アルフェンVSミドガルズオルム③/仲間
巨大亀ミドガルズオルムとアルフェンの戦い。
ミドガルズオルムは全長四十メートル以上。それに対してアルフェンは身長約二メートルほどだ。比べるのも馬鹿馬鹿しい体格差がある。
だが、アルフェンは負ける気つもりがない。
この『完全侵食』状態なら、どんな敵にだって負ける気はしない。
アルフェンは、右腕を『硬化』させ、さらに巨大化させる。
「行くぞ───『獣の一撃』!!」
巨大化した腕が伸び、ミドガルズオルムに向かって伸びていく。
だが───やはり能力は健在だった。
ミドガルズオルムに近づいた途端、アルフェンの右腕がスローモーションとなったのだ。
「っぐ───能力か」
『無駄だよ。ヒト型の時とはワケが違う!!』
ミドガルズオルムの甲羅にある突起が伸び、発射された。
今までにない攻撃方に、アルフェンは驚愕。
腕がノロくなった瞬間に引き戻したが、まだ動きがノロく戻ってこない。そして、飛んできた『棘』がアルフェンの身体に直撃した。
「ぐ、あがぁ!?」
完全侵食状態の身体に亀裂が入った。
常時『硬化』されているジャガーノートの外殻に亀裂。
「ぐ……やられた、全身硬化の弱点……!!」
原因は、ミドガルズオルムの『スロウ』が付与された棘だった。
アルフェンの外殻は常に『硬化』されている状態だ。だが、アルフェンは自身の身体に『硬化』を付与する場合に限り、硬化を自在に解除できる。全身硬化をしてしまうと、関節や内臓、血流なども止まってしまうからである。
なので、完全侵食状態の常時硬化は、身体を動かす場合だけ解除される。動きを止めた時だけ、外殻の表皮だけを硬化するのである。
今は、腕を伸ばしたまま引き戻した状態だ。だから硬化が効いていない。ダメージを受けた原因はそれだった。
『───へぇ』
ミドガルズオルムは面倒くさがり屋だ。
やる気はあまりないし、感情をあらわにすることもあまりない。それが逆に言えば冷静沈着であり、観察力が高いということでもあった。
『あははっ……なんかわかっちゃったかもね。きみの五指に触れる前に吹っ飛ばせばいいや』
「……やれるもんならやってみろ!!」
アルフェンは右手の五指に力を入れる。
召喚獣の王ジャガーノートだけが使える二つ目の能力。『終焉世界』を使ってミドガルズオルムに触れれば、この『スロウ』は消える。
「お前に触れれば俺の勝ちだ。だったら……ここからは根性の見せ所だ!!」
そう叫び、アルフェンは右手を巨大化させ走り出した。
◇◇◇◇◇◇
「ん、うぅ……くぁぁ───あれ?」
アネルは目を覚ました。
身体を起こし、大きく欠伸をして、頭をポリポリ掻き……ハッとする。
「あ!? ま、魔人───は倒したのか。あ、魔獣!? みんな!!」
ガバッと立ち上がり、身体を確認する。
完全侵食を習得し、バハムートを倒したのは覚えている。
その後、疲労で少しだけ目を閉じていたのだが、思った以上に時間が経過していたようだ。
「腕、脚───……うん、動く。能力……うん、大丈夫」
腕を回し、その場で跳躍。『カドゥーケウス』を顕現させる。
どれも問題ない。それに、完全侵食状態から戻ったせいなのか、怪我も全て消えていた。
やや疲労はある。だが、戦闘に支障はない。
「……そういえばアタシ、一人で魔人を倒したのよね……う、今さらだけど、けっこう無謀だったかも……頭にきてたけど、もうあんな無謀な真似やめよう」
アネルのいいところは、こういう反省ができるところだ。
首を振り、大きく頷く。
「まずは、みんなと合流しなきゃ!! ここ───……どこ?」
見覚えのないところだった。
地面に激突したせいかクレーターができている。
まずは、地形の把握が先だ。
「『噴射口』、跳躍!!」
アネルは両足に噴射口を造り、跳躍した。
一瞬で上空百メートル以上舞い上がる。飛ぶのではなく噴射なので細かい調整は難しい。だが、厳しい訓練で噴射口の制御をモノにしたアネルは、短時間の飛行が可能になっていた。
上空から周囲を見渡し───……驚愕した。
「───なにあれ」
巨大な亀と、完全侵食状態のアルフェンが戦っていた。
「あんなサイズの魔獣……魔獣? そういえば、ミドガル、なんとか?……が来てるとか言ってたっけ。ああもう、考えるの後!! まずは……助けないと!!」
噴射口から火が噴き、アルフェンの元へ向かって行く。
このまま勢いをつけて蹴れば、亀の甲羅を貫通できるかもしれない。
そう考え、アネルは勢いを増す。
「だぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
だがそれは、ミドガルズオルムの能力を知らないアネルにとって悪手だった。
◇◇◇◇◇◇
「だぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
「え───アネル!? やばいっ!! ちょ、待った!! ああもう!!」
アネルがいきなり現れ、ミドガルズオルムに向かって飛び蹴りを食らわせようとした。
だが、ミドガルズオルムの『スロウ』がある限り奇襲は意味をなさない。というか、あんなに大声で叫んでは奇襲もクソもない。
アルフェンはミドガルズオルムに向かおうとしたが急ブレーキ。右手を巨大化させて伸ばす。
「え!? ちょ、わぶっ!?」
右手に受け止められたアネルは、そのままアルフェンの元へ。
さすがに、これには怒るアネル。
「ちょ、なにすんの!? いい感じで勢い付けたのにぃ!!」
「勢い付けても無意味だ。あいつの能力、近づけばみんなノロくなるんだよ」
「え」
アルフェンは石を拾い、全力で投げつける。
石は時速百キロ以上の速度で飛んだが、ミドガルズオルムに近づいた途端にノロくなった。
アネルは顔を蒼くする。
「あ、あんな能力あり?……」
「ありだな。それより、来てくれて助かった。手ぇ貸してくれ」
「もちろん。それに……アタシも役に立てると思うよ」
「え……?」
「『完全侵食』」
「え」
アネルの身体に真紅の装甲が纏われる。
完全侵食。これにはアルフェンも驚いた。
「おお……すっげぇ」
「ふふ、ピンクが力をくれたの」
「これならいけるな。よーし、二人でやるぞ!!」
「うん!!」
アルフェンとアネルは互いに構えを取る。
ミドガルズオルムは、納得していた。
『ああ、バハムートはきみにやられたのか。ってことは、さっきの爆発も?』
「まぁね。次はアンタの番!!」
『……怖いなぁ』
アルフェンとアネル、そしてミドガルズオルム。
魔人との戦いは、終盤に向かっていた。
◇◇◇◇◇◇
さて、どうするか。
ミドガルズオルムに近づけばノロくなる。ならば攻撃は自然と遠距離に限られる。
先ほどは逃げ場をなくすほどの大地で四方を囲い、上空から巨大化させた『右手』で押しつぶした。だが、このサイズではその手は使えない。
すると、アネルが言う。
「ねぇ、のろくなるだけで、攻撃が当たらないわけじゃないんだよね?」
「ああ。でも、見ての通り……ノロい分、硬そうだ」
ミドガルズオルムは巨大な『亀』だ。
突起の生えた甲羅は硬そうだし、その突起を飛ばしての攻撃もまた脅威だ。
すると、ミドガルズオルムが言う。
『なんか面倒くさくなってきたし……本気で終わらせるよ』
「「!!」」
『光栄に思いなよ。本気のオレはバハムートより強い』
ミドガルズオルムの手足、そして頭が甲羅の中に引っ込んだ。
甲羅が手足や頭を引っ込めた穴をふさぎ、さらに甲羅の突起が鋭利になる。そして、ミドガルズオルムは超高速で回転し、突起を飛ばしてきたのだ。
「なっ!? アネル、俺の後ろに!!」
「う、うん!!」
アルフェンは右手を巨大化させ、盾のように広げた。
すると、突起が右手に直撃───……動きが、遅くなった。
「しまっ───……った───……」
突起の一つ一つに『スロウ』が付与されている。
そして、地面に突き刺さった突起もまた、半径二メートル圏内に『スロウ』の効果が。
周囲は突起だらけ。つまり、アルフェンとアネルは『スロウ』に囚われてしまった。
「リ───……デ───……ル───……」
「やっ───……っばぁ───……」
身体が重く、動きが鈍い。
完全に術中に囚われていた。
そして、動きの止まったミドガルズオルムがにょきっと頭を出す。
『捕まえた。あっはっは、もう終わりだよ』
がぱっと、ミドガルズオルムの口が開いた。
そこに、黒いエネルギーが集中していくのが見えた。
身体が動かない。中途半端な『硬化』では防げないかもしれない。
アルフェンは必死に考えた。だが、思考能力もノロくなっている。
「た───え───て───……」
「……え」
前を向いていたアルフェンには見えなかった。
アネルの『カドゥーケウス』の下半身。スカートのような部分が展開され、地面めがけてミサイルが発射されていた。
ミドガルズオルムの黒いエネルギー球がどんどん大きくなる。
「───っ!!」
「───!?」
そして、アルフェンとアネルのいる地面が爆発した。
アルフェンには何が起きたのかわからなかった。ゆっくりと爆発し、爆風で身体が浮き上がっていく。
ミドガルズオルムの黒球が完成した。あまりの大きさにミドガルズオルムの視界も遮られ、アルフェンたちの地面が爆発し、身体が徐々に浮き上がっていることに気付いていない。
油断───最初で最後のチャンス。アルフェンは歯を食いしばった。
『じゃあ───さよなら』
ボッ───と、黒い塊が発射された。
同時に、爆破で上空二メートルほどに吹き飛ばされたアルフェンとアネルは、『スロウ』の効果範囲から逃れ、爆風で思い切り上空へ打ち上げられた。
「うおぁぁぁぁぁっ!?」
「いったぁぁぁぁっ!?」
ぐるぐるときりもみ回転。二人がいた場所を黒い球体が通り過ぎていく。
アネルはアルフェンの身体を掴み、空中で体勢を整えた。
「アルフェン!! これが最初で最後の───」
「ああ、勝機!!」
『───え?』
ここで、ミドガルズオルムは気付いた。
アルフェンとアネルが上空にいる。そして、アルフェンの右腕が巨大化し、ミドガルズオルムの真上から振り下ろしていたのだ。
これには、驚くしかなかった。
『な、なんで!?』
右腕は、ミドガルズオルムの二メートル圏内へ入った。
動きがノロくなる。
ミドガルズオルムは焦っていた。
『やべ、やべ、やべぇぇぇぇっ!!』
「っっっ───……ッ!!」
そして、ついにアルフェンの五指がミドガルズオルムの甲羅に触れた。
「『終焉世界』!!」
次の瞬間───ミドガルズオルムの全ての能力が消えた。
『スロウ』が消えた。そして、着地したアネルの背中に巨大な弐門の砲身が形成される。
「『雷電磁砲』!!」
紫電の光線が発射され、ミドガルズオルムの甲羅を砕いた。
『ギャァァァァァァァァァァァ!?』
「とどめだ!!」
甲羅が砕け、衝撃でひっくり返ったミドガルズオルムに向かって、右腕を叩きつける。
今なら『硬化』が使える。
「『停止世界』───『圧縮』!!」
『硬化』により空間、時間、その他諸々が固まり、アルフェンの右手によって硬化された空間が圧縮されていく。ミドガルズオルムの身体が砕け、圧縮され縮んでいく。
『あーあ……負けちゃった……まぁ、しばらく……のんびり、でき、そう……』
最後まで語ることなく、ミドガルズオルムは圧縮され消滅した。
こうして、村を襲撃した二体の魔人は討伐された。
アルフェンとアネルは完全侵食を解き、ハイタッチする。
「終わったぁ~……のよね?」
「たぶん。村の方の魔獣はフェニアたちがなんとかしてる。まぁ、A級の連中もいるし、大丈夫だろ」
「うん……あれ? そういえばウィルは?」
「…………」
アルフェンは、答えられなかった。
アネルが首を傾げると、首筋に小さな雫がぽつり、ぽつりと当たる。
「あ……雨かな」
「…………みたいだな」
小降りの雨は、やがて大雨となり大地を潤した。
◇◇◇◇◇◇
空から降る雨は、火照った身体を優しく包む。
「うふふ。もうおしまい?」
あんなに熱かった身体は、すっかり冷えてしまった。
全身傷だらけ、意識も失いかけ、腕も上がらない。
ウィルは、大岩に叩きつけられ、大鎌で刻まれ血まみれだった。
「んん~……きみ、今まで残した子の中でも最高に感じさせてくれたわぁん♪ ふふ、お姉さん濡れちゃったぁ……んん? もちろん雨にだけどね♪」
『色欲』の魔人フロレンティアは、無傷だった。
大鎌を抱き、くねくねした動きでウィルを見下ろしている。
「わかったでしょう?」
ふと、真面目な声で言う。
「お姉さん、男の子が大好きなの。強い恨みを持った子なんて特にねぇ♪ ……そんな子を徹底的にいたぶって殺して犯すのが、本当に大好きなの♪」
ウィルは答えない。
意識を失っているのか。それとも、チャンスを狙っているのか。
「それと、もう一つ……お姉さんが男の子を残す理由」
フロレンティアは大鎌をカランと投げ捨て、前かがみになってウィルに顔を近づけた。
あまりにも無防備───……そして。
「───ッ!! 死にやがれ!!」
最後の力を振り絞り、ズタズタに引き裂かれた左腕をにフロレンティアの眉間に向け、翡翠の弾丸を発射した。
フロレンティアは、微笑を浮かべたままだ。
弾丸は、フロレンティアの眉間へ飛んでいく───……だが、弾丸はフロレンティアの肌を傷つけることなく、一瞬で分解され塵となった。
「これが、その理由。ふふ……レイヴィニアちゃんに聞かなかったの? 私のコト」
フロレンティアは大鎌を拾い、髪をかき上げた。
「私の能力は『男子禁制』───……全ての男は、私に触れることができない」
これが、フロレンティアの能力だ。
いかなる男もフロレンティアに触れることができない。フロレンティア自身が自分の意志で触れることは可能だ。だが、『男』は手でも足でも『能力』ですらも、フロレンティアに干渉できない。
フロレンティアが残した『男』がいくら強くなろうとも、どんな能力を持っても、フロレンティアに勝てない理由はここにあった。
「あなた、まだ諦めてないわねぇ……ん~、それじゃつまんないわぁ。もっと絶望して、全てを諦めて、その瞬間に殺すのが最高なのにぃ……もう」
「て、めぇ……」
「そんなに殺意ふりまいちゃダメダメ。ん~……少し早かったかしら。ま、いいわ。今回は見逃してあげる♪ そもそも、あなたは今食べる予定じゃなかったしね♪」
「…………ッ」
フロレンティアは雨を楽しむように空を見上げ、ウィルに背を向けた。
「じゃぁね~ん♪」
「ま、まち、やが……れ!!」
左腕を持ち上げる。だが、出血がひどく弾丸は出なかった。
たとえ発射しても、傷一つ付けられなかっただろうが。
やがて、フロレンティアは見えなくなり……ウィルは一人、残された。
「っ……ッっ!! ぐ、っっ……あ、あぁ、アァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーっ!!」
土砂降りの中、ウィルは全力で叫んだ。
己の無力さを呪う怨嗟の叫びは、雨の音に混じり響いていた。