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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第17話

 9

 

 センカを見送り終えると、星喰(ツヅハミ)は足早に鉱山へ戻った。

 

 センカからいくつかの使命を与えられたのだ。


 誰かから仕事を依頼され、期待に十分応えようと気力がみなぎる感覚に心が踊る。

 

 ——不思議なものだ


 星喰の意識が過去へと遡る。

 

 記憶の中の星喰は期待を圧力に感じ、仕事に心が躍ったことなんて一度もなかった。


 時間に追われ、仕事に追われ、期待に押し潰されながら示した成果は、誰にも評価されなかった。

 「あれはダメだな」「派遣の方がよほど使える」耳はそんな言葉ばかりを捉え、記憶へと深く刻むのだ。


 悪意ある言葉は、対象者の心をじんわり蝕み、言葉通りの人間にゆっくりと作り変えていく。


「違う違う、振り返りたいのはそこじゃない!」

 湧き上がる辛い記憶を打ち払うかのように、激しくモジャ頭を振る。


 面接のために整えてた髪はとうに崩れ去ってしまっていた。

 さらに帽子の着用、非日常的なアクション、ベッドで就寝により、破壊的かつ奔放なスタイルとなって顔を飾り立てている。


 寝室へと戻った星喰は、急ぎ翻訳機セットを身につける。

 モジャる髪も伸びてきたヒゲも帽子とスカーフに隠され、他所行きの格好となった。

 これでなら近所のコンビニはもちろん、銀座の歩行者天国もドヤ顔で闊歩できそうだ。


 寝室から坑道に出ると、腕を大きく振り下ろし、自身に気合いを入れた。

 高見盛の気合い入れにとてもよく似た動作である。


 そして、初仕事に取り掛かった。

 まずはこの鉱山の内部調査だ。


「よう! こんな時間からもうお仕事か? タフだな」

 いきなり上機嫌な声が降ってきた。

 声の出所を探って天井に視線を這わせると、坑道に面した小窓から顔を出すレッチェが見えた。


「あなたもね、レッチェ」

 挨拶を返す星喰にレッチェは嬉しそうな笑みを浮かべる。

「手伝ってやろうか。上がってこいよ」

 気さくな手招きに素直に応じることにした。


 誰かの部屋だと思っていた緋色の簾。

 これも鉱物の調合で作られた物なのだろう。透けるほど薄くビニールの様にも見えた。

 ぺらりとめくると狭い通路の先に手掘りの螺旋階段がある。

 身を屈めないと登れないほど低く、踏み面の狭い階段を一段一段慎重に上っていく。


「いらっしゃい」

 階段にはまだ続きがあったが、その声は途中で降ってきた。

 ここがレッチェの部屋であるらしい。

 壁も床も天井も鮮やかなオメガブルーで統一されている。


 先ほど顔を覗かせていた小窓の脇にこぢんまりとした机と椅子。そして壁際にベッドが置いてある。

 星喰は床に敷かれた四角いラグに腰を下ろした。模様や色彩は経年劣化で色落ちしており、ほぼ茶色一色になっている。

 それでも使い続けているということは、レッチェお気に入りの一品なのだろう。


 手触りは毛羽立った畳を思わせた。


「いい色ですね」

 星喰はとりあえず部屋の色を褒めた。

「だろう? 昔見た海の色だ」

 椅子に腰掛けたレッチェが得意げに応じる。


「海? あるんですか?」

 こっちの世界に来てから森と山と空しか見ていない星喰が驚きの声を上げる。

「あるよ。そうだ、地図を描いてやろう」

 机の脇から黒いシートロールを重そうに持ち上げる。


 机に収まる大きさにざっくりと切り取ると、今度は棒状の物体を取り出した。

 好奇心に突き動かされ、星喰はたまらず腰を上げる。

 立ち上がるとすぐに、レッチェの後ろから机の上を覗き込む。


「なんですか、それ」

輝光石(きこうせき)のペンと黒布石(こっぷいし)の紙さ。使い方は、まぁ見てな」


 黒い布のように見える石の上に棒を押し当てると、棒の先端が黄色く光った。

 押し当てたまま棒を滑らせると、動きに光が追従し、白い痕跡を残していく。


「大事なことはこうやって子供達に残していくのさ。言葉で伝えるより正確で確実だ」

「すごいですね。俺にも書けますか?」

「書けるよ。やってみるかい?」


 レッチェが椅子を星喰に譲る。


 ——さて、何を書こうか


 好きに書いていいよ、と言われると、思いのほか困るものだ。

 星喰はしばしの間、思案を巡らせる。

 そして、馴染みのある油性マーカーより二回りほど太いペン軸を握りしめた。


 黒い生地の上に光が動き回る。

 光の軌跡は白い文字となって浮き上がってきた。


 < 星喰清太郎 >


 星喰は自分の名前を漢字で記したのだった。

 

 まるで、この黒布石の持ち主を示す署名であるかのように。


「なんだいこりゃ? 迷路かい?」

「俺の国の文字ですよ。書いたのは自分の名前です」

「へぇー、奇妙な形だねぇ」


 すると、レッチェは一文字ずつ指し示した。

「これでセ・イ・タ・ロ・ーって読むのか?」

「いえいえ。これでツヅハミ。こっちの三文字がセイタローです」

「⋯⋯ふぅーん。じゃあ、あたしの名前を書いとくれよ」


「いいですよ」

 星喰はリクエストに応えて、素早く書き記した。


 < レッチェ >


「⋯⋯思ってたのと違う。迷路っぽくない」


 不満そうである。


「これはカタカナと言いまして、漢字とは別の文字なんですよ」

 説明するも、レッチェの双眼は疑いの眼差しに染まったままだ。


「いやいやいや、本当なんですって! 日本には三種類の表記文字がありまして。なんでしたら野上⋯⋯あ、いや、カズサくんに訊いてみてくださいよ!」


 いまいち腑に落ちない様子だが、本当なのだから仕方がない。


「⋯⋯カズサといやぁ、本当に帰れるのか? ニッポンとやらに」

 声のトーンが変わる。

 真面目な話のようだ。


「ええ。大丈夫だと思います」

 星喰も真面目に応じる。

 すると、レッチェの表情がわずかにほころんだ。


「⋯⋯おまえさんが黒布石に向かう姿を見て思い出したよ。カズサも、黒布石と輝光石の使い方を教えると、そんなふうに夢中で書いてた。見たこともない文字で見たこともない絵を一所懸命に」


 壁に背中を預け、両足を投げ出す形で座り込むと、レッチェは野上の話を始めた。


「カズサと出会ったのは⋯⋯この話、前にもしたっけ?」

「ウルリカさんの実家近くの鉱山で出会った⋯⋯。昨夜の酒の席で聞いた覚えがあります」

「ああ、そうだそうだ。そうだった。じゃあ、あの続きを話そう」


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