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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第38話

 4



「おおおおお!?」


 突然、黒宮たちの足元がぐらりと揺れた。


「はわわわわわわ」


 センカも思わず壁に身を寄せる。


 縦に横に、時には円を描くように神殿の通路は波打っていた。


「これ地震じゃないよな。上で何かが暴れてんのか?」


 振動に呼応するかのように神殿の壁が明滅を繰り返す。

 そこに表示される図形を読み解こうとするセンカ。


「なにかわかるのか?」

 両手両足を壁に押し当て、倒れまいと黒宮は強く踏ん張っている。


「推察の域を出ませんが、おそらく」


 鳴動に合わせて、絶え間なくパラパラと小石が降ってくる。

 どこかが破損しているのだ。


 そして、その物音がセンカの推理ショーの妨げとなった。


 だが、黒宮は読唇術の心得でもあるのか、得心したように幾度も頷いた。


 神殿自体は数万年前の遺物である。

 柔軟性はとうに失われ、構造的にも材質的にもいつ瓦解しても不思議ではない。


 しかも、この神殿は水中に存在する。


 もし、大規模な崩壊でも起きようものなら、あっという間に四体のドザエモンが完成してしまう。

 それだけは絶対に避けねばならない。


「とりあえず、この星からの脱出を優先しよう。ミミィとワタセにその旨の連絡を。パミット氏にはオレから伝える」


「了解です!」

 センカがこめかみに手を当て敬礼で返す。


 センカの謎アクションに怪訝な表情を浮かべる黒宮だったが、すぐに顔を引き締め直す。


「おまえの推理が正しければ、この星はもう寿命なんだな。おもしろ鉱物とヘンテコ料理が厨二魂をくすぐるお気に入りの世界だったんだが、まあ、寿命ならしかたがない。あと、役に立ちそうなもん全部拾い集めて持ち帰るぞ。取引先の星をひとつ潰したんだ。左遷以上の懲罰を喰らいたくなきゃ、死ぬ気で交渉材料を集めまくれよ!」


「黒宮センパイは手伝ってくれないんです⋯⋯?」


「⋯⋯オレは、だって、巻き込まれただけの被害者じゃん?」


「ひっどー! そういうとこですよ!」


「⋯⋯なにがよ」


「高給取りのエリートエージェントなのに恋人のひとりもいなくて、いつまでも独身で、浮いた話もない! そりゃ『B-Side』疑惑も出ますって!」


「なんだよ、『B-Side』って」


「ボーイのBですよ! ソッチ系なんじゃないかってウワサされてんです!」


「マジかー⋯⋯」

 黒宮は呆れ笑いの表情で絶句した。


「⋯⋯否定しないんですね」


「うん?」


「普通、こういうときって必死になって否定するんじゃないですか?」


「そう? でも、まぁ、おもしろいし。ほっときゃいいじゃん」

 ケラケラと笑い飛ばす黒宮にセンカは苛立ちを覚えたらしい。


「わかりました! そういうことでしたら(わたくし)が責任を持って拡散しときます! もはや人事課も把握している既成事実と化すまで、私が存分に広めて差し上げます!」


「いや、別に広めて欲しいわけじゃないんだが」


 揺れと点滅の頻度が酷くなる。

 一刻も早く、ここから脱した方が良さそうだ。


「死蝶の巣まで行くのは無理ってことか⋯⋯やむをえんな」


 苦渋の決断なのだろう。

 やりきれない感情を噛み殺し、やっとの思いで飲み込んだようだ。


「これ持ってけ」


 黒宮は右手中指にはめていた銀色のリングを外し、センカに投げ渡した。

 センカは慌てた様子で両手で受け止める。


「これは⋯⋯婚約リング?」

 頬を朱で染め、潤んだ瞳を上目遣いで見つめた。


 ゾワっとした悪寒が黒宮の背筋を光速で駆け上る。

「ちげーわ! 使い捨ての簡易ポータル! ミミィも持ってるだろうが予備に持っとけ」


「了解しました!」

 冗談のクリティカルヒットに気をよくしたのか、最上級の笑顔をひらめかせる。


 その笑顔を苦笑で受け止めると、黒宮は左手中指のリングを抜き取り、自分の足元に落とした。

 床に跳ねると同時に直径二メートルはありそうな黒い円盤が出現する。


「じゃあな。地球で会おうぜ」 


「はい!」

 

 黒宮は軽くウインクを投げかけると円盤に身を投じた。

 

 まばたきの間に黒宮の姿も円盤も消えている。

 床に落としたリングも消失していた。



 *



「さて、と」


 センカが身をひるがえそうと足を踏み出した時、視界の端で何かが動いたように感じた。

 さほど大きくないようである。


 ——天井から落ちてきた小石かな?


 気に留めるほどでもないと判断したのか、センカはさっさと踵を返す。


「セッ センカ!」


 ——ん?


 今、確かに名前を呼ぶ声がした。


 振動や破壊音とは異なる周波数だ。

 聞き間違えるはずもない。


 しかし、その声色には覚えがなかった。


 機械的な合成音を用いたひと昔の家電が発すような声に、センカは首を傾げる。


「だれー?」


 念の為に声をかけ、ついさっきまで黒宮が立っていた場所を背伸びをしつつ覗き込む。


 近づかないのは、降ってくる石の量と足場の悪さによるものだ。

 決して怖いからじゃない。


 センカはそう自分に説明をした。


 だが、いくら目を凝らしても、人影らしきものは見当たらない。


 ——やっぱ幻聴だったみたい。帰ったらスーツの精密検査を受けとこう


 ボディメンテの重要さを痛感しながら、安堵の吐息を吐いたその時、足元にいる何かに気づいた。


「ひっ!」


 思わず上擦った悲鳴を上げる。


 それはワタセの抜け殻であった。

 

 抜け殻のあちらこちらにイモムシが這い回っている。


 ——死因はこれか!


「ええい! ワタセのカタキ!」

 センカはそう叫びながら、イモムシどもを踏み潰し、無害な葉に変えていく。


「⋯⋯イヤ カッテニ コロスナ」


 またあの電子音声だ。


「ん?」


 ワタセの抜け殻の先端に何かがくっついている。


 それは、子供用の玩具と思しき代物だった。


 円筒形の体に半球の頭、長いフレキシブルアームの先にカニのようなハサミを携えた小型のロボットだ。

 足は見えない。おそらく体の下部に車輪でも付いているのだろう。


 長年に渡り蓄積された埃のせいで、全身が茶色と灰色のマダラ模様になっている。

 これが床の色味に溶け込んで、視認を困難にさせていたらしい。


「なんだこれ」


 センカが靴先でロボをつつく。


「ワタセ ダ!」


「ワタセぇ?」


 訝しむセンカに対し、ワタセを自称する小型ロボは事情を説明した。


 探検の最中にセンカが見つけた水汲み場に辿り着き、珍しい植物があったので、良かれと思って水を撒いた。


 気がつけば身体がイモムシに食い破られており、中身が流出。慌てて代わりとなる容器を探したら、おもちゃのロボがあったので、すぐさま憑依。今に至る。という内容だった。


「まぬけねー」


 センカの辛辣な感想にワタセロボは無言で応じる。


「今、非常事態なの。撤収命令も出てるからすぐ帰んなきゃ。ミミィと合流したら地球に戻るよ!」

 

 ワタセが行方をくらませてから、たった数分で一変した状況を手短に伝えた。


 そして、おもむろにワタセロボの頭を鷲掴みにする。


「急ぐからね。あんたはその抜け殻をしっかり持ってなさい!」


 センカは脱兎の如く駆け出した。


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