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001 過去の記録:ファーストプレグナント

 研究所のボクの机で、ボクはキーボードを叩いた。壁のスクリーンに、すでに何度も見た映像が映し出される。


 ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉


 エクスペルアーマーの視界。低い草地に2体の淫獣の姿が映っている。映像に重ねて映し出されているデータから、淫獣までの距離はおよそ30メートル、淫獣と淫獣は10メートルの距離を取っていることが判る。淫獣たちはこちら、つまりエクスペルアーマーに向かってのそのそと歩いて来る。

 視界が右の淫獣を中心に捉え、左の淫獣から距離を取るよう回り込みながら、一気に淫獣との距離を詰める。


 淫獣の口がバッと開き、無数の触手がこちらに向かって伸びて来る。迫り来る触手をエクスペルアーマーの右手に握った単分子超高速振動刃剣(オシレイトブレード)で薙ぎ払う。2本の触手を斬ったが、別の触手の亀頭に似た先端から白濁液が噴射される。

 視界が激しく動き、エクスペルアーマーが回避行動を取ったことが解るが、完全には避けきれず、左脚部の装甲に白濁液がかかる。


「チッ」


 エクスペルアーマーを操る乙女戦士(レディーウォーリアー)の舌打ちがスピーカーから流れる。

 淫獣の触手から放出される白濁液がエクスペルアーマーの関節部に入り込むと、その量が多いほど動きが鈍くなる。初期のエクスペルアーマーは装甲形状も洗練されておらず、関節に白濁液を受けることも多々あった。この程度であれば、まだ淫獣に後れを取るほどではないが。


 エクスペルアーマーは迫る触手を避け、斬り払いつつ、淫獣に近付く。最初に斬った触手の先端はすでに再生し、そこからも白濁液が噴射される。左腕部の装甲が白く染まる。それに構わず、エクスペルアーマーは淫獣の正面から突進し、残る距離が5メートルを切ったところでいきなり右に跳ぶ。

 襲い来る触手を逃れたエクスペルアーマーは、無防備になっていた淫獣の左側面から一瞬で距離を詰め、オシレイトブレードを淫獣の首辺りに振り下ろす。


 硬くそれでいて弾力があり、銃弾も並の刃物も弾き返す淫獣の皮膚も、エクスペルアーマーの振り下ろす単分子超高速振動刃剣(オシレイトブレード)の一撃は防ぎきれない。

 振り下ろされたオシレイトブレードは淫獣の皮膚を裂き、切断はできなかったものの淫獣の肉の3分の2ほどまで斬り込んだ。


「ピシャアアアアアアッ」


 淫獣は断末魔の叫び声を上げると、傷口から真紅の血を迸らせ、口から触手を出したまま大地に倒れ伏した。


「1体撃破っ」

 レディーウォーリアーの声。淫獣の声が消えるより前にオシレイトブレードを引き抜き、すぐにもう1体の淫獣に視線を向ける。

「いないっ!?」

 しかし予想した地点に淫獣はおらず、エクスペルアーマーは一瞬、その動きを止めてしまう。


 その瞬間を逃さず、死角からエクスペルアーマーに近付いていたもう1体の淫獣の触手が、左腕部と右脚部に絡み付く。

「くそっ」

 即座にオシレイトブレードで触手を斬ろうとするが、束ねられた3本の触手がエクスペルアーマーの右手首を強打し、ブレードを離さなかったものの腕を弾かれてしまう。弾かれた右腕部にも触手が絡み付き、さらに複数の触手から放出された白濁液がエクスペルアーマーを襲う。


「チッ。エクスペルアーマー放棄っ」


 このままでは()られると判断したレディーウォーリアーは脱出プロトコルを起動、エクスペルアーマー背部から射出されるように脱出した。

 画面が一瞬だけ暗くなり、視界がエクスペルアーマーからレディーウォーリアーのヘッドギアのものに切り替わる。

 多少荒くなった画質の中で、淫獣がエクスペルアーマーを放り出し、こちら、つまりはレディーウォーリアーに向かって走り出す。脱出時の射出で距離は15メートルほどに広がっていたものの、淫獣が本気で走れば時速25キロメートルは出る上、触手は10メートルも伸びる。逃げ切れるものではない。


 レディーウォーリアーは迫り来る淫獣に向けて、脱出時の装備のハンドランチャーの銃口を向け、引金を引く。発射された炸裂弾が口の中に入ればダメージを与えられるが、しかし触手に弾かれて本体まで届かない。それでも、弾いた触手に当たった瞬間に弾が炸裂し、触手が千切れ飛んだ。

 レディーウォーリアーは後退しつつ、炸裂弾を撃つ。しかし、大したダメージも与えられないまま触手に追いつかれる。


 2本ずつの触手がレディーウォーリアーの両手首を捉え、彼女の手からハンドランチャーが落ちる。さらに触手が2本ずつ、レディーウォーリアーの足首に絡み付き、地面に大の字に押さえ込まれた。

「くそっ。離せっ」

 レディーウォーリアーは身体を捩ってもがくが、触手の拘束からは逃れられない。その身体に、別の触手から白濁液が降り注ぐ。


 レディーウォーリアーが素肌に密着するように着用しているコネクトスーツが、強酸をかけられたように溶けてゆく。女の美しい肌が露わになってゆく。

「やめろっ。離せっ。くそがっ」

 悪態を吐くものの、淫獣はもちろん耳を貸さない。素肌に触手が巻き付き、乳房にも絡み付く。亀頭のような先端が肌を這い回る。

 レディーウォーリアーは艶めかしくも逞しい肉体に力を入れて逃れようともがくが、何本もの触手に絡まれ捕らえられて身悶えることしかできない。


「くそっ、やめろっ、そんなところっ、だめっ、私には従仕(じゅうし)がっ、やめろっ」

 レディーウォーリアーの抵抗も虚しく、何本もの触手が女の素肌を這い回る。

 触手の1本が持ち上がり、先端がカメラを向いた。そこがムクッと膨れ、次の瞬間、そこから大量の白濁液が噴き出す。白濁液に覆われて画面は真っ暗になり、そして映像は途切れた。




 画面が変わった。

 別のエクスペルアーマーの視界だ。景色が高速で後方へと流れ、全力疾走していることが窺える。

 画面に淫獣が映った。淫獣は、全裸の女を触手で絡め取り、口の中へと引き込んでいる。女の肉体は、すでに胸から上しか見えない。


「うおおおおおおおっ、くたばれぇぇぇぇっ」

 エクスペルアーマーを操っているレディーウォーリアーが吼えた。右手にオシレイトブレードを構え、淫獣目掛けて一直線に走る。

 淫獣から触手が襲い掛かる。接触する直前で空高く跳躍して避け、そのまま淫獣目掛けて落下する。跳んだエクスペルアーマーへと上空へ伸びてくる触手をオシレイトブレードを振り回して斬り裂き、そして淫獣の身体の中央あたりへ剣を突き立てた。


「プッギャアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 痛みに叫ぶ淫獣。噴き出る真っ赤な血液。エクスペルアーマーはオシレイトブレードを斬り上げて内側から淫獣を切り裂き、返す刀でさらに叩き斬る。


「ピギィイイイイイイイイイイイイイッ」


 断末魔の声を上げ、淫獣は息絶えた。淫獣に咥えられた女は、恍惚とした表情でヒクヒクと痙攣している。




 再び画面が変わる。

 今度は白い壁の清潔な部屋の中。ベッド……いや、分娩台に、女が脚を開かされて仰向けになっている。

 淫獣に喰われかけたレディーウォーリアーが辛うじて救出された後、1週間後に妊娠していることが発覚した。それから通常の妊娠期間と同じく3ヶ月を経て臨月に入り、今まさに“仔”が産まれようとしている。


「はい、イキんでっ」

「ふっ、ふっ、はあっ、ああっ」

 防護服に身を包んだ産科医の声に応えるように、女はイキむ。やがて膣口が広がり、そこから出てきたのは……緑色の半透明の膜に包まれた、卵のようなものだった。ボトリ、と産み落とされたそれの内側に、人とも両生類ともつかない異形のモノが丸まっているのを見て、産科医と同じく防護服に身を包んだ3人の看護士が息を呑む。


「ほら、あと3人産まれるんだから、ぼうっとしないっ」

 産科医だけは異形の物体が産まれたことに動じることなく指示を出す。看護士たちは頷いて、卵のようなモノを用意しておいた容器におっかなびっくり納める。

 女は続けて、3個の卵状の何かを産み、意識を失った。合計4個のそれは、それぞれ透明な容器の中で微かに脈打っている。


 ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉ ◉


 ボクは映像を消した。

 この、乙女戦士(レディーウォーリアー)が産んだ淫獣の“卵”は、その後、孵化する前にその命の芽を絶たれることになる。どんな危険があるのか解らない、と言う理由で。

 人間の女が淫獣に孕まされる事実が確認された大事件であるこのことは、しかし一般には公表されていない。こんなことを公表したら、どんな混乱が生じるか判ったものではない。知っているのは一部の軍人と、ボクのような研究者くらいだ。


 ボクの取り組んでいる研究は淫獣の生態調査だ。けれど淫獣は、ここウェリス大陸には生息しておらず、エタニア大陸からセレスタ地峡を通って遥々(はるばる)やってくる程度で、生体サンプルもいないため、こうして記録映像を見て推測するくらいしかできない。この映像を見たのも何度目か。


 その後も女が淫獣に孕まされた例はいくつかあるけれど、産まれた“淫獣の仔”はすべて殺処分されている。生態研究をしているボクにとっては貴重なサンプルである“淫獣の仔”は、是非とも産み育てて研究の材料にしたいところだけれど、我儘は言えない。危険の可能性はボクにも理解できる。




 今日の仕事を終わる前に、改めて最初の映像を見てみたものの、やっぱり新しい発見はなかった。気長に、コツコツとやっていくしかない。


 左腕に着けたセルフブレスに時計を表示させると、16時を過ぎたところだった。ボクは帰り支度をして、研究室を出た。

「セリエスさん、お帰りですか?」

 廊下ですれ違った女研究員に声をかけられた。未だに“同僚”という気は持てない。彼女はフルタイム勤務なのに、男であるボクは1日4時間、週3日だけしか勤務していないという負い目がある。


「はい。お先に失礼します」

「お疲れ様でした。お気を付けてお帰りください」

 彼女は気持ち良くボクを送り出してくれた。

 彼女と別れたボクは、地下駐車場へ下りるべく、エレベーターへと向かった。



==登場人物==


■セリエス

 主人公。20歳。研究所で淫獣の生態研究をしているが、生きた生体サンプルがいないので、研究は遅々として進んでいない。勤務は1日4時間で週3日だけ。



==用語解説==


■淫獣(いんじゅう)

 オオサンショウウオのような姿をした、体長6m前後の巨大生物。人間を丸呑みできるほど大きな口の中には16本の触手があり、10mほどまで伸びる。全身は堅く柔らかく分厚い皮膚で覆われ、刃物も銃弾も通さない。口の中が弱点ではあるが、触手のため、狙っての攻撃は困難。

 その巨体に似合わず、本気を出せば時速25kmという高速で走行できる。

 触手の先端は男性器のような形をしており、実際、そこから吐き出される白濁液は人間の女を妊娠させる。

 主人公の住むウェリス大陸には元々生存せず、エタニア大陸からセレスタ地峡を通ってやってくるらしいが……


■乙女戦士(レディーウォーリアー)

 職業軍人の中でも、エクスペルアーマーを駆る者。


■コネクトスーツ

 エクスペルアーマーに搭乗する際に着用する、身体に密着する服。


■エクスペルアーマー

 レディーウォーリアーの駆る人型戦闘兵器。全高4m。

 淫獣を駆除するために開発された。主武装のオシレイトブレードを扱うには生身では無理があるので、この身長の人型兵器が必要になった。


■単分子超高速振動刃剣(オシレイトブレード)

 全長2.5m、刃渡り2mの巨大な剣。

 並の刃物も銃弾も通さない淫獣の強靭な皮膚を切り割くために開発された、高速振動する単分子刃を持つ巨大な剣。一刀の元に淫獣を叩き斬るため、このサイズになった。


■セルフブレス

 手首に装着するタイプの、個人識別用ブレスレット。

 本人証明の他、通信、ネット接続などの機能がある。



■人間

 現代の地球の人類とほぼ同じ生物。

 ただし、妊娠期間は3ヶ月程度。


■従仕(じゅうし)

 平たく言うと、夫。



■ウェリス大陸

 主人公セリエスの住む大陸。北半球に位置する、およそ1600万km^2の面積を持つ。


■エタニア大陸

 ウェリス大陸の東に位置する大陸。ウェリス大陸の倍以上の面積を持ち、北から南まで広く伸びている。


■セレスタ地峡

 ウェリス大陸とエタニア大陸を繋ぐ地峡。地峡と言っても、一番狭い場所でも幅500km近くある。


※ウェリス大陸、エタニア大陸、セレスタ地峡は、頭文字が位置関係を示しています。つまり……

  West(ウェリス大陸)Center(セレスタ地峡)East(エタニア大陸)

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