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大罪の腕輪

 俺の腕に斧が触れようとした瞬間、懐かしい声を聞いた。


 ”相変わらず不器用やな橙矢。あんなん。適当に頷いておけばええのに――ほんと手がかかるわぁ~。しゃあないから、力貸したる。これがほんまに最後やで?”


『罪の自覚、背負う覚悟、上級権限からの承認を受理。スキル【罪なる者】が防具【大罪の腕輪】に変化しました。【大罪の腕輪】顕現します』


 スマホから機械音声が響くと、斧がガキンと硬い物に弾かれる。

 おじいさんが目を白黒させ、俺の腕を凝視していた。


「小僧、その禍々しい腕輪どっから取り出した!」


 俺が腕を見ると、そこには、二つのキーチェーンがぶら下がった、異様な雰囲気があるデザインの腕輪がはまっている。


 茜の幻聴も、悪魔共の幻聴も全く聞こえなくなった。

 体もダンジョンほどではないが、軽くなったように感じる。


「また、お前に助けられたな茜」


 俺は拳を握り、おじいさんを見る。

 斧を先程のように振り下ろしているが、動きが先ほどより遅く見えた。


 後ろにバックステップして、攻撃を避ける。

 避けられた事に、おじいさんは目を見開く。


「ありえねぇ……今のを何故避けられる! ステータス補正ありの全力攻撃だぞ!?」


 おじいさんは俺が避けたことに明らかに動揺していた。

 全力ってことは、遅く振ったんじゃなくて、俺自身が速くなったってことか。


 それに何でダンジョン外で、ステータス補正が使えてる。

 仮想ダンジョン内じゃないし、そういうスキルがあるのか?


「色々とあんたに質問する事が増えたな」


「儂もじゃよ」


 おじいさんは武器と戦意を引っ込めた。

 戦う意思はないとアピールする。


「今更じゃが、話し合わんか? 攻撃しといて何を今更と言われるかもしれないが、本当に儂はお前さんを気に入って――」


 おじいさんが言葉を途中で止める。

 体をダラーンと脱力させた。


「おじいさん?」


 俺がそう聞いた瞬間、カクカクと動き出す。

 瞳が虚ろになり、引っ込めた斧をゆっくりと振り上げる。

 その動きはまるで、何かに操られているような不自然な動きだった。


 刹那、斧が人間の挙動と思えない不審な動き方で振るわれる。


「あぶっね!?」


 当たるギリギリで体を捻って躱した。

 キリキリとぎこちない動きでおじいさんは姿勢を戻す。

 これ、何かあるな。


「……試してみるか」


 俺は新しくなったスキル名を口にする。


「【凶化:弱点看破】」


 瞬間、いつものように弱点が光る。

 スキルがダンジョン外なのに使えた。

 これも、大罪の腕輪の効果なのか?


 いや、今は考えるよりも動かなきゃな。

 おじいさんの体に注目すると、腕から伸びる黒い靄のような物が見えた。


「あれが原因か」


 俺は姿勢を低くし、前に突っ込む。

 無造作に斧を振るうおじいさん。

 斧の挙動が読めないけど……


「【凶化:鉄壁】」


 体に黒いオーラを纏う。

 斧がオーラに触れた瞬間、共にガシャンと砕け散る。

 耐久値あるとはいえ、スキル【オートカウンター】みたいな事出来るって、最強じゃんかと改めて、思う。


 武器もなくなり、いよいよおじいさんは、素手で殴りかかってくる。


「武器がなければ!」


 俺はクソ兎仕込みの絞め技をおじいさんの腕に決める。

 服を捲り上げ、黒い靄の中心を目視した。


「これは……釘、か?」


 腕に深々と釘が刺さっており、抜くことは容易ではない。


「いや、そもそも抜いたら大量出血に……」


 俺があれこれ考えているうちに、腕輪がたまたま釘にコツンと当たる。

 瞬間、腕輪が黒い靄と釘ごと吸収した。


「やばっ!?」


 出血を危惧して、急いで釘があった場所に手を当てる。

 だが、いくら待っても出血する様子はない。


 恐る恐る見ると、傷跡のような物はなかった。


「あれ? 何で傷が……」


「おい小僧、操られてた所を助けてもらったことには、礼は言うが――そろそろ拘束を解け」


「あっ、すいません」


 俺はおじいさんから腕を離した。


「いてて……何て無茶な動きしやがる」


 腰を抑えて、おじいさんはようやく年相応の動きをする。

 言動もはっきりとしてるから、もう大丈夫そうだ。


 首をコキコキと鳴らし、おじいさんはこちらを見る。


「それで小僧は儂をどうする?」


「どうする……とは?」


「お前さんの命を狙ったんじゃ……何されても文句は言わんぞ。それこそ、殺されたとしても儂は――」


 その発言に思わず、おじいさんの胸倉を掴んでしまう。

 絶対に、その発言だけは許せない。


「殺す殺されるの価値感しかないんですか、あんた! 孫も妻もいるあんたが死のうなんて――家族を失う側の気持ち考えたことあんのか! あんたが一番失う辛さは誰よりも分かってるはずだろうが!!」


「お、おう……すまなかった。もう言わんって……」


 おじいさんから手を離した。

 俺はおじいさんを指さす。


「俺からおじいさんに望むことは、【罪なる者】のより詳しい情報、応急処置の方法とか。後はここの滞在を許可してください」


「……それだけ、か? 儂が言うのもなんじゃが、仮にも命狙った者の家に泊まろうなど、お前さん正気か?」


 おじいさんは不思議そうな顔をする。


「俺は良いんですよ。死ぬ以外は大抵の事は許しますから、それにまさかお孫さんの友達に手をかけたり何てしないですよね? ……もし、妹に手出すなら――」


 俺は拳を強く握る。


「分かったって! 儂の復讐は魔族に連なる者だけじゃ! それ以外は害する気などサラサラないわい!!」


「なら、いいんですよ」


 俺は拳を素直に下げる。


「たくっ、お前さん過保護じゃな」


「まぁ、たった一人の家族ですから」


「……そう、か。すまねぇな、込み入った事情聴いちまった」


 おじいさんは申し訳なさそうにそう言う。

 俺は首を横に振る。


「別に気にしないですよ。それより情報下さい! 俺もいつなるか心配なんですから!」


「もう心配なさそうに見えるがな……」


 確かにこの腕輪つけてから、全く幻聴を聞かなくなったし、大丈夫だとは思うけど。


「それはそれです。俺以外にもこれに苦しんでいる人がいるはずですから、聞けばその人たちを助けられるかもしれないんですから」


「お人好しめ……いいだろう」


 おじいさんはさらに詳しい情報を教えてくれた。


 それぞれの大罪の対処方法もスマホにメモして覚える。

 今回は暴食だったから……


「モンスター料理を食べる事が抑える方法って、知らず知らずのうちに、対処ちゃんとしてたのか」


「むしろ何故あんな不味いもんをわざわざ口にするのか理解に苦しむわい」


「調理次第で美味しくなるんですよ?」


「ほう……」


 おじいさんがニヤリと笑う。

 あっ、この流れもしかして……


「なら作ってみるか小僧。お前さんにも使った、キングビーがあるんじゃが」


 キングビー!

 80層のボスモンスターじゃないか!

 蜂の形をしたモンスターっては聞いてるが、食った事はない。

 料理できるのならしたい!


「ほんとで――いや、ちょっと待ってください」


 この人ダンジョンから勝手に持ち出したりしてないよな。

 ダンジョン協会は敵って言ってるくらいだし。

 まさか、無断で?


「それ、ちゃんとダンジョン協会を通してますか?」


「安心しろ、ちゃんと正規の手続きで受け取ったもんだ。敵対の意思は表にゃ出さんよ」


「なら、いいんですが……それなら、キングビー料理してみたいです!」


 俺がおじいさんに近づくと、引きつった笑いをする。


「お、おう……台所に置いてあるから好きに使え」


「やった! おじいさんありがとうございます♪」


「今日一の笑顔だな……暴食に選ばれたのも納得だぜ」


 俺は外に出ようとした所で、ふと先程のことを思い出した。


「そういえば、おじいさん。さっき腕に釘が刺さっていたみたいですから、今度はそんな所に刺さらないように気を付けてくださいね? 黒い靄と一緒に消えたから良かったですが、下手したら大量出血――」


「……おい、ちょっと待て。腕に釘が刺さってたのか? 他の何物でもなく、釘だったんだな?」


「……? そうですが、どうかしましたか?」


 おじいさんは少し考え込むが、頭をぶんぶんと振る。


「いや、何でもねぇ。さっさと行きな」


 俺は少し引っかかったが、部屋を出た。


 外へ出た後、ぼそりと鈴雄は呟く。


「釘、操ると来たら――カカシか。あの野郎、仲間である儂を操りやがったな? いや、でも、あいつに儂の隙をつくなんて芸当が出来るのか? ……一応、ドロシー様に報告せんといかんな」


 おじいさんが、着物の袖から、古い携帯を取り出し、どこかに電話し始めた。


 そんな会話をしているとはつゆ知らず。

 鼻歌交じりに料理への期待を膨らませ。

 台所に向かう橙矢だった。

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