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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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31/40

第31話

 3


 一ミリのズレもなく敷き詰められた半透明のブロックが足元に広がっている。


 ガラスやアクリルと異なって見えるのは、やはり可視光の反射に違和感を感じるからだろうか。


 ——どことなく寒天やクラゲを思い起こさせるこの材質はいったい⋯⋯


 ワタセが変化に気づく。

 足元ばかり見ていたことが幸いしたようだ。


「ミミィ! 走って!」

 突然の大声にミミィの小さな身体がビクンと跳ね上がる。


「おまえー! 上司のあっしを呼び捨てにするとは! あと、喋る時は下向けって何度も言わすな!」


「それどころじゃありませんよ! 足! 足元がヤバいんですって!」


「足?」

 足元の外気に触れた石畳から薄い湯気が立ち昇っている。

 よくよく注意して見なければわからないが陽炎を思わせた。


「これがどうした」

「⋯⋯溶けてるんですよ。じわじわと」

 

 叱られないよう語気を抑えつつ、緊張感と焦燥感を纏わせる。

 

「ここあと何往復かするんですよね!? この通路を使う必要があるなら早く移動してください! 日差しを浴びると溶けるみたいですから!」


「いやいやいや、さほど暑くもないのに道路が溶けるなんてそんなぅわっ! ホントだ!」

 

 視線を上げてミミィが驚く。


 ミミィたちを取り巻く水の壁。それがグニャリと歪んで見えるほど陽炎の勢いが大きく強くなっているのだ。


「ぶっわははははは⋯⋯ワタセ、おまえの顔もすごいことになってるぞ!」


「笑ってる場合じゃないでしょ! 急ぎますよ! 底が抜ける前に神殿に辿りつかないと!」

 

 ワタセは笑い続けるセンカの腰を押して、その場からの移動を促す。


 ふと振り返ると、先ほどまで二人が立っていた場所が深く抉れていた。


 思った以上に猶予は長くないらしい。


「うおぅ!」


 ミミィとセンカの悲鳴とも雄叫びともつかない声に、今度はワタセがビクッと身体を震わせた。


「なんですか、急に大声をうおぅ!!」

 視線を正面に戻すと、水の壁から見慣れないものが突き出ていた。


「なんですか、これ」

「あっしが知るわけないだろ!」


 それは奇妙な造形をしていた。


 細く長く蛇行した棒の先に、球形の物体が取り付けられた白亜の像。


 球には閉じた目、への字に結んだ口が刻まれており、どうやらこれが顔であるとわかる。


 シュールで抽象的な佇まいは小難しい現代アートもかくや、といった風情だった。


 ただ、この作品。

 頭だけでもかなり大きく、首の付け根にあるであろう胴のサイズがいかばかりか、大いに不安をかき立てられるのだ。


 そもそも本当に胴があるのか。あの細長い首が延々と連なっている可能性だってなくはない。


 なにしろ、あの顔だ。既知の生物に類似しているのかさえ怪しい。


「神殿を守る怪物ってヤツでしょうか? 地球で言うところのスフィンクス的な」

 センカが首をひねる。


「それにしちゃ神々しさがまるで足りてないな。これじゃ畏怖されるどころか⋯⋯ああ、そうか。わかったぞ」

 ミミィがポンと手を打つ。


「これはアレだ! 面白い顔で相手を笑わせて窒息死に追い込む悪辣モンスターだ!」


「なるほど。昔の人々がそれに恐怖し、神殿を守る大役に抜擢したわけですか。納得できる説明です」

 ワタセが首肯する。


「だろだろ。よし、先に進もう」


 手遅れだった。


 三人は一瞬にして足場を失い、宙へと投げ出される。


 そして、光さえも届かない深い闇の奥底へと呑み込まれていった。



 *



 異変は水面を揺蕩(たゆた)う舟にも生じていた。


 ずっと凪だった水面(みなも)に波が立ち、風も勢いを増している。

 急激な状況の変化に乗員も戸惑いを隠せない。


「うわっと!」


 上下に揺さぶられ、野上が思わず声を上げる。

 レッチェとウルリカに至っては顔を引き攣らせるだけで、声も出せないでいる。

 

 だが、元冒険者なだけあってレッチェはすぐに落ち着きを取り戻す。


 そして、顔色ひとつ変えない星喰(ツヅハミ)に関心を持った。


「なんでそんなに冷静なんだい? なんだか気持ち悪いね」


「え? ああ」

 星喰が反応する。


「このくらいの揺れは日本じゃ日常茶飯事なもので、慣れちゃってんです。今ので体感震度2くらいでしょうか。ねぇ、野上さん?」


「え、うん、そうですね⋯⋯ははは」


 そう返答をしたものの、野上の顔は青く硬直している。


「船酔い?」

「はは⋯⋯まぁそんなとこです」


 そんなたわいもない会話の間にも、舟は大きく傾い揺らぐ。


 表面積の大きな船側が帆の代わりとなり、吹き寄せる風をしっかりと抱き留めているのだ。


 そこに波が絶え間なく打ち寄せ、ついに座礁船『チラシで折ったゴミ箱丸』は舟としての役目を取り戻すことになる。

 

 運よく舟に戻れたまでは良かったが、問題は流れの行き着く先だ。


 乗員にそれを考える余裕はない。


 波に揉まれる舟から放り出されないよう、必死な面持ちで一行は船底に這いつくばる。


 今の彼らにできること。それは、未来が現状(いま)よりマシになるよう祈るくらいだった。

 

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