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003 ハイダ:従仕(じゅうし)への憂慮

 派遣先の街での巡回警備中に遭遇した淫獣に不覚を取り、左腕の骨を折るという失態を演じてしまった。小隊を任されている身で情けない。エクスペルアーマー自体の損傷は大したことはなく、私の骨折も1ヶ月程度で完治するという診断で、そこは不幸中の幸いだ。

 不幸中の幸いと言えば、怪我をしたのが赴任期間の終わる前日だったことも幸いと言えなくはない。本部に要請せずとも、翌々日には交代の小隊が来ることになっていたのだから。


 ギプスを装着した左腕を肩から吊って帰ったためだろう、私を出迎えた従仕(じゅうし)たち、特に最年少のダリアンの表情は悲嘆に暮れた。この程度の怪我は初めてではないのに……と思ったものの、思い返すと2年半前に最初の従仕(じゅうし)アルクスを迎え入れてからは、擦り傷以上の怪我はなかったことに気付いた。初めて見る主姐(しゅしゃ)の大怪我ともなれば仕方がないか、と苦笑いするしかない。


 夜はもちろん、従仕(じゅうし)4人を相手にハッスルした。1ヶ月も禁欲していたのだから、怪我をしていようと我慢できるものではない。怪我に障らないよう、私はマグロになっているだけだったが、久方振りの従仕(じゅうし)たちとの交合は、私の心身を満たしてくれた。


 4人目の、セリエスとの交合を終えて、傷の状態を聞かれた私は腕のギプスに目をやり、そして目を見張った。ギプスのインジケーターの表示が変わっている。

 詳しい仕組みは知らないが、ギプスは定期的に患部を探査して、骨の状態をインジケーターに表示している。その表示が正しければ、すでに私の骨折は完治していることになる。


「どうかしました? やっぱり、傷が悪くなったとか……」

 セリエスが不安気な声を出す。

「いや、何ともない。そんな心配そうな顔をするな。むしろ、()()()()()()()不思議に思っただけだ」

 私はセリエスを安心させるように微笑んだ。頭の中では、場合によっては面倒なことになりそうだ、と思いながら。




 翌日、従仕(じゅうし)たちに見送られて家を出た私は、まっすぐ軍本部へとヴィークルを走らせた。

 本部の駐車場へヴィークルを停めた私は、小隊の執務室ではなく、かと言って訓練場でもなく、医務センターを訪れた。

「あら? ハイダ、別に毎日来る必要はないのよ。昨日言わなかったかしら?」

 若い──と言っても私よりは年上だが──医師のヘルミナが多少の疑問を含んだ笑顔で言った。


「ああ。怪我は問題ない。今日はそのことではなく……いや、それも関係あるんだが、少し2人だけで話せないか? 誰にも邪魔されない場所で」

「誰にも邪魔されない場所で?」

 訝しそうに聞くヘルミナに、私は頷いた。

「わかったわ。じゃ、こっちへ」

 ヘルミナは、しばらく場を外すことと来客があれば待たせておくことを、看護士に伝えて、私を手術室へと誘った。


「ここなら外部から隔離されてるから、いいでしょ。カメラが隣に繋がっているけど、今はスイッチを切ってあるから」

 そう言うヘルミナに頷いて、私はギプスを肩掛けから外し、インジケーターを彼女に見せた。

「これを、どう思う?」

「……は? 完治? あなたが骨折したの、3日前よね」

「そうだ」

「故障かしら」

「インジケーターの方は解らないが、腕は通常に戻っているようには感じる。ギプスを外してみたいんだが、いいか?」

「ちょっと待って」


 ヘルミナは手術室から出ると、ギプスカッターを持って来た。インジケーターを確認し、操作してギプスを腕から外し、腕を固めた石膏を露わにした。続けて、ギプスカッターを使って石膏を切断してゆく。

 すぐに、私の腕が外気に晒された。動かしてみるが、何ともない。

「勝手に動かさないように。ちょっと診せて」

「ああ、すまない」

 ヘルミナは、私の腕を注意深く触診した。

「エックス線撮影して確認しないと断言はできないけれど……完治しているとみて間違いなさそうね」

 ヘルミナは難しい顔をして言った。


「あなた昨日、帰ってから従仕(じゅうし)と?」

「もちろん。溜まってたからな。全員とヤり倒したよ」

「怪我をしているのに良くヤるわね。4人だったかしら。5人?」

「4人だよ。昨日は1人ずつだったが、インジケーターに気付いたのは全員終わった後だから、誰かは判らない」

「そう。このこと、他の人には?」

「まだだ。まずヘルミナの意見を聞こうと思ってね」

「あなたと同じよ」

 そう言ったヘルミナは、一度言葉を切り、十分な時間を置いてから続けた。


「あなたの4人の従仕(じゅうし)の中に、聖人がいる」


 ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉


 聖人。

 時代の節目に現れるという、癒しの力を持った絶倫の男。その精液は、女の傷を癒すと記録に残っている。

 社会は女たちの力で動いている。医療の未熟だった過去において、要職に就いた人物が瀕死の重傷を負った時、それを治すことのできる力は非常に有用だったことだろう。ましてや、昔は今以上に女は生まれ難かった。数少ない女を癒す力は、何物にも代え難かったに違いない。

 その力も、医療が発達し、女男の出生比率も1:3程度に縮まった現在、そこまで有用とは言えない。昨夜(ゆうべ)までは、私もそう思っていた。


 しかし、全治1ヶ月の骨折が一晩で治るとなると、現代でも聖人の有用性は計り知れない。それだけの力を持った聖人がいると知れたら、為政者や他の7つの都市も黙っていないだろう。


 正直な話、これは私とヘルミナの2人で処理していい問題ではない。かと言ってそうそう広めるわけにもいかない。

 私たちは司令室をアポなしで訪れ、司令が在室中であることを秘書官に確認すると、警備兵を押し退けて強引に執務室に乗り込んだ。

「司令、緊急の用件です」

「至急お話を」

 司令は私たちの突撃に驚いたが、私たちの様子からただ事でないことを察したのだろう、すぐに、私たちを部屋から連れ出そうとする警備兵たちを下がらせてくれた。


「それで何事だ。パワードアーマー部隊の1小隊長と軍医が揃って」

 何事にも動じない司令は、落ち着いた声で言った。

「まずは人払いを」

「それから、監視システムも切ってください」

 私たちの要求に司令は一瞬眉を動かしたものの、入口に立っていた警備兵に室外に出るように促し、さらに机の上のコンソールを操作した。


「これで誰からも見えないし聞こえない。それで、何だ」

「聖人が出現した可能性があります。ほぼ確実と言っていいでしょう」

 司令の問いには、ヘルミナが答えた。

「聖人? 時代の節目に現れるという?」

「はい、その聖人です」

「そうか。しかし、昔ならともかく、現在では聖人が現れたとして、彼が敬うべき人物であるという以外に、大した意味はないだろう。節目となる『何か』が起こる前兆と捉えることはできるが、それも聖人と直接的な関係があるわけでもなし」

 何を大袈裟なことを言っているんだ?という態度で司令が言う。私も、昨日までなら同意見だった。


「それがそうとも言えないことが判りました。ハイダ」

「ああ」

 私は、肩から吊っていたギプスを外した。全治1ヶ月の怪我を負っていることになっているので、医務センターを出る前にギプスを付け直していた。石膏で固めることまではやっていないが。

 ギプスを外し、軽く巻いていた包帯を解いて、左腕を動かしてみせる。

「それは……ハイダは骨折で全治1ヶ月ではなかったか?」

「そうです。それが昨夜一晩のセックスで完治したんです」

 ヘルミナは机に両手をつき、身を乗り出して言った。


 顎に手を当てて考え込んだ司令だったが、決断は早かった。すぐに副司令と参謀長を呼び出し、司令室隣の極秘会議室で緊急の会議が開かれた。

 まず必要なことは、私の従仕(じゅうし)4人の誰が聖人であるか確認すること。

 聖人の“力”の把握。

 そして聖人の“力”の秘匿。現代医学を以ってすれば聖人は不要である、という現在の俗説が崩れることはない、と思わせておけば、聖人の出現が知られても大したことはない。


 さらに、聖人の存在と“力”の公表のタイミングの調整。

 最初は秘匿するにしても、聖人の癒しの力の有用性は計り知れない。ならばそれを使わない手はないが、使っていればいずれは知られてしまう。それならば、どこかのタイミングで大々的に公表してしまった方が腹を探られることもなく、その後の対応もやりやすいだろう。


 それらを決めた後、最後に司令から、この件に関する緘口令が敷かれて極秘会議は終わった。この後も何度かこういう場が持たれることになるだろう。




 まず、私とヘルミナのやるべきことは、私の従仕(じゅうし)の誰が聖人かの調査だ。

 会議の開かれた翌日、レディーウォーリアーの従仕(じゅうし)の緊急健康診断という名目で、4人に軍本部医療センターに来てもらった。私は執務で同席しない、と言っておいたが、その実ずっと隠し部屋から様子を見守っていた。

 通常の検診の後、最後に4人の精液をヘルミナが搾精した。記録によれば、聖人の癒しの力は精液に宿るらしいので、これは必須だ。


 搾精が終わって4人が帰宅した後、私はヘルミナと彼女の医務室にいた。他には誰もいない。

「この精液はすぐに検査するわね」

「いや、詳しい検査は後でいいだろう」

 検査は必要だろうが、まずは聖人が誰かを確認する方が先だろう。

「検査しないでどうするのよ。なるべく早く、誰が聖人か確認しないといけないのに」

「こうするのさ」


 私はヘルミナの机からハサミを取ると、左腕の袖を捲り、斬りつけた。赤い液体が飛び散る。

「ちょっとハイダっ、何やってんのよっ」

 慌てるヘルミナを、私は抑えた。

「手当はいい。それより、セリエスの精液を」

「は? それで確認しようってわけ? まったく、無茶なんだから」

 文句を言いつつも、ヘルミナはピペットを使ってセリエスの精液を吸い取り、私の腕の傷に慎重にかけた。


「どう?」

「まだ痛みはある。少し待とう」

「10分経っても治らなかったら、治療するからね」

「いや、それは他の精液を試してからだろう」

 精液をかけてから2分ほど経った時、痛みが消えていることに気付いた。右手で血を拭うと、傷が綺麗に消えている。

「決まり、だな」

「まったく、無茶するんだから。それより、4人の中で彼が聖人だと判ってたの?」

「いや、確信はなかった。でも、聖人の記録に『絶倫』というのもあるだろう? 従仕(じゅうし)の中で一番絶倫なのがセリエスだっただけさ」


 答えつつも、これからのことを考えると憂鬱になる。セリエスが聖人。緘口令が敷かれたと言っても、いつかの時点で公表は必要になる。その前に漏れる可能性もあるだろう。その時、セリエスと今の関係を維持できるだろうか。

 従仕(じゅうし)たちは、誰も私にとって大切な存在だ。1人として欠けて欲しくはない。それでも、完全にこれまで通りとはならないだろう。

 変化が、私の思い描く許容範囲内に納まってくれることを祈るばかりだ。



==登場人物==


■ヘルミナ

 軍の医療センターに勤務する女医(軍医)。ハイダの主治医。



==用語解説==


■聖人

 時代の節目に現れるという、女の傷を癒す能力を持った男。絶倫で、性交することで女の傷を癒すと伝えられている。


■人間

 現代の地球の人類とほぼ同じ生物。ただし、妊娠期間は3ヶ月程度。

 女に比べて、男は体力や持久力で劣る。平均身長も女の方が高い。そのため、女を中心にした社会が構築されており、男は家庭を守る役を担うことが多い。

 一妻多夫制で、1人の女──主姐(しゅしゃ)──に複数の男──従仕(じゅうし)──が仕えるのが一般的。


■ウェリス大陸

 主人公セリエスの住む大陸。北半球に位置する、およそ1600万km^2の面積を持つ。

 人間の住む巨大都市が8つ存在する。

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