンリーの声を聞いていない。気付いたら左腕が変わっていた。
だから、完全侵食を当てにはしない。
今できるのは、地道に鍛えることだけだ。
たとえそれが正解ではないとしても。ウィルにできるのはそれしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
アルフェンは、S級寮にあるメルの部屋で、やりたくもない書き物をしていた。
その手伝いに、フェニアとサフィー、アネルもいる。レイヴィニアとニスロクは早々に飽きたのか、今は姉弟仲良くソファで昼寝をしていた。
「メル、これでいいのか?」
「見せて……ん、誤字がある。これとこれ、書き直し」
「うぇぇ~~~?……はぁぁ」
「そんな嫌そうな顔しないの。いい? 爵位を得るってのはそれだけ面倒なんだから。諸々に出す書類やお手紙がいっぱいあるのよ」
「……うへぇ」
「フェニアとサフィーが手伝わななきゃ十日はかかるわよ。二人に感謝しなさい」
と、アルフェンはフェニアとサフィーの方を向く。
「二人とも、ありがとな」
「んーん。あたし、おじいちゃんからこういうお仕事習ったし、けっこう得意なの」
「私も、公爵家のお仕事で執務経験がありますので」
「……うぅ、アタシは」
アネルはお茶係だった。字を書くのが苦手なので仕方ない。
少し空気が重くなったので、アルフェンは話題を変える。
メルの方を向き、すこし慌てて言う。
「え、えーっと……そういや、このイザヴェルって領地、ここから近いのか?」
「そうね……馬車で十日くらいかしら」
「そこそこ遠いな」
「山道を超えて進むからね。でも、景色もいいし自然もいっぱいあるいいところよ。イザヴェル領地の名産は山ブドウのワインとウィスキーで、広大なブドウ農園と麦畑があるの。秋になると麦畑がすっごく綺麗なんだから」
「お前、詳しいな」
「まぁね。自国の領土だし当たり前だけど。それより、あなたがそこの領主になるんだから、イザヴェル領土についてもちゃんと勉強しなさいよ。こればかりは『寄生型』とか関係なく、頭の問題だからね」
アルフェンはそっぽ向いた。
フェニアやサフィーはクスクス笑い、アネルも笑う。
ふと、アルフェンはアネルに言う。
「なぁアネル。もしよかったらさ、学園卒業していく当てなかったら、イザヴェル領地に住むか? メルの話だとけっこういいところみたいだし……もちろん、王都に残るならいいけど」
「んー……そうだなぁ。考えとくね」
「ああ。そんときはウィルも連れていくからさ」
「は、はぁ? ちょっと、なんでウィルが関係あるのよ」
「いや、なんとなく……あはは」
「むぅ……」
アネルは赤面してそっぽ向く。アルフェンとしては気遣ったつもりだが、余計なことだった。
すると、フェニアが挙手。
「はいはい! あたしは行くからね」
「わ、私も行きます!」
「お、おう。でも、サフィーは公爵家の長女だろ? これから婚約者の話とか、跡取りの話とかあるんじゃねーの?」
「「「「…………」」」」
なぜか全員黙ってしまった。
そして、アルフェンを咎めるような視線が突き刺さる。
「アルフェン、あんたほんっと駄目なやつ」
「……うぅ、アルフェンってば酷いです」
「いやーアタシもちょっとこれはないと思うな……」
「罪な男ねぇ……ふふ」
「え、いや、あの……なんで?」
なぜか居心地が悪くなるアルフェン。
立ち上がり、トイレに行くフリをして部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
キッチンで水を飲み、再びメルの部屋に戻ろうとすると、ウィルがいた。
風呂にでも入っていたのか、汗を掻いている。
「おう、ウィル」
「ああ……」
「あのさ、ヒマなら手伝ってほしいことあるんだよ。いろいろ書き物しなくちゃいけなくてさ……はぁ、貴族って面倒くさいわ」
「……おい」
「ん?」
ウィルは左手をアルフェンに突き付ける。
「オレと勝負しろ……模擬戦だ」
「え……」
ウィルの左腕が、『ヘッズマン』に変わった。
◇◇◇◇◇◇
アルフェンは、ウィルに連れられてS級校舎前グラウンドにいた。
アルフェンは私服のままで、ウィルもシャツとズボンというラフな服装だ。だが、戦意はギラついており、アルフェンはこの戦いが冗談ではないと知る。
アルフェンは、ウィルに聞いた。
「ど、どうしたんだよ。急に模擬戦とか……」
「お前、最近暴れてねぇだろ? 訓練じゃねぇガチな戦いだ……なまらねぇように、気合を入れてやろうと思ってな」
「……マジでどうしたんだよ」
「……いいから構えろ、行くぜ」
「えっ」
ウィルは左手をアルフェンに向け、人差し指を突きつけ親指を立て、残りの指を折りたたむ。その姿は、銃を構えるガンマンに見えた。
「穿て、『ヘッズマン』……『拳銃』」
「な、ちょっ……」
ズドン!! と、翡翠の弾丸が発射された。
アルフェンは慌てて右腕を構えた。
「奪え、『ジャガーノート』!!───硬化!!」
翡翠の弾丸を右手のひらで受け止める。
弾丸は砕け、翡翠の欠片がバラバラ落ちる。
「い、いきなりアブねぇだろ!!」
「……気付いてんのか?」
「え?」
「……まぁいい。じゃあ行くぜ!!」
ウィルはアルフェンに左手を向けたまま走り出す。
寄生型の身体能力。召喚獣を発現させていない状態では、アネルの次に速い。
アルフェンもウィルを追い、右手を巨大化させたまま走り出す。
「シッ!!」
ダンダン!! と、銃弾が発射される。
アルフェンは右手を振り、銃弾を叩き落す。
ウィルは舌打ちをすると、速度を上げた。
「速い───……ッ!!」
追いつけないと判断したアルフェンは動きを止め、全神経を集中させる。
右腕を巨大化させ、『第三の瞳』に意識を集中させ、『召喚獣の世界』を視た。
セピア色の世界に切り替わり───……ウィルの『経絡糸』から発せられる淡い光が、高速で動いているのを捕らえる。
「『機関銃』───……ファイア」
「───そこか!!」
ウィルの腕が巨大化し、何本もの砲身を束ねたような形状に変化。移動しながら翡翠の弾丸を発射した瞬間、アルフェンの右手が伸び、ウィルの右足を掴む。
「っ!?」
「捕まえた!!───しゃぁ!!」
「ぐがっ!?」
ウィルを地面に叩きつけ、右足を掴んだままアルフェンは伸ばした腕を戻す。
ウィルは右手を拳銃に戻し、アルフェンが腕を戻し切った瞬間に銃口を頭に突きつけ、アルフェンも腕を戻した瞬間にウィルの足を離し、右手をウィルの胸に突きつけていた。
互いに動かぬまま……ウィルはそっと腕を元に戻す。
「……これで終わりだ」
「……っぷは、あっぶねぇ。引き分けだな」
「ああ……ありがとよ」
「おう。で、なんで急に……って、おい!?」
ウィルは、模擬戦が終わると同時に歩きだす。
アルフェンが追いかけようとしたが、なぜか追いかけられなかった。
◇◇◇◇◇◇
ウィルは寮に戻り、ベッドに身を投げた。
「…………クソが」
アルフェンは、強くなっていた。
初めて戦った時。アルフェンの『硬化』はウィルの弾丸を辛うじて防いでいた。だが、先ほどの模擬戦……アルフェンは、ウィルの弾丸の軌道を完全に読み、硬化した右腕で完全に防いでいた。
アルフェンは気付いていない。ウィルは全ての弾丸に『貫通』を載せていたことに。
アルフェンの硬化は、ウィルの貫通を完全に防いでいた。
「……ッ」
胸にこみ上げるのは、焦り。そして妙なモヤモヤだった。
まるで、ほんの少し後ろを走っていた奴が、一気に自分を抜いて遥か遠くに行ってしまったかのような……目を閉じると、その先にいるのは一人ではない。
そして、ほんの少し後ろには、自分より下だと思っている連中が追い上げてきている。
全員が、戦いを通じて何かを『得た』連中だ。
暴走し、敗北し、おめおめ逃げてきたウィルとは違う。
「……ちくしょう」
ウィルは右手で顔を覆い、左手をそっと持ち上げる。
「ヘンリー……何がダメなんだ? オレは、強くなりたい」
左手は、何も答えない。
いつも通りの。ウィルが最も信頼する左腕のままだった。
◇◇◇◇◇◇
「おなか、へった……ここ?」
「ええ。ここにたっぷりご飯があるわ」
「くんくん……ほんとだぁ」
「……ふふ、みんな『食べ』なさい。あなたの変質した、得体の知れない『能力』で」
「うん。みんなで食べるね」
「ええ……私は、ここで待ってるから」
「…………」
「ん、なぁに?」
「……あなた、やっぱり臭いね」
「…………そうかしら?」
何かが、始まろうとしていた。




