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エピローグ

「これが、大陸最大の湖?」


 絵麻の目の前には、大陸最大の湖と呼ばれる、ニアンザ湖があった。

「あぁ」

「何も先が見えないから、海と言われれば勘違いしちゃいそう」



 2人は予定通りマナテラを出ると、南へ進み、エンテーベとよばれる国へ入った。ニアンザ湖は周囲を三カ国が取り囲む湖であった。広大な砂漠が広がる大陸の北側と異なり、湖の水源や平原に恵まれ住みやすい土地であった。


 

 ちなみにあの呪いの本については、ヴィザールの厳重な鎖がさらに追加された上で、マナテラ王国がその管理を担うことになった。それについては、自分が責任を持って行うと、ハティーナが約束をしてくれた。



「ここは昔からあまり変わらない」

 ヴィザールがそう言うと言うことは、実際にその通りなのだろうと、目の前に広がる景色を見ながらそう思った。

「湖が干上がりそうになったことはあるらしい」

「それは見たことはないの?」

「たった500年では変わってないな」

 世界の長い歴史から見れば、ヴィザールの500年とて短い。

「この周りの土地が隆起してできた湖だとされている」

「そうなんだ。きっとすごい時間がかかったんだろうね」

 

 湖は透けるほどではないがとても綺麗な水だった。緑も多く、マナテラと比べると非常に恵まれている土地柄であると感じる。

「ヴィザールはここが好きなんだ?」

 絵麻の言葉にヴィザールは驚いたような顔で振り返る。

「なんでわかった?」

 言ってないのにという顔をされて絵麻も困るが、大した理由ではない。湖を見つめるヴィザールは、懐かしむような嬉しそうな視線を向けていた。

「え、そんな目で見てたから」

 絵麻がそのまま返すと、少し恥ずかしそうな顔をした。


「魔塔の先輩の話をしただろう?」

 本の呪いを受けた時の話に、上役の先輩が出てきた。その彼のことだろう。ヴィザールが呪いを受けた時に泣いていたと言うのが印象に残っている。

「泣いていた先輩よね」

 聞き返すとヴィザールは頷いた。

「その先輩は、親代わりでもあったんだ。本当の両親のことはほとんど覚えていない。まだ若い魔法士だった先輩が、オレを拾ってくれたんだ」

 

 

 魔塔は大陸の北、今や砂漠の大地と化した場所に存在していた。そこにはかつては魔塔であったんだものが残っているが、ヴィザールは見に行くことができない。

「魔塔に所属する魔法士は、色々な国に派遣される」


 魔法士の先輩ーーサーディグは、派遣された国の1つの場所で、孤児であるヴィザールと出会う。サーディグは魔塔の魔法士には向かない性格だった。心優しく人の感情に流されやすい。

「出会いは最悪だったと思う。それなのによくオレを育てようと思ったなと思うよ」


 少しずつ日が暮れ始め、空が橙色に染まるころ、ヴィザールが静かに自分の過去を語り始めた。




 当時のヴィザールは、魔法の使い方も知らないただの子供だった。自分に魔力があるかどうかも知らず、毎日がただ生きていくことで精一杯だった。生きていくために盗みだってした。

 たまたま、ヴィザールが盗みを狙った相手がサーディグだったことが始まりだった。


 男なのにヒョロリとした細く弱そうなサーディクから財布を盗むことは簡単だった。予想外だったのは、彼が魔法を自在に操れる魔法士であったことだった。財布の方に魔法がかけられていたらしく、謎の時間差で追いつかれた時には驚いた。


「こんなに小さいのに盗みをしないと生きていけないのか。両親はいないのかい?」


 彼は何故か泣きそうな顔をしていた。ヴィザールには全く理解できなかった。こいつはなんで泣きそうなのかと、同情ならやめて欲しいと、目の前の男を見て思ったが、彼はどういうわけかヴィザールを連れていくことに決めた。

「一緒に行こう」

「は?何言ってんだ」

「私と一緒に暮らそう」

 何を言っているのか全く訳がわからなかったが、サーディグは見た目と異なり案外強引な性格で、ヴィザールを連れて行った。


 

 それからヴィザールはサーディグと魔塔で暮らすことになった。

「名前は?」

 答えないヴィザールにサーディグは微笑んだ。

「じゃあ、今日から君は、アーキルだ」



 お腹いっぱいご飯が食べられ、寒さに震えることもなく、大人の理不尽な暴力に怯えることもなかった。その暮らし自体には満足したが、自由に外に出ることができないことが不満だった。ただ、サーディグや他の魔法士の生活や仕事を見て魔法士に憧れるようになる。


「魔法士になりたいって?」


 サーディグはヴィザールを魔塔には連れてきたが、すぐに魔法の訓練をさせたりはしなかった。ただ、日常生活を送ることと、最低限の知識のために、文字を教えたり、ルールを守ることの大切さに重きを置いていた。


 頷いたヴィザールに、サーディグはとても嬉しそうに笑った。

 サーディグが最初からヴィザールの才能に気づいていたのかはわからないが、魔力が豊富なヴィザールはめきめきとその才能を開花させていった。

 ヴィザール自身も学ぶことの楽しさを知り、教えられること以外でも、人に聞いたり、自分で調べたりして、魔法の不思議な魅力に惹かれていった。



 16で魔法士と認められて、初めての派遣場所がエンテーベだった。その派遣にはサーディグも一緒に向かった。内容はヴィザールの初仕事ということもあり、初級レベルで昼間の間に終わってしまう。

 そんな仕事の終わりにサーディグが「内緒だよ」と言って連れて行ってくれた場所があった。




 空はいつの間にか藍色の天蓋をかけ始めた。橙色の空が少しずつ侵食され色を変えていく様子は、絵麻が元いた世界となんら変わらない。

「エマ、こっちだ」

 湖を一望できる丘に2人は登ってきた。絵麻の手を取り歩くヴィザールは懐かしい記憶を辿っているのか、とても楽しそうに見えた。


 サーディグさんのことがとても好きだったのね。



 空が完全に藍色に変わるまで、2人は静かにそこに立っていた。

 湖もすっかり空の色を移し、吸い込まれそうなほど真っ暗闇へと変わっていた。周りの街からちらほら光はあるが、闇を消すほどではない。


 きらりと水面に何かが光ったような気がした。

 

 絵麻は目の錯覚かと思いながらも、じっと湖を見つめる。するとまた別の場所できらりと水面に何かが光る。するとその光はどんどんと増え、色んな場所で光が瞬く。青や白の光が、湖の色んな場所で溢れ始める。小さな光がたくさん集まり、光でできた波が湖を泳ぐ。


 その幻想的な様子に、絵麻は言葉を失ったまま見つめた。


 どれだけかすると、その光はまた少しずつ消えていき、湖は元の真っ暗闇へと戻る。すると絵麻はハッとしたようにヴィザールを見た。


「今の何!?」

 興奮した様子で聞いてくる絵麻にヴィザールは満足そうに笑う。

「小さな光る魚だよ」

「魔法じゃないの?」

「そう、魔法じゃないんだ」



 魔法にどんどんとのめり込んでいくヴィザールに、サーディグはこの景色を見せて、彼に注意を促した。

「魔法が全てじゃない。魔法はなんでも出来るわけじゃない。正しく、決められたルールに従い使うことがとても大事だよ」

 その時のヴィザールにはまだ理解ができなかった。魔法なら何でもできると感じていたし、ルールは魔法の可能性を狭めていると思っていた。

「魔法がなくても綺麗なものはたくさんあるし、魔法がなくても作れるものもたくさんある」

 その一つがこの景色だった。

「魔法でもできそうに思うけど」

 その時のヴィザールはそう言ったが、サーディグは笑った。

「自然現象に勝てるものはないさ。アーキル、その魔法は、人のために使いなさい。人を傷つけることがないように、ルールを守りなさい」

 

 その時のヴィザールには、納得ができなかったが、今なら理解できるし、大事なことだと思える。


 しかし、ヴィザールは、その数年後にあの本を開いてしまう。



「もっと、サーディグの言うことを聞いておけば良かったと思う」

 ヴィザールは後悔をしているのかもしれない。サーディグの言うことを守らなかったことを、本を開いてしまったことを。

「でも、呪いを受けたからこそ、エマに会えたなら少しは自分を許せそうだ」

 そう言って笑ったヴィザールに、絵麻は手を伸ばした。

「無理しないで」

 絵麻の伸ばした手を、ヴィザールの手が覆う。

「サーディグの注意を無視したことは、後悔してる。けど、呪いを受けたことで、エマに出会えたのは僥倖だったと思う」

 絵麻の手にヴィザールが唇で触れる。


 ゆっくりと唇が離れたあと、ヴィザールの影が絵麻を覆う。重なった影はさらに黒く染まる。

 絵麻は自然に瞼を閉じ、同時に唇が重なった。


 繰り返される口付けに、絵麻はだんだん耐えきれなくなり、なんとか手でヴィザールの体を押し返す。


「ここ、外よ!!」

 真っ赤になってそう言うと、それがどうしたと言う顔を返される。

「サーディグさんもルールを守るようにいってたんでしょ!」

「外でするなとは、言われてない」

「わざわざそんなこと言わないでしょ普通!常識的なルールよ!」

「じゃあ、早く宿に行こうか」

「違う!そうじゃなくて!」

 真っ赤になって慌てる絵麻にヴィザールが不思議そうな顔をする。

「エマも、もっとして欲しそうな顔してる」

 そんなことを言われて、えええ!と思い絵麻が両手で自分の顔を覆うと、ヴィザールが楽しそうに笑った。


「エマ、結婚しよう」

 その言葉に、絵麻が固まる。


 ヴィザールはどこからか小さな箱を取り出すと、絵麻に差し出す。目の前に差し出された箱を、絵麻は驚きつつ受け取る。

「エマが嫌なら我慢するっていったわりに、我慢できなくてすまない」

 そう言ってヴィザールは困ったような表情で笑った。

「開けていいの?」

「もちろん」

 その箱を開けると、中には青い石のついた指輪が入っていた。あのときつけてくれた髪飾りの銀細工に似てる気がする。

 

「エマの世界では結婚するときに指輪を贈るんだろう?」

 確かに最初に色々と聞かれたときにそんな話もした気がする。あの時の話を覚えていたのかと感心した。


「結婚してほしい」

 もう一度そう言われて、赤くなりながらも絵麻は小さく頷いた。その様子にヴィザールはとても嬉しそうに笑う。


 ヴィザールはサッとその指輪を箱から出すと、絵麻の左手を取る。その薬指に随分と余裕のあるサイズの指輪を通すと、シュルシュルと指輪のサイズが絵麻の指にぴったりと合うように小さくなった。

「わぁ!すごい!」

 びっくりして声を上げる絵麻が、自分の左手を夜空に掲げて指輪を見つめる。


「エマ、愛してる」

 その言葉に、絵麻は恥ずかしがりながらも、同じように返す。

「私も。………、愛してます、アーキル」


 その言葉に、ヴィザールが満面の笑みを浮かべ絵麻を強く抱きしめた。



***



 その身に呪いを受けた者。

 


 マナテラ王国では、初の女王が即位した。なんと、その髪は、背中につく程度の長さで、女性としてはあるまじき短さに、周辺国中が驚きを見せたと言う。しばらくの間は非難や批判も大きかったが、長く王位に就くほどその能力の高さに、皆彼女を王として認めていった。また、その隣には、いつも彼女を支える宰相の同じ年頃の男性がいたと言う。

 

 徐々に周辺国の女性の髪に対する考え方も変わっていくが、それにはもう先の話になる。




 絵麻とヴィザールは、色々な国を見て回り、様々な景色を見ながら、幸せに暮らした。そして、最後まで絵麻に掛けられた呪いを、2人が知ることはなかった。


 それでも、お互いを大切に想いながら、限りある時間を、同じ場所で過ごすことを選んだ2人だった。






「ねぇ、ヴィザール。あのね、その、ちょっと、夜の要求が多すぎると思うの!」

 意を決して言った絵麻に対して、ヴィザールは首を傾げた。

「毎日のように求められると困るの!」

 真っ赤になって言う絵麻に、ヴィザールは「あぁ」と納得する。

「魔力が多いほどそういう欲求が強くなる」

「えぇえ?!そうなの?!」

「魔力の影響で強くなるんだが、抑える方法がある」

 その言葉にパッと絵麻の表情が笑顔になり、ヴィザールとしては腑に落ちない。

「あるならやってよ!」

 そう言った絵麻に対して、ヴィザールは現実を突きつける。


「髪を伸ばす」

「……え?」

 絵麻が呆然として、ヴィザールの頭を指差した。

「髪ってまさかそのためにのばしてたの?!」

「あぁ。欲求不満になるばかりだと面倒だし、解消する術を探すのが面倒だ」


 彼は髪を切ったときこう言った。

『私にはもう必要ないから』


「いやいやいや、必要だったよ!伸ばそう?!」

「なぜ?短い方が格好いいと言ってなかったか?」

 にやりと笑うヴィザールに、絵麻が抗議する。

「だってそんな役割り聞いてない!!」

「エマがいれば問題ないだろう?」

「問題大有りだけど?!」

最後まで読んで頂きありがとうございました!

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