第30話
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地球兄弟から譲り受けた便利道具によって、水中神殿には息を止める事なく入れそうである。
これにより、問題は『どうやって舟からミミィたちが立つ場所に移動するか』へと変わる。
今、舟が座礁している場所は神殿の入り口から真反対の屋根の突端。その真下にミミィたちもいる。
飛び降りるという選択は命綱なしのバンジージャンプと同義であるし、神殿の壁面にボルダリングできそうな凹凸もない。
「やはり、一度潜って舟が引っかかってるところにロープを括り付け、そのロープを使ってリペリング降下をするしかないようですね」
「ロープならあるよ」
野上の提案を受けて、レッチェが得意げに手荷物の中から黒い物体を取り出す。
リング状に束ねられたそれは、モトクロスバイク用タイヤほどの大きさがあった。
同軸ケーブルのような黒い皮膜に覆われていた。
その皮膜が摩耗し、艶を失った状態であることから長年愛用されてきたことが伺える。
口径も10C近くあるだろうか。かなり硬そうだ。
とはいえ、ビル十階に相当する高さをロープだけで降りるのは難易度が高い。
素人なら尚更である。
星喰は考えた。
もっと安全で、確実で、楽チンな方法はないか、と。
滑車エレベーターやジップラインなど様々な手段が浮かんでは消える。
時短や確実性などを考慮すると、やはり安全でも楽チンでもない垂直降下が適切に思えるのだ。
「こんなのはどう?」
ウルリカが声を弾ませる。
良いアイデアが浮かんだらしい。
「下の二人には一度、神殿の中まで入ってもらって、中で自由に呼吸ができる安全な場所を探してもらう。見つかったら神殿調査班がそこへ移動。聖都潜入班はその後で行動を開始する。これで行けそうだよ!」
「いいんじゃないか?」
「⋯⋯悪くない」
野上とレッチェが首肯する。
経験と実績に裏打ちされたフィジカルモンスター勢の肯定に、机上の空論派が太刀打ちできるはずもない。
星喰も覚悟を決めるしかなかった。
「じゃあ、今ここで班分けするか」
ウルリカのアイデアによって乗員は二組に分かれることになった。
「聖都潜入班はウルリカさん、レッチェさん、野上さんと戦闘を考慮してミミィ。神殿調査班は星喰さん、ワタセさん、そして専門家の私。これがベストでしょう」
センカの提案により班分けもスムーズに決定した。
そして、その旨を下で待つ二人に伝える。
連絡は大声ではなく、スマートにセンカが持つ社員証を介して行われた。
そして、会話の中でミミィ側からも提案がなされたのである。
『もう一人くらいなら、こっちに入れそうだぞ。誰か来ないか?』
星喰とセンカが顔を見合わせる。
「⋯⋯移動手段はどうしましょう」
『飛び降りりゃいいだろ。あっしがしっかりとキャッチしてやるよ』
それを聞いて、星喰が血の気の引いた顔を横に振る。
「わかりました。じゃあ私がそっちに行きます」
『おう』
センカは手早く自分の荷物をまとめると、乗員に向かってペコリとお辞儀をした。
「短い間でしたけどお世話になりました。とても楽しかったです。レッチェさん、野上さん、そして、ウルリカさん。無事にお父様とお会いできるようお祈りしています」
「ありがとう。私も調査がうまくいくことを願ってるわ」
ウルリカがセンカの手を握る。
「またすぐに会えるんだ。大仰な別れの挨拶はよそうや」
「⋯⋯そうですね」
「お気をつけて」
「レッチェさん、野上さん、ありがとうございます。星喰さん、またあとでお会いしましょう。じゃあ、行ってきます」
「⋯⋯うん」
星喰が短く返事をする間に、センカは船縁を高く飛んだ。
人間ではあり得ない跳躍力に、センカの中身を思い返すのだった。
*
「⋯⋯困りました」
神殿入り口に向かって歩き始めるなり、ワタセがため息混じりに呟く。
「わっ! ちょっ! おまえ喋る時は上を向けってさっきも言ったろ! 息がかかって背中がゾワゾワすんだよっ!」
「まったくです! 私のお尻に熱い息を吹きかけるなんて日本にいたら逮捕じゃ済みませんよ!」
「す、すいません!」
「上向けって!」
「下向いてください!」
上と下から同時に苛まれ、ワタセはあたふたする。
舟から降りてきたセンカだったが、三人並ぶと歩きにくいというミミィからの物言いにより、ミミィの肩に落ち着いた。
こうして、ミミィとセンカの合体キメラを先頭に神殿の入り口を目指して移動することになったわけだが、やはりどうにも歩きづらい。ワタセが改善を求めるも即座に却下された。
神殿の土台伝いに歩く。
周囲を水の壁で囲まれているので、行き先を見失わないためである。
「で、困ったって何が」
ミミィの問いにワタセが顎を引く。
「野上さんですよ」
「ああ、気の毒にな。訳のわからん世界に迷い込んだ挙句、恋人とも生き別れになり、故郷じゃ二十年も経っちまってる。おそらく失踪宣告が下されて、もう故人扱いだろう。で、それがどうした」
「⋯⋯言ってないんですよ」
「あ?」
「まだ言ってないんですよ! 野上さんに!」
「言ってやれよ。先延ばししても意味ないだろ」
「それは⋯⋯そうなんですけど」
「ワタセさんはいつもそういうとこありますよね。優柔不断というか意志薄弱というか。中間管理職なんだからしっかりしないと!」
「⋯⋯キミには言ってない。口を挟まないでくれるかな?」
気色ばんだワタセの口調にセンカはヘソを曲げたようだ。
「あっ、態度悪い! こいつ態度悪いですよ。どうしてやりましょうかミミィさん!」
「⋯⋯いいから、ちょっと静かにしてくれ」
ミミィの内心もワタセと同様であるらしい。
センカは頬を膨らませる。
「はっはーん。もしかしてアレですかお二人さん。上司と部下の関係に飽き足らず、アレがアレしてアレな関係になっちゃいましたか! いいですなぁ、モテるお人は。さすがこの世に二人しかいないとされるレベルイーター様ですなぁ。それに引き換え、私はしがない底辺研究者。周りは年寄りだらけで浮いた話もございやせん。あーあ、やってらんねーよなぁ!」
「うっせえよ! いい加減にしねぇとほんと水ン中に叩き込むぞ!!」
本気で怒ってると察したセンカは肩をすくめ、口をつぐんだ。
ミミィは小さくため息を吐くと話の本題を進める。
「変な期待をされてるかもしれないぜ? 時間が戻せるとか、そんなメルヘンをさ」
「それは困りますね⋯⋯」
「時間なんてものは宇宙に存在しないし、存在しないものを操る術なんてあるわけがない。時間は自然の理や歴史を後世に残したり、日常生活を快適に過ごすためのただの単位だ。なんで自在にコントロールできると思うのかねぇ」
センカの腹越しに見える屋根の形が変わってきた。
入り口が近いらしい。
その間にも絶え間なくミミィのおしゃべりは続く。
「それにしても第二地球人はホント面白いよな。地面を足で歩いてるのもそうだけど、あの光と熱に対する異常な執着心! なんでエネルギーを重力に求めず光と熱に固執するんだ? 太陽信仰ってヤツか?」
「どうなんでしょう。謎ですね」
歩くたびに聞こえる金属の弾む音。
それはミミィの全身を飾る大量のアクセサリーが奏る音だ。
しかし、ワタセは知っている。
それがただのアクセサリーでないことを。
レベルイーターというおかしな能力はミミィの小さな身体を徐々に蝕んでいた。
「課長」
「ん? なんだ?」
「今、課長の身体数値ってどのくらいなんです?」
「なんだよ、藪から棒に」
ミミィが笑う。
「いえ、前にちょっと痛めてたじゃないですか。事故で」
「ああ、あれな。大したことなかったぞ。あれは睡眠不足と過労が原因みたいなもんだったし」
ほんの少し前まではピアスとリング、それにブレスレットだけだったアクセサリーが、今はそれらに加え、頑丈な鎖を人気プロレスラーのようにネックレスとして首に巻いている。
どう見ても過剰装飾。やりすぎである。
「検査したんでしょ? ワンパンで木星のガスを吹き飛ばせるくらいになりましたか」
「木星はワンパンと蹴り上げ一発だな。それでコアを剥き出しにできる」
「身体がもう限界に近いんじゃないですか? そのジャラジャラもそれ以上は増やせないでしょう?」
「⋯⋯かもな」
「他人のレベルを喰わずに済む方法が早く見つかればいいですが⋯⋯もう一人のレベルイーターは依然として行方不明ですか」
「⋯⋯ああ」
「アクセサリーに頼らず力を封じ込めてる彼なら、何か知ってそうですけどね」
「そうだな⋯⋯今頃どこでどうしているのやら」
「第二地球人でありながら我々を凌駕する技能を持つエージェントですからねぇ」
土台の形状も水に浸食されるがままからマメに修復された痕跡が多く見受けられた。
壁面もなだらかになり、細かな凹凸が人の手によって消されている。
だが、気まずい沈黙を嫌ってか、ミミィは喋るのをやめようとはしなかった。
「そういえば、一万二千年前に記録されて以来、長らく封印されてた第二地球人の映像が解禁になったってニュース見たか」
「ありましたね。それがどうかしましたか?」
「どっかの星の長老がそれを見て笑い死にしたらしい。さすが銀河最強の大爆笑民族と褒めたいところだが、また封印されるかもって⋯⋯うん、この辺が入り口か」
目の前に歪みのない精密な直線を刻んだ壁が出現した。
ここまで目にしてきた素朴な手作業による工作ではなく、明らかに文明のレベルを超える細工と仕上がりだ。
壁の表面も鏡面のごとく磨き上げられているだけでなく、壁の向こう側をも見通せるよう半透明になっている。
完全にオーパーツと呼ぶべき代物だった。
おそらくこの壁の向こう側が神殿入り口と聖都を結ぶ通路なのであろう。
研究価値の高そうな建造物の出現にワタセは驚きと興奮を隠せない。
「どうします? 一度靴を脱いで水面まで浮き上がってから通路の上まで泳いで移動して」
「ふん!」
ミミィの掌が勢いよく壁を叩いた。
激しい水音と共に粉塵と化す壁。
一瞬だけ空虚となった空間をすぐに大量の水が埋め戻す。
「さ、行こうか」
思い切りの良すぎる行動に思わず唖然とするワタセ。
そして、もはやクセになっているのか大きく息を吐いてしまい、またもやミミィとセンカに叱られるのであった。




