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第1話 第一章

初投稿になります。


システムも機能面もよくわからないところがたくさんあります。


温かい目で見守っていただけると助かります。


よろしくお願いします。

 第一章 


 1


「寝癖なし」

「ヒゲの剃り残しも⋯⋯なし」

「鼻毛も⋯⋯大丈夫だ」


 壁にかかった鏡の前で、男は小さく自問自答を繰り返していた。

 いつもの眠たげな目も今朝は大きく見開かれ、緊張の度合いがうかがえる。


 日中でも薄暗い六畳一間のオンボロアパート。

 独身、彼女なしであることは、炊事場の様子から容易に想像できた。


「さて、そろそろ行くとするか」

 

 鏡の中の己をひと睨みすると、革靴を履き、ビジネスバッグを手に取り、軋むドアから外に飛び出した。


 さんさんと降り注ぐ鋭利な陽射しに白いワイシャツが輝き、紺色の銀糸入りネクタイが煌めく。

 それらを引き立てるのは濃紺色のセットアップスーツである。


 高身長と不健康な痩身が相まって、大型スーパーのチラシにあるモデルのように衣装が際立って見えた。『就活生にオススメ! 大特価ビジネススーツ!』の文字が背後に浮かんでいないことに違和感を覚えるほど、就活生然とした格好がサマになっている。


 ⋯⋯いや、就活生と呼ぶには少し語弊があるかもしれない。


 くすんだ肌、生気のかすんだ眼、目元には浅く刻まれたシワがいくつもある。

 

 星喰清太郎(ツヅハミ セイタロー)、34歳。


 そう、彼はピチピチでピュアピュアの穢れを知らぬ新卒就活生などではなかった。

 これまで幾多もの中途採用募集に対よろを挑み、散ってきた歴戦の勇者なのである。


 お祈りメールのたびに流した涙はとうに涸れ、酒で無理やり胃に流し込んできた苦汁のおかげで、皮膚は水を弾くことさえもうなくなった。


 まだ若いから、チャンスはいくらでも⋯⋯と、高を括る余裕もついと消え、気づけば毎晩


 『崖っぷち 切羽詰まった瀬戸際の 今際の際に 首括るとは』


 と、辞世の句を詠んでしまうのである。


 彼の置かれた状況はそのくらいヤバいのだ。

 年齢もあと1ヶ月で35歳。もう後がないのだ。

 電車に飛び込むことがリアルな現実として眼前に存在するレベルなのだ。


 ⋯⋯しかし、彼とて命は惜しい。


 そのためには絶対に手に入れなければならない。

 安定した収入と、会社員という社会的地位を!

 

 2


 目的の場所は繁華街の中にあった。

 昼間は人気の少ない夜の街である。

 灯の消えたハレンチな看板やネオンを横目に過ぎると、今度は高層建築物の壁にぶつかった。


 表から見ると壁一面ガラス張りのシャレオツな建物も、その裏側は無数の室外機がひしめく九龍城の佇まいである。室外機から放出される不快な熱風が、ビルの陰に溜まった冷たい空気を濁し、澱ませる。人肌めいた温度と湿度の空気が喉に貼りつき、星喰はたまらず咳き込んだ。


 ——たしか、ここらへんのはずだが


 求人票に記された地図と周囲を交互に見やる。


 夜の色を纏うビルの壁。

 カラフルで幼稚な落書きが一面に施され、スラム街の様相を呈している。

 地面にも容赦はない。


 落書き、タバコの吸い殻、空き缶、ペットボトルなどが散乱し、秩序というものが存在しないかのようだ。

 そうこうしている間にも時間は刻々と過ぎて行く。


 地図に示されている場所は間違いないはず、なのだが、肝心の会社が見当たらない。


 ——どこだ?


 千夜越(チヨゴシ)商会という看板を求めて、星喰の目が辺りを彷徨う。

 商いを行う会社なら、所在を示す表示が必ずあるはずだ。

 

 ふと、視線を感じた。

 気配を辿り、ゆっくりと振り返る。

 その姿を認めた時、星喰はギョッと身を硬直させた。


 赤い自販機の裏側から星喰を伺う人の頭。

 正確には顔のほとんどが自販機に隠れ、短い髪と薄い眉、胡乱げな光を宿す片目だけが見えている。

 白昼であっても十分ホラーな光景だった。


「⋯⋯アンタ、もしかしてウチの客かい?」

 ハスキーな女性の声。

 目を白黒させるばかりで応答のない星喰に少しイラついたのか、目に力を込め、声のトーンを上げた。


「ウチの会社の面接に来たの、アンタかって訊いてんだけど?」

「あっハイ! ツヅハミと申します。この度は面接の機会を頂戴しまして」

 立ったままの気絶から一転、現実に引き戻された星喰は慌てて返事をする。


「⋯⋯フゥン。やっていけんのかァ? そんなほっそい体で」

 声の表情は完全にバカにしたそれだった。

 細くなった目が、チェシャ猫の不敵な笑みを彷彿とさせる。


「なんなら今ここで軽くテストをしてやろうかァ!」

 その言葉を音として鼓膜が捉えた瞬間、猛烈な眩暈が星喰を襲った。


 視界を彩る極彩色のサイケデリックなアメーバ。前後どころか上下の感覚すら喪失しそうになる。


 星喰は両足に力を入れ、足の裏の地面を意識して感じ取り、倒れないよう踏ん張った。


 それでも強烈な力が、意識と肉体を引き剥がそうと襲ってくる。

 気力を振り絞ってその力に抗おうとするも、意思に反して体から力が抜けてゆく。


 ——もう持たない!


 抵抗を諦めかけた次の瞬間、ふいに解放された。


 星喰は立っていた。

 体をくの字に折りながらも、強大な謎の力に屈することなく立ち続けることができたのだ。

 レジスタンスの勝利である。


「⋯⋯フゥン。意外とやるじゃん」

 ニイィと目尻を釣り上げる。

 警戒色まみれのアメーバと重力の欠落感は消え去ったが、まだ脳裏にアラート音が鳴り響いている。


 ——あの目を見てはダメだ!


 本能も危険を察知したのか、星喰の視線を上へと高く跳ね飛ばした。


 小心者の動揺に映ったのだろう。女はキキッと声に出して嗤う。

 しかし、星喰に動きはない。

 視線が自販機の上に固定され、驚愕の表情でそれを見つめていた。


 自販機の上から空へと伸びる漆黒の物体。

 それは暗黒の未来を予感させる不吉な卒塔婆、もしくは神の叡智をもたらすモノリスのようにも見えた。


「入んな。こっちだ」

 女は突き出した人差し指をクイクイと折り曲げ、行動を促す。

 黒く塗りつぶされた巨大な石板、その正体は高層ビルの隙間を埋めるように建つ薄い建物であった。


 高さは五階建てくらいであろうか。看板も窓らしきものもない。

 これが探し求めていた千夜越商会らしい。

 やっかいなことに、その入り口は自販機の真裏に隠れ、表からはまったく見えないようになっている。


 なぜ、こんな場所に自販機を設置したのか。

 偶然とは考えにくい。

 ブラック企業以上のドス黒い意図がなければ、こんなマネはしないはずだ。


 ——もしかしたら、自分が幸運の女神の前髪と思い掴んだコレは、メドゥーサのうしろ髪だったのではないか


 手の中にある求人票の感触を確かめながら、様々な疑念が胸中を巡る。

「早くしな。ノロマは嫌われるぜ?」


 のるかそるか。

 迷ってる時間はなさそうだ。


 星喰は唇をきつく結び、キリリと表情を引き締める。

 そして、ピカピカに磨き上げられた革靴を自販機に向けて踏み出した。


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