007 将来の不安
聖人の治癒力の、男への効果調査は1日だけで終えた。何かしら効果が出たらこの後も調査を続ける予定だったけれど、何も出なくて内心でボクはホッとした。ボクに男色の気は無いので、正直な話、男のケツを掘るのは精神的に苦痛だったから。
仲間の従仕としても、ボク相手に受けをやるのは本意ではないだろう。ダリアンの「また、こんな実験をするんですか?」という問いに対してヘルミナさんが「男相手の実験は今日だけで打ち切りね」との答えに、ダリアンだけでなくアルクスとベルントも安堵の表情を浮かべていたからね。きっと、ボクの表情も3人と同じだったと思う。
その日、ボクは研究所に出勤する予定の日だったけれど、仕事は休みを取って夕方まで続けた実験が終わってから、みんなと一緒に家路についた。
「でも、セリエスさんが聖人だったなんて……」
「ダリアン」
家に向かって走るヴィークルの中でダリアンが言いかけた言葉を、アルクスが遮り、口の前で両手の人差し指を交差させた。
「それは……だぞ」
「あ、そうでしたね。すみません」
ダリアンは慌てて口の前に手を当てる。
「いつまでも、と言うわけではないが、しばらくは噤んでくれよ」
ハイダ様が厳しい表情で、けれど瞳には笑みを浮かべて言った。
「はいっ、任せてくださいっ」
つい先程、口を滑らせかけたことも忘れたように元気に答えるダリアンに向けられたみんなの視線が、生温かったのは仕方のないことだね。
その日の夜は、久方振りにハイダ様と従仕4人がハイダ様の広い寝室に揃った。ボクが聖人であることや、そのお陰でハイダ様の左腕の骨折が完治していることを、ボク以外の3人の従仕にも告知したので、『怪我をしているハイダ様に無理をさせないよう、1人ずつ相手をする』必要がなくなったからだ。
「本当に、なんともありませんね」
久し振りに家でギプスを外したハイダ様の左腕を、触診するように両手で掴んで押さえながら、ベルントが言った。筋肉を指で強めに押しているのが解るけれど、ハイダ様は眉一つ動かさない。完治しているのだから当たり前のこと。
「良かったです。ハイダ様のお怪我が早く治って」
ダリアンが喜びを顔いっぱいに浮かべて言った。
「これもセリエスのお陰だな」
アルクスがボクに視線を向けて言った。
「ボクは何もやってないよ。普段通りにしていただけなんだから」
そう、普段通りにハイダ様に20回くらい連続射精しただけ。本当、特別なことなんて何もしていない。
「いつまでも傷の話をしていないで、早くヤらないか? それともこれは、私に対する放置プレイかな」
大きな枕を背もたれにして全裸でベッドに横になっているハイダ様が、笑いを含んだ声で催促するように言った。
ボクたちは慌てて、ハイダ様の逞しくも美しい肉体を愛撫する。
「んっ、5人でヤるの、んっ、久し振りですね、んっ」
ダリアンがハイダ様と口付けを交わしながら言う。
「そうだな。んくっ、全員まとめて、んんっ、可愛がってヤる」
ハイダ様も、久し振りの全員集合にヤる気満々だ。
それからボクたちは、時間も忘れてハイダ様と肉欲の限りを尽くした。
3人の仲間たちが果てた後も、ボクはハイダ様に全精力を注いでまぐわった。疲労の極致に達した時には、何回の射精をしていただろう。ボクは、ハイダ様の逞しい肉体に抱き着いて息を切らせていた。ハイダ様の肉体から立ち昇る牝の芳しい薫りで、蒸せ返るようだ。
そんなボクを、ハイダ様は胸に優しく抱きかかえ、頭を撫でている。
「……不安か?」
「はい?」
突然のハイダ様の質問に、ボクは彼女の顔を見上げるように見た。
……いや、解っている。ハイダ様は、ボクの気持ちを良く理解している。だからボクは、頷いた。
「はい……」
「私との子供が欲しいか?」
「はい……」
「そうか。私ももちろん、みんなの子供が欲しい。でもな、私は子供が欲しくてお前たちを迎えたわけじゃないぞ。お前たちを愛したいから、一緒に暮らし、こうして身体を重ねているんだ。子供がいなくても、みんなとこうしているだけで、この上なく幸せだからな」
「ハイダ様……」
ハイダ様が最初にアルクスを従仕に迎え入れたのがおよそ2年半前。その半年ほど後にベルントを2人目の従仕として迎えたと聞いている。ボクがハイダ様の従仕として迎えてもらったのが1年と3ヶ月ほど前、4人目のダリアンが従仕になったのは半年と少し前だ。
従仕になって以来、だいたい1日置きにハイダ様と身体を重ねている。もちろん、ずっと同じベースではない。ハイダ様が相手をするのはいつも全員でとは限らないし、地方への派遣任務の間はできないし、逆に休暇の時には何日も連続して肉体を重ねる時もある。
それでも、これだけ濃密な関係を築いている主姐と従仕はなかなかいないんじゃないかと思うくらいには、ボクたちの肉体関係は濃く深い。
ハイダ様にはまだ子供がいない。どんなに濃密な夜を過ごしたところで、子を孕むかどうかは確率の問題なので、別に珍しいことではない。そう遠くない内に、ハイダ様も子を産み、ボクたちで育てることになるだろう。けれど、ハイダ様の子供たちの中に、ボクの子はいない。
「セリエスが聖人であろうとなかろうと、私はセリエスを愛している。もちろん、ほかの3人も同じように愛している。これからもずっと、たとえ何が起きようとも、愛し続ける。私はお前たちの誰とも、主姐と従仕の関係を切るつもりなどないんだからな。私の言っている意味は解るな?」
「はい……」
ハイダ様の言葉に、ボクは涙ぐんでいた。
聖人の資料は、1番近いものでも400年も前のものだ。そのため、聖人に関する記録にどの程度の信憑性があるのかは、判らない。けれど、これまで特別部隊の任務として実験し確認して来たことは、過去の記録が正しいことを示している。
聖人の精液が女の傷を癒すこと。
その効果は男には及ばないこと。
後者については、諸説が1つに確定したわけだけれど、1番『確からしい』記録に一致している。そして、聖人に関する記録はこれだけではない。
聖人は絶倫であること。
聖人は子を作れないこと。
前者はいい。それだけ女に、主姐に、ハイダ様に尽くせるということだから。そしてボクは、ハイダ様の4人の従仕の中で、最も精力が強いから、ボクが聖人ならば『聖人は絶倫だ』という記録にも信憑性がある、と言える。
けれど後者は。
子を作れない。
ハイダ様を孕ませられない。
ボクはハイダ様との愛の結晶を残すことができない。
事実かどうかは、まだ判らない。けれど、ほかの記録が正しかったことを考えると、これも正しいんじゃないかと思えてくる。それを思うと、不安と言うか、心の奥に澱みのようなものが溜まってしまうのを感じざるを得ない。
「子を作れないと言っても、それは聖人の子供の記録が残っていない、というだけのことだ。もしかすると、子にも聖人の力が遺伝するのではないか、という勘繰りから子供を産んだことを隠したのかも知れないし、聖人の能力で治癒された女に従仕がたくさんいて、聖人の子と認知されなかっただけかも知れない。科学的に証明されたわけじゃないんだ、諦めるなよ」
「はい……」
「私だって諦めないぞ。私は従仕全員の子供を産むつもりだからな。もちろん、セリエスの子もだ。妊娠するまで、諦めないからな」
「はい……はい。ボクも、ハイダ様の母乳を飲みたいです。それで、ハイダ様の子供を育てたい。ううん、育てます。産まれるまで何度だってセックスしますっ」
「その意気だ。なんと言ってもお前は、私の従仕なんだからな」
「はい。ハイダ様が主姐で、ボクは本当に幸せです」
「よし。みんなもまだ起きないし、まだヤるか。今度は私に責めさせろ」
「はいっ」
少し休んで、射精できるくらいには体力も回復した。
ほかの従仕たちが起きるまで、ハイダ様とボクは体位を変えながら何度も何度も愛を交わした。
==用語解説==
■聖人
時代の節目に現れるという、女の傷を癒す能力を持った男。絶倫で、性交することで女の傷を癒す、しかし子を残したことはない、と伝えられている。
その精液は、女の負傷を短時間で治癒する。患部に直接かけても、セックスで中出ししても効果を発揮するし、全治1ヶ月の負傷も即座に治癒する、現代医療を遥かに凌ぐ治癒力を持つ。なぜか、患部に精液をかけるよりもセックスの方が効果が早く現れる。また、長期間繰り返しセックスすることで、古傷も癒されるらしい。
なお、聖人の能力は男相手には効果はなく、男の傷に精液を掛けたりホモセックスしたりしても、ヤるだけ無駄。