時噛みの瑠璃(1)
ここは……どこ?
確か……私……フォレストダンジョンで……。
ダメだ……全く思い出せない。
フォレストダンジョンに来たことまで覚えているけど、それ以外の記憶がすっぽり抜けているような感覚。
「……い、る……」
耳元で誰かの声が聞こえる。
でも、瞼が重い……眠い……。
「……ってば」
うるさいなぁ……もう少し寝かせ――
「起きろっての瑠璃!!」
「いったぁ!?」
瞬間、頭にトンと軽い一撃が入る。
私はその軽い衝撃で意識がぼんやりとだが覚醒した。
威力が低いとは言え、女の子の頭を叩くなんて、何て奴だと私が振り返ろうとした時だ。
私は叩いた奴の顔を見て、完璧に目が覚める。
そこに立っていたのは中学生の時の制服を着崩し、少しヤンチャだった時のお兄ちゃんがチョップする構えで立っていたのだ。
今は社会の荒波にもまれて大人のようにしっかりした言動だが、昔はこんな感じで年相応な態度だった気がする。
懐かしいなぁ……って、何故今制服を!?
「お兄ちゃん? 中学の時の制服なんて着てどうしたの? 学生時代が懐かしくなった?」
「はぁ? まだ寝ぼけてんのか? いくら今年中学卒業って言ってもまだ12月だぞ? 自由登校にはまだ早いっての、それより早く起きないと遅刻するぞ」
呆れたように私の部屋から出ていくお兄ちゃん。
私は呆然としてしまう。
「ドッキリ……じゃないよね?」
私はスマホのカレンダーアプリを起動させると、確かに二年前の日付を指し示していた。
これって……よくある……。
「時間遡行……タイムリープって、こと?」
私は何が何だか分からないが、とりあえず部屋にかけていた中学の時の制服に着替え、一階へと降りていく。
「おっ、寝坊助が起きたようだな。流石橙矢、お前が起こすと一発だな」
「頭なでんなっての父さん! もう子供じゃねぇんだぞ!」
「ほら、瑠璃もご飯食べちゃいなさい」
それは失ったはずの家族団らんの風景。
お父さんがお兄ちゃんの頭を撫でて褒め、うざそうに払い除けようとするお兄ちゃん。
ハイハイと淡々とその様子に微笑んでいるお母さん。
ポタッ……。
「あ、れ?」
床に水滴が落ちる。
それは私の瞳から落ちた涙だった。
「瑠璃ちゃん!?」
「おい、橙矢起こす時に何かしたんじゃないのか!?」
「何もやってねぇよ! いつものように軽くチョップして起こしただ――ぐえぇぇぇ!?」
「暴力か! 暴力なのか! 女の子には例え家族であろうと優しくしろとあれほど! そんな子に育てた覚えはないぞ!」
「ギブギブギブッ!? ごめんって瑠璃! 謝るから父さんを止めてくれぇぇ!!」
お父さんがお兄ちゃんにチョークスリーパーをかけ、苦しそうにタップしていた。
「瑠璃ちゃん大丈夫?」
お母さんがと近寄って、私の背中を優しくさする。
「ちがう……ちがうの……お兄ちゃんは悪く……なくてぇ……」
私がそう言うとお父さんはお兄ちゃんにかけている技を更に強くする。
「妹に擁護させて恥ずかしいと思わんのか橙矢ぁぁぁ!」
「ギャァァ!!? ……あっ」
最後の弱弱しい声とともに、カクッと意識を失ったお兄ちゃん、お父さんはパッと放してお兄ちゃんを地面に転がし、こちらへ走ってくる。
「大丈夫か瑠璃!」
「大丈夫?」
私は二人の頬を触った。
温かい……幻覚じゃない……本物だ。
「うん、大丈夫……ちょっと怖い夢を見ただけだから」
「そ、そうか……良かった」
「ならよかったわ」
そして、私も涙が止まり落ち着いた数分後……。
「……ったく、朝からひどい目にあった」
お兄ちゃんは不機嫌そうに首をコキコキと鳴らし、痛むところがないか体の調子を確認する。
相変わらず復活が早い、流石お兄ちゃん。
「相変わらず二人共、瑠璃には甘いな。俺にもその向ける優しさを分けてくれっての」
「愛の鞭を与えているだろ?」
「鞭を与えるなら飴をよこせって言ってんだよ!?」
お父さんのは告げに、はぁ……と深いため息をついて、パクリとトーストをかじるお兄ちゃん。
その様子をジッと見ていたら、お兄ちゃんがこちらをジト目で見返してくる。
「何だ? 俺の顔でも何かついてるか?」
「いやぁお兄ちゃんが食レポしないの久し振りに見たなって思ってさ?」
「久し振りって、今も昔もやった事ねぇだろ。まだ寝惚けてんな」
はっと鼻で笑われて、トーストを豪快に食いきる。
お父さんはお兄ちゃんの発言にムッとした。
「料理に感謝し、賛美するのは良いことなのだぞ? 特に! ママの作った料理はいつでも最高だからな♪」
「まぁ、あなたったら♪」
子供二人の前でもお構いなしにイチャつきだす両親。
私とお兄ちゃんはアハハと乾いた笑いを浮かべる。
「はいはいごちそうさまごちそうさま。今日の結婚記念日もその様子で楽しんでこいよ。家事は俺がやっといてやるから」
「えぇ、ありがとう橙矢♪ 楽しんでくるわね♪」
「あぁ、任せたぞ息子よ。せっかく有休をとったんだ。楽しまなきゃな」
お兄ちゃんが時計を見ると慌てたように立ち上がった。
「まずっ!? もう電車の時間ギリギリだ! 瑠璃、急ぐぞ!」
「私達も動きましょうか?」
「そうだな、せっかくだし家族全員で電車に乗ろうか」
「えっ、あっ、う――」
その時、私の脳裏にあることがよぎった。
二年前の両親の結婚記念日。
その日は私が二度寝した遅刻した日で、そして……。
――両親が電車の事故で死んだ日。
一緒にいたお兄ちゃんだけは助かったけど、心に大きな傷を負った日でもある。
もう……あんなお兄ちゃんを見るのは嫌だ。
私は足を止めた。
「……」
「おい、どうした瑠璃? 遅れるぞ?」
お兄ちゃんが振り返るが、私は動かなかった。
三人の裾を私は引っ張った。
「今日は……いか……ないで……お願い……」
「はぁ? そんなこと出来るわけないだろ? お前今日なんかおかしい――」
「行かないで!!」
私が大声を出したことで、三人は足を止める。
お父さんは少し考えるそぶりをし、お母さんに目配せした。
「……分かった。瑠璃がそこまで言うなら今日は休もうか、なぁ母さん?」
「――えぇ、仕方ないわね」
二人は納得してくれたが、お兄ちゃんは視線を鋭く尖らせる。
「はぁ!? 二人共流石に瑠璃に甘すぎんだろ!? 付き合ってられるか、俺だけでも、い……く……ぞ……」
お兄ちゃんに抱き着き、首を横にブンブンと振る。
数秒お兄ちゃんが硬直し、天井を見上げた。
「……はぁ、分かったっての。行かなきゃいいんだろ! 行かなきゃさ!」
お兄ちゃんがぶっきらぼうにそう言うと、お母さんがフフッと笑う。
「なんだかんだ言って、橙矢が瑠璃に一番甘いな」
「最近はやりのツンデレ? とかいう奴じゃないかしら?」
「誰がツンデレだ、こら!?」
その後、学校に連絡して二人共風邪ということにしてズル休みをした。
家族全員がその日はリビングに集まってゲームを楽しみ、夕方になり、テレビをつけた。
そして、流れたニュースに私以外が目を見開く。
「俺らが乗る電車で脱線事故……もし、あのまま乗ってたら俺達……」
「――事故に巻き込まれてたわね」
お父さんはバッと立ち上がり私を持ち上げる。
「おぉ!! すごいぞ瑠璃!!」
「ありがとうね瑠璃」
「……ありがとな。今回は本当に感謝してる」
「「橙矢がデレた……」」
「誰がデレただ!! もう怒ったからな!!」
お兄ちゃんが、キレて両親二人を追いかける。
私はボゥとその様子を見て物思いにふけっていた。
良かった……回避したんだ。
その日家族全員で食べた夕飯のとんかつは、格別に美味しかったことを――もう私は忘れないだろう。




