酔えないワケ
ウィルは、ガーネットに連れられ城下町のバーで飲んでいた。
約束通り、ガーネットはウィルを迎えに来た。そのままバーで強い酒を飲む。
だが、ウィルには気になることがあった。
「おい」
「なんだい?」
「……そいつ、誰だ?」
ガーネットは、同行者を連れてきた。
腰の曲がった老婆だった。紫色のローブを身に着け、しわくちゃの顔はあくどい笑みを浮かべている。
馬車に乗ったときからいたが、ウィルは触れなかった。
話す話題もなく酒を飲み続けていたので、つい触れてしまった。
すると、老婆が言う。
「やれやれ。ようやくワシの存在に触れたか。てっきり目が見えないのかと思ったよ」
「あっはは。ナクシャトラ、あんただって黙ってたじゃないか」
「そうだったかい?」
ナクシャトラと呼ばれた老婆は、琥珀色の液体をぐびっと飲み干す。
そのままおかわりを注文し、ウィルに言った。
「わしはナクシャトラ。ガーネットの同期で周りからは『預言者』やら『運命』やら呼ばれとる。まぁ『占い婆さん』とでも呼びな」
「…………」
ウィルは反応せず、スコッチを飲む。
しばらく三人は無言で飲み、ガーネットが切り出した。
「ウィル。何かあったのかい?」
「…………」
「吐きだしちまいな。抱え込むなんてあんたらしくないよ?」
「…………」
「ああ、フロレンティアに負けたのが悔しいのかい? 一応聞く……奴の能力に触れたか?」
「───!」
ウィルはようやく反応した。
ガーネットは煙管を取り出し、煙草に火を点ける。
「昔、あたしとヴィーナスの二人でフロレンティアとやり合ったことがあってね……あの時は勝てなかった。奴は能力を使うことなくあたしらを圧倒してねぇ……能力が不明だった。でも、レイヴィニアからフロレンティアの能力を聞いて驚いたよ。まさか、男殺しの能力だとは」
「……で? なんだお前、まさか復讐は諦めろって言うのかよ?」
「そんなこと言って聞くアンタじゃないだろ?」
「当たり前だ」
ウィルはスコッチを飲み干し、おかわりを注文。
ナクシャトラは、自分の目の前に置かれたスコッチのグラスをウィルに向けて滑らせた。
「飲みな。わしの奢りだよ」
「…………」
「難儀だねぇ……男じゃ勝てないし、女だからといって勝てる相手でもない。可能性があるとしたら」
ナクシャトラは、装飾の施された立派な煙管を取り出す。一緒に小さな箱も取り出し、中に入っていた煙草を煙管に詰めて火を点けた。匂いから高級煙草だとすぐにわかった。
ナクシャトラは煙を吐きだす。
「可能性があるとしたら、アネルのお嬢ちゃんだね」
「……っ」
「知ってるかい? アネルのお嬢ちゃんも、あの右の小僧と同じ境地に至ったのを」
「なっ……」
ウィルは、アネルが『完全侵食』に至ったことを初めて知った。
ガーネットは煙を吐きだす。
「とりあえず、アルフェンたちがどういう経緯で戦ったのかを話してやる」
ウィルは、アルフェンたちが二体の魔人と戦った経緯を聞いた。
魔人バハムートとミドガルズオルム。魔獣の襲撃。オズワルドのこと。全てを聞き、スコッチのグラスを握りしめていた。
「……チッ。あいつら」
「あんたが一人で暴走している間に、あの子たちはさらに強くなった……」
ガーネットに言われ、ウィルは歯を食いしばる。
その通りだった。ウィルは負け、なんの成長もないまま学園に戻ってきた。
いつもの自分らしくない。なぜ、帰ってきたのかを改めて思う。
「ウィル。もう少しだけ自分を出しな。あんた、悩むなんてらしくないよ?」
「…………」
「負けたのは恥じゃない。あんたは生きてるんだ。勝てなかったけど負けてない……まぁ、ギリで勝利かねぇ?」
「なんだそれ……バッカじゃねぇの」
「馬鹿でいいさ。生きてれば、次の戦いにいける。ってかあんた、自分は頭がいいとでも思ってんのかい? 頭いいってのは、あたしやナクシャトラみたいなやつのことを言うのさ」
「……チッ」
「で、話す気になれたかい?」
「…………」
ウィルはスコッチのグラスを一気に飲み干す。
グラスを叩き付けるようにカウンターに置き、小さく息を吐いた。
「……負けた。あの色欲に。頭に血が上ってた。全部投げ出してでも倒したかった」
ウィルはポツポツと話し始めた。
そして、ようやく気が付いた。
「…………オレ、弱かった」
度数の強い酒を浴びるように飲んでいるのに、ちっとも酔わなかった。
◇◇◇◇◇◇
「なるほどね」
ウィルの話を聞いたガーネットとナクシャトラは、再び煙草に火を点けた。
戦いのことだけでなく、過去の話もした。
ウィルは、口直しに出された葡萄酒を飲む。
「あいつらには言うなよ」
「わかってるよ。さて、話も聞いたし現実的なことを話そうか……どうする?」
「…………」
「現状。あんたじゃフロレンティアは倒せない。傷一つ付けるどころか、触れるのも難しい。可能性としてあり得るのは……やっぱり、アネルが戦うことかねぇ」
「駄目だ」
ウィルはすっぱり否定。
まず、前提から違っていた。
「これはオレの復讐だ。誰かを戦わせるなんてことはしねぇ……これは、オレの戦い。オレがケリを付けなくちゃいけねぇんだよ」
「だったら、男のあんたでもフロレンティアを倒せる『策』が必要だね」
「そこで、わしの出番……ってわけかい」
ナクシャトラがニタリと笑う。しわの動きがミミズのように見え不気味だった。
すると、ナクシャトラは両手をそっと合わせ開く。
「廻れ、『運命トハ未来ノ歯車』」
すると、ナクシャトラの両手に透き通る水晶玉が現れた。
水晶玉の周囲に、幾重にも噛み合った小さな歯車がクルクル回っている。
ウィルはその歯車の精巧さに驚いた。
「一般客はべらぼうな金をもらって『占う』けど、ガーネットの頼みなら仕方ない。一回だけ無料で占ってやるよ」
「占い……?」
「ああ。ナクシャトラの召喚獣の占いさね。ま、見てくれは胡散臭いババアだが、占いの腕は本物さ」
「一言余計だよ。ったく……あんたもババアじゃないか」
ナクシャトラの持つ水晶が淡く輝き、歯車が回転する。
ウィルにはわからない。でも、ナクシャトラにはその回転で未来が見える。ほんのわずかな未来だ。
そして、歯車が止まった。
「…………なるほどねぇ」
ナクシャトラは、ほぼ無表情のまま呟いた。
「結果は───」
占いの結果は、驚くべきことだった。