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 それからどれだけかして外の街にも慣れた頃、絵麻は働くことを選んだ。

 

 以前と同じような職につくことはできないが、学生の頃は飲食店のバイトをしていたこともあり、絵麻は食事処での接客業をやってみることにした。ヴィザールからは働くに当たっては、いくつか条件を出される。


「仕事は日が暮れる前までとして、仕事の後は寄り道せず、城に戻ること」

「何それ」



 実際やってみると城に篭っているときより、自分が楽しめていることがわかり、絵麻は活き活きと働いた。ちなみに髪については、ヴィザールが絵麻によく似た髪色の付け毛をどこからか準備したため、短い髪を結んだ状態でそこに髪を纏めているように見える付け毛をつけることにした。


「エマちゃん、こっちも注文よろしくー!」

「はーい!」

 そしてお店で働くようになって気づいたのだが、どうも凹凸の少ない日本人顔はこの国では幼く見えるらしく、実際の年齢よりかなり若く見られていた。「ちゃん」呼びはなぁと心の中では思いながらも、つい愛想よく返事をしてしまう自分が悲しい。


 まぁ、若く見られるならそれはそれでいいか。


 そう結論づけ、絵麻は笑顔で客から注文を取った。

 この店は、ヴィザールに最初に連れて行かれた大きな中央の道の通り沿いにあった。あの後何度か街に買い物に出かけたりして、ここで食べた野菜のポトフが気に入って、雇ってほしいと交渉したところ、心優しい女将が了承してくれたのだ。


「エマ、この料理はあっちの角のテーブルだよ」

「はい!」

 女将もエマの働きに満足しているようで、すでに1ヶ月ほど働いている状況だ。


 最初の頃は心配したのかヴィザールが何度か店を訪れていたが、それも最近は減った気がする。大丈夫だと認められたようで嬉しいが、少し寂しい気もする。ただ、自分もやればできるという気持ちも出て、絵麻は充実した日々を送っていた。


 しかし、ヴィザールの講義は定期的に続いていた。魔法力があることがわかったため、魔法力の基本的な使い方や、日常生活で使用する魔法道具の説明などを受けた。絵麻のものの世界で言うところの電気で動く部分を、電気が発達していない代わりに魔法力が担っていると言うのが絵麻の受けた印象だ。

 


 カランと扉のベルがなり、新しい客が入ってくる。

「いらっしゃいませ!」

 扉の方を見て声をかけると、入ってきた男性客が絵麻に向かって微笑んで手を振った。明るい茶色の短い髪に、優しそうな表情の体格のいい男性は、この店の常連客で絵麻にもとても良くしてくれている男性だった。

「ナビルさん、いらっしゃい」

「エマちゃん、いつものお願い」

 そう言われて、絵麻は笑って頷く。

「わかりました。女将さん、野菜のポトフをお願いします!」

 絵麻の言葉に、奥の女将が返事を返す。


 絵麻が食事をナビルに運ぶと、すぐに声をかけられる。

「エマちゃん聞いてよ、今日も仕事が多くてさ。ここにくるのがどんなけ待ち遠しかったか」

「いつもご苦労様です」

 ナビルはこうして何かとエマに話を振ってくるタイプの男性だった。話もうまいので、エマも話をするのが楽しい。この店で働くことになってからいろんな人と話をするようになった。始めはこの国の人の顔などが怖いと感じてしまうこともあったが、慣れてみるとそんなことはなかったし、人の顔の違いもわかるようになってきた。ただ、ヴィザールはやはりこの国の人とは少し違う人種のようだなと思う。


 肌の色も白いし、でも目は青いか。いや、色白は単純に引きこもりの魔法士だから?

 あんまり外に出るイメージないものね。

 

「ね、どうかな?」

「え?えぇ、いいと思います」

 うっかり話の途中でヴィザールのことを考えて適当な返事をしてしまう。

「え、いいの!?」

 ナビルの言葉に、周りの客がなぜか盛り上がる。指笛を鳴らす客までいる始末。

「ナビルお前よかったなー!ずっとエマちゃんに声かけててようやく実ったか!」

「え?」

「エマちゃん気づいてなかったの?毎日毎日こりもせず話かけてついにデートに誘ったのに」

 周りの言葉は絵麻は混乱する。困った表情に気づいたらしいナビルが助け舟をだす。

「今度の休みにデートに行くのに頷いてくれたと思ったんだけど、だめだった?」

 話を聞いてなかったとはとても言い辛い。しかも、相手は恐らく絵麻より年下の男性だ。体格はいいが、ヴィザールと同じぐらいに見える。


「い、一度だけでよければ」

 この周りに注目されている状況で断るのも申し訳なくなり、絵麻はなんとかそう答えた。ナビルは声を上げて喜んでいるし、周りの客も大盛り上がりだった。絵麻はなんとか笑みを作ってその場を離れて奥に引っ込む。

 すると心配そうに女将が話しかけてくる。

「よかったのかい?周りが騒ぎ立てるから断りづらかったろ?」

「はは、まぁ……」

「あまりお客さんと親しくしないようにしてたんじゃないかい?私が断ってやろうか?」

 女将には絵麻の態度が分かってたようだ。この店の客は陽気で明るい人が多く、たくさん声をかけられる。絵麻としては、あくまで仕事なのであまり客と親しくなりすぎるのもよくないかなと思って、ある程度線を引いてきたつもりだった。

「でも、一度だけですし、大丈夫です」

 自分が考え事をしていたのが悪い。そう思い女将の提案を断った。まさかこの時は、この判断を酷く後悔することになるとは思ってもみなかったのだ。


「あ、今日が給料日だからね。帰りに受け取っておくれよ」

 その言葉にデートに対する不安など霧散する。

「ありがとうございます!」

 働き始めて初めての給料日だった。どんな世界でも初めてもらう給料というのは嬉しいものなんだなと懐かしい気持ちになりながら、絵麻は残りの勤務時間をこなした。




 女将から給料をもらうと、初めてこの世界で自分で働いて手にしたお金に、絵麻は自分の心が躍るのがわかった。

 カバンに大事にしまったその足で、絵麻は以前行ったランプのお店に向かう。すでに日が落ち始め、坂道を濃い橙色に染め上げて行く。いつもは店を出て緩やかな坂をすぐに上がっていくのだが、今日は降って行く。


 スキップでもしたくなるような気分で絵麻は歩いた。この坂道もずいぶんと見慣れ、絵麻のことを知っている人にすれ違うこともあり、手を上げて挨拶をされると、絵麻もそれに笑顔で応える。

 

 

 絵麻は記憶していた細い路地のような店に入って行く。以前見た時と同様沢山のランプが所狭しと飾られている。幻想的な雰囲気に絵麻は心が弾む。

 そしてお目当てのランプを探して店の奥へと足を進める。床にたくさん並べられたランプの一つを見つける。

 青い光が入れられた小さな雫型のランプ。細かな穴で花のような模様が浮かび上がる。

「やっぱり綺麗」

 そう思いランプを持ち上げようとしたところで、突然後ろから手を掴まれる。驚いて後ろを振り返ると、見知らぬ男性がいた。

「あ、の?」

 

 手を掴まれる覚えもなく、恐怖を感じながら相手と対峙する。こんな時に限って店主の姿が見当たらない。

「あいつと出掛けるなら、俺とも付き合えよ」

 にやりと笑う男に、絵麻は顔を顰める。あいつと言うのが誰かわからないが、なんとなく食事処の話なのではないかと思う。みんなの前であの約束をしたのだから、あの店にいた人であればナビルと出掛けることは知っているはずだ。ただ、絵麻はこの目の前の男のことを覚えていない。

 あの店の常連客のことであればだいたい覚えているが、覚えていないと言うことは、おそらくたまたまあの場にいたのだろう。

 

「すみませんが、用事がありますので」

 ひとまず相手をあまり刺激しては行けないと思い、絵麻は腰を低くすることを選ぶ。

「どうせ店の他の連中たちとも楽しくやってるんだろ?」

 嫌な言い方をされたと感じた。碌な想像をされていない。そう思い、絵麻はランプを買うのを諦め、店を出ることを選ぶ。

「手を離してください」

 細い店は出口はひとつだけだ。絵麻が大人しく従ったのかと思い、男は気を良くする。


 しかたなく店を出るように歩き始めると、絵麻の気分はすっかり落ちていた。あんなに楽しい気分だったはずなのに、一気に下降することになるなんて。

 店を出たところで大きくため息をつくと、再び手を掴まれ引っ張られる。強い力で引っ張られ、転びそうになると、突然別の手が絵麻の腰を支え、ついでに絵麻を掴んでいた手が振り払われた。

    

「なんだてめぇ!」

 手を叩かれた男が怒りの表情で振り返るが、相手を見るとヒッと息をのむ。絵麻も恐る恐る腰を支えてくれている人物を見ると、予想通りと言うべきかヴィザールだった。

 背の高い彼が、男を凄んでいる様子は絵麻にも恐怖に感じるレベルだ。何故か白く長い髪が広がりバチバチと火花のような、なにかが光る。


「殺されたいか」

 ヴィザールのその一言に男は青ざめ、絵麻を見ることもなく逃げていった。男の姿が見えなくなると、火花も収まる。


 絵麻はなんとなくヴィザールと目を合わせるのが怖くて目を出来るだけ合わせないようにしようとしたら、グイッと顎を掴まれ、向き直される。

「ははは」

 渇いた声で笑って誤魔化すと、ヴィザールに呆れたような顔で見られた。

「なにをやっている」

「え、いや、何って言われても、私、悪く、ない」

 歯切れの悪さは約束を破っているからに他ならない。

「仕事の後は寄り道せず戻るように言っただろう」

「いや、小学生じゃあるまいし。ちょっと他のお店に寄っただけ……」

 目を泳がせながら言い返して見るが、すぐにヴィザールの反撃に合う。

「それをやるなと言ったはずだ。実際あんな奴に絡まれてるのに何を言ってるんだ」

 うぐっと黙るしかなくなる。

「ここは確かに治安はいい方だが、夕暮れ時に女性が一人で歩いていて完全に安全と言えるほどではない。貴女の元の世界は、聞く限りここと治安のレベルが違う。同じように過ごすのは危ない」

 何も言い返せない絵麻は「ごめんなさい」と謝った。

「でもなんで私がここにいるってわかったの?」

「今日が給料日だろう?買いたいランプがあると言ってたから、寄り道しそうだなと思っていた」

 

 考え読まれすぎ!


「慣れてくる頃が1番危ない」

 そう言ってヴィザールは、ため息をつきながら、ランプの店の方を指差した。

「買うんじゃないのか?」

「え?いいの?」

「私がいるうちに買った方がいいだろう」

「じゃあ、ゆっくり見てもいい?」

 買いたいものは決まっていたが、調子に乗ってそう言って見ると、ヴィザールは意外にも頷いてくれる。せっかくなので、絵麻は隣にヴィザールがいるので安心してのんびりと商品を見た。


「私、ホントこのランプ好きだなぁ」

「伝統的な形のランプだ」

「私にはとても珍しいの。前に来た時は昼間だったけど、外が薄暗くなると尚更綺麗ね」

 狭い店の中を幻想的なランプの光が彩る。中の石も様々な色があるようで、店内は沢山の色で溢れていた。


 結局、絵麻はもともとの目当ての青い石入った雫型のランプを手に取り、購入した。お金を払うとようやく自分のものになったのだと、嬉しくなって抱きしめた。


 そんな絵麻の様子を見たヴィザールが、優しい瞳で見つめていることには気づかなかった。




 城に戻った絵麻はヴィザールと部屋の前で別れる間際に、食事処での出来事を話した。

 

 ちなみに城に住んでいることは女将にも言っておらず、適当に誤魔化している。今のところは困った事態になるようなことにはなっていない。

 

「デート」

 ヴィザールは絵麻の口にした言葉を繰り返した。

「そう。お店のお客さんと成り行きで。だから次の休みの日の講義は延期してほしいの」

「分かった」

 ヴィザールはあっさりと頷いた。もっと何か言われるかと思っていたのだが、そんなことはないらしい。何故か少し残念な気分になり、絵麻はその考えを振り払った。

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