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第9話 

 

 7

 

 ——静かだ

 どこまでも高く、雲ひとつない空を見上げて星喰(ツヅハミ)は嘆息する。


 とりあえず、今の彼にできることは『ここでじっと待つこと』なのだが、センカが戻ってくる日時が不確かな以上、先々のことも考えておかなければならない。


 痛みの激しい肩、腰、胸、背中を庇いながら、イモムシさながらの動きで地を這う。

 だが、応急的な匍匐前進では思うように進まない。

 星喰は痛みを噛み締め、四つん這いとなる。


 寝袋の際まで移動すると、そこへ腰を下ろした。

 腕を伸ばせば、なんとか麻袋の山に手が届く。

 一番近くに置かれた袋にゆっくりと手を伸ばした。

 使い込まれた袋の一端を掴むと、ぐいと腕力のみで引き寄せる。


 転がらぬよう両足で袋を囲うと、紐をほどき、中身を確認する。

 黄色と緑のまだら模様をした人頭大の木の実が入っていた。

 ここで星喰は自分が置かれた状況を、今さらながらに認識し青ざめる。


 そう。

 センカが食べ物や飲み水と称して置いていった荷物の中身が全て木の実や植物だった場合、その適切な処理、あるいは料理の仕方を星喰は知らないのである。 


 飲み物として活用すべき実を割ってダメにするかもしれない。火を通さなければ猛毒の植物をナマで食べてしまうかもしれない。そういった無知が故の恐怖に囚われてしまったのだ。


 こうなってしまっては、もう袋に詰められた木の実には手を出せない。

 しかし、生きている以上、喉は渇くし腹も減る。

 極限状態に陥る前にどうにかする必要に迫られる中、時間だけが刻々と過ぎてゆく。


 ——!

 ふと聴覚が物音を捉えた。

 全身に緊張が走る。

 息を潜め、耳に意識を集中させる。


 微かに聞こえるザッザッという音。記憶ライブラリーと照合したところ、それは氷を踏む人間の足音にとても似ている、という回答が得られた。


 ——人間⋯⋯だと?

 真っ先に思い浮かんだのはミミィとセンカの姿だった。

 しかし、彼女たちが戻ってくるには早すぎるし、何より徒歩などあり得ない。

 だとしたら、迫ってくる足音は一体どこの誰なのか——


 ゾワゾワとした恐怖が星喰の神経を逆撫でする。


 ——本当に人間なのか!?

 ——二足歩行の魔物や獣人の可能性だってある!

 ——こっちは丸腰だ! いや、どっちみち怪我で闘えない!

 ——どうすればいい!?

 ——どうすべき!?

 ——誰か教えてくれ!!


 どうすることもできない星喰は帽子を深く被り、スカーフで鼻口を覆い隠す。そして、防御に全振りしたコートできつく身を包んだ。


 足音がはっきりと聞こえる。

 もう、すぐそばだ。


「あっ、いたいたー」

「チョベリバー」


 ——は?


 二人分の女の子の声がした。

 足音は確かに一人分しかなかったのに、だ。


 星喰の脳裏を怪物たちが埋め尽くす。

 二口女に始まり、双面神ヤヌス、人面オルトロス、ろくろ首の二頭バージョンなど、漫画やゲームで得た知識がここぞとばかりに溢れ出してきた。


 目を開いていても閉じていても、どっちも悪夢なら見なきゃソンソン。

 という結論に至ったのか、どうなのか。星喰は帽子の隙間からおそるおそる外を眺めた。


「あ、やっほー」

 声の主の一人と目が合った。

 愛想よく手などを振ってくる。


「なんだ、生きてんじゃん。マジ卍ー」

 ナゾのコギャル語を駆使してくる方はかなり無愛想。対照的な二人だ。


 幸い、二人とも普通の人間の姿をしていた。


 明るい方は服装もスキー場の広告から飛び出してきたのか、白のタートルネックセーターに真紅のダウンベスト、ネイビーカラーのダウンパンツ、頭には灰色のニット帽という明るい出で立ちである。白い肌とも相まって、とても似合っていた。


 無愛想な方も明るい方に負けず劣らずの美人だった。

 スパイキーな銀色のロングヘア。鼻口をピンク色のマスクが覆っている。

 鋭利なナイフを思わせる前髪の隙間から、黄色い虹彩と黒い瞳孔が虎目石に似た妖しい光を放つ。


 よほど警戒しているのか、四方への目配せを怠らないでいる。

 服装もダークカラーを基調とした落ち着いた色彩で、とてもコギャルとは思えない。


「さっき飛んでたヘンな飛行装置に乗ってたのはキミだね!」

 星喰の身体を冷たい岩から守っている寝袋に、愛想の良い方が大きな腰を下ろしてきた。

 日本人にはマネできない距離の詰め方だ。


「荷物も持ち出せたみたいだし、生きててよかったよ。グロになってたらどうしようって、登ってくる間ずっと憂鬱だったんだ! 飛んでたヤツは⋯⋯崖下に落ちちゃったのかぁ。乗ってみたかったなー。あ、あたしはウルリカ。よろしくね」

 愛想の良い方はこの調子でずっと喋っている。


「ね、その服見せて。民族衣装? この辺の人?」

「その服はクノプ人のものだ。顔立ちは随分と違うようだが、な!」

 いつの間にか背後に回り込んでいた銀髪スパイキーに帽子を毟り取られた。星喰の顔が露わになる。


「xxxxxxxx!? xxxx?」

「xxxx!」


 ——しまった! 高性能翻訳機が!


 両腕を振り回し、座ったまま帽子を追いかける。

 その様子がいじめられる児童のように見えたのかもしれない。ウルリカが声を荒げた。

「xx、レッチェ! xxxxxxxx!」


 レッチェというのが銀髪スパイキーの名前なのだろうか。

 彼女は「やれやれ」と言わんばかりに天を仰ぎ、小さく肩をすくめると、ポンと帽子を星喰の頭に戻す。

 すぐにスピーカーから再接続を知らせる音声が流れてきた。


 それを待っていたかのように、ウルリカがグッと顔を寄せてくる。

 「その黒髪、黒い瞳、もしかして、あなたニポンジン!?」

 

 意外な言葉が彼女の口から飛び出した。



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