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一般の人と同様に魔力があることがわかった後は、講義に魔力の使い方の訓練が加わった。この国の人は小さい頃に魔力の使い方を学ぶらしく、それと同じような内容を習うことになった。てっきり魔力があれば魔法士になれるのかと思ったが、そういうものではないようで、人より魔力が多くそれを上手く使いこなせるかどうかが、魔法士になれるかどうか決まるらしい。
「魔法士になれるほどの魔力はない」
最初にそう言われ、万能職業への道は途絶えた。
いや、わかってた気はするけどね。
どんな言語もわかる時点でチートである。それ以上を望もうなんて厚かましいようだ。
ヴィザールの教え方は上手なようで、絵麻はすぐにコツを掴んだ。自分の中にある魔力の存在を感じることができ、それを手の先まで持って来られるようになった。そこからはできることが増える。自分のイメージしたように水を出したり、風を吹かしたり。ただ、魔力が少ないため、水滴や微風程度である。
「あまりにもイメージと落差が激しすぎる……」
漫画やアニメの魔法といえばもっと大きなものだった気がするが、これでは何もできない。
「それでも生活に必要な魔法道具は使える」
そう言ってヴィザールが、ランプを机に置いた。
絵麻がランプの店で見かけたものとよく似た球型のランプだった。明るい白い光が灯っていたそれに、ヴィザールが手を掲げると一瞬でランプの光が消える。
「これに、灯りを灯してみろ。中に石みたいなものがあるのが見えるか?あれに魔力を注ぐんだ」
よくみるとランプの中には確かに小さな石が入っていた。電球もなければ、導線も電池もない。その仕組みがまさか石だとは。驚きつつ言われた通りに、絵麻は魔力を石に流してみる。
すると魔力を注いだ分だけ石が光輝いた。
「光った!」
自分が流した魔力で石が光だし、絵麻は興奮してヴィザールを見上げた。はしゃぐ絵麻にヴィザールは説明を続ける。
「これは魔力を蓄積して光る石で、発光石と呼ばれる魔法道具だ」
「ただの石みたいなのに魔法道具なのね」
「ランプに入れるだけだから形を整えていない。だからいろんな形のものが存在する」
「なるほど」
絵麻は再び光出したランプを眺めた。これも薄い金属に穴が多数開いているタイプのもので、絵麻はこのランプが好きだった。
「綺麗ね」
「昔ながらのランプだ」
「そうなの?街で見かけたランプ屋さんのランプで気に入ったのがあって、それが買いたいんだけど」
「……、ランプぐらい買ってやるぞ」
そう言ったヴィザールに絵麻が笑う。
「いい、自分で買いたいの」
ランプを眺めながらそう言った絵麻をヴィザールが見つめていることに気づかない。
「お店で見たランプの光は青かったんだけど、色も魔法で変えられるの?」
「私は変えられるが、貴女の魔力では無理だ。おそらく店で見たランプの中の発光石は、色付きのものなのだろう。少し他のものより値が張らなかったか?」
「あ、欲しいものの値段しか聞かなかった」
他のランプは目に入らず、惹きつけられたランプの値段しかあの時の絵麻は興味がなかった。
「石に特徴があるなら、その分値段が高いはずだ」
「なるほど」
納得して頷くとヴィザールが不思議そうな目で見ていることに気がついた。
「……どうしてそんなに前向きでいられるんだ?」
「え?」
唐突な質問に絵麻はパチクリと瞬きをする。見上げたヴィザールの表情に特に色はない。あるいは、理解できないような目で見られているような気もする。
「突然この世界に来て、たった1人になって、どうしてそんな前向きでいられるんだ?」
絵麻自身は別に前向きというわけではなかった。ただ、暗く沈んで何もしないことを選ばないように気をつけているだけだ。
「別に前向きなんかじゃないわよ。ただ、後ろを向いても何もないし、心が死んだらお終いでしょ?」
絵麻の言葉にヴィザールは意外そうな顔をした。
「楽しいこと見つけないとさ、こういう状況だと簡単に心が折れちゃうんだよね。やっぱり、1人ぼっちは不安になるし。まさか、違う世界に1人になるなんて思わないじゃない?」
「……思わない」
ヴィザールは何故か俯き、言葉は深く沈んでいるように思えた。だから絵麻はなるべく明るく笑って言ってみせる。
「でも、私、実質そんなに1人じゃなかったのよね。ヴィザールのおかげで」
その言葉に、ヴィザールが顔を上げた。その様子が淋しげな少年のように見えて、絵麻はまるで慰めるように、自分より背の高いヴィザールの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「ヴィザールにはとても感謝してる」
それは絵麻の心からの本音だった。彼の前に落ちたのは不幸中の幸いだったと思うし、彼がいなければきっと心もとっくの昔に折れていただろう。
だからこそヴィザールが不意に見せる淋しそうな、辛そうな表情が気になった。
「どうしてそんな顔するの?」
絵麻には彼がそんな顔をする理由がわからない。この国や世界のことについて質問する分には、質問した以上のことを回答してくれるが、自分のこととなるとあまり話をしないヴィザールに、絵麻は自然と質問しないようにしていた。世話になっているのは自分なので、彼の嫌がることはしたくないが、気になってもいる。
「……、オレは同じように考えることができなかった」
珍しく一人称が「オレ」になったことに驚きつつ、再び視線を落としたヴィザールに絵麻は心配になる。
1人、取り残されたようなことがあるのかしら?
でも、国に信頼されて、教師として雇われるような優秀な魔法士がそんなことある?
むしろ他の人の方が、放っておかなさそうだけど。
絵麻はそんなふうに思ったが、真実は彼女にはわからない。
「止められていたのに……」
小さく呟いた声はそんなふうに聞こえたが、絵麻は聞き返したりはしなかった。おそらく絵麻に伝えたいと思って口にしているわけではないのだろうと思ったのだ。自分より年下とはいえ、まるで捨てられた白い子犬のような表情のヴィザールに、絵麻は心が締め付けられるような気分になった。
落ち着け自分!
「大丈夫よ。人は、段々考え方が変わっていくものなの。私も今の歳だからこんな風に考えられるだけで、きっとヴィザールぐらいの年齢だったらこんなに落ち着いてなかったと思う」
その言葉にヴィザールは、少しだけ視線をあげた。
「貴女は最初から私を年下に思っているみたいだが」
「私、27よ?あなたより年上でしょ」
ヴィザールはそれを聞いても答えなかった。
人だけ年齢言わせるのか!いや、自分で言ったんだけど。
切なそうな眼差しをヴィザールに向けられ絵麻の頭が混乱する。しかしすぐに表情が変わり、少し目を細めてあきれたような表情を向けられた。
「貴女のその能天気なところが羨ましい」
「は!?ちょっとそれただの悪口よね!?人が慰めてあげてるのに!」
「褒めてる」
「どこが褒めてるのよ!?」
絵麻が思わずバシンとヴィザールの腕を叩くと、「痛い」と文句を言う割に顔は笑っている。
絵麻には訳がわからなかったが、屈託のない笑顔にもどきどきしてしまい頭は混乱した。
「最後にランプの光を消してみてくれ」
「え?ええ、やってみる」
ヴィザールが自分のことを言わないのは今に始まったことではない、絵麻は少しだけため息をつくと、もういつも通りの様子のヴィザールにホッとする。
絵麻が手を翳すと、ランプの光はすっと消えた。




