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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第29話 第六章


 第六章


 1


 星喰(ツヅハミ)たちは途方に暮れていた。


 舟の真下に見える黒い影。


 これが水中神殿であることは間違いないのだが、かなり深い場所に鎮座しているようなのだ。


 舟は神殿頂上に施された装飾に引っ掛かり、座礁する形で留まっていた。


「ちょうど満潮時と重なっちまったようだね。いやはや運が悪い」

 雰囲気を和まそうとしているのか、レッチェがおどけてみせる。


 到着した時は乗員の多くが舟から身を乗り出し、水中を眺めていた。

 しかし、変わり映えしない水中の様子に早々に見飽き、今は各々が好き勝手な姿勢で事態の解決方法を探っていた。


 体感的には二時間ほど経過したように思える。

 

 潮位に変化は見られない。

 

 センカは荷物を枕に丸くなり、星喰は立ち上がって、退屈しのぎに足踏みストレッチを行っていた。顔に恍惚を帯びているのはウォーターベッドのようなクセになる踏み心地を味わっているからだろう。


 足を伸ばして座る野上の膝に頭を預けたウルリカは小さな寝息を立てており、レッチェは舟の側面に背を押しつけ、気の抜けた顔を空に向けていた。


「この場所から神殿入り口まで屋根沿いに進んで約二百五十メートル。そこからさらに三十メートルほど潜れば行ける。問題は息継ぎなして行けるかどうか、だ」

 レッチェの呟きに男たちが反応する。


「無理だ」

 星喰は即答した。

「高校の体育の授業で泳いで以来、一度も泳いでないから泳げるかすら自信がない」


「僕は」

 野上が続く。

「ライフセーバーの資格を持ってるから泳ぎには自信がある。が、フリーダイビングは経験ないからなぁ」


 絵に描いたようなイヤミたらしい陽キャ発言も、野上の口から発せられると不思議と不快を感じられない。


「そういえば、海で泳いだ記憶がないな」

 星喰の独り言に野上が素早く反応を示した。


「星喰さんは生まれどちらですか?」

「静岡」

「海ちか県じゃないですか! もったいない!!」


「そ、そう?」

 生まれて初めて陽キャに羨ましがられるという経験をし、星喰はたじろいだ。


「いいですよね、静岡。海近いし、富士山あるし、温泉もあるし。大学のサークルでよく行ってました」

「へぇー⋯⋯」

 見る間に野上が相好を崩す。


「ど、どうした!?」

「いやぁ。もうすぐ帰れるんだと思うと嬉しくて。こっちの世界に来てからの二年間は、こうして日本の話をする相手もいませんでしたから」

「そうか⋯⋯そうだな」


 したり顔で頷く星喰。

 年長者としての威厳を保とうと必死である。


 この星での一年が地球での十年にあたるため、野上が星喰よりもずっと年上だということを二人はまだ知らない。


 地球時間に換算すると、現時点で星喰は三十五歳。野上は四十五歳になる。


「前から訊こうと思ってたんだけど」

 星喰が遠慮がちに口を開く。


「鉱山で初めて会った時、だったかな。何か作ってたみたいだけど、あれはなに?」


 質問を受けて、野上は顎に手を当て、視線を上に飛ばす。


「うーん⋯⋯何か作ってた? あの頃はたしか⋯⋯ああ、あれだ」 

 無事に思い出せてほっとした様子で星喰に向き直る。


「大量の銅管を拾ったんですよ。振るとチャプチャプと音がするヤツもたくさんありまして。あれ、乾電池ぽいんですよね」

「乾電池!?」


「ええ」

 驚く星喰に満足してか、野上がニコッと笑う。


「推測ですけど、おそらく液体で満たされたバッテリーのようなもので、振った時の音はそれじゃないかと思うんです」

「なるほど⋯⋯電解液的なアレか」


「それで、音のするものだけを集めて、高出力で時空を突破する超次元的な装置ができないかと思案していたわけです」

「うーん、よくわからないけど凄そうだ」

「ははは、無理しなくていいですよ。自分でもわかってます。そんなものができるわけないってことは」


 野上は一度、大きく息をついた。

 そして、膝に乗ったウルリカの頭をそっと撫でる。

 

「おそらく、ちょっとノイローゼ気味というか、精神的に不安定になってたんでしょう。もし、あそこで星喰さんに会ってなければどうなっていたやら。想像するのも恐ろしいです」


 こんな取り留めのない会話も、野上にしてみれば最上の娯楽に思えるのだろう。


 星喰は野上の心中に思いを馳せる。

 ふと得も言えぬ感情に胸が詰まった。


「まいったな」


 いつの間にか自分の心にも芽生えていた郷愁の念に戸惑っているのか、星喰は黒い水面に向けてそっと呟いた。



 *



「なぁ、レッチェ。干潮になると神殿はどうなるんだ? 入り口は顔を出すのか?」

 野上が尋ねる。


「そうさねぇ」

 気怠そうな声で応じるレッチェ。

「神殿の上半分くらいが水から出る。入り口が露出することはないが、今よりマシだね」


「じゃあ、神官たちは泳いで出入りしてるのか。水中眼鏡かなんかして」

「いいや。神殿への出入りは『選ばれし子供達』の仕事だ」


「なんだその『選ばれし子供達』って」


 怪訝な顔を浮かべる野上を横目に、レッチェが「よっこらせ」の掛け声と共に身を起こす。

 無気力に時間を浪費するのにも飽きたらしい。


「カズサは見たことないんだっけ。昔は鉱山勤めの家族からも生まれたもんだがなぁ」

「⋯⋯見た記憶はない、と思う」


 顎に手を当て野上が呟く。


「そっか。『選ばれし子供達』ってのは目に透明な瞬膜を持つ子供のことさ。稀に生まれるんだ」

「瞬膜?」

「そう、まぶたの下にもう一つ透明の薄いまぶたみたいなのがあってね。水に潜っても目が痛くならないらしい」


「ふぅーん。イグアナの目みたいなアレか」

「イグアナ?」

「ああ、僕のいた世界に泳ぎのうまいイグアナって名前のトカゲがいてね」


「そいつにも瞬膜があるのかい?」

「うろ覚えだけど、あったように思う。うん」

 野上が確信したかのように頷く。


「そういやドラゴンて爬虫類じゃないんですかね?」

 口を挟んできたのは星喰だった。

 

「どうなんでしょうね。ちなみにこっちの世界でトカゲは見たことないです」

 応えたのは野上である。

 レッチェは頭上に?マークを浮かべていた。


「進化論とかどうなってんですかね? 瞬膜を持つ泳ぎが得意なトカゲが進化して獣人になったとは考えられないかな?」

「面白い話ですね!」

 星喰の仮説に寝ていたはずのセンカが食いついてきた。


「地球の大型爬虫類である恐竜が進化して鳥類になったわけですから、ありえない話ではないと思います!」


「⋯⋯うん?」

 レッチェの耳がピクリと跳ねた。

 

 ウルリカも気づいたのか、のそりと顔を上げる。


「どうした? 敵か?」

 野上と星喰の顔に緊張が走った。


「⋯⋯いや、聞き覚えのある声だ」


 星喰はすぐに耳をそばだてた。


 チャプチャプと舟底を打つ水音以外を捉えようと意識を集中する。

 

 だが、何も聞こえない。


 目を凝らし、四方を見渡しても波ひとつない穏やかな水面が広がっているだけだ。


 星喰と同じような行動をとっていた野上が隣にやってくる。

 視線が交わると、野上は小さく肩をすくめる。

 やはり成果はないらしい。


「なぁ、レッチェ。本当に誰か来てるのか?」

「ああ、間違いない。水を蹴散らしながら向かっているようだ」


「水を⋯⋯蹴散らしながら?」

 レッチェからの回答に納得がいかないのか、野上が首をひねる。


「あ、ほら、あそこ」

 野上の隣でウルリカが遠くを指差した。


 その方向を見つめると、水面から湧き立つ煙のようなものがうっすらと見える。


「水の中で誰かが焚き火でもしてるんじゃないか?」

 

 星喰のたいして面白くもない冗談を受けて、表情の選択に迷う様子の野上。

 そして、悩んだ末に選んだ顔は、なぜか真摯の面持ちだった。


「⋯⋯いえ、たしかに地球の常識で決めつけてはいけませんね。ここは異世界。水の中での焚き火ができる可能性も」


「ないよ」

「ない」

 レッチェとウルリカが口を揃えて否定する。


 そうする間にも、煙は輪郭を明確にし、水音も星喰らの耳にもはっきりと聞こえるほど大きくなっていく。

 

 ——いったい、どんな非常識が現れるのか⋯⋯


 やがて目にしたそれは、想像の二十倍ほど珍妙なものだった。


「よう、ひさしぶり」


 絶句した船乗りたちを見上げ、能天気な声を放つ小柄な人物。

 彼女は切り立った水の壁に囲まれ、露出した水底に佇んでいた。


 驚いたことに濡れそぼった様子はどこにもなく、路考茶(ろこうちゃ)色の髪も服も壁の水流が巻き起こす風で小さく揺らいでいる。


 水の底はといえば、ゴツゴツした岩や石がほとんどなく、歩くのに苦労はなさそうだ。

 せっかくのアウトドアブーツも、その機能を十分に発揮できず、気の毒に見えるほどである。


「なんか、すいません」


 申し訳なさそうな表情を浮かべ、その背後で小さくなっているワタセ。

 その姿が退屈に苛まれていた五人にツボったのか、舟の上は軽やかな笑顔であふれるのだった。


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