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キングビーの天ぷらうどん

「う、う~ん……」


 私は怠い体を起こし、辺りを見渡す。

 辺りはもうすっかり暗くなっており、月明かりだけが刺しこんでいる。


 その僅かな光源で見えるのは、私の周りに寝ているダンジョン探索部のみんなだった。

 みんな私を心配してか、手を握っていたり側にくっついていたりしている。


 私は近くにあったスマホを手に取った。

 そこには、ダンジョン探索部のみんなからの不在着信やメッセージなどが大量に来ている中、一つだけ新しく来ているメッセージがあった。


 内容は『るりへなにかあったられんらくして』と変換を全くされてないメッセージが届いていた。


「流石お兄ちゃん……変換が全くされてない」


 その、やり取りに私は安心感を覚える。

 私はメッセージを送ろうと思ったが、もう寝てるよねと、送るのをやめた。


 突然、キュルルと腹の虫が鳴る。


「お腹空いたなぁ……」


 そう思った時、どこからかとてもいい匂いがする。


「いい匂い……」


 匂いに釣られるようにフラフラと部屋から出る。

 部屋から出てしばらく歩くと、台所に立つ人影を見つけた。

 お兄ちゃんが、何か料理をしているようだ。


「瑠璃か? 起きても大丈夫なのか?」


「うん、もう大丈夫だよ」


 ノールックで、こちらが誰か見抜かれる。


「お兄ちゃん、よく私だって分かったね」


「まぁ……感ってやつだよ」


 手元を動かしながら、そう言って笑う。

 作られた笑い……じゃないね。

 また、私のせいでお兄ちゃんがあんな笑顔になったらどうしようかと心配だったけど、問題ないみたい。

 でも、あまり心配されてないかと思うと、それはそれで少し寂しくもある。


「よし、出来た!」


 私が感傷に浸っている時に、お兄ちゃんがこちらに振り返り器を持ってこちらに近寄ってくる。


「腹減ったろ? そろそろ起きる頃だと思って準備してたんだ」


 器の中を覗き込むと、来る途中から漂って来ていた、醤油と鰹節の和風っぽい匂いがダイレクトに伝わる。

 醤油の透き通った綺麗な褐色に、白いうどんが目立って見え、その端に白い大きな天ぷらが乗っかっていた。


「キングビーの天ぷらうどんだ」


「また、モンスター料理作ったんだね?」


 全くもう、と思わず笑ってしまった。

 相も変わらず、お兄ちゃんはモンスター料理を出してくれたおかげで、安堵する。


「冷める前に、食べな?」


「うん、食べる」


 近くに置いてあった椅子に座り、テーブルで食べ始める。

 うどんの汁に、天ぷらをひたし一口食べる。


 ジュワァと海老みたいな味がして、海老天みたいだと思った。

 天ぷらを食べて、うどんをすする。

 それを繰り返し、気が付いたらうどんの汁まで、全て飲み干していた。


「ごちそうさまでした~」


「お粗末様でした」


 お兄ちゃんが器を下げると、新たにお皿を差し出してくる。

 それには、美味しそうなバームクーヘンが乗っかていた。


「美味しそう♪ 作ったの?」


「そうだよ。瑠璃のは、甘さマシマシで作ったから」


「本当♪ ありがとうお兄ちゃん♪」


 嬉しくて食べようとしたけど、私はピタリと手を止めた。


「……ねぇ、お兄ちゃん。何で日中の件に触れないの?」


 ずっと気になっていたが、ようやく確信した。

 敢えて昼間の件から遠ざけるようにお兄ちゃんは話題をそらそうとしている。

 そう私は感じた。


 お兄ちゃんは少し困ったように笑う。


「――だって、思い出したくもないだろ?」


「それは……まぁ……」


「なら、無理に聞かないよ。話して楽になるなら話してくれ――いつでも聞くからさ?」


「……うん」


 少しの間、無言が続く。

 昼間の一件は気にしてないと言えば嘘になる。

 でも、その不安も恐怖も、今は全くない。


 だって……


「お兄ちゃん」


「う~ん」


「頭撫でてもらえる?」


「――もちろん」


 私の頭をお兄ちゃんがいつものように優しく撫でる。

 温かくて大きな手、それだけで安心出来た。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「どうした?」


「寝てる時、夢を見たんだよ。とっても長い……夢のお話――聞いてくれる?」


「うん、いいよ」


 お兄ちゃんは嫌な顔一つせず、二つ返事で答えてくれた。

 だから、話し始める――私の見た夢の話。


「私が、お父さんとお母さんがいる時まで戻って、事故が起きないように、引き留める夢だった」


「……そして?」


「お父さんもお母さんも元気にしてて、お兄ちゃんも普通の高校生になって、家族全員が笑顔な――そんな幸せな夢」


「……」


「ねぇ、お兄ちゃん」


 私はお兄ちゃんの顔を覗き込んだ。


「今、お兄ちゃんは幸せ?」


 普段の私なら絶対聞かない質問。

 私も日中の一件を気にしてないと思っていたけど、こんな質問がポロッと口から出るレベルには、疲れているのかもしれない。


 いつも私がお兄ちゃんの足枷となってるのではと、心の奥底では思っていた。

 私さえいなければお兄ちゃんは幸せだったのでは……と。

 そんな不安をつい、口に出してしまった。


「はぁ~……お前なぁ?」


「……っ!?」


 突然わしゃわしゃと髪をぐちゃぐちゃに成程撫でられる。


「幸せに決まってんだろ? 何、当たり前のこと聞いてんだよ」


「えっ?」


 お兄ちゃんは顔はこちらを呆れたように見ていた。


「いや、だって……」


 そう言うとギュッと抱きしめられる。


「いいか良く聞け瑠璃――俺は働くって決めた選択を、後悔したことは、一度たりともない。俺がやりたくてやったことだ」


「でも……」


「でももだってもない。俺が勝手に不幸だって決めつけるなよ――確かに失った過去は辛いし、傍から見たら、不幸に見えるのかもしれない」


「……」


「だからってそれが、今の生活が幸せじゃないってことにはならないよ」


 お兄ちゃんが優しい声音で、それでいて強い言葉が耳元に響く。


 やっと聞けた本音は予想外で、それでいてこちらに遠慮して出た言葉じゃない。

 ちゃんとお兄ちゃんの本音だと分かる答えだった。


「もし、瑠璃が今を不幸だって思うのなら、俺が幸せになれるように手伝うし、話もいくらでも聞いてやる。困ったら頼れ、迷惑もいっぱいかけていい、辛いなら側にいてやる」


 お兄ちゃんは泣いてしまいそうな笑みを浮かべる。


「だって、俺達家族なんだからさ?」


 ――あぁ、そっか……そうだった。

 お兄ちゃんは、元から、こういう人だったんだ。

 誰かの不幸を、自分のことのように悲しんでくれる。

 そんな人だった。


 ツゥーと自分の目から涙が流れ落ちる。


「あぁ……あぁぁぁぁ!!」


 糸が切れたように、泣き出してしまい、お兄ちゃんに抱きしめられながら、感情を溢れさせた。

 

そこからの事はあまり覚えていない。


 ただ、お兄ちゃんがずっと側にいてくれた温もりだけは、今でもはっきりと覚えている。

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