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時嚙みの瑠璃(3)

 数分経っただろうか?

 しばらく経って二人とも落ち着くを取り戻す。


「えっと……見苦しい所を見せたわね」


「いえ、大丈夫ですけど。でも異世界転生の話でもないならどうしてここに呼ばれたんですか? だって、私はあの時……死んだんですよね?」


 死ぬ前の光景を思い出しながら一言一言重く言う。

 兄ではない何かの笑みを見て、腸が煮えくり返りそうになりながら。


 紅薔薇と呼ばれた神様は腕を組む。


「う~ん、その表現は一部当たっていて外してもいる」


「えっと?」


「つ・ま・り♪ また瑠璃ちゃんはやり直せるんだよ。一度体験してもらったけど、雪白のまだ残ってる権能であなたの記憶? 魂? を過去に飛ばしたの、心当たりない?」


 雪白と呼ばれた神様は紅薔薇様の言葉を補足するように付け加える。


 権能……言葉から察するに多分神様の力? みたいなものなのかな?

 タイムリープも多分その権能とかいう力で起こした現象、強力なスキルだと今は解釈しておこう。


 私はコクリとうなづく。


「心当たりはありますけど、何で私だったんですか? まさか……私は選ばれし勇――」


「雪白の信徒としての適性があの世界で一番高かったからだよ」


 私の言葉を遮るように雪白様はそう言った。

 少しくらい夢見せてくれたっていいのに……。


 肩を落として、私は雪白様を見る。


「信徒? 生憎神様はソシャゲのガチャとかで都合のいい時だけ信じるのであまり信仰深くはないですよ?」


「神様の前でそれ言う根力凄いね……」


 おっと、また余計なことを滑らしてしまった。

 お兄ちゃんにいつも注意されてたのに、相変わらずこの口は軽すぎるらしい。


 切り替えるため雪白様はコホンと可愛い咳払いをする。


「えっと……まぁ、とにかく雪白の権能がかかりやすい人ってこと。だから瑠璃ちゃんが戻りたがってたあの頃に戻したの」


「なるほど……でもそこで疑問がもう一つ。その力を使って私を戻したのは何か使命が、多分さっき会ったお兄ちゃんもどきが雪白様の権能を奪ったやつだと思うんですよ、そんな話してましたし。つまりあいつから権能を取り返すのが目的ですか?」


 私がそう考察し口にすると、雪白様が目を見開く。


「紅薔薇姉様……瑠璃ちゃんがすごい察しがいいです! いつもお兄さんの前だとドジっ子発動するのに!」


「雪白……あんたも一言余計だからそれ以上喋らないようにね?」


 紅薔薇様に言われ、雪白様はっと口を押さえる。

 そして紅薔薇様はビシッとこちらを指さす。


「君の言った通り、そんな奇跡を起こしてるのも頼みたい事があるからだ」


「それは……何ですか?」


「頼むことは単純明快――雪白の権能を奪った奴から取り返すために、あたしの権能に肉体が耐えうる人材を探し、育て上げ、権能を一時的に譲渡して戦えるようにして欲しいということ」


 神様からの依頼。

 それは神の力に耐えられる人材育成だった。


「いや、そんなことしなくても神様の力で何とかならないですか? 直接出向くとか……神罰的なの落とすとか……」


 そう提案すると、紅薔薇様は首を横に振る。


「残念だけど、それは出来ないわ。あっちも仮とはいえ神様の力を持ってる。ここからの権能の行使も、スキルによる攻撃も、軽く迎撃されて終わりよ――それにあたしはこの部屋から出られない、出たら出たで世界の管理をする柱がいなくなって、それこそ世界の終焉待ったなしよ」


 紅薔薇様は苛立ちからか、トントンと机を叩き貧乏揺すりを始めた。


「しかも、雪白が管理してる世界もあたしがやってるから権能をほぼそっちに使ってて手が離せない――タダでさえ一括管理するために管理システム融合させたら、ダンジョンやらスキルがこっちの世界にも現れちゃうし、あぁもうめちゃくちゃよ!」


 紅薔薇様は愚痴を吐いた後で一人でキレる。


 今サラッと現代にダンジョン現れた経緯を話された気がするけど……聞かなかったことにしようかな。

 怒っている紅薔薇様に聞き返すのも怖いし、何より今の会話でこちらが申し訳ない気分になってしまった。

 傍から見て、私とお兄ちゃんの関係ってこんな感じに見えてるんだと思うと――更に申し訳なくなる。


 ……お兄ちゃんに今度会ったら何かお礼しよう。

 そうしよう、うん。


 フゥと一呼吸おいて、紅薔薇様は話し続けた。


「幸い、時間はこちらで無限に用意できる。けど、問題は……」


「現状あいつが目覚めるまでの間に、紅薔薇姉様の権能に耐えうる候補がいないってことなのよねぇ」


「「う~ん」」


 二柱は考え込んでいるようだが……もしかして気付いていないの?


「えっ? いるじゃないですか? ――というか、さっきの周回で、もうヒントがありましたよね?」


「「えっ?」」


 私の発言に二柱とも目を見開く。


「み、見つけたの?」


「えぇ、ハッキリと口にしてましたし。これがもし謎解きゲームだったら、イージー過ぎて即刻クレームものですよ」


「御託はいい! 一体誰なんだ!」


 二人は答えをいち早く聞こうと前のめりになる。


 やっぱり……というか、結局私が頼る先はいつも決まっていて一つしかない。

 ――でも、今回は絶対に一人になんかさせないよ。


 私は穏やかに微笑んで答えを口にする。


「私のお兄ちゃんですよ――だって、あいつ言ってましたよ? 【これならば権能を使うのも容易だろう】って、裏を返せば、お兄ちゃんの体は神の権能を使っても耐えられるってことですよね?」


「「……あっ」」


 二柱ともようやく気付いたのか、そのことに気が付く。

 殺されかかった当事者の私が気付く初歩的な考えだと思うのだけど……というか。


「何でこんな単純なことに気付けなかったんですか? あなた方神様ですよね?」


「いや……その……あまり人間相手だと物事を深く考えないというか。思考を放棄するというか……」


 紅薔薇様はしどろもどろになるが、雪白様はドヤ顔で立ち上がる。


「神が一々、人類の言動一つを気に留めるとでも!」


「――神ゆえの傲慢ですね。なるほど、それを利用されて権能取られたのも頷けます」


「うぅ……」


 私がそう言い切ると、かっこつけた雪白様も力なく席に戻る。

 紅薔薇様はコホンと咳払いして仕切り直す。


「と、とにかくだ。葉賀橙矢を信徒にするのはいいが、奪った奴は今霊体のような状態で、死体に憑りついて周りながら生き長らえている。もしさっきの世界線のように葉賀橙矢が死んで、肉体を奪われたら元も子もないぞ? どうするつもりだ?」


 私はサムズアップする。


「それは当初の予定通りですよ。お兄ちゃんを鍛えて最強にすれば死ぬこともないですしね。お兄ちゃん最強RTAってやつです♪」


「……探索者をやめさせるって言うのはダメなの?」


 探索者をやめさせる。

 それも手ではあるけど……。


「あぁそれは絶対無理ですね。お兄ちゃんは一度こうと決めたら頑固ですから、探索者をやめてって言っても裏でこっそりやりますよ? それに鍛えれば二つ名級に強くなるって分かってるのに鍛えない手はないですよ」


 私は雪白様の前に立つ。


「では、雪白様。さっそくタイムリープお願いします。そうですね……私も鍛えた方がいいと思いますし転生の王道の0歳くらいスタートで、あっ、あとスキルのレベルって他の世界線にも持ち越せるんですか? それに私の死亡、もしくはギブアップでここに戻すとか――」


「一つ、聞いてもいい?」


 タイムリープに条件を付けられるか聞こうとしたが、遮られ、雪白様は真剣な表情でこちらをジッと見てくる。


「何ですか?」


「さっき死ぬのを体験してもらったと思うけど、タイムリープするってことは、あれを繰り返しの中で何度も体験することになることになるわ。それはとても辛くて、とても苦しいことだわ――それをあなたがやらなきゃいけないことなの? 候補が見つけられたのなら、後は他の人に任せ……」


「ダメです――それはダメなんですよ」


 私は雪白様の提案をバッサリと切り捨てた。


「どうして?」


「罪滅ぼし……ですかね? 最初の世界線で私はお兄ちゃんの心を壊してしまった。だから、私が心が壊れるくらい頑張らないと帳尻が合わないじゃないですか? それに、お兄ちゃんを助けるのは私でいたいんですよ」


 やっと私にもお兄ちゃんの役に立てることが見つけたんだ――今度は私が助ける番。


 私の答えを聞いてクスッと雪白様は笑う。


「お兄さんのこと、本当に好きなのね?」


「あのですね? これだけは言っておきますよ」


 私は雪白様をビシッと指さす。


「私がお兄ちゃんを好きなんじゃなくて、お兄ちゃんが私のことを好きすぎるんです。お間違えの無いように!」


「はいはい、そういう事にしておく♪ 本当に仲が良くて羨ましいわね♪」


 雪白様がトンとテーブルを叩くと私の足元に魔法陣が出現する。


 体が少しずつ透けて時間を駆ける旅が始まろうとしていた。


「さっき言ってた条件でループするように設定しいておいたわ。あと、ステータスと魔力は魂に紐づけされてるからループしてもリセットはされない、存分に力を振るって」


 雪白様と紅薔薇様は笑って手を振る。


「雪白の新たな信徒、葉賀瑠璃の旅路に祝福を、願わくば彼女の願いが成就するように祈るわ」


「こちらの事情に巻き込んでごめんなさいね。こんな事をいうのはおこがましいんだけど、お願いね瑠璃」


 私は無言で親指を立てて、この場所を去る。


 そして私の長い……それは長い旅路が始まった。


 絶対にあの展開を覆して見せる。


 幾多の時を喰うことになろうとも、絶対に!


「お兄ちゃんは私が助ける!」


 これは誰に知られることもない物語。


 とある少女がハッピーエンドを目指すお話だ。


 時噛みの瑠璃、そう呼ばれるのはまだまだ先のことになる。

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