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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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37/40

第37話

 3



 声にならない声というのは、こういう音を表す言葉なのかもしれない。


 悲鳴とも怒号ともつかない叫びが、聖都の空気を熾烈(しれつ)に震わせた。


 猛々しい轟音は畏怖すべき存在の福音(?)として獣人たちに届いたらしい。


 その場に平伏す者、呆然と佇む者、感涙に(むせ)ぶ者、反応はそれぞれであるが、共通して言えるのは、彼らの表情から凶暴性が完全に失われていることだった。


 恐怖に怯える瞳の先には瓦解した牢獄塔。


 そこにそれはいた。


 太い筋肉の塊を思わせる体躯。

 そこから生えた四肢は一見頼りなく思える細さだったが、無駄な脂肪をすべて削ぎ落とした恐るべき精悍さが窺えた。


 背中に見える大きな翼には、この巨体を持ち上げるだけの説得力を兼ね備えている。


 そして、体躯の端からは前後に伸びた尻尾と首。


 首も尻尾も長さは同じくらいだろうか。


 違いは頭部の有無だ。


 わずかに丸みを帯びた顔の輪郭、短いツノが愛嬌のある印象を見るものに与える。


 頭部から尻尾の先までを乳白色の鱗が隙間なく埋め、反射した陽光が(さざなみ)のように波打っていた。


 突如として出現した巨大な白い(ドラゴン)は、野上の死を目の当たりにしたショックでウルリカが変化した姿。


 淡い桜色に染まった乳白色の鱗が、魚のエラを彷彿させる動きで大きく開いたり閉じたりを繰り返していた。

 そこから放出された熱が周囲の景色を醜く歪めている。


 やがて、桜色の鱗がさらに熱を帯びたように灼熱色の朱に染まった。

 鱗の脈動もさらに早くなり、急激に体温を上げている様子が空間の歪みから容易に想像できた。


 赤から金へ、そして白金に。

 ドラゴンの全身が眩しく光り輝く。


 群衆を睥睨する瞳がさらに細まったかと思うと、悲痛な絶叫が獣人たちの鼓膜を撃ち抜いた。


 声と同時に吐き出された灼熱の吐息が、獣人の群れを、美しい建造物を、一瞬で消し炭に変えてゆく。


 その一撃だけでは十分な満足を得られなかったらしい。


 白龍から白金龍へ姿を変えたウルリカは、不可視光の灼熱ビームを縦横無尽に吐き散らかす。


 縦へ、横へと地面が赤く斬り裂かれ、街が黒く焦げる。


 瞬く間に空は灰色に染まり、我に返った獣人たちは城門へと殺到した。

 ビームによって切断された城壁もあるが、高熱で近寄れないのだ。


 選ばれし者のみが住まう事の許された聖なる都タリスタニア。


 今のところ、神の加護は見当たらない。



 *



「XXXXXXXX!」


 野上の遺骸を前に力無く佇む星喰(ツヅハミ)に語気強めの声がかかる。

 それでも微動だにしない星喰の腕を強く引く。


 退避を促しているのだ。


 だが、星喰は足から根でも生えたかのように動かない。


 手錠と腰縄の存在に気づいた声の主が、簡単にそれを引きちぎる。

 

 そばにいたゆるキャラ頭身の兵が目を丸くして驚いているが、意に介する様子はない。


 自由の身になった星喰だったが、それでも動く気配はなかった。


 業を煮やした声の主は、星喰の身体をひょいと肩に担ぐと脱兎の勢いで駆け出した。

 その背後をゆるキャラ兵も慌てた様子でついていく。


「野上くんを置いていくのか!?」


 担がれながら、星喰は抗議の声を上げた。


 日本語だが、抗議内容は容易に察せたのだろう。レッチェはうるさそうに一瞥すると冷静に反論する。

 

「カズサを連れていく? ハッ、冗談じゃない!」


 獣人たちの流れを読み解き、警戒の薄そうな場所を慎重に探る。


 レッチェは自分たちがお尋ね者であることを忘れていなかった。


「ウルリカは前にも変身したことがある。これは以前にも話したっけな。あの時の原因もカズサの喪失だ。あいつはお気に入りのペットだかおもちゃだかを手放したくないだけなんだ。もし、カズサを連れてきてみろ。絶対狙われる。確実に狙われる。間違いなく狙われる。無毛症で他の獣人と異なる姿のウルリカにとって、カズサやおまえの見た目から他の獣人たちより近しい存在に思っているんだろう。それが、おっと!」


 熱弁の最中、空から熱線が降ってきた。

 地面に人頭大の穴が開く。


 直撃すれば確実に命はない。


 星喰は背筋と首の筋肉を駆使して、なんとか発射元を突き止めようと苦悶するが、思うように視界に捉えられないでいる。


「いた、あそこだ!」


 ゆるキャラが空に向け、腕を伸ばす。


 ウルリカ・ドラゴンは上空を舞っていた。


 大きな翼を大きく小さくはばたかせ、斥力に弾かれない高度を器用に保っている。


 そして、体躯が輝くたび、地上から黒煙や血煙が立ち上るのだ。


「こりゃあ⋯⋯タリスタニアから生命の気配が消えるまで、あの娘の機嫌は直りそうもないやね。いっそのこと、海にでも逃げるか」


「海ィ!?」


 驚天動地を目の当たりにしたかのような声を発したのはゆるキャラである。


「おいおい、冗談じゃないぜ。海になんて飛び込んでみろ。たちまちお目々がシミシミのイタイタになってウギャーと叫んじまうわァな! ムリムリ!」


 ゆるキャラは大きな顔に無数の冷や汗を浮かべ、後ずさる。


 その様子をレッチェは冷めた目で見つめていた。


「⋯⋯そういや、あんた、カナヅチだったね。聖皇(せいおう)騎士団てのは体力、武力はもちろん運動能力も秀でてなけりゃ入団できないはずだけどね?」


 レッチェの追求を受け、ゆるキャラの顔に浮かぶ玉の汗が滝に変わる。


「要領だけは無駄に良くて、取るに足らない利に聡い。相変わらずバカのまんまだね、あんたは」


 呆れたようにため息を吐くレッチェ。


「でも、この世界が滅ぶことになっても、バカなあんたのそばなら、バカみたいに笑いながら終わりを迎えられるかもしれないねぇ」


「ん? なんだって?」


「なんでもないさ」


 愛の告白とも受け取れるレッチェの呟きは、幸か不幸かゆるキャラの耳には届かなかったようだ。

 

「さて! 死ぬ気で走るよ! 黒焦げになりたくなきゃ死ぬ気でついてきな!」


 城門に殺到する獣人の群れに背を向け、レッチェが走り出す。

 肩に星喰を乗せているにも関わらず、その足取りは実に軽やかだ。


 行く手を阻むよう灰色のカーテンが幾重にも重なり、その視界を遮る。


 それでも足取りは軽やかだった。


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