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勇者として召喚されたけど社畜として生きていく  作者: ナナダイク


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第12話 

 2


 彼らの住まいは洞窟の中だった。

 いや、正確には採掘の終わった鉱山の中らしい。

 野上(ノガミ)が訂正してくれた。


 ダンジョンのように縦横無尽に坑道が伸び、いたるところに掘り広げた空間がある。

 星喰(ツヅハミ)の運び込まれた場所も、そんな空間の一つだった。


 目を開けた時、最初に見えた蠢くあやしい影も、壁の凹凸によって、そのように見えたのだろう。

 なにやらこの奥で、獣人たちの会合が行われているとのことだ。


「せっかくだし、ちょっと顔を出してみませんか。食事にありつけるかもしれませんよ」

 野上に提案に星喰が食いついた。


 スープを一口飲んだせいで食欲が覚醒し、とにかくなにか腹に入れたかったのだ。

 星喰が壁に手をつきながら、焦り気味に立ち上がる。


「どうかしました?」

 野上が怪訝そうな顔で星喰を見上げる。


「いや、思ったより痛みがないな、と思って」

「あのスープの薬効でしょうかねぇ」

「ははは、頭から浴びたもんなぁ」

 すっかり打ち解けた二人は、気が置けない友人のように言葉をかわす。

 

 熱々スープの洗礼を浴びた星喰は再びクノプ人の衣装に包まれていた。

 濡れてしまったズボンとワイシャツの代わりは、野上が気を利かせて私物を貸してくれた。

 痩身の星喰にとってワンサイズ大きめであったが、このゆとりがなんだか心地よかった。


 坑道の中には足元を照らす明かりが点々と置いてあった。

 それは見慣れた火によるオレンジ色の灯りではなく、青と緑の入り混じった光を放っている。

 こんな色の光は炎色反応の授業と、魔王の城でしか見た事がない。


「不気味な色だ⋯⋯」

 星喰が思わず呟く。

「ははは、驚きますよねぇ」

 野上はなぜか嬉しそうだ。


「この灯りはここで採れる鉱石で作ってるんです。鉱石を細かく砕いて調合してね」

「調合?」


「ええ、初めて見た時は僕も驚きました。一見同じに見える鉱石なんですが、彼らの目には異なって見えるみたいで⋯⋯。火を宿す鉱石、水を抱く鉱石、熱を放つ鉱石、煙になる鉱石。それらを目的に合うよう調合し、文化的な生活を築いてるんです。調合次第でゴムみたいな皮膜も作れるんですよ!」


「そりゃすごいな」

「ここには森がありませんから、植物がすごく貴重なんです。そういった事情もあるんでしょうけど」

「すべてを石で賄う、石の文明か。ということはもしかして、食べられる石もあったりして」


「ありますよ」

「あるんだ!」

「実は一度だけ食べました。高純度のカカオとココアを混ぜたかりんとうのようなもので、ちょっと苦すぎて食べられたもんじゃなかったです」

「甘みを加えれば極上のスウィーツになりそう⋯⋯」


 緑青色の光が仄かに照らす坑道に二人の談笑が響く。


 その残響を聴きながら、星喰は山荘での座学を思い出していた。

 ——そういえば、ここの世界から鉱物と植物を購入しているという話をしていた。宝石やレアメタルの事だと勝手に思い込んでいたが、なるほどそういうことか。興味を示す業界も多くありそうだ


 星喰たちの会話とは異なる喧騒が坑道伝いに聞こえてくる。

 楽しげな⋯⋯ふうではなかった。

 むしろ、その対極に位置する印象である。


「なんだか⋯⋯妙な雰囲気ですね」


 野上が深刻な表情を浮かべた。

 ときおり怒号や罵声、食器がぶつかる音も聞こえてくる。

 ただ事ではない状態が容易に想像できた。


 足を進めるごとに、反響音のヴェールを纏わないクリアな胸声が増えてきた。

 言葉の意味も十分に聞き取れる。


 どこからか冷たい風が坑道を吹き抜け、二人の背筋を寒からしめるのだった。


 3


「大変でやす、先生!」


 広間の入り口際から中を伺う野上らを見つけて、キツネ顔の小柄な獣人が金切り声を上げた。

 それを聞きつけて、部屋にいた獣人が一斉に顔を向ける。

 薄闇の中に光る無数の目。

 

「おう、先生。それとお客人。いいところへ来なすった」

 野太い声が殺気の充満した空間に響く。

 まるでヤクザ映画のカチコミ直前シーンといった雰囲気である。

 

 ——すると、先生と呼ばれてる野上くんは用心棒?

 星喰が隣に立つ野上に視線を送る。


 厚い胸板、太い腕、鍛え抜かれた全身の筋肉。


 ——なるほど。これは頼り甲斐がありそうだ

 

 その野上はといえば、不安な心根を巧みに隠し、注がれる視線に毅然と応じている。


「なにかあったの?」

 星喰がキツネ顔の獣人に小声で訊ねる。


「いえね、つい先程の話なんでやんすが、ちょっとした衝突が起きたって報告が入りやして」

 星喰のトーンに合わせ、キツネもヒソヒソと話し始める。


「衝突?」

 ——事故だろうか?


「へぇ。ここの周囲を警戒してた連中が敵のヤツらと遭遇して、一悶着やりあったって言ってるんでやす」

「⋯⋯つまり、敵にこっちの居場所がバレたってこと?」

「そうでがす!」

 

 ——一大事じゃないか!


「それでみんなして対策を練ってるんでやす」


 ——⋯⋯それでこの殺気か


「お客人のお知恵も拝借できやすか?」

「それはもう!」

 彼らは命の恩人である。

 そして、彼らの危機は星喰自身の危機でもあるのだ。

 出し惜しみをしている場合ではない。


 星喰が固く心に誓った直後、思わぬ言葉が彼の鼓膜を震わせた。


「こんなこともあろうかと思い、僕が彼をここに招いたのです。彼こそクノプ人の間で知らぬ者がいない奇智の勇者セイタロー殿! 彼が来たからにはもう安心。大船に乗った気でいてください!」


 野上がとんでもないことを口走ったのである。


 オオオオオ⋯⋯という歓声が怒涛となって二人に押し寄せ、残響が渦を巻く。


 先程まで殺気に血走っていた獣人たちの目が、感激の涙で潤みキラキラと輝いている。

 

 これで「いやいや違いますよ」なんてバカ正直に否定しようものなら大惨事は確実。

 「こんなハズじゃなかったのに〜とほほほほ」と星喰の顔が丸枠で切り抜かれ、アイリスアウトする古風なオチが確信となって目に浮かんできた。


 そして、すぐにその想像を打ち消すかのように強く頭を振る。

 

 ——九死に一生を得た人生が、こんなところで『THE END』だなんて冗談じゃない!


 そんな星喰の様子をじっと見つめる獣人たち。

 集まる視線に気付き、バツの悪さから一つ咳払いをする。

 獣人たちから湧き立つ『過度の期待』が高純度の結晶となって星喰の肩に重くのしかかってきた。


 いつもなら紙風船程度の重圧にも簡単に押し潰されてしまう星喰だが、今日は違った。

 なにしろ、このプレッシャーに潰されたら、違う意味での圧死が待ち構えているのだ。


 皮膚の内側に大量の冷や汗、脂汗を湛えながらも、それをおくびにも出さず菩薩の笑みを浮かべる。

 そして、消え入りそうな声でこう呟いた。


「びっ微力を尽くします⋯⋯」


 一瞬の間をおいて、広間は突沸を起こしたかのように沸き立った。

 わずかな隙間をも歓声が埋め、大きなうねりとなって鉱山を揺るがす。


 大はしゃぎする獣人の間で、野上が星喰の肩をポンと叩く。

 そして、耳元に口を寄せて囁いた。


「もう逃げられませんからね」


 星喰が言葉を返す。


「一宿一飯の恩もあるし、できる限りのことはやらせてもらうよ」

「期待してます」


 二人はそれぞれニヤリと笑い、固く握手を交わした。


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