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第7話 

 3


 山荘から外に出るにあたり、星喰(ツヅハミ)とその一行は再び着替えることとなった。

 草木の繊維と獣毛とを織った布で作った、クノプ地方の一般的な服にである。


 男性の服は茶色、くすんだ黄色、黒がオーソドックスな配色となる。女性のものはそれに赤や緑が少し加わって華やかさかほんのり増す感じだ。

「個人的にはすごく落ち着きます」

 星喰の感想である。


「あとはこの耳隠し帽と首元を覆うスカーフを羽織ればクノプ人の完成です」

 そう解説してくれたのはパミット氏である。


「耳隠し帽にはヘッドホン、スカーフにはマイクとスピーカーが隠されています。社員証には接続済みですので、外ではスカーフで口元を隠して喋ってください。自動で翻訳されます」


 ——なるほど、これで異世界人とのコミュニケーションが可能になるのか

「あと、衣服ですが、外套は防弾防刃防衝撃防高エネルギーになってます。盗まれないよう用心してください」


 ——至れり尽くせりだな

「他に何か質問はございますか?」

「さっきセンカさんが言ってたデュレクシアの珍味って」

「それは旅のお楽しみでございますれば」

「⋯⋯ですよねぇ」


 ——先に答えを訊くのは野暮ってもんか

「必要な荷物はミミィ課長にお渡ししてありますので、ご安心を」

 身支度は整った。

 鏡に映る姿はさながらミノムシの如きであったが。



「おっ、来たきた」

 山荘の外に出ると、すでに着替えを終えた二人が待っていた。


 樹皮であつらえたかのようなゴワゴワとした固いスカートと、気持ち程度に鮮やかな色使いを除けば、ほぼ星喰と同じ格好である。おしゃれよりも防寒を重視しているのだろう。厳しい風土が容易に想像できた。


「じゃあ出発するか」

 ミミィが颯爽とコートを翻す。


 ——ついに、ついに、ついに、この時が!

 ゲームやアニメで慣れ親しんだ心踊る活劇に自分も突入するのだ。


 ——剣や魔法はないみたいだが、このコートがあれば防御に関しては向かうところ敵なしな気がする!


 三十を超えてもなお幼児性の顕著な星喰の思考は、一切のネガティブ要素を意識の表面に出現させることはなかった。さすが自身の精神年齢を小五と自称するだけはある。


「荷物はその荷車に全部入っているが、いけそうか?」

 ミミィとセンカの視線がワクワクでニヤニヤが止まらない星喰の顔に突き刺さった。

「え?」

「これ、引っ張れそう?」


 センカが指差すそれは、史上最大の過積載としてギネスに登録できそうな荷車である。車輪が今にも弾け飛ばんばかりに撓んでいる。

 見た目通りの質量ならば、おそらく動かすのは無理だろう。


 しかし、星喰は果敢にも荷車に対よろを挑んでみせた。

 恥をかいただけだった。


「すいません。無理でした」

「⋯⋯まぁ、気にするな。これを動かせるようなら再就職に苦労したりしないさ」

「ですです」

 ミミィにもセンカにも気落ちした様子はない。


「でも、これ、どうするんです? 旅に必要なんですよね?」

「大丈夫だ! これを使う!」

「これ?」

 ミミィの人差し指が空を指す。

 その方向へ視線を持ち上げていくと、見慣れない物体が無音で浮いていた。


「⋯⋯ドローン?」

 透明の四球体が菱を形作るこの物体に、相応しい名称が思い浮かばなかったが、咄嗟にそれっぽい名前を口にする。

 悪くない気がした。


「いいね。じゃあ、これよりこれをドローンと呼ぼう」

 スーッと音もなく高度を下げてくるドローン。

 球体の中にはパミット氏の姿があった。


「さっきセンカと話し合ったんだが、目的地はここからかなりの距離があり、また目的のブツも足が早いらしい。つまり、呑気に徒歩で珍道中してたんじゃ、間に合わないってことだ」

 うんうん、とセンカが首を振る。


「なので、これを使って移動する。パミット氏も承諾してくれた」

「荷物も半分以下になるっス」

「⋯⋯わかりました」


 心踊るクエストは高速移動による近代的な行楽へと相なった。

 未知の領域へ行くことに変わりはないのだが、それでも落胆の色を隠せない星喰であった。


 4


 パミット氏に見送られ、三人を乗せたドローンは天高く舞い上がる。

 三人が乗り込んだ球体だが、ここが操縦席というわけではないらしい。


「四つある球体のどこからでも操縦はできます。でも、操作は必要ありません。社員証に映し出された地図に目的地を入力するだけで勝手に飛んでいくんです」

 パミット氏の説明である。


 ——面白みのない時代になったもんだ

 リクライニングチェアに深く腰掛けた星喰がジジくさい感想を抱く。

 エアコンなど快適装備が見当たらない球体内の温度は、外気と大差ない。


 星喰とセンカはコートとスカーフ、帽子を身につけたままだったが、ミミィは早々に脱ぎ散らかしていた。やはり、地味な衣服は性に合わないようだ。


「つまんなそうだな」

 星喰の胸中を見透かしたかのようにニヤリと微笑むミミィ。

「履歴書に免許はAT限定とあったが、まさか操縦してみたかったのか?」

「いや、そんな⋯⋯ははは」

 星喰はわかりやすく動揺する。


 ——この話題はマズイ!

 窮地に陥る未来を察して、星喰は話題の変更を試みた。

「と、ところで、これって大丈夫なんですか?」


「なにがです?」

 応じたのは星喰とミミィの後ろに座るセンカである。

 乗り込む前にパミット氏より手渡された紙の束から目を離すことなく会話に参加する。

「下から丸見えなんじゃないですか、これ。撃ち落とされたりしませんか?」


「撃ち落とす?」

「鳥と見間違えて⋯⋯とか」

「とり?」

 センカとミミィが顔を見合わせた。


 そして、ミミィは込み上げてくる笑いを押し殺した様子で星喰に尋ねた。

「おまえ、こっちに来て、空に鳥を見かけたか? だとしたら大発見だぜ」

「え?」

「この世界にも鳥はいますが、あまり高くは飛びません」

「そうなんですか?」


「それだけじゃないぞ! 他にも我々のいた世界と異なる点がいくつもある。わかるか?」

 ——なんだか小馬鹿にされてる気がする

 そう思いもしたが、ここは流れに乗ることにした。


 長い道中、こんな序盤で空気を悪化させ、いたたまれない気分になるのは最悪手という他ない。

 大人として、社会人として、そして組織に身を置く人間としても、上司に嫌われるのは避けたかった。


 星喰は顎に手を当て、熟考のポーズをとる。

 思い当たる節はいくつかあった。


 この世界に到着し、崖の上から見た景色。そして、今、球体の外に見える景色。いずれも雲ひとつない快晴の空である。

 ——だが、そんなことがあり得るだろうか


「どうだ、わかったか?」

 クイズを出題した子どものように答えを急かすミミィ。

「自信はありませんけど⋯⋯」

 星喰は節のひとつを披露した。

「雲がないってことですか?」


 ニイィとミミィの口端が大きく吊り上がる。

「正解! 正確には正解じゃないけどな!」

 ——どっちだよ!


「正確には重力と斥力の関係で雲が発生しにくいんです。でも、ないわけじゃないですよ。薄い霧のような状態で漂ってるんです」

「へぇー」

 星喰の口から率直な感嘆の声。


 素朴な賞賛に気をよくしたのか、センカが饒舌になってきた。

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