表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/178

ウィリアム&ヘンリー③

 ウィルは、変わらない日常を楽しみつつ、銃の腕前をメキメキ上げていた。

 父から習った銃は、今や父に並ぶ腕前と評され、父クリントの後継者として村から期待されている。新たな世代の『用心棒』として期待されているウィルは、慢心しないよう腕を磨いていた。

 今日は、妹のサラと一緒に牧場の隅で射撃訓練だ。


「スゥ───……」


 ウィルは深呼吸する。

 牧場の柵。その上に置かれた小さな木彫りの人形が的だ。

 サラはウィルから少し離れた場所に、召喚獣メーメーと一緒に見ている。

 ウィルの両腰のホルスターに、そっと手を添え……一気に抜き放つ。


「シュッ!!」


 ウィルの口から浅い息が漏れた瞬間、ほぼ重なるような銃撃音が六発響く。

 銃撃音と同時に、木彫り人形が全て砕け散った。同時に、サラが頭上に小さなコップほどの丸太を投げると、ウィルは振り返らず手を頭上に向ける。

 そして、六発の銃撃音───……丸太が落ちた。


「───……チッ、一発外した」

「え?」


 サラの眼では、銃弾は全て丸太に命中した。

 ウィルが丸太を視認せずに撃てたのは、頭上にいるヘンリーが『目』の役割をしたからだ。

 サラは丸太を拾い、気が付いた。


「あれ、この丸太……弾、当たったよね?」


 丸太には、二発分の弾痕しか残っていなかった。

 ウィルは丸太を受け取り、お手玉する。


「全弾、一発目で空けた穴に通すつもりだった。でも一発外しちまった……ちくしょう。親父の域にはまだまだ遠いぜ」

「いや、もう十分でしょ……」


 神業だった。

 すると、ヘンリーがウィルの肩に止り甘えてくる。


「相棒。今日もいい空だったぜ」

『クゥゥ』


 ウィルはヘンリーを撫でる。

 いい空、とは。ウィルはヘンリーを通じて空からの景色を楽しんでいる。そのお礼だった。

 

「ほんっと、仲良しね」

「ああ。最高の相棒だからな」

「あたしだって最高の相棒だもん。ね、メーメー」

『メァ~』


 羊のメーメーはのんびりと鳴いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 魔人フロレンティアは、いくつもの村や町を滅ぼした『災害』だった。

 各国も対応を練っていた。

 軍隊や精鋭召喚士を派遣したり、生き残った住人たちの保護をしたり。だが、魔人フロレンティアがいなくなるわけではない。

 各国の精鋭は、フロレンティアに容易く蹴散らされた。

 魔人の主である魔帝を封じたアースガルズ王国に救援を求めたりもしたが、『最強の二十一人は動けない』との返信だけで何もしてくれなかった。

 各国の不満は募るが……あてにできないのは仕方がない。

 現状、できるのは後手後手の対応だけ。魔帝が封印され、魔人の動きが鈍くなっているだけでもましな方なのだ。魔帝の封印前は、もっと酷かったのだから。

 だから、村や町が襲われても仕方がない。


 そう……仕方ないのだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 いつもと変わらない日常だった。

 起きて、顔を洗って、朝食を食べて、父と狩りに出かけ、返ってきたらサラと一緒にヒツジの世話をして、夕飯を食べて寝る。

 そんないつもの日常は、『魔人』という災厄であっさり崩れ去る。


 ウィルは、朝食後に狩りの支度をしていた。

 拳銃に弾丸を込め、予備の弾薬をポーチに入れる。


「よし。今日もいい天気……狩り日和だ」


 拳銃をホルスターに収め、部屋を出た。

 狩りを終えたらサラに付き合うと約束している。ウィルは軽く背伸びをし、家のドアを開け───……。


「ぐぉあぁぁぁぁぁっ!?」


 ドアを開けた瞬間、人がドア近くに壁に突っ込んで来た。


「なっ……お、おじさん!?」

「ぐ、ぉあ……う、ウィル……逃げ」


 近くの家に住むおじさんだった。

 身体中刻まれたような傷跡があり、血がドクドク流れていた。

 意味不明な光景にウィルは混乱しかける。

 すると───……すぐ近くに、誰か立っていた。


「おやぁ~?……男の子かなぁ?」


 ゾワリと、砂糖だらけのドロドロした汚泥のような声がした。

 狂いそうなほど甘ったるい女の声。ウィルは震えながら正面を見た。


「わぁぉ♪ ……わたしのタイプかも♪」


 褐色の肌、白いロングウェーブヘア、ツノ、露出が多すぎる服。

 手に持つのは大鎌。あまりにも日常離れした光景だった。


「な、な……」

「怯えちゃった♪ ふふ、可愛い~……食べちゃいたい♪ でも待ってね。キミ以外にいい子がいるかもしれないし、ちょっと待っててね~♪」


 女は、一瞬で消えた。

 硬直から立ち直ったウィルは、すぐに倒れているおじさんの元へ。


「おじさん!!」

「ぐ……き、ウィル……逃げろ」

「あれ、なんだよ!? なんだよあれ!?」

「ま、魔人だ……ちくしょう。ここにも来やがった……ま、魔人、だ」

「……おじさん? おじさん!!」


 おじさんの呼吸が止まった。

 ウィルは歯を食いしばり、魔人が向かった方向を───……。


「───サラ、母さん、親父……じいちゃん、ばあちゃん」

 

 背筋が凍り付きそうになった。

 家に家族はいなかった。

 村から火の手が上がり、銃撃音が聞こえてきた。


「───ッ!!」


 ウィルは走り出した。

 こうして、ウィルの日常が崩壊した。


 ◇◇◇◇◇◇


 村は、地獄となっていた。

 燃える家、崩れた家、倒れた人、死んだ人。

 見慣れたはずの村が、そこにはなかった。

 ウィルは唖然とし───……ハッとして走り出す。


「親父、母さん……!!」


 大人たちが大勢倒れていた。

 死体の傍には銃が転がっている。薬莢も散らばっていたことから、あの『得体の知れない女』相手に戦ったのだろう。結果は……見ての通りだが。


「じいちゃん、ばあちゃん……!!」


 ウィルは走る。

 まだ早朝だ。父は恐らく戦いに、母は祖父母たちを連れて逃げたのかもしれない。

 そして、ウィルは恐怖する。


「サラ───!!」


 ウィルの妹。

 サラは、無事なのだろうか。

 仲がいいと評判の兄妹だった。喧嘩もしたけどすぐに仲直りし、町に買い物にも行った。

 サラの召喚獣メーメーに寄り掛かり昼寝するのが好きだった。ヘンリーもサラが好きで、ウィル以外の肩に止るのはサラだけだった。

 ウィルは考える。家族はどこへ行ったのか。


「───……裏山」


 ふと、思った。

 父なら、裏山に逃がすだろう。

 そう思い、ウィルは裏山へ続く道を目指して走り出す。

 そうして気付いてしまう。村は壊滅……生き残りは、誰もいない。

 大人も子供も家畜も、召喚獣ですら殺されていた。

 あの『得体の知れない女』は何者なのか。ウィルは歯を食いしばり、腰の拳銃に触れる。

 いざという時、戦う覚悟はあった。


「ちくしょう……!! あの野郎、許さね「はぁ~い♪」


 次の瞬間、ウィルの身体は吹き飛び、家屋の壁に激突した。


「がっっはぁ!? ゲハッ!?」


 いきなりの衝撃に受け身すら取れず、ウィルは血を吐いて地面を転がる。

 そして、目の前にいたのは……大鎌を持った白い女だった。

 なぜか笑みを貼りつけ、ウィルを見下ろしている。


「え~……まずはおめでとうございます! この村の住人を全員調べてみたけど、あなたが一番のイケメンくんだということがわかりました~♪」

「????? ……が、はっ」

「それじゃ、さっそく始めよっか♪」

「……がは、ぁっ……はぁ、はぁ」


 ウィルは身体を起こし、ノロノロした動きで拳銃を握る。いつもの早撃ちなどできるはずがない。骨のいくつかが折れ、口の中は血の味しかしない。

 

「来い───ヘンリー!!」


 ヘンリーが召喚され、大空を舞う。

 目の前の女は「おお~?」と空を見上げていた。ウィルは拳銃を構える。

 目の前の女は、空を見上げたままだった。

 ウィルは女の頭、心臓を狙って発砲する。


「ふふ♪」

「───!?」


 だが、銃弾は女に触れることなく風化した。風化したとしか表現できなかった。触れてもいないのに、消滅してしまったのだ。

 わけがわからない。ウィルが再び発砲しようとした瞬間。


「えいっ♪」

「いっ───っがぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 銃を持っていた左腕が蹴られ、骨が砕け散った。

 あまりの衝撃に骨が飛び出た。切断されないのが不思議なくらいの威力だった。

 ウィルは左手を押さえる。蹴られた衝撃で銃がバラバラに砕けた。

 右手は残っているが、左腕を押さえることしかできない。ウィルの戦意は完全に砕けた。


「ふふ♪ 可愛いお顔ねぇ……? 今は恐怖しているけど、すぐにわたしを憎みたくなるわ」

「……あ、ぐ」

「じゃ、こっちこっち。いいもの見せてあげる♪」


 女はウィルを引きずり、近くの民家へ。

 民家の中に入ると───そこにいたのは。


「なっ……親父、母さん!! じいちゃん、ばあちゃん……サラ!!」

「ウィル!!」

「お兄ちゃん!!」


 そこにいたのは、ウィルの家族だった。

 ウィルは椅子に座らせられ、女が指をパチッと鳴らすと黒いムカデが手足を拘束する。

 最初に、怯える祖父母に向かい、ウィルにこう言った。


「これからきみの家族を殺しちゃいます♪ まずは……おじいちゃん、おばあちゃん♪」

「なっ」


 スパン───と、女の大鎌が祖父母の首を刈り取った。

 噴き出す鮮血。転がる頭。倒れる身体……サラは叫んだ。


「い、やぁぁぁぁぁぁっ!! おじいちゃん、おばあちゃん!! いやぁーーーッ!!」

「あ、あああ……な、なんで、なんで」


 サラと母親が恐慌状態に。

 父クリントは怒りで歯ぎしりし、奥歯が砕けた。


「き、さまぁぁぁぁぁっ!!」

「おお~怖い怖い。ねぇきみ、どう? 許せない? わたしが憎い?」

「……て、めぇぇぇぇっ!!」

「そう!! それそれ、その眼がいいの!! もっと、もっと憎んで!!」


 ウィルは女を睨む。ギリギリと歯が砕けそうになった。

 そして、次は母親に目を向ける。


「ふふ。お母さん、覚悟はいいかな?」

「ひっ……」

「や、やめ……やめろ!! やるならオレにしろ!! テメェなんでこんな!!」

「決まってるじゃない。あなたに憎んでほしいから……ねぇ?」

「やめ───」


 母親の首を後ろから摑んだ女は、そのまま首を握りしめた。

 あまりの握力に首の骨が折れ、首が薄皮一枚だけで繋がったような状態になる。


「貴様ァァァァァァっ!! 殺す、殺してやる!!」


 クリントがキレた。

 妻を殺された怒りで目から出血していた。血の涙を流し女を睨みつける。

 だが、女は妖艶にほほ笑んでいた。

 サラは気を失った。母を殺され、祖父母を殺された。

 ウィルは言葉も出ない。そして、女に向かって叫ぶ。


「テメェ!! 殺す、殺してやる!! オレと戦え、戦え!!」

「やぁよん。もっともっと憎んでもらわないと……ねぇ、お父さん?」

「───っ……ウィル、聞け」

「親父!! 戦え親父!! サラを」

「サラを守れ。ウィル」

「あ───」


 次の瞬間───父クリントの首が飛んだ。

 最後の最後。妻を殺された怒りよりも、残された息子と娘を案じた。

 ウィルは震え、涙が流れた。

 そして───ついに折れた。


「頼む……」

「ん?」

「サラだけはやめてくれ!! なんでもする。命が欲しいならくれてやるしオレにできることならなんでもやる!! だから妹だけは」

「なんでもする?」

「ああ、なんでもやる!! 殺しだってやるしこの国の王だってブチ殺してやる!! だから妹だけは……頼む!!」

「うんうん。イイ子ねぇ~……じゃあ、こうしよっか」


 女は、サラを抱き起し頬を撫でる。するとサラが起きた。


「ぅ……」

「サラちゃん。サ~ラちゃんっ!」

「ひっ……」

「ふふ。きみのお兄ちゃん、きみを助けたいんだって。それでね、きみが助かるためには……左腕を犠牲に(・・・・・・)しなくちゃいけないの」

「え……?」


 女は、ウィルの身体に黒いムカデを這わせた。

 ムカデに拘束されたウィルは無理やり立たせられ、右腕が拳銃に添えられる。


「な、何を……」

「ウィルくん。その拳銃でサラちゃんの左手を撃って。そうしたら解放してあげる♪」

「なっ……」


 右腕が持ちあがる。

 拳銃を握りしめ、無理やり立たされたサラの左腕が持ちあがる。

 狙いは、サラの左腕。


「や、やめろ」

「なんでもするんでしょう? だったら……かわいい妹ちゃんの腕くらい、撃ち抜けるよね?」

「お、お兄ちゃん……」

「サラ……あ、ああ……さ、サラ」


 女の大鎌が、サラの首に添えられた。

 ウィルの手が震える。なぜか引き金を引く指だけは自由だった。

 撃てば助かる。撃たねば死ぬ。だが、的は自分の妹。

 撃てない。ウィルは涙を流す。


「さぁ、早く……さん、にい……いち……っ」


 女の大鎌が、ゆっくりとサラの首に触れる。

 震える手で、ウィルは引き金に指を添え───。


『キュィィーーーーーーッ!!』

「えっ!?」


 窓からヘンリーが、女の顔めがけて飛んできた。

 ヘンリーの爪は女の頬を掠めた。そして、わずかだが緑色の血が流れる。

 ムカデの拘束が外れ、ウィルとサラは自由に。

 ほんのわずかな隙だった。ウィルはサラの腕を掴み抱き寄せた。


「サラ!!」

「お兄ちゃん!!」


 だが、そこまでだった。


「───ガキが」


 顔を怒りで歪ませた女が、大鎌を片手で振りかぶる。

 片手でヘンリーを握りつぶし、ウィルとサラを両断した。


「あ……」

「がっ……」

「ああ~もう、やっちゃったぁ……はぁ、もういいや。かえろっと」


 女は興味を失ったように、倒れた兄妹を一瞥。一言だけ呟く。


「残念ねぇ。このフロレンティアの可愛い『彼氏』になれたかもしれないのに♪」


 そう言って、煙のように消え失せた。


 ◇◇◇◇◇◇


 明滅する意識のなか、ウィルはサラを抱きしめていた。

 正確には、サラの上半身。下半身は腰から切断された。ウィルは両断こそされていないが、あまりにも深く鎌で斬られ血が止まらない。

 薄れゆく意識のなか、サラは呟いた。


「お、にいちゃん……」

「……ん」


 ウィルは、残り全ての力を使い、サラの頭を撫でた。

 ウィルもサラも、涙を流していた。


「大好き、だよ」

「ああ、オレ、も……」


 すると、半身と翼を両断されたヘンリーが、ウィルの傍へ這いずってきた。

 不思議と、ウィルは満たされていた───が。


 ◇◇◇◇◇◇



『───で』



 ◇◇◇◇◇◇


「……あ?」


 ウィルは生きていた。怪我が消えていた。

 そして、気付いた。


「なんだ、これ……」


 左腕が、翡翠を散りばめたような材質に変化していた。

 こうして、ウィルは全てを失った。

 手に入れたのは、異形の左腕……『ヘッズマン』だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ