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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第32話

 4


 ぴちょん⋯⋯。


 落ちてきた(しずく)がミミィの頬で弾けた。


 その感覚を快く思わなかったのか、ミミィは目を閉じたまま眉間に皺を寄せる。


「あ、気がつきましたか」


 ワタセの声だ。


「⋯⋯ここは?」


 上体を起こしながら、寝ぼけ眼を擦るミミィ。

 その視界にはまだ(もや)がかかっている。


「覚えてないんですか? 神殿の通路の床が抜けて、三人とも落っこちたじゃないですか。ここはその床下ですよ」


 何かの台座と思しき出っ張りに腰掛けたワタセが説明する。


「ふーん」


 まだ寝惚けているのか生返事である。

 サイドが垂直に跳ね上がった豪快な寝癖を直す素振りもない。


「神殿の中をずいぶんと流されてしまいましたから、もはや神殿の出入り口も落ちてきた場所もわかりません」


「⋯⋯神殿? ああ、そういや底が抜けて落ちたんだっけな」


 言葉尻に大欠伸が重なる。

 どうも緊張感に欠けるようだ。


「ボクの話、聞いてます?」


「聞いてる聞いてる」


「そうですか。なら、いいんですけど」


「それにしても神殿の中ってのは明るいんだな。壁も天井も床も白く光ってる」


「それですよ!」


 ワタセが興奮気味に立ち上がった。


 その衝撃で床を埋めた無数の銅管がぶつかり合い、不協和な衝突音を重ね奏る。


「我々が落ちてきた穴から一緒に流れ落ちた水なんです。傘担当者の傘機能がなくなった以上、それは水が落ちてくるのは当然なんでまぁいいんですけど、その水がすごいんです!」


「ふむふむ」


「水が触れた瞬間、床や壁がいきなり発光したんです! 装飾的な意味合いに見えてた壁の石板には図形や記号が目まぐるしく表示されたりして、まさにエレクトリカルなパレード状態! 我々が流されてるうちに水はいつの間にやら引いていって、ここに取り残されたってわけです。地球の海水に比べて粘度の高さや生物の姿が全く見えないあたり、なにかありそうだと思ってましたが、まさかこんな機能が隠されていたとは! でも、鉱山付近の川は流れも触感も地球のものと遜色ありませんでしたし、魚も棲んでるって話ですし、場所によって水に異なる機能があるとしか⋯⋯いやあ、実に興味深い!」


「ほー」


「⋯⋯ボクが考えるにですね、この辺りの水にはエネルギーを貯める性質があるんじゃないでしょうか」


「なるほど」


「そのエネルギーを蓄えた水が流れ込んできたことによって、休眠中だった神殿のシステムが目覚めたのかもしれません。実際、壁や床、天井には樹木の根のようなものが見えます。あれがエネルギーに充ちた水、すなわちエネ水を吸い上げるためのものだとしたらどうでしょう」


「うむうむ」


 どこまでも生返事のままである。


「⋯⋯まぁ、いいです。ただの妄想ですし。孟島は一足先にここの調査に出かけてます。ボクもこの近くをちょっと歩いてきてみてもいいですか?」


 遠慮がちな姿勢でミミィに許可を乞う。


 ミミィは知っている。


 ワタセは好奇心の衝動が大きければ大きいほど、なぜか謙虚になるのだということを。


 さほど関心がなければ、ワタセは上司の許可を待たず、勝手気ままに出かけていく。


 これが職務能力は高いのに、ワタセがなかなか出世できないでいる理由なんだとミミィは思っていた。

 

「ああ、いいよ。あっしはもう少しここでボーッとしてる」


「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきます!」


 ウキウキとワクワクが隠せない表情と足取りで、大冒険に出ようとするワタセ。


 ところが、空気を読まない何者かが無粋な横槍を入れてきた。


「はっはっはーーー! 今ごろ出発かね、ワタセくん! 残念だがこの神殿の謎も秘密もすべて私が解き明かしてしまったのだよ! 残念だったね、ワタセくん! くやしいかね! ワタセくん! くやしいだろう! あーーーたのしーーー!」


 素っ頓狂な口上と共に現れたのは、地殻惑星を愛し、地殻惑星に愛された女こと孟島センカである。


「⋯⋯なんだ、コイツ」


 水を差され、気分を害した様子のワタセに、センカがさらなるマウントを畳み掛ける。


「いや、すまないね! この神殿の謎を解いてしまって気分が昂ってしまったのだ! ホント申し訳ない!」


 謝罪の言葉ではあるが態度には微塵も表れていない。


 言葉と態度、どちらが本心であるか明白である。


「アンタね、いい加減にしないとボクも本気で怒りますよ!」


「きぃーーーやぁーーーー! ちょっとちょっと、ミミィさん聞きました? こいつ怒るとか言いやがりましたよ。これはもう脅迫ですよ脅迫! 女性に対して男性が怒りを露わにするとか現代の地球社会では許されませんよねぇ! これはもう社会的制裁を加えるしかありません! 全宇宙に配信して二度と表を歩けなくしてやりましょう!」


「⋯⋯課長は今、放心中だ。無闇に喚き立てるな」


 唇に人差し指を添えて沈黙を促すワタセに、意外にもセンカは素直に従い、すぐに口を閉じる。


「あー⋯⋯大丈夫、問題ない。続けてくれ」


 ミミィが軽く手を振って継続を促す。


 正直なところ、ワタセはセンカが苦手だった。


 センカはミミィという怪力無双の後ろ盾がなければ自分の意見もまともに言えないスーパーチキン野郎なのだが、近くにミミィがいると知るや否や、途端に饒舌となり、あることないこと捲し立てるのである。


 優秀な研究者であるにもかかわらず、閑話に明け暮れる窓際研究部署に配属されているのは、その性格のせいだとワタセは考えていた。


 ワタセにとって超絶にムカつくメスガキ、それが孟島センカなのだ。


 しかし、センカも社会人。

 星喰(ツヅハミ)など外部の人間に対して、普通に接する最低限の社会性は有しているらしい。


「⋯⋯じゃあ、ボクは軽く散歩してきますから、アンタはここで課長の付き添いをしてください」


 これ以上関わりたくないという不機嫌な表情を作りつつも、いそいそとした足取りで奥へ消えてゆく。


 残されたセンカは「ちぇ」と小さく吐き出すと、ミミィのそばまで歩み寄り、台座にストンと腰を落とした。



 *



「からかい相手がいなくなって寂しそうだな」


 ミミィが冷やかす。


「そんなんじゃないですよぅ。でも、反応は面白いですよね、あいつ。なんか幼稚だし。弟と遊んでるみたい」


「ふうーん」


 ニヤニヤと物言いたげなジト目でセンカを見つめるミミィ。

 その表情に何故かセンカは動揺する。


「や、やめてくださいよぅ」


 頬を赤く染め、パッと顔を逸らす。


「まぁ、いいんじゃないの。見た目だけなら中学生と高校生のカップルみたいで微笑ましいし、似合ってるよ」


「だから違いますってば。そんなんじゃないんです」


 顔を背けているせいか、語気に強さも説得力もなかった。


「そ、それよりもですねぇ、どうするつもりなんですか?」


 軽く咳払いをした後、センカはあからさまに話題の変更を企む。


「どうするってなにが? ああ、コレのこと?」


 首に下げている太い鎖を摘み上げる。


「まぁ、コレばっかりはねぇ。なるようになるしかないかなーって」


「違いますよ、星喰さんの件です」


「あ、そっち?」


 ミミィはバツが悪そうに苦笑する。


「彼を選んだのは黒宮さんに似てるから、でしょ」


「はあ!?」


 本人も驚くほどの大きな声でミミィが驚嘆する。


「ななななんだよ藪から棒に!」


「似てますもんね、背格好とか」


「気のせい!」


「採用するんですか? 黒宮さんに似てる彼に将来性を感じた、とかいう理由で」


 冷やかされたお返しとばかり、センカが意味深なジト目を送る。

 しかし、ミミィは意外にも冷静だった。


 苦悩の表情で頭を掻きながら、大真面目に応じる。


「うーん⋯⋯ここまで知られたら、不採用で野放しにするってわけにもいかない気もするけど、話したところで誰にも信じてもらえないだろうって気もするんだよなぁ」


「じゃあ、不採用ですか」


「うん」


 あっさりと頷く。


「でもまぁ、結果的に長い期間不慣れな異世界に拘束したわけだから、口止め料と慰謝料くらいは払うつもりだけど。相場っていくらくらいだろ? 百億もあれば十分かな?」


「十分じゃないですかね。文句言われたら、その時にまた考えましょうよ」


「そうだな。そうしよう。ところでさっき言ってた神殿の謎ってなに?」


「そうそう、聞いてくださいよ。ここの施設、というか、この星の謎が分かりましたよ!」


 キラキラと目を輝かせ、興奮に頬を染めたセンカの顔を見て、ミミィがプッと噴き出す。


 その表情があまりにも先ほどのワタセと似ていたせいだ。


「なんです?」


 ミミィのリアクションにセンカは首を傾げる。


「いやぁ、ほんとお似合いだよ」


 ミミィは声に出して笑った。


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