第34話
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「これは、いわばエネルギーカプセルです」
床に落ちていた銅管の一つをつまみあげ、掲げる。
「振ってみると音がするものがあります。それがバッテリー液のような役目を果たし、蓄電するものと思われます。地球人的に言えば充電可能な乾電池といったところでしょうか」
専門的な事を話す時、なぜかセンカの口調は改まる。
意識的にやっているのか、それもと無意識なのか。
本人にもよくわからない。
「持ち帰って調べたところ、これ一本で約一万戸に百年間給電してなお余りある電力を蓄えることができるようです」
「ほう、大したもんだ」
黒宮からの素朴な賞賛の声を浴び、センカの舌はさらに調子を上げる。
「カプセルには銅色の他にも金や銀、赤や青など異なる色をしたものがいくつも見受けられます。おそらく使用用途が異なるのでしょう」
はたと何かを思い出したのか、センカはバッグの中を浚った。
取り出したのは青い光沢を放つカプセル。
「これはタコ足神殿の奥で見つけたものです。半分壁に刺さった状態で発見しました。よく見ると壁にはいくつもの穴が開いており」
「ふーん、壁に穴ねぇ」
黒宮が近くの壁に顔を寄せる。
カップの残骸が突き刺さった場所である。
そこに何かを見つけたのか、黒宮の顔色が変わった。
「⋯⋯おまえ、半透明の葉っぱを拾ったか?」
その口調は強く、警戒の色を纏っていた。
「え? ええ。この星は植物が少ないから珍しいと思って」
「それは植物じゃない。こっちに来てみな」
指招きでセンカを呼び寄せる。
ワンマンショーを妨害されたことで不満げな表情を浮かべるセンカだったが、言われるがまま黒宮の元へ向かった。
そして、促されるまま突き刺さったカップの残骸に視線を向ける。
ハッと息を呑むセンカ。
彼女の目に映ったもの、それは壁を這うイモムシの姿だった。
色も形もオオスズメバチの頭に似た頭部。黒く鋼の光沢を持つ頑丈そうな胴体。そしてムカデのような無数の脚。
体長は五センチメートルくらいだろうか。
「よく見てろ」
黒宮は片足を前後左右に揺らし、革靴でカプセルを払う。
露出させた床を見て満足げに頷くと、拾ったカプセルを用い、壁からイモムシを突き落とした。
そして、そのイモムシを、渾身の力を込めて、真上から靴底で踏みつける。
グリグリと二、三度ツイストを刻むと、ゆっくり足を離す。
靴の下から現れたそれは、水に浮かべる前の葉だった。
センカが思わず両手で口を覆う。
目の前の現象が信じられないといった様子だ。
「こいつをこの入り組んだ迷路のどこかで見つけたのか?」
センカは無言で頷く。
「こいつは死蝶といってな。二次元でも三次元でも姿を変えて生き延びる厄介な害虫だ」
黒宮がその葉を摘み上げる。
「これでも死んでないんだぜ。こいつは衝撃に対しては即座に葉っぱに擬態し、無害を装う。これが二次元形態。二次元宇宙でもこの形態で仮死状態のまま半永久的に生きていられる。信じられるか?」
センカの顔は青ざめたままだ。
「水はあるか? なんか入れ物に入れて持ってきてくれ」
センカは踵を返すと、バッグの中から大きめのガラス瓶を掴み、水を入れて戻ってきた。
「用意がいいな。じゃあ、この葉を水につけてみようか」
センカがミミィに対してやったことを、黒宮がしてみせた。
葉を水に浮かべると青い色素が水を染め、葉が透明になる。
センカと黒宮はその様子を瓶の横から眺めている。
「⋯⋯イモムシになりませんね」
センカが短く声を発する。
その声は枯れてかすれていた。
「もうなってるさ」
黒宮が床に転がるカプセルの一つを掴むと、水に浮かぶ輪郭だけの葉をゆっくりと掬い上げる。
水面から現れるなり、葉はイモムシに姿を変えた。
「これが死蝶の厄介なところなんだ。もし、誤ってこの色水を飲んでみろ。たちまちあのイモムシに体内を食い荒らされ、数日後には美しい蝶が口の中から飛び立つ」
「数日で⋯⋯羽化?」
「そう。その後、その肉体は羽化した蝶に卵を産みつけられ、イモムシどものエサ場と化し、やがて無数の蝶が舞う美しい風景が出現するってわけだ。こいつらが舞う星は死蝶星と呼ばれて忌み嫌われている。見つけても捕まえて標本にしようなんて思うなよ」
「実は⋯⋯」
センカが申し訳なさそうに小さく挙手をする。
「持ち帰ろうと思って葉を何枚か採取しました。すいません」
「持ち帰ろうって、地球に?」
「⋯⋯はい」
「マジかよ⋯⋯」
黒宮が呆れ果てたかのように脱力する。
「地球滅亡の危機がこんなところにあったとはな」
カプセルの上を這い回ろうともがくイモムシを再び水に落とした。
「動き回られると厄介だ。こいつにはしばらく水面に浮かんでてもらおう。あと、葉を見つけた場所に案内しろ。採取した葉も持参しろよ。まとめて処分する」
「不死じゃないんですか?」
「火をつければ普通に燃える。葉の状態で灰にするのが一番確実な処分方法らしい」
「わかりました。案内します!」
「ところで」
黒宮はセンカから視線を外し、その奥に移す。
「あいつは何をやっとるんだ?」
そこには目と口をOの字に開いたままフリーズし続けるミミィの姿があった。
*
「おい。なにやってんだ、おまえ。ハニワにでも取り憑かれたか」
黒宮が手の甲でミミィの頬をペチペチと叩く。
その衝撃のせいなのか、あるいは黒宮の手の感触と体温を感じ取ったせいだろうか。
たちまちミミィの頬が上気し、瞳に生気が戻る。
「くくくく黒宮センパイ! どうしてここに!?」
ウブな女子中学生のようなリアクションに多少気後れしながらも、黒宮は冷静を取り繕い言った。
「おまえらが帰社命令を無視し続けるもんだから、強制帰還させろってオレにお鉢が回ってきたんだよ! なにやってんだ、あったくヨォ」
不満を口にしたことで感情の発露に火がついたのか、黒宮が饒舌になってきた。
「あっ、おまえまだこんなのしてんのかよ」
ミミィが首から下げた太い鎖に触れる。
「てことはリミッターが機能しなかったのか⋯⋯オレと同じ轍を踏んでるなぁ」
黒宮は声をあげて笑う。
他の二人は笑いのポイントが掴めないのかポカーンである。
「まぁ、同じレベルイーターの好みだ。おまえをそのジャラジャラ地獄から解放してやんよ」
「でっできるんですか!?」
食い気味にミミィが問う。
「できるよ。現にオレはジャラジャラさせてないし」
ドヤ顔で両手を広げ、すごいだろうアピールをする黒宮。
それなりの絵に見えるのは細身のスタイルと三枚目寄りの二枚目フェイスのおかげだろう。
「それはやはり、禁断の秘術というヤツですか?」
センカも話に入ってくる。
「ウワサでは黒宮さんがこの宇宙をビッグバン直後のインフレーション宇宙にまで再圧縮できる力があるにもかかわらず、人の姿を保っているのは魔術に近い秘術のせいだと」
「誰が言ってんの? オレ聞いたことないけど」
「私です!」
ふんす、とばかりに胸を張るセンカ。
「私はこの説を定説にしようと触れ回ってきましたが、思ったほど定着しませんでした⋯⋯残念です」
「⋯⋯そうか。まぁ、がんばれよ」
呆れ果てた目を向け、おざなりな言葉で済ませる。
それを咎める者は、あいにくこの場にはいなかった。
「話の腰が折られてしまったな。まぁ、しょうがない。また後で話そう」
モジャモジャ頭を描きながら、黒宮の雰囲気が不機嫌で仏頂面の素に戻っていく。
「わかりました。楽しみにしときます」
そう言ってミミィは嬉しそうに笑った。




