第6話
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「んで」
カップから口を離すなりミミィが言った。
木彫りのカップに注がれた液体のせいで、上唇に白い泡が残っている。
ビールではない。
この山荘があるクノプ地方で普通に飲まれている木の実の搾り汁である。
ミミィのやらかしが原因で悪化した空気をなんとかするため、パミット氏が用意してくれたのだ。
「まぁ食べながら聞いてくれ」
ミミィが手で促す。
パミット氏は軽い食事も用意してくれた。少し遅めの昼食といったところだ。
メニューは輪切りにした木の実を焼いたものと付け合わせの草、そしてデザートと思しき黒い果物である。
ワンプレートにしてはボリュームがあった。
「美味しいですよ」
躊躇する星喰にセンカが囁く。
「これは焼いたプルワタン。見た目はアレですけど、食感がまるで牛ステーキみたいなんス」
牛ステーキ、と言われても、見た目はただの炭だ。
なおも躊躇する星喰に代わって、センカが自分の焼きプルワタンを切って口に入れてみせた。
心配そうに見つめる星喰に両手の親指を立てて感想を伝える。
そこまでされたら食べないわけにもいかない。
意を決したのか、星喰のナイフとフォークがついに動いた。
突き刺したフォークから手に伝わる感触は炭のそれではない。柔らかな弾力があり、押し込むと限界まで張り詰めた表面の緊張感が伝わってくる。さらに押し込むと均衡が破れ、中から汁が弾け飛んできた。
フォークで突き破るこの感触はまるで——
「ソーセージみたいだ」
心の中で呟くつもりの言葉が、思わず声となって飛び出てしまった。
それほどまでに衝撃的かつ感動的な体験であった。
センカもすぐに同意する。
「そう! そうなんス! まるでジューシーなソーセージそのもの! でも、焼き加減を少しても間違えるとこうはなりませんからね! パミット氏の腕があってこそなんスよ!」
「いやいや、照れますな」
センカの熱弁にパミット氏が顔を紅潮させるが、まんざらでもないようだ。
「そこからスッとナイフを入れて、一口大に切り分けて、おもむろに口へ運ぶ!」
センカに言われるがままに手を動かし、謎の物体はついに星喰の口内へ至った。
「うっま!」
断面から溢れる汁が口の中へ広がる。香ばしい匂いが鼻から抜けると同時に言葉がついて出る。
「ね、すごいでしょう!」
なぜか自慢げなセンカの表情もおかしかったが、それを上回る絶頂が星喰の脊髄を貫いていた。
——味覚が悶絶するほどの美味には、ここまで破壊力があるのか!
人生初の体験である。
それからもうナイフとフォークに休む時間は与えられなかった。
道端の雑草をちぎって添えただけ、に見えた青々とした葉物は、その形を保っているのが不思議なくらいの瑞々しいジュースとなって喉の奥に消え、黒い果実は噛むごとに味と食感を変えていく。
プレートに乗っていた料理は瞬く間に星喰の口へと消えていった。
「⋯⋯満足したかね?」
呆れた口調で尋ねたのはミミィである。
「おまえ、あっしの話をちっとも聞いてなかったろ?」
大きく深くため息を吐く。
「食べながら聞けとは言ったけどさァ、せめて聞こう。大事な話してんだから」
「⋯⋯すいません。美味しすぎて我を失ってました。もう大丈夫です」
カップの液体を一息に飲み終えると、星喰は素直に謝罪する。
「しかし、美味しいですね。ここの料理。世の中にこんな美味いものがあったなんて目からウロコですよ」
興奮冷めやらぬ様子で捲し立てる星喰を見て、ミミィはニヤリと笑みを閃かせる。
「まだまだこんなもんじゃないぜ、異世界は」
「ほ、他にもあるんですか? こんな美味しいものが?」
「おうよ!」
「い、行ってみたいです!」
「おう、連れてってやるよ! 楽しみにしてな!」
「はいッ!」
「⋯⋯あのう、ちょっといいですか?」
おそるおそるといった体でセンカが挙手をし発言を求めた。
「星喰さんって、まだ採用が決まったわけではないんですよねえ?」
「いやもう決定でいいだろ、本人も乗り気だし」
「やります! やらせてください!」
星喰がテーブルの上に身を乗り出す。
その姿をあえて見ずにセンカが言葉を紡ぐ。
「⋯⋯採用に関して最終判断を下すのは会長のはずですが?」
「でもさぁ、採用する気がなかったら、そもそもここに来てないと思わん?」
「そりゃあ、まぁ⋯⋯」
語尾を濁すセンカ。
「それにここまで知られたら、もう帰すに帰せないだろ」
「⋯⋯⋯⋯です、ねぇ」
センカが哀れみの目で星喰を見つめる。
「星喰さん⋯⋯お気の毒ですが、たぶん採用がほぼ確定したみたいです⋯⋯ご愁傷様です」
「え?」
「まぁ、どんな仕事でも続けてれば楽しいことも辛いこともあるさ」
「はぁ」
「せっかくだ、採用を祝してパーっとやるか!」
ミミィの煽りにセンカが乗った。
「それでしたら良いお知らせがあります!」