第35話 最終章
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ミミィたちが地下で慌ただしく蠢いている頃、星喰ら一行も瑣事に巻き込まれていた。
突如として発生した波に弄ばれる箱形の舟。
上下する波が舟底を押し上げていた突端の位置を少しずつずらし、やがて舟は屋根の付属品という身分から解放される。
だが、波は舟を縦横無尽に揺らし続け、乗客から悲鳴を上げる気力をも奪い去っていく。
虚な眼差しを空に漂わせた無気力な乗客たちは、ただ舟に命運を任せるしかないのだ。
翻弄の果てに彼らを乗せた舟が辿り着いた場所、そこは神殿から延びる回廊の端だった。
瞬膜を目に宿す選ばれし子供たちや、聖職者が神事を行う桟橋である。
限られた者にしか使用することを許されない最重要設備とされていた。
こっそりと侵入するには最適な場所と言えるだろう。
問題があるとすれば、『チラシで折ったゴミ箱丸』の目立ちすぎる白い船体だろうか。
それとも高く切り立った舷のせいで船内の様子が全く見えず、必要以上に警戒させてしまうことだろうか。
ともあれ、不審船は速やかに拿捕され、乗員は囚われの身となった。
聖都侵入はひとまず成功と言ってよい。
それが意図した形でないにせよ、誰ひとり欠ける事なく無事に着いたのだから——。
*
星喰らが収監された場所は、よくある湿気のひどい地下牢⋯⋯ではなく、聖都を一望できる小窓のついた牢獄塔であった。
「聖都の建物は屋根の色が青なんだね。これは法律かなんかで決められてるのかなぁ」
呑気な感想を漏らしたのは星喰である。
この世界で、今までに見た景色は岩肌と岩山と空と海といった味気ないものばかり。
ここに来て、初めて異国情緒のある風景を目の当たりにしたのだ。
感動と感激は無理からぬ事なのだろう。
「それにしても、ずいぶんと鮮やかな青色をしてる。あれはタイル? 光沢があって実に美しい。いつまでも見ていられるなぁ」
「⋯⋯XXXXXXXXX、XXXXXXX」
星喰の独り言に呼応したのはレッチェだった。
おそらく解説をしてくれているのだろうが、星喰に理解できる言語ではない。
収容される際に目立つクノプ人衣装、帽子、スカーフといったコミュニケーション装置一式は押収されたのだ。
よって、今の服装は鉱山を出た時と同じ、私物のズボンとワイシャツである。
野上に借りていた服はすでに返却済みだ。
押収されたのは民族衣装一式だけではない。
社員証も取り上げられ、別行動中のミミィらに状況を知らせることもできなくなっていた。
客観的にはかなり危機的状況に置かれている気がするのだが、星喰の表情に焦りの色はなかった。
「タリスタニアの屋根が青いのは彼らの祖先である神々が海からやってきたと信じられているからだ、と言ってます。海面の色なんですね」
野上が通訳を買って出る。
「なるほど。じゃあ、自分の今の目線は海面から海中を覗き込んでいるわけか⋯⋯いいなぁ」
「観光で来ているわけではないので、いつまでもこうしてるわけにもいかないですよ」
「そりゃそうだ。囚われの身なんだし、これからの身の振り方も考えないと。どうも日本人は平和ボケすぎて危機感が足りない」
「星喰さんでも、そう思いますか」
野上が笑う。
「えっ、そんなふうに見えてた?」
つられて星喰も笑顔になる。
ひどい船酔いからこっち、笑うことさえ忘れていた自分に気づく。
だが、こんなにも楽しく愛おしい日常と別れなければならない刻がすぐそばに迫っているのだ。
焦燥感にも似た不快な気配が、感覚器の周りをウゾウゾと這い回っている気がした。
——もしかしたら、これが虫の知らせというヤツかも
なんとなく、そんなことを思う星喰であった。




