第24話
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そもそも、なぜこんな物騒な事態になっているのか。
『外国人観光客おことわり』の看板を掲げる国の首都に、理由もなく殴り込むというのは理性と教養のあるオトナのすべき事ではない。
当然、歓迎もされないだろう。
この国に日本と同等の司法制度が整っているかどうかさえ怪しいのだ。
万が一捕えられた場合、裁判を経ずして打首、石打ち、国外追放など最悪の結果だって想定できる。
だが、推理材料が欠けた状態でいくら考えあぐねても、一つしかない真実に辿り着けるはずもなく——。
星喰は会議が煮詰まったタイミングを狙って、遠慮がちに挙手をし発言許可を求めた。
「こんな状況でこんなことを質問するのもアレなんですが⋯⋯」
ワタセが大きく首肯する。
「問題ありませんよ。疑問を抱えたまま行動していると、咄嗟の判断をミスってしまったり、重要な差異を見落としてしまう可能性があります。それが作戦全体を瓦解させる要因となっては元も子もありません。疑問質問大いに結構。皆さんも少しでも違和感を感じましたら、遠慮なくおっしゃってください。では星喰さん、発言をどうぞ」
さすがは社会人としていくつもの社内会議を渡り歩き、鍛え上げられたワタセの議事進行トークである。
オドオドした新人の挙手にしっかりと手を添え、発言を肯定し、さらに周囲にも積極的な発言を促す。
ここまでになると、サクラの存在を疑われてしまいそうではあるが、とにかくワタセのレトリックは見事なものであった。
——よし、ならば自分もギラギラと眩しく煌めく絢爛豪華なレトリックで装飾しまくった発言を⋯⋯!
と、意気込んだ星喰であったが、哀しくも読書を嗜んでこなかった弊害から、その語彙力はミミズの最後っ屁レベル。
ヘタに飾ろうものなら嘲笑と侮蔑に苛まれ、日本にもこの国にも居場所がなくなるのは想像に難くない。
「えっとですね、どうして首都襲撃なんて物騒な話になってるんです?」
飾り気のない、素材だけで構築された素朴な文言。
飾り立てて誤解を招くより、わかりやすさを優先した、という弁明は負け惜しみであろう。
「それと、ここはどこです? なぜ自分がこんな場所に連れ出されてるのか全然わからないんですけど」
うんうん、とワタセが頷く。
「その疑問は当然ですね。ボクもいつ説明しようかと考えてました」
そうして、ワタセの口からざっくりとした経緯が語られることとなった。
それを三行にまとめると以下のようになる。
・野上を日本に連れて帰る手続きが完了した。ウルリカも日本へ同行を願い出る。だが、心残りもあるという。それは聖都に連れ去られた父親の存在。
・「まだ生きているのなら、一目会って別れを言いたい」と涙ながらに語るウルリカの姿に心打たれたワタセは、野上、レッチェらと共に聖都行きを決意する。
・一人で残しておくのもアレなので、ついでに星喰も連れて行くことにした。
「⋯⋯なんか自分の扱いがぞんざい過ぎませんか?」
不満げな星喰にワタセは大きく頭を振る。
「だって、星喰さん白目剥いてぶっ倒れてましたもん。起こそうとしても全然起きないし。生乾きのミイラみたいになってるし」
思い当たるフシが星喰にはあった。
もっと詳しい経緯の説明を求めて、ミイラ生産者であるレッチェに視線を送る。
しかし、レッチェはバツの悪さからか、ふいと目線を外した。
「そして、思い立ったが吉日ということで、鉱物の配合により作り出された箱みたいな舟をお借りして夜中のうちに川を下り、こうして無事にここまで辿り着いたわけです」
「ここらの地理に明るいレッチェがいてくれたからこそ、ですね」
野上がワタセの説明に同調する。
この二人に結託されては、星喰もこれ以上の文句が言えない。
「⋯⋯それで、どうやって一見さんお断りの聖都に侵入するんです? まさかノープランってことはないでしょう?」
星喰が話題を変える。
これ以上食い下がっても、思うような収穫は得られそうになかったからだ。
「では、本作戦の立案者であるレッチェさんに説明してもらいましょうか」
ワタセが発言を促すと、レッチェは渋々といったていで話を始めた、
「そんなに大したものじゃない。元々シャロムデン・バリアム氏の救出は行うつもりだった。そのために学者だった頃のコネとツテを駆使して、なんとか侵入と脱出の算段はついた。あまり大っぴらに言える手法ではないがね」
小さく肩をすくめる。
「ただ問題は救出方法だ。どう考えても私とカズサの二人だけでは無理なんだ。仲間たちに応援を頼めば、そりゃイヤと言う奴なんて一人もいないだろうさ。でも、実行すれば犠牲者の数がシャレにならなくなるのは確実だ。あいつらはお人好しでバカだからな」
レッチェの表情が曇る。
「こんなことを頼むのは筋違いだってのはわかってる。自分勝手なのも重々承知だ。だが、あえて言わせてもらう。力を貸してほしい」
レッチェが頭を下げた。
「もちろん! 断る理由なんて我々にありませんよ。そうでしょ、星喰さん」
鼻息の荒いワタセの問いかけに、きょとんとする星喰。
「え? どういうことですか?」
「数宿数飯の恩を返したいですよね!? 可能な限り多めの利息をつけて! これからの取引を円滑に行うためにも!」
「そう⋯⋯いう考え方もありますね。ははは」
「喜んで協力させてもらいましょうよ!」
レッチェによる作戦概要はこうだ。
レッチェと面識のある門衛が不審者を捕らえたということにして、野上ら四名の日本人を聖都内に連行する。
収容施設に拘束される前に逃げ出し、協力者が用意した隠れ家に潜伏。身支度を整える。
日本人部隊が敵の目を引き付けているうちにウルリカの父親を奪還し、聖都を脱出。
めでたしめでたし。
「⋯⋯ずいぶんと雑な作戦に思えますけど、うまくいきますかね?」
レッチェに遠慮して小声で囁く。
「はてさて、うまくいくといいですねぇ」
ワタセの反応はどこか他人事のようである。
「問題がなければ、そろそろ迎えが来る頃です」
はぁ、と諦めにも似た溜息を星喰が吐き出した時、川辺に沿う土塁の向こう側から禍々しい物音が大きく湧き上がってきた。
視界が遮られ、目視することは叶わないが、ガチャガチャと金属板同士のぶつかる音が、群衆の接近を告げている。
「まずいね」
呟き声のつもりが思いのほか大きく発せられたのか、レッチェ本人が一番驚いた顔を作る。
「まずいってどういうこと!?」
不穏な気配を察して身を寄せてきたウルリカを気遣いながらも、戸惑う野上が尋ねた。
「まぁ、言われなくても察しは大体つきますけど。作戦が漏れて本物が来てしまった、というところでしょうか」
ワタセはゆっくりと立ち上がり、やれやれといったふうに頭を振る。
星喰が背を向けていた土塁に視線を送ると、整然と隊列を組んだ一団が迫り上がってくる様子が見えた。
それは青い金属光沢を放つ鱗状の鎧と、青いとんがり帽子のような兜を身につけた大型獣人の群れであった。
動くたびに青く大きな鱗が波打ち、人目を惹くに十分な美しい輝きを放っているが、着込んだ連中が手にしているのは岩を荒く削った棍棒のようなものばかり。
それが意味するのは、彼らが国賓を出迎えるために訓練された儀仗隊などではなく、甲冑が血や土埃で汚れるのも厭わない戦闘集団ということに他ならない。
そんな連中が星喰ら一行を肉団子にすべくやってきたのだ。
「タリスタニア聖皇騎士団。それがあいつらの名前さ」
レッチェの声に、いつもの心強さはなかった。




