ウィリアム&ヘンリー③
ウィルは、変わらない日常を楽しみつつ、銃の腕前をメキメキ上げていた。
父から習った銃は、今や父に並ぶ腕前と評され、父クリントの後継者として村から期待されている。新たな世代の『用心棒』として期待されているウィルは、慢心しないよう腕を磨いていた。
今日は、妹のサラと一緒に牧場の隅で射撃訓練だ。
「スゥ───……」
ウィルは深呼吸する。
牧場の柵。その上に置かれた小さな木彫りの人形が的だ。
サラはウィルから少し離れた場所に、召喚獣メーメーと一緒に見ている。
ウィルの両腰のホルスターに、そっと手を添え……一気に抜き放つ。
「シュッ!!」
ウィルの口から浅い息が漏れた瞬間、ほぼ重なるような銃撃音が六発響く。
銃撃音と同時に、木彫り人形が全て砕け散った。同時に、サラが頭上に小さなコップほどの丸太を投げると、ウィルは振り返らず手を頭上に向ける。
そして、六発の銃撃音───……丸太が落ちた。
「───……チッ、一発外した」
「え?」
サラの眼では、銃弾は全て丸太に命中した。
ウィルが丸太を視認せずに撃てたのは、頭上にいるヘンリーが『目』の役割をしたからだ。
サラは丸太を拾い、気が付いた。
「あれ、この丸太……弾、当たったよね?」
丸太には、二発分の弾痕しか残っていなかった。
ウィルは丸太を受け取り、お手玉する。
「全弾、一発目で空けた穴に通すつもりだった。でも一発外しちまった……ちくしょう。親父の域にはまだまだ遠いぜ」
「いや、もう十分でしょ……」
神業だった。
すると、ヘンリーがウィルの肩に止り甘えてくる。
「相棒。今日もいい空だったぜ」
『クゥゥ』
ウィルはヘンリーを撫でる。
いい空、とは。ウィルはヘンリーを通じて空からの景色を楽しんでいる。そのお礼だった。
「ほんっと、仲良しね」
「ああ。最高の相棒だからな」
「あたしだって最高の相棒だもん。ね、メーメー」
『メァ~』
羊のメーメーはのんびりと鳴いた。
◇◇◇◇◇◇
魔人フロレンティアは、いくつもの村や町を滅ぼした『災害』だった。
各国も対応を練っていた。
軍隊や精鋭召喚士を派遣したり、生き残った住人たちの保護をしたり。だが、魔人フロレンティアがいなくなるわけではない。
各国の精鋭は、フロレンティアに容易く蹴散らされた。
魔人の主である魔帝を封じたアースガルズ王国に救援を求めたりもしたが、『最強の二十一人は動けない』との返信だけで何もしてくれなかった。
各国の不満は募るが……あてにできないのは仕方がない。
現状、できるのは後手後手の対応だけ。魔帝が封印され、魔人の動きが鈍くなっているだけでもましな方なのだ。魔帝の封印前は、もっと酷かったのだから。
だから、村や町が襲われても仕方がない。
そう……仕方ないのだ。
◇◇◇◇◇◇
いつもと変わらない日常だった。
起きて、顔を洗って、朝食を食べて、父と狩りに出かけ、返ってきたらサラと一緒にヒツジの世話をして、夕飯を食べて寝る。
そんないつもの日常は、『魔人』という災厄であっさり崩れ去る。
ウィルは、朝食後に狩りの支度をしていた。
拳銃に弾丸を込め、予備の弾薬をポーチに入れる。
「よし。今日もいい天気……狩り日和だ」
拳銃をホルスターに収め、部屋を出た。
狩りを終えたらサラに付き合うと約束している。ウィルは軽く背伸びをし、家のドアを開け───……。
「ぐぉあぁぁぁぁぁっ!?」
ドアを開けた瞬間、人がドア近くに壁に突っ込んで来た。
「なっ……お、おじさん!?」
「ぐ、ぉあ……う、ウィル……逃げ」
近くの家に住むおじさんだった。
身体中刻まれたような傷跡があり、血がドクドク流れていた。
意味不明な光景にウィルは混乱しかける。
すると───……すぐ近くに、誰か立っていた。
「おやぁ~?……男の子かなぁ?」
ゾワリと、砂糖だらけのドロドロした汚泥のような声がした。
狂いそうなほど甘ったるい女の声。ウィルは震えながら正面を見た。
「わぁぉ♪ ……わたしのタイプかも♪」
褐色の肌、白いロングウェーブヘア、ツノ、露出が多すぎる服。
手に持つのは大鎌。あまりにも日常離れした光景だった。
「な、な……」
「怯えちゃった♪ ふふ、可愛い~……食べちゃいたい♪ でも待ってね。キミ以外にいい子がいるかもしれないし、ちょっと待っててね~♪」
女は、一瞬で消えた。
硬直から立ち直ったウィルは、すぐに倒れているおじさんの元へ。
「おじさん!!」
「ぐ……き、ウィル……逃げろ」
「あれ、なんだよ!? なんだよあれ!?」
「ま、魔人だ……ちくしょう。ここにも来やがった……ま、魔人、だ」
「……おじさん? おじさん!!」
おじさんの呼吸が止まった。
ウィルは歯を食いしばり、魔人が向かった方向を───……。
「───サラ、母さん、親父……じいちゃん、ばあちゃん」
背筋が凍り付きそうになった。
家に家族はいなかった。
村から火の手が上がり、銃撃音が聞こえてきた。
「───ッ!!」
ウィルは走り出した。
こうして、ウィルの日常が崩壊した。
◇◇◇◇◇◇
村は、地獄となっていた。
燃える家、崩れた家、倒れた人、死んだ人。
見慣れたはずの村が、そこにはなかった。
ウィルは唖然とし───……ハッとして走り出す。
「親父、母さん……!!」
大人たちが大勢倒れていた。
死体の傍には銃が転がっている。薬莢も散らばっていたことから、あの『得体の知れない女』相手に戦ったのだろう。結果は……見ての通りだが。
「じいちゃん、ばあちゃん……!!」
ウィルは走る。
まだ早朝だ。父は恐らく戦いに、母は祖父母たちを連れて逃げたのかもしれない。
そして、ウィルは恐怖する。
「サラ───!!」
ウィルの妹。
サラは、無事なのだろうか。
仲がいいと評判の兄妹だった。喧嘩もしたけどすぐに仲直りし、町に買い物にも行った。
サラの召喚獣メーメーに寄り掛かり昼寝するのが好きだった。ヘンリーもサラが好きで、ウィル以外の肩に止るのはサラだけだった。
ウィルは考える。家族はどこへ行ったのか。
「───……裏山」
ふと、思った。
父なら、裏山に逃がすだろう。
そう思い、ウィルは裏山へ続く道を目指して走り出す。
そうして気付いてしまう。村は壊滅……生き残りは、誰もいない。
大人も子供も家畜も、召喚獣ですら殺されていた。
あの『得体の知れない女』は何者なのか。ウィルは歯を食いしばり、腰の拳銃に触れる。
いざという時、戦う覚悟はあった。
「ちくしょう……!! あの野郎、許さね「はぁ~い♪」
次の瞬間、ウィルの身体は吹き飛び、家屋の壁に激突した。
「がっっはぁ!? ゲハッ!?」
いきなりの衝撃に受け身すら取れず、ウィルは血を吐いて地面を転がる。
そして、目の前にいたのは……大鎌を持った白い女だった。
なぜか笑みを貼りつけ、ウィルを見下ろしている。
「え~……まずはおめでとうございます! この村の住人を全員調べてみたけど、あなたが一番のイケメンくんだということがわかりました~♪」
「????? ……が、はっ」
「それじゃ、さっそく始めよっか♪」
「……がは、ぁっ……はぁ、はぁ」
ウィルは身体を起こし、ノロノロした動きで拳銃を握る。いつもの早撃ちなどできるはずがない。骨のいくつかが折れ、口の中は血の味しかしない。
「来い───ヘンリー!!」
ヘンリーが召喚され、大空を舞う。
目の前の女は「おお~?」と空を見上げていた。ウィルは拳銃を構える。
目の前の女は、空を見上げたままだった。
ウィルは女の頭、心臓を狙って発砲する。
「ふふ♪」
「───!?」
だが、銃弾は女に触れることなく風化した。風化したとしか表現できなかった。触れてもいないのに、消滅してしまったのだ。
わけがわからない。ウィルが再び発砲しようとした瞬間。
「えいっ♪」
「いっ───っがぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
銃を持っていた左腕が蹴られ、骨が砕け散った。
あまりの衝撃に骨が飛び出た。切断されないのが不思議なくらいの威力だった。
ウィルは左手を押さえる。蹴られた衝撃で銃がバラバラに砕けた。
右手は残っているが、左腕を押さえることしかできない。ウィルの戦意は完全に砕けた。
「ふふ♪ 可愛いお顔ねぇ……? 今は恐怖しているけど、すぐにわたしを憎みたくなるわ」
「……あ、ぐ」
「じゃ、こっちこっち。いいもの見せてあげる♪」
女はウィルを引きずり、近くの民家へ。
民家の中に入ると───そこにいたのは。
「なっ……親父、母さん!! じいちゃん、ばあちゃん……サラ!!」
「ウィル!!」
「お兄ちゃん!!」
そこにいたのは、ウィルの家族だった。
ウィルは椅子に座らせられ、女が指をパチッと鳴らすと黒いムカデが手足を拘束する。
最初に、怯える祖父母に向かい、ウィルにこう言った。
「これからきみの家族を殺しちゃいます♪ まずは……おじいちゃん、おばあちゃん♪」
「なっ」
スパン───と、女の大鎌が祖父母の首を刈り取った。
噴き出す鮮血。転がる頭。倒れる身体……サラは叫んだ。
「い、やぁぁぁぁぁぁっ!! おじいちゃん、おばあちゃん!! いやぁーーーッ!!」
「あ、あああ……な、なんで、なんで」
サラと母親が恐慌状態に。
父クリントは怒りで歯ぎしりし、奥歯が砕けた。
「き、さまぁぁぁぁぁっ!!」
「おお~怖い怖い。ねぇきみ、どう? 許せない? わたしが憎い?」
「……て、めぇぇぇぇっ!!」
「そう!! それそれ、その眼がいいの!! もっと、もっと憎んで!!」
ウィルは女を睨む。ギリギリと歯が砕けそうになった。
そして、次は母親に目を向ける。
「ふふ。お母さん、覚悟はいいかな?」
「ひっ……」
「や、やめ……やめろ!! やるならオレにしろ!! テメェなんでこんな!!」
「決まってるじゃない。あなたに憎んでほしいから……ねぇ?」
「やめ───」
母親の首を後ろから摑んだ女は、そのまま首を握りしめた。
あまりの握力に首の骨が折れ、首が薄皮一枚だけで繋がったような状態になる。
「貴様ァァァァァァっ!! 殺す、殺してやる!!」
クリントがキレた。
妻を殺された怒りで目から出血していた。血の涙を流し女を睨みつける。
だが、女は妖艶にほほ笑んでいた。
サラは気を失った。母を殺され、祖父母を殺された。
ウィルは言葉も出ない。そして、女に向かって叫ぶ。
「テメェ!! 殺す、殺してやる!! オレと戦え、戦え!!」
「やぁよん。もっともっと憎んでもらわないと……ねぇ、お父さん?」
「───っ……ウィル、聞け」
「親父!! 戦え親父!! サラを」
「サラを守れ。ウィル」
「あ───」
次の瞬間───父クリントの首が飛んだ。
最後の最後。妻を殺された怒りよりも、残された息子と娘を案じた。
ウィルは震え、涙が流れた。
そして───ついに折れた。
「頼む……」
「ん?」
「サラだけはやめてくれ!! なんでもする。命が欲しいならくれてやるしオレにできることならなんでもやる!! だから妹だけは」
「なんでもする?」
「ああ、なんでもやる!! 殺しだってやるしこの国の王だってブチ殺してやる!! だから妹だけは……頼む!!」
「うんうん。イイ子ねぇ~……じゃあ、こうしよっか」
女は、サラを抱き起し頬を撫でる。するとサラが起きた。
「ぅ……」
「サラちゃん。サ~ラちゃんっ!」
「ひっ……」
「ふふ。きみのお兄ちゃん、きみを助けたいんだって。それでね、きみが助かるためには……左腕を犠牲にしなくちゃいけないの」
「え……?」
女は、ウィルの身体に黒いムカデを這わせた。
ムカデに拘束されたウィルは無理やり立たせられ、右腕が拳銃に添えられる。
「な、何を……」
「ウィルくん。その拳銃でサラちゃんの左手を撃って。そうしたら解放してあげる♪」
「なっ……」
右腕が持ちあがる。
拳銃を握りしめ、無理やり立たされたサラの左腕が持ちあがる。
狙いは、サラの左腕。
「や、やめろ」
「なんでもするんでしょう? だったら……かわいい妹ちゃんの腕くらい、撃ち抜けるよね?」
「お、お兄ちゃん……」
「サラ……あ、ああ……さ、サラ」
女の大鎌が、サラの首に添えられた。
ウィルの手が震える。なぜか引き金を引く指だけは自由だった。
撃てば助かる。撃たねば死ぬ。だが、的は自分の妹。
撃てない。ウィルは涙を流す。
「さぁ、早く……さん、にい……いち……っ」
女の大鎌が、ゆっくりとサラの首に触れる。
震える手で、ウィルは引き金に指を添え───。
『キュィィーーーーーーッ!!』
「えっ!?」
窓からヘンリーが、女の顔めがけて飛んできた。
ヘンリーの爪は女の頬を掠めた。そして、わずかだが緑色の血が流れる。
ムカデの拘束が外れ、ウィルとサラは自由に。
ほんのわずかな隙だった。ウィルはサラの腕を掴み抱き寄せた。
「サラ!!」
「お兄ちゃん!!」
だが、そこまでだった。
「───ガキが」
顔を怒りで歪ませた女が、大鎌を片手で振りかぶる。
片手でヘンリーを握りつぶし、ウィルとサラを両断した。
「あ……」
「がっ……」
「ああ~もう、やっちゃったぁ……はぁ、もういいや。かえろっと」
女は興味を失ったように、倒れた兄妹を一瞥。一言だけ呟く。
「残念ねぇ。このフロレンティアの可愛い『彼氏』になれたかもしれないのに♪」
そう言って、煙のように消え失せた。
◇◇◇◇◇◇
明滅する意識のなか、ウィルはサラを抱きしめていた。
正確には、サラの上半身。下半身は腰から切断された。ウィルは両断こそされていないが、あまりにも深く鎌で斬られ血が止まらない。
薄れゆく意識のなか、サラは呟いた。
「お、にいちゃん……」
「……ん」
ウィルは、残り全ての力を使い、サラの頭を撫でた。
ウィルもサラも、涙を流していた。
「大好き、だよ」
「ああ、オレ、も……」
すると、半身と翼を両断されたヘンリーが、ウィルの傍へ這いずってきた。
不思議と、ウィルは満たされていた───が。
◇◇◇◇◇◇
『───で』
◇◇◇◇◇◇
「……あ?」
ウィルは生きていた。怪我が消えていた。
そして、気付いた。
「なんだ、これ……」
左腕が、翡翠を散りばめたような材質に変化していた。
こうして、ウィルは全てを失った。
手に入れたのは、異形の左腕……『ヘッズマン』だけだった。