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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第19話

 2


 しばしの談笑後、部屋を去るウルリカ。

 その姿を星喰(ツヅハミ)は笑顔で見送ったものの、内心穏やかではなかった。


 たおやかで朗らかな彼女が巨大なドラゴンと化して大暴れした、という話をつい先ほど聞いたばかりなのだから無理もない。


 ——レッチェを信じないわけじゃないけど、やっぱり信じられない⋯⋯ウルリカがそんな事をしたなんて


 「いやいや、それがそうでもないんだよ。伝承によると、過去にも同じことがあったらしい。大昔の話だけどな」


 レッチェとの会話を思い出す。

 

 「その時も変身したのは女性、しかもウルリカと同じく無毛症だったそうだ。恋人と添い遂げられないと分かった彼女は、大いに嘆き悲しみ、巨大なドラゴンとなって暴れ狂った。その脅威は聖都タリスタニアにも迫り、城壁には今も当時の爪痕が残されていると聞く」


 「やばいじゃないですか」

 星喰が胡乱な目つきで間の手を入れる。

 「実際、建国以来の危機だったらしい」

 大真面目な顔のレッチェ。


 「で、続きは? どうなったんです?」

 「ドラゴンは大きく広げた翼膜を羽ばたかせてタリスタニア兵を吹き飛ばすと、自身もまた空へと舞い上がった!」

 「ほうほう!」

 「もうだめだ! デュレクシア国民の誰もがこの世の終わりを確信したその時! 奇跡が起きた!」

 「なんと!」


 「⋯⋯セイタロー、おまえ私のことバカにしてるだろう」

 「いやいやいや、そのようなことは決して。純粋に心から続きが気になってんです」

 「そうかぁ? いや、なーんか小馬鹿にしてる気配がそっちの方から漂ってくるんだよなぁ⋯⋯」

 「気のせい! 気のせいです! ささ、早く続きをお願いします!」


 訝る目を星喰に投げかけながら、レッチェは続きを話し始めた。


 「えーとなんだっけ⋯⋯ああ、奇跡か。奇跡ってのは、高く飛びすぎたドラゴンが瞬く間に空に飲み込まれちまったのさ」

 「はぁ」

 「なんだ、そっけないな」

 「⋯⋯ウルリカさん、空に飲まれてませんね。大暴れしたんですよね?」

 「カズサの機転のおかげさ」

 

 レッチェがニッと笑う。


 「そもそもドラゴン化したのは、カズサの噂を聞きつけたタリスタニアの連中が、彼を連れ去ろうとしたのが原因だ。つまりカズサへの執着心だな」

 「ああ、電動キックボード復元事件ですね」

 「電脳キック? ⋯⋯まぁいいや。つまり、今、我々が生きていられるのもカズサのおかげってわけさ。タリスタニアの連中がドラゴンの出現に混乱している隙をついて、逃げ出したカズサがウルリカを鉱山の中に誘導したんだ。たった一人、命懸けでね」

 「そこで、元の姿に?」

 「ああ、高く舞い上がった拍子に天井で強く頭を打ってな。気絶したら元の姿に戻った」


 昨夜の酒宴の席でも、野上は獣人たちにすっかり溶け込んでいた。

 見た目も体格も彼らと大きく異なる彼が、どのようにして信頼と敬意を勝ち取ってきたのか。

 その理由が明らかとなったわけだ。


 しかし、同時に大きな問題も露見する。


「ふぅーむぅ⋯⋯」

 声に出して、大きく息を吐き出す。


 ——これは難題だぞ


 星喰は腕を組んで黒布石(こっぷいし)の紙を眺める。


 野上単体を日本に連れ帰ると、ウルリカがドラゴンとなって大暴れするのは確実。

 ヘタをすれば、この星が消滅しかねない大惨事になることだろう。


 星喰が入社を希望する会社は、この地と取引を行い利益を上げている。

 その鉱脈が星喰のせいで消失した場合、果たして採用されるのであろうか。


 全身の毛穴から冷たくも不快な汗が一斉に吹き出した。


 ——マズイ⋯⋯これはシャレにならない


 かと言って、ウルリカまで日本に連れて帰るのはリスク的にありえない。


 試しに、星喰は二人とも連れ帰ったところを想像してみた。


 別れ話を切り出す野上、驚愕から憤怒へと表情を変えるウルリカ。

 東京都内に突如として出現する巨大なドラゴン。逃げ惑う人々、緊迫する政府、出動する自衛隊。

 炎に包まれた大都市、チャンスとばかりに侵略してくる隣接国、それに同調して蜂起する在留外国人⋯⋯。


 ——あー⋯⋯世界地図から日本消えるわ、これ


 想像された世界には酷いまでのリアリティを伴っていた。


 想定される世界を出現させないためにも、ここは粉砕骨折レベルで骨を折る必要がありそうだ。


 整理のためのまとめ記事作りを中断し、取材のために再び立ち上がる。


 もちろん手には例の酒瓶が握られていた。


 3


 部屋の外に出ると、さっそく獣人に捕まった。


「おう、お客人」

 声をかけてきたのは恰幅のよいブルドッグ似の獣人だった。


 身長は星喰の胸元までしかないが、肩幅と筋肉量は倍近くありそうだ。

 昨夜の酒宴でいち早く酔い潰れていた姿を思い出す。


「ちょうどいい。おまえさんに手伝ってもらおうか。昨夜うまいもの食わせてもらって、ゆっくり寝ることもできた。そうだろ? 目が覚めたなら客扱いは終わりだ。働いてもらうぜ」


 ——一宿一飯の恩を返せってことか


 レッチェに話を聞きたかったが、手土産持参とはいえ頻繁に足を運んでも迷惑がられるかもしれない。


 それに、返せる恩は早めに返しておくに越したことはない。


「何をすればいい?」

「メシの調達に行くから手伝ってくれ」

 幅のあるストラップがついた手編みカゴを差し出す獣人。


「わかった」

 カゴを受け取り、さっそく襷掛けにする。

 持っていた酒瓶を入れるのにちょうどいい大きさだった。


 さっさと歩き出すブルドッグ獣人。慌てて後ろをついていく。

 レッチェの部屋とは反対の方向だ。

 ほんのわずかだが、坑道が下りになっている。


「ここではみんな働いている。子供も年寄りもだ。子供は採掘を手伝い、老人は鉱石を調合し、いろんなものを作る」

「なるほど」

 道すがらの会話により、獣人の名前が判明する。


 タイグはウルリカの父親が営むシャロムデン鉱山で働く鉱山技師だった。

 そして、この鉱山に住む者全員が、シャロムデン鉱山とバリアム家の関係者であった。


「シャロムデンの旦那には恩義がある。そのお嬢がどんな姿になろうとお嬢はお嬢だ。見捨てるなんてマネは出来ねぇよ」

 タイグは義理人情に厚い獣人らしい。


 ウルリカの暴走により、被災した町。

 住民の目に同情の色はなかった。


 討伐にやってきたタリスタニア兵から彼女を隠し、未知の機械を構築できる野上を庇いながら、一行は町を抜け出したのだ。

 

 負傷したシャロムデン・バリアムを置いてきたのはレッチェの判断だった。

 同行させるより、聖都に連れ去られた方が生き延びる可能性が高いと考えた結果であるらしい。

 残酷なように思えるが、おそらく正しい判断なのだろう。

 

 星喰がよく知る明るく朗らかなウルリカに戻ったのは、つい最近のことだという。


 やがて坑道が尽きた。

 外に出たのだ。

 

 白く明るい空が目に眩しい。


 ——魚釣りか。やったことないけど、まぁ大丈夫だろう


「ここから少し歩いた先にシャビの罠を仕掛けてある。運が良ければ今夜はシャビの肉が食えるぞ」


 ——シャビ? 罠? なんだかモーレツに悪い予感がする⋯⋯


 この予感は確実に的中する気がした星喰であった。

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