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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第28話

 6


 風向きが変わった。

 

 水辺から吹いていた過分な水気を含んだ風は次第にその勢いを失くし、代わりに土塁の向こうから砂埃にまみれた乾燥した風が吹いてきた。


 土塁を越えた風は無惨にも爆散した死体の隙間を通り抜け、血や肉や内臓の強烈な異臭をまとった状態で川辺へと押し寄せる。


 ミミィが獣人たちを鮮血まみれの新鮮お肉に変えている時、ワタセもまた悪臭の波状攻撃を相手に戦っていたのだ。



 ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ


 ワタセの耳に荒い呼吸音だけが響く。


 双眼を見開き、見つめる先には汚濁した液体にまみれる地面。


 その液体は、つい今しがたワタセの体内より排出されたものだった。


「⋯⋯なにも、こんなとこまで、第二地球人を再現しなくていいのに」


 自嘲気味に嘆く。


 まだ口中に残る苦いものをペッペと吐き出すと、呆けた表情で体を伸ばす。


「なんなんだよ、この汁は⋯⋯やりすぎだぞ。地球兄弟!」


 クノプ人衣装の袖についた土埃を払って、顔に付いた不快な汗を拭く。

 拭き上げた箇所が擦れてヒリヒリと痛んだ。

 やはりスカーフにすべきだったと後悔したが、後の祭りである。


「ほんと、やりすぎだ!」

 吐き捨てるように呟くと、胃を喉に向かって押し上げてくる臭気が再びワタセの鼻を掴んだ。


「終わったぞ」

 極悪臭のマントを翻しながら現れたのは、明るく華々しくも凛と透き通った女性の声。


 路考茶(ろこうちゃ)色の髪が近づくにつれ、悪臭もどんどんキツくなってくる。


 「なんだ、また吐いたのか。丈夫な胃だなぁ」

 ミミィがケラケラと笑い飛ばす。


 嘲笑の要素は微塵も感じられなかったが、それでもワタセは反論せずにいられなかった。


 鼻水と嗚咽に差し挟まれる音は、もはや言語の体を成しておらず解読不能。


 それでも聞き取れたのは一次元で繋がっているせいであろうか。


 それとも、聞き取れたフリをしているだけであろうか。


「そう言うな。その身体だって彼らが兄弟のためならばと腕によりをかけて作ってくれた逸品じゃないか。特異技術を惜しみなく注いでくれた上に無料なんだぜ? 文句をつけたりするとバチが当たるってもんだ」


「そっそうは(オエ)言いま⋯⋯けど、ちょ⋯⋯くさ(ズズズ)はなれ(ズル)」


「あん? 何言ってるかわかんねーぞ」


「臭いんで! 離れてくオロロロロ」


「うわっ!? またかよ! 何回吐く気だテメェ!! いい加減にしろぃ!!!」


 無情にもミミィはワタセを川面に蹴飛ばした。



 *



 ミミィから放たれる猛烈な悪臭。その発生理由がついに判明した。


 彼女の周りで渦巻く赤黒い飛沫。

 おそらく、これが原因だろう。

 ミミィは気づいてないのか、それらを払いのける気配さえない。


 呼吸をも阻害する猛烈な悪臭に顔を歪めつつ、ワタセはそれを指摘した。


「なんか、蚊柱の中の人みたいになってますけど⋯⋯大丈夫なんですか?」


「大丈夫って、なにが?」


 きょとんとするミミィにワタセは畳み掛ける。


「臭いですよ! 悪臭! 気づかないんですか!? 原因はそれ! 課長の周りを飛んでる、それ!!」


「ああ。いいだろ、これ。 地球兄弟の新作アイテムらしいんだが、テストを兼ねて使ってみてくれってさ。いつも世話になってるし、試作品のテストくらい喜んでやるってーの。なぁ、そうだろ?」


「⋯⋯まぁ、そうですね。てか、なんですか、それは」


 ミミィがニヤリと笑う。


 そして、おもむろに片足を引き上げ、靴底を指し示す。


「この靴に秘密があるんだ。アイテムの名前は忘れたが、なんでも身体から半径一メートルの範囲に水とかの液体を寄せ付けないんだそうだ。だから、返り血もこの通り! 服につかない!」

 

「へー⋯⋯スゴイジャナイデスカ」


「だろ!? 雨が降っても傘いらないし、水たまりを踏んづけても靴が濡れて、靴下まで染みてきてウギャー! ってならない! すごい!! 大発明だ!!!」


 子供のように興奮して話すミミィをワタセは呆れたように眺めている。


 ——これがボクの上司だもんなぁ⋯⋯感覚が完全に小学生女児だよ。ほんとにどうなってんだよ、ウチの会社の昇進基準は


「で、このあとどうする?」

 仕事終わりにメシでも行くか、みたいな口調でワタセに訊く。


「え、なんです?」

 不意を突かれて戸惑うワタセ。


「仕事だよ。もうやることないなら、あれ使って帰っていいぞ」


 ミミィの親指が指し示す先には球体が一つだけ付いたドローンが地面から生えていた。

 彼女がここに来る際に使用した機体だ。


「⋯⋯壊れてんじゃないですか?」


「動かしてみりゃわかるさ」


 なぜか自慢げなミミィ。


 ワタセはといえば、不思議と表情を曇らせていた。


「あの事故から何日経ちましたっけ?」


「こっちの日数で四日くらいだろう? それを地球時間に換算すると」


 社員証を手に取り、その表面をポチポチと弾く。


「こっちの一年が地球じゃ十年になるわけだから、四日で⋯⋯四十日だ! あってる?」

「あってます」


「へっへへ」

 嬉しそうな笑顔をひらめかせる。


「しかし、野上さんはショックでしょうね」


「あー⋯⋯そうだな。でも、なんでこの星に飛ばされて来たのか理由も不明なんだろう?」

「はい」

「だったら、あっしらが責任を感じる必要もないだろうさ」


「そうなんですけど⋯⋯頭では理解してるんですけど、何かできないかって考えてしまうんですよね」

「あっしのようなエージェント職だと日常茶飯事すぎて麻痺してるけど、管理職が目の当たりにすると、そうなっちまうのかもなぁ」


「そうかも⋯⋯しれません」


 ミミィがポンとワタセの背中を叩く。


「だったら、大急ぎでこの件も解決してやらねぇとな! 『時は金なり』だ」

「⋯⋯ですね」


 悪臭にも慣れてきたのか、嗚咽と決別できたワタセに笑顔が戻る。


「それじゃあ、行くか!」


 バッシャバッシャと水を蹴立てて、ミミィが川面に突進する。


「は?」


 わんぱく小僧さながらの絵面にドン引きするワタセ。


「おいおい聞いてなかったのかよ。さっき説明したろ?」


 呆れたようにぼやくミミィの顔が濡れたガラス越しのように歪んで見えた。

 

 足元を埋めるはずの水も、ミミィの周囲だけきれいに切り抜かれ、川底が露呈しているのである。

 

「陸路よりもこっちの方が安全かつ迅速かもしれんぞ」

「わかりました。お供しますよ」


 岸まで戻ったミミィの小さな両肩をワタセが掴む。

 そして、ムカデ競争の要領で再び水面へと侵入していく。


「ぴったり体をくっつけて離すなよ。溺れても知らんからな」

「わかってます!」


 小柄なミミィの歩幅に合わせて歩くワタセ。

 時折つんのめりそうになりながらも、二人は快調に歩みを進める。


 陽の光を受けてキラキラと輝く水面に紛れたらしく、やがてその姿は見えなくなった。


 

 追記


 埋まった機体は自動操縦にてパミット山荘へ無事帰還しました。


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