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今日は学んだ知識を元に街を見て回ることになっている。
直接街に出るのは、これが初めてだった。
城門を出ると、広がるのは見慣れない街並み。足元はアスファルトではなく、煉瓦に似た素材のブロックが敷き詰められており、大きな道は全てそれでできていた。中央の道を挟むように、色とりどりの布が張られ、その下で人々は物の売買をしているようだった。
あたりに見える家々も道路に使われている素材と同じようなもので建てられており、色は橙色に近かった。どこの屋根や道にも同じ橙色の砂がサラサラと流れるのが見える。
あまり見たことのない光景を間近で見て、絵麻は不思議な気分だった。窓から見下ろしているときとは違う高揚感に、絵麻はぎゅっと自分の手を握りしめた。
「ぼさっと立ってたら邪魔だ」
そう言われ、絵麻は慌てて、少し前を歩くヴィザールの後を追った。
活気の良い人々の声、見知らぬ食べ物や野菜、果物、工芸品と思われるようなものまで、さまざまなものがテントの下には並べられていた。絵麻は思わずキョロキョロと辺りを見渡しては、見たことのないものを覗いた。ただ、同時に日本人とは違う顔立ちの人々に、少し恐怖を感じてしまうのは、仕方ないことかもしれない。
前を歩くヴィザールも相変わらずマントを頭から被っているが、周りの人々も強い日差しよけのためか、薄手の布を頭から被っている人も多く、それほど目立つというわけでもない。今日は絵麻も同じようにしているが、周りの人からじろじろと見られることもない。
そして、ヴィザールが言っていたように、女性は全員髪が長かった。暑さ対策のためか確かに結い上げている人もいるが、小さい女の子に至っても長い髪を揺らしている。
「本当にそういう習慣なのね」
実感して頷くと、ヴィザールが後ろを振り返ったところだった。
「迷子になりたいのか」
「なりたいわけないじゃない」
「じゃあ、ちゃんとついて来るんだ」
目を細めてあきれた顔をしたヴィザールに注意され、絵麻は渋々後をついて歩く方に注力した。
ヴィザールはずんずんと中央の道を下って行く。若干勾配がついているらしく、中央の道は進むほど下がっていくようだった。
「城がある所が高いってことね」
絵麻の呟きが聞こえたらしくヴィザールが答える。
「このあたりの地域では多い作りだ。城を中心に、城下町が広がる。城が1番高い場所にあり、段々と下がっていく。この国だけじゃなく、隣国なども同じ作りになっている」
緩やかな下り坂を歩いていくと、次第に道や建物にかかる砂の量が多くなる。テントの数も減っていき、両脇はまばらになっていった。スタスタと歩いていくヴィザールからは目的地は聞いていない。絵麻はとにかくついて行くことしかできない。
歩き続けるとふと視界の両側から建物がなくなる。まるでこれ以上は建物を建てることができないとでも言われているようだった。同時に足元にあったはずの、整備された道もなくなる。
「これが、この街の境界だ」
ヴィザールはそう言って、一面砂の景色に視線を移した。
つられる様に絵麻も正面の橙色の砂の景色を見つめる。
そこには、濃い橙色の砂地に風が模様を織りなし、綺麗な砂紋が描かれた砂漠が広がっていた。
絵麻は言葉を発することが出来ず、その砂漠を見つめていた。
綺麗。
そう一言で言ってしまうことはできたが、ヴィザールの言葉を思い出すと何とも言えない気分になった。
『この辺りも昔はここまで暑くなかったし、砂漠でもなかった』
砂の作る模様や景色は確かに綺麗であり、目を奪われる光景ではあったが、それによる苦しみを得た人々がいることが容易に考えられ、何と口にしていいかわからなかった。
「このあたりも昔は木々が生い茂っていたとか?」
景色の感想でもなく、唐突な発言にヴィザールは驚いたような表情で絵麻を見た。絵麻はヴィザールの視線には気づかず、そのまま砂漠を見つめていた。
ヴィザールは少しだけ瞼を閉じてから、もう一度砂漠を見つめた。
「あぁ、ここは、緑の森に覆われていた。透き通った水が流れる川があって、そこには様々な生き物がいて、この近くに住む子供たちの遊び場になっていた、……と言われている」
「そんなに全然違ったのね」
今の姿からは想像もできない景色に、絵麻は心が痛むような気がした。
「国境はもっと先だが、この先に村や町はない。マナテラ王国で人が住める場所はこの城の周りだけだ」
「なるほど」
それを教えるためにここまで絵麻を連れてきたのだろうと、何となく納得する。
「ヴィザールはどこからきたの?この国じゃないって言ってたでしょ?」
世話になっているだけでこの国の民ではないと最初に言っていたことを思い出し、絵麻は何となく聞いてみた。ヴィザールは橙色の砂漠を見つめたまま、返事をしない。
「遠い国だ」
その瞳は砂漠の向こう側を見つめているように見えた。ずっと遠くというのは、もしかしたらこの砂漠を越えた先なのかもしれないが、絵麻にはまだこの世界地図を簡単に頭に思い浮かべることもできなかった。
「帰らないの?」
絵麻は思わず聞いてしまったが、逆に自分が帰りたいという気持ちを出してしまった気がして心の中で後悔した。泣いた姿を見られてはいるが、常に弱い姿を見せるなど、絵麻の性格からして無理だった。
「帰るかどうかなんて勝手にさせてって感じよね」
慌てて取り繕って出てきた言葉は、何とも微妙な言葉で絵麻は何とか他の話題を出そうと必死に頭を回転させた。
「そう言えば、この国を出てどこへ行くつもりだったの?」
元々荷造りもしていたぐらいだ、行き先は決まっていたのだろう。そう思い尋ねるとヴィザールも答えをくれる。
「エンテーベ」
ヴィザールの言葉に、絵麻はハッとする。
この間の講義に出てきたような気がしなくもない!
と思ったが、全く地図を思い描けず唸り始めた絵麻にヴィザールが鼻で笑う。
「戻ったら地図を見ておくんだな」
「固有名詞を覚えるのは難しいのよ!」
言い訳がましくそう返すと、ヴィザールが少しだけ笑った。
「大きな湖をもつ、ここから南へ行った国だ」
「湖?南は砂漠じゃないの?」
「かなり南だが、この大陸も全てが砂漠なわけじゃない。途中から緑がある場所もある。ただ、少しずつ砂漠の浸食が進んでいるとも言われている」
地球でもそういう場所はあった。それに近い状態なのかもしれない。そんなことを思ったが、やはりこの世界の地図は思い出せず、自分の記憶力のなさを呪った。
突然目の前に、何かを持ち上げられた絵麻が呆けていると、ヴィザールがそれを手放したため、慌てて手を出して掴み取る。
「びっくりした!何これ」
何とか掴んだそれは、小さな布袋で中でかちゃかちゃと金属音がした。中を開けてみるとそこには、この国の貨幣がいくつか入っていた。これはヴィザールの講義でも教えて貰った上、日本の硬貨に近いものがあり、覚えやすかった。
「これで城に戻るまでに、好きなものを買って来るんだ」
「え、何その、初めてのお使い的なやつ」
ヴィザールには理解できないだろうがつい口にしてしまう。
「買い物ぐらいできないと困るだろう?」
「そうだけど子供じゃないんだからそれぐらいできるわよ。言葉も通じるのに」
「じゃあ、気をつけて戻って来るように」
そう言うとヴィザールは来たとき同様、スタスタと来た道を戻っていく。
「あ、1人で行ってこいってことなのね」
次第に小さくなるヴィザールの姿に、若干の不安と寂しさを感じ、絵麻は首を横に振る。布袋にいくら入っているか確認はできたが、このお金で何が買えるかは想像できない。硬貨の値は知ってるが、物価を理解していないからだ。
「なんか基準になりそうなものを買ってみないとね」
そう言って目的が決まった絵麻は、ヴィザールの姿が見えなくなった道を同じように歩き始めた。
ヴィザールが前にいないが、一度通っていることもありそれほど大きな不安は感じなかった。さっきよりずっとゆっくり見て回ることができ、絵麻はそれなりにこの課題をこなすことに楽しみを覚えてきた。
見たこともない形の野菜と思われるものが並んでいたり、果物が並んでいるところに掲げられた値札を一つ一つ見たり、買い物客の買っているものがどれぐらいの値段なのかを、聞き耳を立ててみたりして、何となく理解していく。
「このお金だと、果物や野菜を2・3個買えるってことかしら」
そう思いながら、ふと細い路地のような店に目がいった。キラりと何かが光ったような気がして視線を移し、近づいて行く。するとそこは、狭い空間にたくさんのランプが吊り下がった、ランプだけを取り扱う店のようだった。
床や天井に大小いくつものランプが飾られており、形も球形のものから、雫の形のようなもの、円筒形をしたものとさまざまな種類があった。近づいてみてみると、それは薄い金属に沢山の小さな穴を開けて模様が描かれており、隙間から出る光が模様を映し出し、部屋の中が幻想的に見える。
「綺麗……」
思わず引き込まれ細い店の中を進んでいく。
いくつものランプが並ぶ中、吸い寄せられるように絵麻は歩みをすすめた。床に並べられたランプの一つで、青い光が入られられた小さな雫型のランプだった。他のランプ同様、薄い金属に小さな穴が開けられていて、それが花の模様を描いている。
「気に入ったかい?」
中にいたのは、店主と思われる人だった。
「あ、ごめんなさい」
「手に取って見てもらって構わないよ」
そう言われて、絵麻は遠慮がちにランプを手に取った。思ったより重さはなかったが、どうやって青く光っているかが絵麻には謎だった。
「これっていくらしますか?」
「80ディル」
う、高い。
ヴィザールから渡されたお金は10ディル程度でありとても買えない。とても気にはなったが、諦めて絵麻は外に出た。そこからは、単純に果物とミントティーっぽい(何かはわからない)飲み物を買って、お金を使い切って城門まで戻る。
正直、体力がない……。坂道つらっ!
かなりの運動に疲れながら何とか坂を上がり切ると城門のところで、ヴィザールの姿が見えた。絵麻の姿を見ると少しホッとしたような表情をしたように見えた。
気のせいか。
「丁度10ディル使ったわ」
そう言って、果物とミントティーっぽい何かをウィザールに差し出す。
「それは自分で消費してくれ」
「あ、食べて良いんだ」
疲れて喉が渇いていたため、ミントティーっぽい何かを飲んだ。爽やかな鼻を抜ける香りに、少し疲れが和らぐ。ほんのり甘みもあって美味しい。
「ねぇ、お金が欲しいんだけど、私でも働けるところあるかな?」
「お金なら王室に頼めばいいだろう」
「そんなの意味ないじゃない。欲しいものができたから自分で買いたいの」
今の絵麻の日常的にかかる費用については全て王国のお金が使われていると聞いている。絵麻としても正直心苦しいので、自分でお金を得る方法を見つけたいところだった。
「異世界人の保護自体は珍しい話じゃない」
「戻れないのにそんなにポンポン他の世界から来てるのもおかしくない?」
言うほどポンポンではないにしろ、戻る術がないのに、異世界から人がそこそこ来て、保護することが決まってるなど、変な話だと絵麻は思う。壁こじ開けるなら、行こうが戻ろうが一緒ではないかと。
「誰が行っているのかわからない以上、おかしいかどうかも判断しようがない」
「世界一を自称するヴィザールでさえ、戻せないんでしょ?」
「自称じゃなくて事実だ。戻せない。私には貴女がどこから来たかがわからない。無数に存在する世界を片っ端から当てもなく調べていくなど不可能だ」
思ってた不可能の理由が少し違うことに気がついた。絵麻にとっての戻りたい世界は1つしか存在しないが、ここと戻りたい世界しか存在しないわけではないのだ。しかも世界間を移動するには大きな力が必要だと言っていた。
「じゃあ、ヴィザールは違う世界同士を行き来することができるの?」
「できない。私ができるのはせいぜい1回世界の壁に穴を開けるぐらいだ。一度出たら戻っては来れないだろう」
「行っても戻っては来れないってこと?」
「あぁ」
「じゃあ、私のもといた世界が分かれば、壁に穴を開けてくれる?」
ヴィザールは絵麻を見た。絵麻も何気無く視線を返す。
「あぁ、分かれば。でも、判断する術がない。壁を開けない限りは世界が覗けない」
確かにそれは無数に存在するあみだくじの中から1本のあたりを引き当てるレベルの確率の低さだ。ようやく絵麻はヴィザールが無理だと言った理由に納得できた気がした。
「私にも魔法が使えたらなー」
ヴィザールがダメなら自分が使えればどうにかできるのではという安易な考えでそう呟くと、ヴィザールが意外な答えを返してくる。
「簡単な魔法なら使えるはずだ」
あまりにも予想外の答えに絵麻は目を見開いてヴィザールを見上げる。彼の表情はいつも通りなんてことない会話をしている時と同じだ。
「え?冗談?あんまりヴィザールがそう言うこと言うの見たことないけど」
「なんでわざわざ冗談を言う必要があるんだ」
むしろ呆れた表情を返されて心外だ。
「私、魔法なんて使えないわよ。元いた世界に魔法なんてなかったって言ったでしょ?」
「それは、その世界の理だ。この世界に来たんだから、貴女自身もこの世界の理に縛られる。もう馴染んだだろうから、おそらく魔力も多少作られたはずだ」
最早ついていけないとは思ったが、魔法が使えるなら使って見たいと言うのが本心だ。
不意にヴィザールの大きな右手がフード越しに絵麻の頭に触れ、何故か絵麻の額に自分の額を寄せる。まるで小さい子供の熱を測る時のような体勢で、ヴィザールの顔が急接近し絵麻は石のように固まった。やっている本人は全くそれを気にした様子もない。どれだけか触れた後、「なるほど」と呟いて額を離す。
「普通の人並みに魔力は宿っているみたいだ。生活用の魔法道具などを使用する分には困らないだろう」
そう結論付けたヴィザールに、絵麻は頭が痛くなった。
何をするか前もって説明して!!
魔力を測っていたのだろうとヴィザールの言葉から察することができたが、恥ずかしさに死にそうだった。そしてそれを意識してしまったのが、自分だけだと言うことが殊更恥ずかしい。
赤くなった絵麻を見てヴィザールが心配そうに顔を覗き込んだ。
「疲れたか?中に戻ろう」
実際久しぶりの屋外でたくさん歩いたと言うこともあり疲れていたため、絵麻は静かに頷いておいた。




