027 報告、そして……
なんだか幸せな薫りに包まれて、意識が戻って来た。薄っすらと目を開くと、目の前にあるのは愛しい主姐の笑顔。開いた瞼から綺麗な瞳がボクを見つめている。
「おはようございます。ハイダ様、いつから起きていたんですか?」
「おはよう。ついさっきな。まだ寝てていいぞ」
「ハイダ様の笑顔を見たら目が覚めました」
「それなら、起きる前に1発ヤるか」
「はいっ」
何しろ、帰還中の十数日はハメている余裕はなかったし、その前は毎日のようにセックスさせられていたと言っても、相手はハイダ様ではなかった。昨夜は久し振りにハイダ様と身体を重ねたけれど、たった一晩ではこれまでの空白を埋め切れない。
時間の許す限り、ボクたちは互いの身体を求め合った。
◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉
その日の午前中は、正午過ぎまでかけて身体検査が行われた。エタニア大陸という前人未到の地から帰って来たので、念入りに。その最後に、セルフブレスを返して貰えた。そう言えば、モレノさんに誘拐された時に外されたらしく、ずっと着けていなかった。
泊まった部屋に戻ったボクは、セルフブレスで仲間の従仕たちに連絡した。昨日のうちにハイダ様から救出の知らせだけは受けていたようだけれど、画面越しとはいえ久し振りに見た家族の顔に、ボクはようやく、帰って来たと実感した。
エイトを抱いたアルクスの胸はすでに縮んでいる。授乳期間はボクが誘拐されている間に無事に過ぎたようだ。
最近はハイハイして動き回るから大変だ、とベルントが笑っている。子育てに追われている様子が窺える。
ダリアンは泣きそうな笑顔で、おかえりなさい、と言ってくれた。無事に帰って来たんだから泣くなよ。
みんな元気そうで安心した。今日か明日には帰れることを伝えて、通話を終えた。
この時は、ボクもそう思っていた。
それにしてもこの部屋は、なんだか安心するな。軍本部の奥まった場所らしく窓がないけれど、エタニア大陸で囚われていたあの部屋よりも、良く馴染む。あの部屋よりも狭いから、圧迫感を感じそうなものだけれど、それをまったく感じない。建築様式の違いでこっちの方が慣れているのかな。単に、誘拐されていたという心理的負担があったからかも知れないけれど。
つらつらとそんなことを考えていると、職員がボクを呼びに来た。これからエタニア大陸での出来事の報告会だ。
彼女の後について軍本部内を歩いて行く。案内してくれる職員の他に、2人の兵士もついている。ボクの警護かな。一度誘拐されているので、警戒を強めているんだろう。なんだか悪いな。
案内された会議室には軍司令や副司令、参謀長の他、軍上層部の人たちが並んでいた。政治家や、研究員らしき人も何人か。ボクの勤務している研究所の同僚もいる。
そんな中で、報告会が始まった。とは言っても、逃走中にヴィークルの中で携帯端末に記録した内容は昨日のうちに精査されているだろうし、ハイダ様、ボリーさん、カルボネさんの報告も昨日のうちに済んでいるだろうから、それほど時間はかからないだろう。
エタニア人のことや、あちらの技術レベル、軍組織の規模などについて、色々と尋ねられた。
「それでは、人口はそこまで多い感じはしなかったのね?」
「はい。都市と言えるほどのものは監禁されていた場所だけですし、街や村も見かけましたけれど、それほど大きな規模ではなく、それにまばらでした」
これはハイダ様たちも同じ見解だった。もっとも、ボクたちの通った場所がたまたま人口の少ない地域だった可能性も否定できない。
それに、それはウェリス大陸でも変わらない。人口は都市に集中し、それ以外はまばらだから、ウェリス人の人口はそれほど多くない。例えば、ソーセスの都市圏全体で見ると、人口は900万人くらいだけれど、そのうち約500万人が半径20キロメートルほどの、都市ソーセスに集中している。残る400万人は広大なウェリス大陸の南東エリアの広範囲に点在している。
他の7つの都市も似たようなもので、各都市の人口は400万~600万人程度、各都市圏でも800万~1200万人程度で、ウェリス大陸全体でも人口は1億人に届かない。
エタニア大陸でも多分同じ状況で、大きな都市に人口が集中し、その周辺に小さな村落が点在して都市圏を形成していると思われる。都市圏と言えるほどのものがエタニア大陸にいくつあるのかは、まったくの不明だけれど、それでもボクが監禁された街は、エタニア大陸最大の都市だったのではないかと思う。理由は、聖女がいたから、というそれだけの弱い理由だけれど。
対淫獣装甲ヴィークルの有効性が確認されたことも大きい。今回の聖人救出作戦のために用意されたのは突貫作業で仕立て上げた試作品とも言い難い物だったそうだけれど。
そのヴィークルを再設計した上で製造し、頓挫しているエタニア大陸調査計画を再開させるらしい。
何しろ、今まで無人と思われていたエタニア大陸に、敵対的な人類種が存在することが判ったから、いつまでも調査を後回しにはしておけない、と言うことだ。
ただ、調査に際しての武装の問題を解決する必要がある。何しろ淫獣に有効なダメージを与えられる武装はオシレイトブレードだけ。今回はハイダ様が生身で軽々と運用しているように見えたけれど、かなり無理があったみたい。
オシレイトブレード自体が大きく、エクスペルアーマー無しで使うには困難を極めるけれど、それは小型化すればなんとかなる。
それよりも問題なのは、燃費の悪さだ。オシレイトブレードは消費電力がものすごく大きいそうで、携行できるバッテリーではすぐに切れてしまうらしい。ハイダ様は、超高速振動機能の使用を極力抑えることで、電力消費を抑えていたのだそう。
かといってヒルドネントジェネレーターは大きいから人の手で持っていたら機動力が落ちる。とても戦闘行動などできないだろう。
いくら淫獣の目を誤魔化せるとはいっても、万一の時のために武装は必要だから、オシレイトブレードに代わる淫獣に有効な武装の開発が必要になる。
淫獣が、エタニア人の牡だという情報には、淫獣の生体研究をしている研究員が喰いついた。
今まで駆除してきた淫獣は、解剖するとすべて雄しかいなかった。それについてもいくつかの説はあったけれど、雌は人間態をしているとなれば、雌がいないことに説明がつく。
他にも、ボクが提唱していた『淫獣は喰った女を連れ去っている』説も、今回の誘拐事件で正しいことが証明された。あまり嬉しくもないけれど。
ウェリス人とエタニア人で雌雄が入れ替わっている、それに、そう遠くない未来にウェリス人もエタニア人も滅亡する、というスカーレットの説は、衝撃を齎したものの、疑問を持つ人の方が多かった。いくらなんでも、2つの種族の雌雄が綺麗に入れ替わるなんてことは早々起きるものではない、と。
ボクは知らなかったけれど、滅びかけた先文明が、新たな人類を造ったことは事実らしい。今はウェリス大陸には1つの人類種しかいないので、その試みは失敗した、と考えられていたそうだけれど。
けれど、エタニア人の存在が、その定説を覆すことになった。参加していた考古学者は、入れ替わったのではなく上手く交わらなかったのではないか、という仮説を披露した。
つまり、先文明が産み出したのは1つの人類種ではなく、女と性交し孕ませるための牡と、男と性交し孕むための牝の、2種類の別々の生命を産み出した、しかし男と牡の折り合いが悪く、先文明の生き残りと、先文明の産み出した2種の生命とが、別々に暮らすようになった、と。
スカーレットの説より、こっちの方が素直に受け取れるかな。だって、エタニア人には牝と牡に共通した器官、すなわち触手が存在しているから。
エタニア人の牝が産まれにくくなっているというのも、元々別々に造られた種が一緒になっただけで、先文明の生き残りである人類を相手にするよりも相性が悪い、と考えれば、不自然なほどに出生率が下がっていることの説明になるんじゃないかと思う。
その他にも、1ヶ月強の間にボクが見聞きしたこと、知ったことを報告、検討した。検討の方はざっくりしたもので、きっとボクのいない場でもっと深く検証するんだろうけれど。
それと、この場の話は一先ず他言無用、と緘口令が敷かれた。それほど遠くない未来には発表されるだろうけれど、方針をまとめるまでに時間が欲しい、と言うことだろう。
そして会議もそろそろ終わろうと言う時、会議室に司令の秘書官が慌てた様子で入って来て、持って来た端末を司令に見せた。普通なら通信が入るのだろうけれど、極秘の打ち合わせに使用するこの会議室は外との通信が遮断されているらしい。
「何!?」
端末を見た司令は、思わず声を上げた。そして、会議の出席者たちに鋭い視線を送る。それだけで、弛緩していた空気が緊張した。
「全員、そのまま聞くように。フロンテスからの緊急通信が入った。淫獣の大群がセレスタ地峡をウェリス大陸に向かっている。その数、推定で20万以上。すぐに対策を立てる」
……20万、以上!?
第1章完結!
第2章は3週間開けて、7/29(土)から週一で投稿予定です。
再開までは、
東京トレジャーハウス ~異世界転移から十余年、
かつての首都で謎の大蛇を駆逐せよ~
https://ncode.syosetu.com/n3097id/
続けて
転移者ルリは故郷を想う
~できるわけないと高を括っていた
魔法陣での異世界転移!
見知らぬ異世界で帰還手段を模索する~
https://ncode.syosetu.com/n7160ie/
を毎日投稿予定です。よろしければ、こちらもどうぞ。
==用語解説==
■ウェリス大陸
主人公セリエスの住む大陸。北半球に位置する、およそ1600万km^2の面積を持つ。
人間の住む巨大都市が8つ存在する。それぞれの都市は人口およそ400~600万人。都市圏で見ると人口およそ800~1200万人。すべての都市圏の人口を合わせても、人口は1億人に満たない。
■ソーセス
セリエスたちの住む都市の名前。ウェリス大陸にある8つの都市のうちの1つ。大陸の南東に位置し、8つの巨大都市の中でセレスタ地峡に最も近い。
半径20kmほどの円形の都市で、人口はおよそ500万人。ソーセスの影響の及ぶ都市圏(フロンテスも含まれる)全体を含めると、900万人ほどの人口になる。