第14話
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「せっかくなので、この際いろいろと話したいと思います!」
宴もたけなわといった頃に野上から宣誓があった。
完全に目が座っている。
というか、ほとんど閉じている。
さほどガブガブ呑んでいるように見えなかったが、顔はもう真っ赤に染まっていた。
もしかしたら酒に弱いのかもしれない。
これまでの人生において、スポーツに縁のなかった星喰にとって、野上のこの醜態は意外だった。
体育会系は事あるごとに酒宴に興じている大酒豪の集団というイメージが、なぜだか強く心に描かれていたからだ。
——司令官がこれじゃ勝てるわけないよなぁ⋯⋯
酒器を傾けながら、星喰は冷静な観察者の目で感想を漏らす。
野上と同様、水代わりに酒を飲み続ける星喰だったが、顔色はもちろん姿勢も崩れる事なく平静を保ち続けていた。
酒をいくら呑んでもちっとも酔わない。
これが唯一とも言える星喰の特技なのだ。
過去には大学の新歓コンパでイッキ呑みをさせられた時も、同期生がパタパタと倒れる中ひとりだけケロリとして、先輩の不興を買ったこともあった。
社会人になった後も、三次会まで付き合わされた後、二日酔いにもならず涼しい顔で出社し、上司をビビらせたこともあった。
星喰にとってはどちらも、あまり良い思い出ではない。
オリハルコン製の肝臓は三十を過ぎた今日も変わらず快調である。
「この二年間、日本語が使えないせいで溜まった鬱憤を思いっきり晴らさせてもらいますからね! いいですよね、セイタローさんはっ! 優秀な翻訳機をお持ちで!」
「えっ、なんで知ってんの?」
「ふっふっふ。実はセイタローさんが寝てる時に調べさせてもらいました! まいったか!」
酔っ払っているせいか、野上のテンションがおかしい。
「あたしゃ『チョベリバー』なんて言ったことないよ。どういう意味なんだいありゃ」
レッチェが不満そうに述べる。
——えっ、言ってないの!?
驚きの表情を浮かべる星喰に、たまらず吹き出す野上。
「あっはっはっは! あれ最高ですよ! あの機能を考えた人天才!」
「え? え? どゆこと?」
「あれはー、聞くに耐えない口汚い罵り言葉⋯⋯つまり下品なスラングをコギャル語に置き換えてんですよ。面白いですよねぇ」
「チョベリバー! チョズクー! MK5ー!」
「わーっ! やめてくださいよ。僕にはまんま聞こえてるんですから!」
——そうだったのか!
目からウロコである。
「そんで、セイタローさんはどんな事情でこっちに?」
野上が星喰に尋ねる。
それは、いつか必ず来るだろうと考えていた質問だった。
しかし、回答まで考えていたわけではない。
星喰は言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「恥ずかしいながら俺は今、求職中の身の上でね。今日は面接の日だったんだ」
あれからまだ一日も経っていないなんて信じられない。
「面接が終わって、実務試験⋯⋯適正試験だったかな? それを受けるために社内を移動してたら、ここに来てた」
——うん、ウソは言ってない
「なんですか、それ」
野上が笑う。
「いや、俺にも何がなんやら」
「翻訳機や飛行機械はどこで?」
「会社の人から借りた」
「え⋯⋯ちょっと待ってください。ということは、会社の人もこの世界に来てるんですか?」
「まぁ⋯⋯そうなるかな」
「じゃあ、その人のところまで行けば、日本に戻れるんですね!」
「たぶん⋯⋯帰れると思う」
野上が突然ガッツポーズをする。
それから、おもむろにしとしとと涙を流した。
「よかった⋯⋯セイタローさんを助けてくれて本当によかったよ。ありがとう、レッチェ!」
「わっ! 急になんだい!」
野上に抱きつかれたレッチェが悲鳴を上げる。
「やったーーー! 日本に帰れるぞーーー!」
歓喜の声が広間に轟き、その音に驚いたのか、眠りこけていた数名の獣人が跳ね起きる。
「やれやれ」
野上の太い腕から解放されたレッチェがけだるそうに溜息を吐く。
「カズサにこんな感謝されたの初めてだよ。意外と悪くないもんだね」
ニッと小さく笑う。
「レッチェさん、自分からもお礼を」
崩した足を正座にあらため、姿勢を正す星喰に、レッチェは煩わしそうな表情を浮かべ、手を振る。
「必要ない。礼ならウルリカにやっとくれ。あの娘がおまえさんを助けるって決めたんだ」
——ああそうだ、そうだった
野上のため、とはいえ、ウルリカの決断がなければ、星喰は今ここにはいないのだ。
もしかしたら、あの岩山の上でセンカの帰りを凍えながら待ち続ける羽目になってたかもしれない。
最悪、命を落としていた可能性だってある。
ウルリカが命の恩人であることに間違いはないのだ。
——話す機会を作って、ちゃんと礼を言おう!
そう固く心に誓うのだった。
「じゃあ、次は俺の番ね。野上くんはなんでこっちに?」
野上の表情が急激に曇る。
「⋯⋯訊きますか、それ」
「そりゃあね。気になるし」
野上は一度大きく息を吐くと、観念したかのようにポツリポツリと話し始める。
それは、あまりにも突発的で悲劇的な物語だった。




