第10話
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「そうとわかれば話が早いわ。早速行きましょ! 会わせたい人がいるの」
ウルリカが星喰の腕を掴み、ひっぱる。
星喰はたまらず悲鳴をあげた。
「あら、ごめんなさい」
パッと手を離すウルリカ。落下する星喰。
落ちた際、グキッという音がした。またどこかを痛めたようだ。
そんな一連のコントをレッチェは汚穢でも見ているかのような目で眺めていた。
そして、小さく嘆息を漏らす。
「⋯⋯ウルリカ、ちょっといいか?」
レッチェが手招きし、星喰の側からウルリカを引き離した。
二人は麻袋の壁を越えると、星喰に背を向け、小声でヒソヒソと話を始めた。
本来であれば、この会話は星喰の耳に届くことはなかったであろう。
しかし、今、彼の耳を覆う超高性能翻訳機はとてつもない地獄耳だった。
かすかな声を捉え、翻訳し、詳細を彼の耳へ送り届けたのである。
「⋯⋯あの男をどうするつもりだ? まさか、連れて帰るつもりじゃないだろうね」
「彼はカズサと同郷よ。連れて帰れば、カズサもきっと元気になる!」
「しかし、身動きできないほど負傷している。持って帰っても我々の力になるとは思えない」
「お願い、レッチェ! 力を貸して!」
「⋯⋯気になることは他にもある」
チラリと振り返るレッチェと星喰の目が合う。
「あいつの服装はクノプ人のものだ。どうやって調達した? そして、山積みの麻袋に空飛ぶ機械。連中の仲間なんじゃないのか?」
「それは⋯⋯そうかもだけど」
「あいつの仲間が捜しに来たらどうする。平和な村が踏み荒らされたら、またみんなバラバラになって逃げるのか?」
「⋯⋯それでも、助けてほしい! 彼のためにも!」
「チッ! MK5だぜ⋯⋯」
レッチェは両手を広げ降参の意を示した。
「ありがとう!」
抱きつくウルリカの奥でレッチェの口が小さく動いた。
「⋯⋯連中の仲間なら、小さく引き裂いてジャーキーにして喰ってやる」
物騒な呟きも翻訳機は聞き漏らさなかった。
——ここには人に危害を加える生物はいないと聞いた気がするのだが、あれは空耳だったのか?
とりあえずは聞かなかったことにしようと決め込む星喰だった。
二人が戻ってきた。
ウルリカの表情が明るい。
「あなたを私の村に招待したいの! 来てくれるかな?」
「いいともー!」と応えてやりたいところだったが、「それを言ったらお前を噛み殺す!」と言わんばかりにレッチェの双眼はギラついていた。殺気のオーラが周囲の氷どころか山そのものを溶かす勢いで発せられている。星喰はぎこちなく頷くだけに留めた。
「よかったー! じゃあ、さっそく」
「荷物の整理だな」
レッチェが麻袋の中身を乱暴にぶちまける。
「必要なものとそうでないものに分ける。荷物は軽いに越したことはない」
青い木の実、黄色い木の実、黒い果実、茶色の葉物などなど、三人の周囲に散らばっていく。
「木の実だらけだね」
ウルリカが物珍しそうにそれらを眺めている。
「クノプ特有の植物だ。私も食べた覚えがある。ずいぶんと昔のことだが」
「へぇー」
「木の実といえば忘れてはならないのがアレだが⋯⋯さすがに入ってないか」
「アレ?」
「デュレクシアの秘宝と呼ばれる伝説の実さ。私も食べたことがない」
——!
星喰は思い出した。
そういえば、それを食べるために出発したのだ。
だが、こういう状況になってはもう無理だろう。
足が早いという話だし、そもそもどこにあるのかさえわからないのだ。
しかし、こうも有名であるなら、やはり食べてみたくなってくる。
「あのっ、その実がどこにあるか知りませんか?」
思わず声が出た。
——しまった!
と、後悔したがもう遅い。
二人の目が射抜かんばかりに星喰の顔を見つめている。
「話せるの!?」
「しかも聖都語だ。驚いたな⋯⋯」
マンガのように目を丸くして驚く二人の顔は、まるで擬人化された動物のようであった。
眉尻の上、髪の毛の隙間に見えるピンと立つ尖った耳など、まさに犬そのものだ。
今度は星喰が目を丸くする番だった。
——耳そこ!?
ずっと人間だと思ってた二人は、どうやら獣人であるらしかった。
その前提を踏まえて顔をよくよく見ると、たしかに犬っぽい。
だが、かなり人間寄りの犬顔だ。特にウルリカは人間と断言できるレベルの顔立ちだった。
「ね、ね、ね、話せるのなら名前教えて!」
顔を異常接近させてくるウルリカにたじろぎながらも星喰が応える。
「⋯⋯セイタロー⋯⋯です」
「セイタロー! ステキなお名前ね!」
「ヘンな名前だ。チョベリバー」
「ステキでしょ!」
上機嫌でぶんぶんと振り回す尻尾がウルリカの腰に見えた気がした。
*
「それ、全部持っていくんですか?」
「ああ」
星喰の問いかけにレッチェが応じる。
荷物を減らそうとレッチェが提案した時、食べられるものはここで食べてしまうつもりだった。
だが、ウルリカがそれに反対したのだ。
「この食料をセイタローからの支援物資ということにしましょうよ! その方が村のみんなも受け入れやすいでしょう?」
ごもっともな提案だった。
こうして、レッチェは麻袋を数珠繋ぎにしているのである。
今度はその数珠で二重三重の輪を作り、輪の中に自分の首を通す。無骨すぎるネックレスの完成だ。
かなりの重量になるはずだが、レッチェは相変わらずの仏頂面のまま表情を変えない。
——本当に大丈夫なのか?
星喰が怪訝な顔を浮かべると「このくらい軽いもんさ」と笑い飛ばして見せる。
レッチェは筋骨隆々のマッチョというわけではない。
どちらかといえばスリムな体型で、ウルリカと大差ないのだ。
「二人とも私にしがみつけ。全速力で山を下りるぞ」
足音が一人分だった理由が今判明した。




