第18話 第四章
第四章
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——えらく濃い話を聞いてしまった⋯⋯
レッチェの部屋を後にした星喰は、頭に溜まった話を整理するため、ひとまず寝室へと戻ることにした。
手にしているのはレッチェから受け取った輝光石のペンと黒布石の紙。
長さは約三メートルほどある。事柄を図象化し整理するには十分だろう。
もちろん、ペンも紙も無料で貰ったわけではない。
一体どこから聞きつけたのか、レッチェは星喰が珍しい酒を貰い受けた事を知っていた。
そして、それとの交換を要求してきたのである。
どうやら、星喰に声をかけた理由もこれが目的だったらしい。
さいわいにも受け取った瓶は三本あり、お裾分けをするつもりでもあったので星喰に断る理由はない。
むしろ、好条件でペンと紙を入手できてホクホクなのだ。
レッチェの話でわかったのは、この鉱山で生活する者たちの事情。
これが想像以上に複雑だった。
部屋に戻った星喰は、すぐさま床に紙を広げる。
そして、紙に覆い被さるよう寝転ぶと、さっそくペンを走らせた。
まずは最重要人物である野上一砂について。
< ウキウキで彼女にプロポーズするつもりが、なぜか見ず知らずの異国にすっ飛ばされてしまった彼 >
< 幸いにも移動先が聖都タリスタニア郊外、シャロムデン鉱山の近くであったため、鉱山の採掘権を所有するシャロムデン・バリアム氏の一人娘、ウルリカ・バリアムによって保護される >
——不幸中の幸いとはこの事だよなぁ⋯⋯いや、本当に幸いだったのか?
心の中で独言る。
——むしろ、この出会いがすべての元凶なんじゃないのか? いやいや、結論にはまだ早い。整理を進めよう
長考に入ろうとする意識の腕組みを振り解き、記述に再度取り掛かった。
< ウルリカによる野上への餌付けが鉱山関係者に目撃され、異世界人との第三種接近遭遇が発覚。言葉は通じないが身振り手振りでの意思疎通が可能と知れると、そのまま奴隷として採掘作業に従事させられる >
気の毒な話だが、星喰にとっても他人事ではなかった。
もし、あの事故で翻訳機が壊れていたら。
もし、取り残された場所が野上のいるこの場所でなかったら。
星喰も同じ目に遭っていただろうことが明白なのだから。
——よく理不尽な苦労に二年間も耐え忍び、言葉を習得し、文化を理解し、今まで生き抜いたものだ
星喰は心から野上の能力の高さを賞賛し、純粋に尊敬の気持ちを抱いた。
それは「自分なら絶対にそうはならない」という確信に基づいた憶測からきている。
想像の中で野上と同じ立場になった星喰は、自暴自棄になった挙句、一月と経たず命を落としていた。
——ごくごく一般人の異世界生活なんて、現実にはこんなもんなんだよ
暗くため息を吐く。
想像なのだから、もっと楽天的に超絶スキルを身につけ無双する愉快な自分を思い浮かべればいいのに、とも思うが、それを出来ないのもまた星喰なのである。
暗く沈んだ気分のまま、まとめページへの記入は続く。
< 採掘現場からときおり発掘される奇妙な物体。邪魔なゴミとして処分されていたそれを、野上は機械や装置の部品だと気付き、復元を試みる。作業に入って約三ヶ月で電動キックボード(?)を完成させる >
これはレッチェが描いた絵と説明からの推測になるが、星喰の脳裏に浮かんだ姿は電動キックボードのそれだった。
ハンドルがあり、板があり、車輪があって、人が乗ると自動で動く。
こう説明を受ければ、ほとんどの人は電動キックボードだと思うはずだ。
意外にもこちらの世界は、人や物を運ぶモビリティが全く発達していない。
リヤカーのような荷車が主な交通手段なのだ。
これに人や物を載せて移動をする。あくまでも動力は人力である。
そこへいきなり電動キックボードが出現したのだ。
獣人たちの驚きは並大抵のものでなかったはずだ。
< 野上はこの一件でシャロムデン・バリアムお抱えの技術者という地位を得る >
途方もない大出世である。
復元した電動キックボードはすぐに動かなくなってしまったが、それでも評価が下がることはなかった。
シャロムデンにすれば、処分に困っていたゴミの山が宝の山に変わったのだ。
嘆く理由がない。
やがて、この名声はデュレクシアの首都である聖都タリスタニアにも知れ渡る。
聖都タリスタニアはレッチェに言わせると宗教的意味合いの強い都市であるらしい。
城郭都市のように高い城壁に囲まれており、建国以来一度も陥落したことがないという。
中に入るには厳しいセキュリティチェックをパスしなければならず、かなり閉鎖的な街のようだ。
「巨大な城門を抜けると中央広場に続く一本道。そして、広場にある、それぞれの区画の入り口となる門で再度身分をチェックされて、ようやく目的の区画へ移動できるわけだ。呆れるだろ?」そう言って、厳重すぎるセキュリティをレッチェは自嘲気味に笑い飛ばしていた。
その言葉には経験者だけが持つ確かな説得力が施されている。
不思議に思った星喰が問うと、レッチェは小さく肩をすくめた。
「前にも言ったろ? 私は冒険者であり学者でもあるのさ。学者や冒険者ってのは自称じゃない。聖都の大聖典館に認められた者だけが名乗れる称号だ。つまり、私はウルリカのお付きになる前は聖都で暮らしてたのさ。こう見えて権威ある学師様だったわけよ」
レッチェの言葉を思い出しながら、聖都タリスタニアとレッチェについての項目を作り、得た情報を書き入れる。
大酒飲みの呑んだくれというイメージしかないレッチェが、いわゆる上級国民という衝撃の事実に星喰は軽い眩暈を覚えた。
「人は見かけによらないものだ」
ついと声に出てしまう。
「人が⋯⋯なんです?」
不意に自分以外の声がした。
驚いて紙から顔を上げると、器を手にしたウルリカが立っていた。
白のタートルネックセーターに赤いダウンベスト、紺色のダウンパンツという服装は初めて会ったときと同じものだ。
こうして見ると、体型は獣人とは大きく異なり、随分と華奢な印象を受ける。
人間と遜色のない顔立ちも、こちらの世界ではかなり目立つだろう。
父親が彼女を屋敷から外に出さなかったのは、体が弱いだけが理由ではなさそうだ。
目が合うと、ウルリカがにっこりと笑顔を作る。
「お水、持ってきました。昨夜は随分遅くまで呑んでたみたいなので」
「あ、ありがとう」
——気の利く娘だ
その手から水の入った器を慎重に受け取る。
「お勉強?」
床に広げられた黒布石の紙と記入された文字を興味深げに覗き込む。
「いろいろ見聞きしたことを忘れないようにしなきゃと思って」
「ふーん⋯⋯」
彼女はストンと星喰の隣に腰を落とすと、整然と並ぶ日本語をマジマジと眺める。
その表情は思いのほか真剣だった。
難問のナゾナゾを解こうとする子供のような表情に思わず星喰の顔も綻ぶ。
「て⋯⋯に? するつも⋯⋯り?」
たどたどしくもハッキリとした発音に、あやうく器を落としそうになる星喰。
「読めるの!?」
その驚愕を嬉しそうに受け止めるウルリカ。
「ひらがな? っていう文字だけ少しだけ」
「すごい!」
「カズサがニッポンに帰る時、私も一緒に行くからね! だから今がんばってるんだ」
——え⋯⋯マジで?
訪日宣言の驚きを噛み殺して、表情に出さないよう踏ん張る星喰。
その感情をはぐらかすためなのか、軽薄な口調で意図しない言葉を吐き出した。
「耳はどうする?」
両掌を頭の上に乗せ、前後に動かしてみせる。
ウルリカは素早く星喰から帽子を剥ぎ取り、頭にかぶる。
「XXXXXXXx?」
「これでカンペキでしょ?」
破顔一笑で勝利宣言をするウルリカであった。




