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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第39話

 5



「そんなわけで帰ることになりました。滞在中、色々とお世話になりました」


 焦げ臭い煤が灰色の風に舞う中、ミミィとセンカがぺこりと頭を下げる。


 ワタセが着ていたクノプ人セット一式を今はセンカが身につけていた。

 ワタセのゲロ付きだが、今は文句を言っていられる場合ではない。


 下げられた相手は驚いた様子だったが、すぐに笑顔を取り戻す。


「いや、こちらこそ。なにかと楽しかったよ。せっかく再会できたのに、おもてなしできなくて申し訳ないくらいさ」


 そう言って、レッチェは小さく肩をすくめる。


 再会の場所は水中神殿へと続く神聖なる水辺。


 本来であれば聖職者以外立ち入り禁止の聖域なのだが、なにせ非常事態である。

 灼熱の吐息を撒き散らすドラゴンに追い立てられた大勢の獣人たちが、衛兵をも巻き込んで、ここへ殺到していた。


 焼け焦げた聖都に向かって強い海風が吹く。


 地球のような磯臭さはない。

 代わりに、神殿内で嗅いだケミカル臭が少しばかり含まれていた。


「で、星喰(ツヅハミ)さんは今どこに?」

 センカが尋ねる。


 レッチェは黙ったまま指で位置を示した。


 その方向に視線を向けると、地面に座り込み、水面に顔を向けたまま動かない、細く頼りない背中が見えた。


「こっちに着いてから、ずっとあのままでね」


 レッチェが呟く。


「カズサの死やウルリカの変身がショックだったんだろう」


 皆が沈痛な面持ちで言葉につまる中、ミミィが星喰の背中に向かってゆっくりと歩き出す。


 路考茶(ろこうちゃ)色の髪が風にそよぎ、身体中に装着したアクセサリーが乾いた音を立てる。


 見慣れぬ髪色、見慣れぬ服装の小柄な人物を警戒してか、獣人たちが次々と場所を譲る。


 その結果、星喰との間に細い道ができた。


 星喰の背中に動きはない。


 ミミィは短くため息を吐く。そして、つかつかと早足気味に近づくと、星喰の頭にトンと手刀を振り下ろした。


「おい、日本に帰るぞ」


 やけに明るく弾けた声。

 ミミィなりに考えた末の行動なのだろう。


 その暖かく思いやりに溢れる声に星喰が反応する。


「オエッ」


「おえ?」


 星喰がシャツの袖で口元を拭いながら振り返る。


「いやあ、ずっとレッチェさんの肩に担がれて移動してたもんで酔ったみたいで⋯⋯やっと日本に帰れるんですね。よかっ」


 言い終わる前に、ドンと強めの手刀が振り下ろされた。


「痛った! なにするんですか、もう!」

「なんでもねーよ! おら行くぞ、さっさと立て!」


 手数多めのどつき漫才の背後を白金の輝きが疾風の速度で通り過ぎた。


 青く美しい装飾に彩られた聖都も今や見る影もない。


 ミミィは星喰の耳を引っ張りながら、来た道を戻っていく。


 センカとレッチェの顔が見えるなり、ミミィが口を開いた。


「なぁ、アレあのままにしといて大丈夫なのか? なんならあっしが取り押さえてもいいけど」


 アレ、というのはドラゴンのことだ。


 ミミィの言葉をセンカが通訳する。


「大丈夫、問題ないよ」


 レッチェが笑う。


「あれは子供の癇癪みたいなもんだから、暴れてスッキリすれば元の姿に戻るのさ。そろそろ体力が尽きる頃だろうよ。それより、さっき言ってたアレ」


「アレ?」


 センカが首をひねる。


「この国の記録が欲しいんだろう? 大聖典館に学師が世界中を飛び回って集めた資料がある。それを持っていくといい」


「いいんですか?」


「問題ないさ。学師だった私がいいと言ってんだ。持っていきな。ここで灰になるよりゃずっとマシだ。大聖典館には鉱石のレシピ集や一般的でない珍しい鉱石なんかもある。全部持ってってくれ」


「ありがとうございます! 助かります!」


「時間ないんだろう? 私が案内しよう。このどさくさに紛れて全部盗み出すよ!」


「はい! 師匠!」


 嬉々としてセンカが応える。


「そんなわけなんで行ってきます」


 ミミィが頷く。

 と、同時に右手小指からリングを抜き取り、センカに手渡す。


「簡易ポータルだ。持っていけ」


「大丈夫ですよ。黒宮センパイから貰いましたから」


「予備があった方がいいだろ?」


「わかりました。ありがとうございます」


「あと、あれ訊いとくか⋯⋯?」


 ミミィの言葉を受けて、センカが真顔になる。


「レッチェさん、よく聞いてくださいね。信じられないかもしれませんが、もう間もなくこの星は終わりの刻を迎えます」


 レッチェは口を挟まない。

 センカ、ミミィ両名の表情から、その言葉の信憑性を感じ取ったらしい。


「もしよかったら、私たちと私たちの世界に来ませんか?」


 一瞬、驚いたように目を丸く見開くレッチェ。


 だが、すぐにいつものニヒルな表情を浮かべた。


「せっかくだけど、遠慮しとくよ」


「⋯⋯いいんですか?」


「ああ。自分が最後の一人になったところで無意味だってことくらいわかる。これでも学者の端くれだからね。もし、自分の寿命が尽きるより先に星が終わりを迎えたのなら、このバカの隣で静かに目を閉じて、その刻を迎えるのも悪くない。獣人が自分しかいない世界で生きる絶望より、大勢の仲間たちと一緒に往生する幸せを選びたいのさ」


 センカ、ミミィは顔を見合わせ、小さく頷いた。

 そして、謝罪の言葉を口にする。


「謝罪なんてよしとくれ。その気持ちだけで涙が出るほど嬉しかったんだ。例えるなら⋯⋯そう、デュレクシアの秘宝と呼ばれる幻の木の実をカゴいっぱい貰ったような、そんな極上の気分さ」


 センカの同時通訳を聴きながら、ミミィは複雑な顔をした。


「⋯⋯忘れてたな」

「忘れてましたね⋯⋯」


 二人は顔を寄せ合いヒソヒソと囁く。

 そして、チラリと星喰の顔を見た。


「なんです?」


 視線に気づいた星喰が怪訝な表情を浮かべる。


「本人も忘れてるようだし、このままウヤムヤにするか」

「そうしましょう」


 密談を終え、スッキリした様子の二人を訝しむ星喰だった。

 

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