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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第23話 第五章 

 第五章


 1


 星喰(ツヅハミ)の意識が息を吹き返すと、世界は見慣れたダークグレーの薄闇に包まれていた。


 それと同時に違和感も覚える。

 その闇は鉱山内で見るよりもずっと自由で、高さも広がりもあるように思えたからだ。


 違和感の原因はおそらく、頬を撫でる風の存在だろう。


 氷のように冷たく、さわやかな香気をまとった空気のゆらめきなぞ鉱山にはなかった。


 外に閉じ、内に開いた鉱山で経験できる臭いといえば、むせるようなケモノ臭と中学校の技術工作室を思い起こさせる溶けたハンダのような臭い。それと芳醇な料理の香りくらいである。


 それが坑道を走り回る子供たちによって掻き回され、混濁し、独特の臭気となって鉱山内に満ちるのだ。


 ——ここは、どこだ?


 ひんやりとした地面に手を置き、ゆっくりと上体を起こす。

 地面は多分に水気を含んでおり、手のひらにざらりとした泥の感触があった。


 ダークグレーだった闇は、いつの間にやら青みを増し、物体の形状と動きを判断できるまでになっていた。


 視線を周囲に巡らせると、石が広く敷き詰められた水辺に、蠢く複数の人影が確認できる。

 その数は四名。なにやら白く大きな箱を協力しあって折りたたんでいるらしい。


 だが、水で濡れた箱は思うように動いてくれず、なかなか苦労しているようである。

 足元が不安定なせいもあってか、時折バランスを失い、水面に大きな波紋を描き出してもいた。


 滑稽ではあるが、どこか楽しげでもある。


 大仰な人物の動きに星喰はたまらずププッと笑いを吹き出した。


「お目覚めのようですね」

 

 無警戒だった耳元で女性の声がした。


 驚きで身をのけぞらせつつも、声の主を捉えようと首を捻じ曲げ視線を向ける。


 目に飛び込んできたのは、帽子とスカーフの間に見える細く丸いメタルフレーム、レンズの奥の黒目がちの瞳。そして、その瞳に色濃く影をおとす過分な量の長く艶やかなまつ毛だ。


 その容姿は記憶に新しかった。


 孟島(モウシマ)センカである。


「そんなに驚くことないでしょうに」


 センカは不満げに頬を膨らませた。


「それにしても、随分とよく寝てましたね。途中で私が乗り込んだことにも気付かないなんて」


「⋯⋯ここで何してるんですか?」


 口元を隠すスカーフが動き、小さく皺を寄せる。

 それがまるで口角を吊り上げたキレ気味の微笑であるかのように見えた。


「ま、隠すほどのことじゃないんで話しますけど、ワタセ課長代理におつかいを頼まれまして。そのミッションをつい先ほど達成したのですよ。全然たいしたことじゃありませんでしたけど」


 センカの話は続く。


「聞くところによれば、みなさんで聖都タリスタニアに赴く途中だっていうじゃありませんか。あそこは我々のような異国民を嫌っていて、今まで誰も調査に入ってない都市なんです。そこへ行くとなれば研究者である私が行かないわけにはまいりません」


 ——これは長くなりそうだ


 腹を括った星喰だったが、意外にもセンカの話はすぐに終わった。


「そんな理由で同行することになったのです」


「はぁ。そうですか」

 よくわかりました、とばかりに深く首肯する。


 しかし、そんな薄っぺらなリアクションではセンカを納得させることは出来なかったようだ。

 センカがジト目で冷や汗を滲ませる星喰の顔を見つめている。


「⋯⋯な、なんですか?」

 無言の圧力に耐えられなかった星喰が口を開く。


「これがどれほどスゴイことなのか、まったく理解していませんね!?」

 鼻息も荒く、センカの口調に凄みが増す。


「いいっスか、聖都タリスタニアは彼らが創造主と崇める神の時代から、ずっと変わらずそこに存在しているんです。戦火で焼け落ちる事も、他民族に侵略される事もなく存在し続けた都市は、それ自体がもう途方もない宝箱なんスよ!」

 言葉の勢いは衰えない。


「中でも大聖典館と呼ばれる図書館にはぜひ訪れてみたいですね! この星のありとあらゆる情報が集約されているのかと思うと⋯⋯うふ、うふふふふ」


「遠足が楽しみなのはわかりますが、熱弁はその辺で」

 今度は頭上から苦笑を滲ませた男性の声が降ってきた。


 ワタセだ。

 箱は無事に折り畳まれたらしい。


「箱舟の収容が終わりましたので、休憩がてら今後について詳しく話をしましょうか」




 群青色だった空気はいつしか乳白色にとってかわり、柔らかな光を辺り一面に散らしている。


 泥だとばかり思っていた湿気のある地面が、実は鮮やかな緑色の苔に覆われた岩の表面だと気付いたのも、つい先ほどのことである。

 

 六名のうち半数がクノプ人という怪しい集団は、苔むした大岩の陰に身を潜めるように固まり、今後の行動について議論を始めた。

  

 地面は圧をかけるとじんわり水気が染み出してくる湿地であったが、誰も異を唱えることなく、ドッカと腰を下ろしている。

 ミノムシのごとき衣装のおかげで下着が濡れる不快さこそないが、それでも気後れしてしまうのは現代っ子ゆえんであろうか。

 年下である野上なぞは収まりが良い石を見つけてきて、それに腰を下ろしていた。

 

「それではこれより『第一回チキチキ聖都襲撃大作戦』の作戦会議を行いたいと思います」


 ワタセの宣言から発せられた眩暈を覚えるほどに強烈な茶番臭が、星喰の鼻を突く。

 

 しかし、周囲に失笑を浮かべる顔はひとつもなく、誰もが真剣な眼差しでワタセ議長を見つめている。


 ——なるほど、つまり『笑ってはいけない』のノリなのか


 それが正解なのか不正解なのか判然としないまま、星喰も気分と表情筋を引き締め、会議の輪に身を投じる。


 『空気を読む』


 それもまたデキるオトナの必須スキルなのだ。


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