006 治癒能力の限界
「お前たち、明日は何か予定はあるか? 頼みたいことがあるんだが」
主姐と従仕の5人が揃った夕食の席で、先日ボクに言ったのと同じような依頼を、今度は従仕全員に対してハイダ様が聞いた。
「特別な予定はありません」
「食材の買い物に行くくらいです」
「明日は仕事もありませんし」
アルクス、ベルント、ダリアンが、それぞれ答えた。アルクスもベルントも家事以外の仕事を持っていないし、ダリアンもヌイグルミ工房に仕事に行くのは週3日だけ。3人揃って予定が空くことは珍しくない。もっとも、3人ともボクと同じで、ハイダ様に用事を申しつけられたら先約など喜んでキャンセルするだろうな。
「それなら、済まないが、明日はセリエスも含めて4人とも、私に付き合ってくれ」
「はいっ、喜んでっ」
ダリアンが椅子から立ち上がりそうな勢いで言った。ハイダ様は苦笑いを浮かべた。
「そんなに意気込む必要はないぞ。頼みたいことがあるだけだ。ただ、少し頼みにくいことなんでな、聞いてから無理だと思ったら断ってくれて構わない」
「ハイダ様の頼みなら、どんなことだって引き受けますっ」
ダリアンは力強く言った。
「ダリアン、あまりそういうことを言うもんじゃないぞ。時には、私の言葉より自分の意思を優先させる必要もある。お前は、もう少し自分の意思を大切にすべきだな」
ハイダ様が嗜めるように言った。それは、ボクたちほかの3人にも言っているのだろう。ダリアンほど狂信的ではないけれど、ボクにも、アルクスとベルントにだって、そういう傾向はあるからね。
「僕の意思はハイダ様に従うことです」
それでも言い張るダリアンに、ハイダ様も他の3人の従仕も、微笑ましい視線を送るしかできない。
「それで、ハイダ様の頼みって何ですか?」
アルクスが話の流れを変えるように、ハイダ様に聞いた。
「それは明日、現地でな」
ハイダ様は、そう言ってアルクスの質問には答えなかった。秘匿事項が含まれているから、傍聴対策が完璧とは言い切れない場所では口にしたくないんだろうな。
ハイダ様の従仕たちへの依頼内容は、ボクは知っている。けれど、そのことを思うと、憂鬱になる。内容自体も気が滅入るし、それに、結果次第ではボクはますます……。
いや、悩むのはやめよう。事実は事実として受け止めなくちゃ。
翌日は、8人乗りのワゴン・ヴィークルで家を出た。
「みんな揃っての外出って、久し振りですね」
ダリアンがはしゃいでいる。
「遊びに行くんじゃないぞ」
ベルントがダリアンを嗜める。
「解ってるけど、みんなと一緒なのが嬉しいんですよ」
「それは否定できないけどな」
ベルントも、一家揃っての外出は嬉しいようだ。それはボクも同感だし、アルクスも同じだろう。ハイダ様がいないと、みんなで出掛けようという気分にはなれないし、少し前まで彼女は地方への派遣任務で長期不在だったから。
ヴィークルは軍の建物の1つの地下駐車場に入って停まった。ヴィークルから下りて、施設内を目的の部屋へと向かう。もちろん、聖人の能力を調べる特別部隊の隊室だ。
ハイダ様を除く部隊の4人は、すでに揃っていた。
「セリエスはいつものをよろしく。リチル、ベルリーネ、モレノ、頼むわね。3人は、こちらの部屋へ」
部隊員と3人の従仕の挨拶が済んだ後、ボクは部隊の3人の女たちと実験室──と言うよりベッドルーム?──へと入り、アルクスたちは説明のためにハイダ様とヘルミナさんと共に会議室へ行った。
いつものように服を脱ぎ、20回の搾精を終えてしばらくした後、会議室に行っていた5人が実験室に入って来た。
「みんな来た……ってことは、了承したんだよね」
「まあ……気持ち的にかなり抵抗はあるけどな。ハイダ様の頼みだ、聞かないわけがない」
ボクの問いに、代表してアルクスが答えた。
ボクが女たちに搾精されている間、3人はハイダ様とヘルミナ様から説明を聞いていたはず。
ハイダ様の腕の骨折が完治していること。
従仕の中に聖人がいる可能性があったこと。
それを調べるための緊急健康診断だったこと。
その結果、ボクが聖人であると判明したこと。
ボクの能力を調べるために特別部隊が編成され、この場所が用意されたこと。
それから毎日、ここでボクの能力を調べていたこと。
そして今日、3人が呼ばれた理由と今日の調査内容。
聖人の力が男も癒すことができるのかどうか。
過去の記録によると、聖人が癒すのは女だけで、男を癒すことはできない、らしい。“らしい”と曖昧なのは、歴史資料によってそのあたりのことが微妙に違っているから、と聞いた。
男には効果なし。
男にも多少の効果はある。
曖昧な言葉で濁されている。
そもそも男に関する記載がない。
などなど、喰い違いがあるのだそう。男児学校の歴史教科書では、男には効果はないということになっていたけれど、それが一番確からしいと言うだけのことで、確定した事実ではないんだとか。
そのために、今ここでその曖昧な効果を確実なものとして確認することになった。
その被験者として、ハイダ様の従仕たちが選ばれたのは当然のことと言える。
この特別部隊での検証が一通り終わるまで、聖人の存在と能力は秘匿することになっている。となれば、被験者も慎重に選ばざるをえない。そして、毎日ハイダ様と共に暮らし、日替わりで夜の相手をしている従仕たちには、そう遠くないうちにハイダ様の全治1ヶ月の骨折がすでに完治していることはバレるだろう。どうせバレるなら、被験者として最も適切だ、とそれだけのこと。
「ハイダ様のお怪我、もう治っていたんですね。良かった」
ダリアンは心から安堵していた。それはアルクスもベルントも同じ気持ちだろうけれど、どうも2人は勘付いていたみたい。ベッドの中でのハイダ様の動きで。さすがは年長者というところか。
「それにしても、セリエスが伝説の聖人だったとはね。おっと、聖人様にこんな言葉遣いしちゃ不味いかな」
「そんなことないって。ボクはボクなんだから、普段通りにしてよ」
ベルントの笑いを含んだ声に、ボクもいつもの調子で答えた。
聖人と言ったって大したことができるわけじゃないし、歴史教科書によれば、過去の聖人も治癒以外は何もしていない。時間はかかっても現代医療ならほぼ同じことができるのだから、崇め奉られるほどのものじゃない。
「それより、早く始めましょう。頑張ります」
「あんまり力むんじゃないぞ」
両手の拳を握って意気込んでいるダリアンに、アルクスが年長者の落ち着きを見せて言った。
そして始まった、狂気の実験。レディーウォーリアーがやっていたほど、狂気じゃなかったけれど。でも、この後のことを思えばやっぱり狂気かな。
「痛てっ」
ヘルミナさんに、鋭いメスで手の甲を切られたダリアンが、小さく声を上げた。
「大丈夫?」
「は、はい、大丈夫ですっ」
滲む血を見ながらも、ダリアンは気丈に答えた。
モレノさんが、傷口の血をガーゼでさっと拭い、ピペットで精液を垂らす。3人が説明を受けている間にボクから搾り取った、新鮮な精液だ。
そのまま2分ほど待った。
「……効果は見られません」
「念のため、5分待ちましょう」
しかし、治癒の効果は現れず。
「それじゃ、次はこれを飲んで」
ヘルミナさんがダリアンに渡した小さなガラス製のグラス──ビーカー?──は、白い液体で満たされたいる。中身は当然……
「あの、これってもしかして、セリエスさんの?」
「そう、搾りたての精液よ」
それを聞いたダリアンは顔を顰めた。まあそうなるよね。ボクだって、他人のと言わず、自分の精液も飲みたいとは思わないし。ハイダ様との乱交の時も、ハイダ様にぶっかけた精液がほかの従仕にかかることはあっても、飲むことはないから。
ダリアンはしばらく手にしたグラスの中の白く粘る液体を見つめた後、意を決したように目を閉じて、口をつけて一気に煽った。グラスから口を離した後も目を閉じて何とも言えない渋い表情をし浮かべ、ごくり、ごくりと口の中の液体を飲み下してゆく。
ゆっくりと目を開けたダリアンは、グラスをモレノさんに渡した。少し涙目になっている。
「10分待ってね。その後は水を飲んでいいから」
ヘルミナさんの言葉に、ダリアンは実に悲しそうな表情を浮かべつつも小さく頷く。
そして10分後。ダリアンの傷は治らなかった。やはり、聖人の治癒力は女限定らしい。
個人差の可能性も考慮して、続けてベルント、アルクスも手の甲に傷を付け、精液を塗り、飲む。2人もダリアンと同じく、渋い表情で精液を飲んでいた。
結果は、3人とも効果なし。さらに、直接かけたりしても効果がないことを確認し、次の実験に移る。
「じゃ、ヤるけど、準備はいい?」
ボクの前には、全裸で四つん這いになったダリアン。女たちにもヤったように、仲間の従仕たちへのアナルセックスでの効果も確認する。
「は、は、はい、よ、よろしく、お願いしますっ」
声を震わせるダリアンの肛門に、ボクはペニスを近付けた。
結果として、アナル直接注入でも、治癒の効果は認められなかった。3人ではサンプル数として少ないと思うけれど、女4人には全員効果があり、男3人にはまったく効果がないことから、まず間違いないだろう、とヘルミナさんは結論付けて、男に対する実験は終わった。
==用語解説==
■聖人
時代の節目に現れるという、女の傷を癒す能力を持った男。絶倫で、性交することで女の傷を癒すと伝えられている。
その精液は、女の負傷を短時間で治癒する。患部に直接かけても、セックスで中出ししても効果を発揮するし、全治1ヶ月の負傷も即座に治癒する、現代医療を遥かに凌ぐ治癒力を持つ。なぜか、患部に精液をかけるよりもセックスの方が効果が早く現れる。また、長期間繰り返しセックスすることで、古傷も癒されるらしい。
なお、聖人の能力は男相手には効果はなく、男の傷に精液を掛けたりホモセックスしたりしても、ヤるだけ無駄。