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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第13話 

 4


 星喰(ツヅハミ)の鼻先を濃厚なソースの香りを纏った料理が通り過ぎていく。

 皿に盛られた品は、今まで見たことも嗅いだこともない物体だったが、今の星喰は、この香りだけで丼飯を完食できる自信があった。


 つまり、とても空腹なのだ。


「はいはい。そんな顔をしなくてもセイタロー様の分もちゃんとありますから。ちょっと待ってくださいね」

 ウルリカが子供を嗜める母親の口調で、料理に釘付けの星喰を御する。

 そんなやりとりと間にも、目の前のテーブルには次々と皿が並べられた。

 それぞれが自慢の芳香を掲げ、部屋の空気を次々と塗り替えていく。


 一時期は天下を制するかと思われた甘辛ソース勢だったが、突如として出現したスパイシーな香草料理が大躍進を遂げる。

 その勢いに乗じて果実のフレグランスを纏う爽やかな一派が台頭。しかし、そうはさせじと後方から発酵臭が追い上げる。


 テーブルの上は群雄割拠の戦国絵巻さながらの大合戦が繰り広げられていた。


 少なくとも空腹で目が回りつつある星喰にはそれが見えていた。


「ちょっとちょっとセイタローさん、大丈夫ですか? あとちょっとの辛抱ですからね」

 うつろな目の星喰を心配して、隣に座る野上(ノガミ)が声をかける。


「食事は全員が揃ってから。それがここのルールだ」

 なぜかレッチェが口数の少ない父親ポジションで、野上の次席に座を構えていた。


 しかし、テーブル周りを見るに、料理を運んでいるのは皆女性の獣人のようだ。

 レッチェはデンと腰を据え、石でできたゴツい器に酒らしき液体を注いでいるがいいのだろうか。


 星喰とレッチェが視線を交える。

 レッチェはニッと小さく笑った。


「こう見えて私は老体でね。もう皿の一つも運ぶ力さえ残ってやしないのさ。こうやって、シルククを口に運ぶことが精一杯」

 クイっと酒器を傾け、液体を喉に放り込む。


 その言葉を聞いて、場がどっと笑いに包まれる。

 どうやらレッチェの持ちネタであるらしい。

 野上もやれやれという感じで苦笑を浮かべている。


「酒なんか飲んでる場合か、とお思いでしょうが、なんかいつもこんな感じなんです」

 諦めにも似た嘆息を漏らしつつ、野上が愚痴る。

 その言葉を聞いて、ピクッと反応した者がいた。


 テーブルの最奥に陣取った貫禄のあるブルドッグ似の獣人だ。

 テーブルに左肘を置き、斜に構えている。右手には空になった酒器。

 食事前だというのにもう目が座っていた。


「次の戦いで死ぬかもしれねぇ。だから呑んで喰って騒ぐんだ。思い残すことがねぇようにな」

 野太く響く声。

 若干ロレツが回っていないようでもある。

 

「でもよぅ、いつもいつもこうやって戦う前に呑み喰いして、ヘベレケで出撃してんのが連戦連敗の原因かもって思うこともあらぁな」

 ガハハハハと豪快に笑う。


 ——いや、絶対そうだよ! それが原因だよ!

 星喰が心の底からツッコむ。


「だが、呑むこと、喰うこと、これ生命の源なり! って言うだろう?」

 ひとしきり高笑いすると、そのまま背中から倒れてしまった。

 着地の衝撃音とほぼ同時に大きなイビキが聞こえてくる。


 泥酔から寝落ちに直行とは、なんともお気楽で、戦場に赴く戦士の姿とはとうてい思えない。

 殺気立っていたあの時間はなんだったのか。


「⋯⋯こんなの率いて戦ってきたってマジ?」

 星喰が野上に尋ねた。

「恥ずかしながらマジです」

 本当に恥入っているのか、頬がやや紅潮している。


「よく今までやってこれたね」

「さいわい敵方もこんな感じでしたので、なんとか」

「⋯⋯ひどい話だ」

「いや、まったく」

 期せずして二人の口から同時にため息が漏れた。


「ただ最近は」

 野上がしゃべり始めたタイミングで半円形の物体が目の前にゆっくりと降りてきた。

「どうぞ。取り皿とフォークです。使ってください」

 物体の差出人はウルリカであった。


「あ、ありがとう⋯⋯」

 星喰が礼を言うと、ウルリカは少しはにかんだ。

 

 ——この反応はもしや!


 と、思った星喰だったが、お互いに見つめているはずなのに視線がまったく交錯していない事に気づく。

 

 どうやらウルリカの目は星喰の顔を素通りし、その隣の人物に注がれている様子だった。

 

 ——あー⋯⋯そういえば、岩山で話してたっけ。カズサを元気にするため俺を連れていくとかなんとか。なるほど、そういうことか


 それに、彼女が身につけている服装。

 どう見ても、こっちの世界のものではない。


 星喰の呆けた視線に気付いたのか、ウルリカは食器を乗せてきたトレイで赤らめた顔を隠すと、足早に部屋から出ていった。


「⋯⋯彼女、人間みたいでしょ」

 野上がぼそっと呟いた。

「ああ、うん。頭から飛び出た耳を見るまで人間だと思ってたからね」

「病気らしいんです。生まれつき体毛がほとんど生えないっていう」


 ——言われてみれば⋯⋯

 星喰は改めて獣人たちを見渡す。


 個体差はあれど、大抵の獣人は顔にも濃い体毛が生えている。

 顔以外の隠された部分も、もちろんボーボーだろう。想像に難くない。


「彼らの服ってのは基本的に自分の体毛を編んだものなんですよ。寒い地域だとその上に何か羽織る感じになります。ちょうどそのクノプ人の服装のように」

 ——なるほど、これはそのための服なのか

 星喰が己の衣服を再確認する。

 コルクシートのような手触りと質感だが、確かに防寒性は高い。


「なので、病気がちだったウルリカは子供の頃からほとんど家から外に出られなかったらしいんです」

「⋯⋯そうだったんだ」

 そう応じはしたものの、なんだか釈然としない面持ちの星喰。

 モヤモヤとした疑問がより深く、手の届かない、光の届かない場所へ沈んでいくのをぼんやりと見送っているような、そんな気持ちになっていた。


 ——そんな気分になったのは空腹のせいかもしれない!

 

 おもむろに上体を伸ばすと、手当たり次第に料理を取り皿に盛っていく。


「そうですね、まずは食べましょうか!」

 野上も星喰の行動に賛同した。

「ウルリカさんたちは? 一緒に食べないの?」

「女たちは別の部屋で食べてるよ。気になる男が近くにいたんじゃガツガツ食えないからね」

 星喰の質問に答えたのはレッチェだった。

「レッチェさんも女でしょ」

「私はいいのさ。メシより酒がメインだからね」


 夜は刻々と更けていく。

 本当にこれでいいのだろうか、と不安でいっぱいの二人を残して⋯⋯。


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