002 主姐(しゅしゃ)の帰還
地下駐車場に下りてボクの1人乗り個人用自動車に乗り、自動操縦システムに自宅を設定する。ヴィークルが走り出し、地下駐車場を出たところでセルフブレスにメッセージの着信があった。
メッセージを空間投影すると、ボクと同じハイダ様の従仕、ベルントからだった。
《ワインを切らしていたので帰りに買って来てくれ。
手間をかけさせて済まない。
ベルント》
今日の買物当番はベルントだったか。ボクはヴィークルの行先を変更してから、了承のメッセージを送った。
無事にワインを購入したボクは、ヴィークルを家に向けた。ボクたちの主姐であるハイダ様は、都市の郊外に広い家を構えている。これも、乙女戦士として優秀なハイダ様が、高額の報酬を得ているからに他ならない。
ガレージにヴィークルを入れて家に入る。
「おかえり」
「ただいま。ベルント、ワイン買って来たよ」
「ああ、ありがとう」
買って来たワインを出迎えてくれたベルントに渡す。ベルントは、ハイダ様の2人目の従仕で最年長、男にしては背が高い艶やかな黒髪を持ったイケメンだ。背が高いと言ってもハイダ様よりは低いけれど。
「ハイダ様は今日帰る予定だったよね」
「うん。20時くらいかな」
ダリアンが答えた。ダリアンは、ボクより後から仕えるようになった4人目の従仕で、1番若い。小柄で控え目で、小動物を連想させて可愛らしい。ヌイグルミ作りに凝っていて、週に3日、都市のヌイグルミ工房で働いている。
キッチンに行くと、1人目の従仕のアルクスが大鍋を電気コンロにかけていた。
「ただいま。もう夕食の支度?」
「セリエスか。おかえり。ハイダ様が帰って来るからな、せっかくだから手の込んだ夕食にしようと思ってね」
「手伝おうか?」
「今はいい。必要になったら頼むよ」
「わかった」
アルクスは、ハイダ様に仕える前は、レストランのシェフをやっていたらしい。しかし、体力と持久力で女に劣る男ではメインのシェフをなかなか任せてもらえず、ハイダ様の従仕になったのを機に、職を辞したらしい。従仕同士、あまり過去のことを聞くことはないけれど、酔った時にそんなことを零していた。
夕食の準備をアルクスに任せて、ボクは自分の部屋に行って部屋着に着替えた。ハイダ様が帰って来るからといって、着飾りはしない。地方への派遣警備任務でひと月も留守にしたといっても、レディーウォーリアーの通常任務の内なのだから、と本人もその日を特別扱いしたくなさそうだし。食事を豪華にするくらいで十分だろうね。
久し振りに愛しのハイダ様に会える。それだけでボクの胸は弾んだ。
20時を過ぎても、ハイダ様は帰って来なかった。
「遅いな」
アルクスが言った。彼の用意した夕食は、温めるものを除いて、すでにダイニングテーブルに並んでいる。
「何か……道が混んでるのかなぁ」
ダリアンが言った。言い淀んだのは、言いかけた不吉な言葉を呑み込んだのか。
「仕事が仕事だからね。遅れることはあるさ。これまでもあったろ?」
ベルントが努めて明るく言った。彼の言う通りだ。都市内での勤務の時は帰宅時間が大きくずれることは滅多にないが、地方から戻る時は結構時間がずれる。おそらく、今回もそれだろう。
さらにボクが口を開きかけた時、ガレージにヴィークルが入って来たことを、ホームシステムが告げた。
「ハイダ様だっ」
ダリアンがぱっと跳び上がり、玄関に駆けてゆく。残ったボクたち3人は後輩の態度に苦笑いを浮かべつつ、逸る心を抑えて玄関に向かった。
ボクたちが玄関に着いて1分と経たないうちに扉が開き、待ち侘びた女の姿が目に入った。
「「「「おかえりなさいっ」」」」
練習していたわけでもないのに、4人の声がぴったりと重なった。その勢いに呑まれたように、ハイダ様は一瞬足を止め、それから顔を綻ばせた。
「ただいま。みんな元気だったか?」
ハイダ様は以前と変わらない笑顔で、ボクたち4人の従仕を見た。しかし……。
「ハ、ハイダ様、その、腕は……」
ハイダ様は、ギプスで固定された腕を肩から吊っていた。
「ああ、これか? 一昨日の巡回中に淫獣と遭遇してな、触手で左腕を強かに打たれて、骨が1本折れただけだ。1ヶ月もあれば完治するそうだから、気にするな」
「ハイダ様……」
エクスペルアーマーは騎乗するレディーウォーリアーの動作をそのままトレースする。それはつまり、エクスペルアーマーに加えられた力もそのまま騎乗者に返って来る。安全装置はあるものの、それが動く間も無いほどに淫獣の動きが速かったことになる。
「ハイダ様……」
ダリアンが涙目になっている。彼を安心させるようにハイダ様は笑った。
「気にするな。それより飯だ。用意してあるんだろう?」
「はい、もちろん。ベルント、セリエス、手伝ってくれ」
ボクたちはハイダ様をダリアンに任せ、遅い夕食の支度を済ませるためにダイニングルームに向かった。
夕食は素晴らしい出来栄えだった。さすがは元シェフのアルクスだ。家事は4人の従仕たちが交代で担当している──外で仕事をしていないアルクスとベルントの負担がやや大きい──ものの、食事はアルクスの用意したものが一番美味しいし、手も込んでいる。ハイダ様も、満足そうに料理を口に運んでいる。美味しい。
「それではハイダ様は、怪我が治るまでは毎日帰って来られるのですね?」
ダリアンが尋ねたのは、都市にいる間のレディーウォーリアーは、通常、1日おきに24時間の勤務をしているためだ。つまり、家に帰って来るのも1日おきになる。
「ああ。しばらくはデスクワーカーと同じ、朝出勤して夕方に帰って来る。それに休暇も週2日ある」
「それなら毎日、一緒に寝られるんですね」
「おいおいダリアン、ハイダ様の怪我に障らない程度に抑えろよ」
嬉しそうに言うダリアンを、アルクスが嗜める。
「それくらいは、解ってますよ」
ダリアンが口を尖らせ、場が笑いに包まれた。
「ですが、実際のところ、どうなんですか? ダリアンじゃないですが、ボクも結構溜まってて……」
負傷している主姐に対して聞きにくいことだったけれど、ボクは思い切って聞いた。
「傷に障らないように気を付ければ大丈夫だろう。だいたい、お前たちが溜まっている以上に私が溜まっているからな。お前たちを前にして何日も我慢するなんて不可能だよ」
ハイダ様は鷹揚に言い、さらに続けた。
「ただ、私から動くのは避けた方がいいだろうな。お前たちをいっぺんに相手するのも」
「つまり、ハイダ様と1対1でハメられるということですね。しかも一方的に責められる、と」
ベルントが言った。今までもハイダ様と2人で楽しんだことはあるはずだけれど、こういうことを言うってことは、普段はハイダ様に一方的に責められ、搾り取られていたのかも知れない。
「ベルント、あまりご無理を強いるんじゃないぞ」
「解ってるさ」
アルクスが言い、ベルントも神妙に頷いた。
久し振りの、主従全員が揃っての食事は終始和やかに進んだ。ボクたちはハイダ様が不在の間の都市や家のことを話し、ハイダ様は赴任した地方の街や遭遇した淫獣のことを話題にした。
食事の後、ボクは後片付けを引き受けて、4人には先にハイダ様の寝室に行ってもらった。自慢ではないけれど、ボクは4人の従仕の中で夜の営みが最も強い。ハイダ様が怪我で1人ずつしか相手を出来ないのなら、ボクの順番は必然的に最後になる。
3人の仲間たちはボクに仕事を押し付けて先に主姐と寝ることに申し訳なさそうにしていたけれど、ボクは笑ってダイニングから送り出した。
後片付けを終えたボクは、一休みしてからハイダ様の寝室へ行った。
「お、セリエス、来たか。すまんが寝る前にアルクスをどかしてくれ。普段なら片腕で放り出せるんだがな」
「今は駄目ですよ。お怪我に障ったら大変ですから」
ボクは笑いながら、先に服を脱いで全裸になり、ハイダ様の上で気を失っているアルクスを抱え起こし、床に寝かせた。ベルントとダリアンはすでに気を失っている。
「さすがハイダ様ですね。3人に一方的に責められて余裕だなんて」
「確かに、責められっ放しは初めてだな。しかし自分で動く必要がない分、返って余裕があるぞ」
「それじゃ、ボクも搾り尽くされちゃいますかね」
「それはヤってみないと判らないだろう。ほら、早く来い」
「そうですね。それじゃ、失礼します」
ボクはベッドに上り、開かれたハイダ様の脚の間へと膝を進めた。
1時間ほどが過ぎた時、ハイダ様とボクはベッドに座って身体の汗を拭いていた。
「セリエスは相変わらず絶倫だな。他の3人だって弱いわけじゃないんだが」
傷一つない美しい肉体を惜しげも無く晒し、ウェーブのかかったクリーム色の長い髪を背中に流して、ハイダ様は言った。仲間の従仕3人は、まだ床で寝ている。
「ハイダ様には敵いませんよ。3人相手にした後なのにこれですから」
ボクが相手をしたのはハイダ様1人、対してハイダ様は、ボクを含めて4人を相手にしたのだから、どちらが強いのかは明らかだ。
「それよりハイダ様、腕は大丈夫ですか?」
ハイダ様はほとんど動かなかったけれど、少し気になる。悪化していなければいいけれど。
「ああ。何ともない。医者が大袈裟なんだよ。……ん?」
ハイダ様は左腕を持ち上げギプスのインジケーターを見て、眉を顰めた。
「どうかしました? やっぱり、傷が悪くなったとか……」
ボクは不安になった。主姐を傷付けることなどあったら、従仕として失格だ。
「いや、何ともない。そんな心配そうな顔をするな。むしろ、何もなさ過ぎて不思議に思っただけだ」
ハイダ様の笑顔に、本当に何もないのだ、とボクは胸を撫で下ろす。
「それなら良かったです。じゃ、みんなを起こしますね。いつまでも床に寝かせておくわけにもいきませんし、寝る前に風呂にも入らないと」
ボクはベッドから下りて、未だ気を失っている仲間たちを起こして回った。
その間、ハイダ様はベッドで左の指を曲げ伸ばししたり、ギプスのインジケーターを確認したりしていた。
==登場人物==
■ハイダ
レディーウォーリアーであり、主人公セリエスの主姐。24歳。
ウェーブのかかったクリーム色の肩に掛かるロングヘアを持つ、巨乳の美女。
■アルクス
ハイダの最初の従仕。24歳。
以前はレストランでシェフをしていたが、ハイダに仕えるのを機に職を辞した。
■ベルント
ハイダの2番目の従仕。26歳。
男としては長身で黒髪、イケメン。
■ダリアン
ハイダの4番目の従仕。18歳。
週3日、都市のヌイグルミ工房で働いている。
※ちなみに……ハイダの従仕四人は、名前の頭文字が従仕になった順序
A→B→C→D
になっています。
==用語解説==
■人間
現代の地球の人類とほぼ同じ生物。ただし、妊娠期間は3ヶ月程度。
女に比べて、男は体力や持久力で劣る。平均身長も女の方が高い。
一妻多夫制で、1人の女──主姐──に複数の男──従仕──が仕えるのが一般的。
■主姐(しゅしゃ)
平たく言うと、妻。
■従仕(じゅうし)
平たく言うと、夫。