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絵麻は頭の中を整理したくて、城の中を当てもなく歩いた。せっかく思いが通じたはずなのに、何故こんなに早く不安になっているのだろうと思う自分と、恋愛などそう言うものだと思っている自分がいる。
どんなに思いが通じたところで、不安はなくならない。相手がずっと自分を見てくれるとは限らないのだ。
『じゃあ、今だけでもいいんじゃない?』
なんて言った自分を呪いたい。今だけで良いなんて思えないのに。
絵麻は歩みをも止めて大きくため息をついた。
どこに進んでいるかわかってなかったため、少し辺りを見回すと、少し離れた場所にハティーナの姿が見えた。ハティーナも絵麻の姿が見えたようで、彼女は絵麻の姿を認識するとこちらに向かってきたためどきりとする。
「エマ様、少しお時間頂けませんか」
真剣な様子の彼女に断ることも出来ず、絵麻はハティーナと2人きりで、テーブルを挟み向き合っていた。先程まで、心の狭いことを考えていただけに気まずい。
絵麻が何も話せないでいると、ハティーナが口を開いた。
「エマ様、……申し訳ありません」
何故か頭を下げて謝られた。挨拶が遅れたことについては、先日謝ってもらってしまっているので別のことなのだろうか?
「何のことですか?」
絵麻には分からず、聞き返す他ない。
「私のせいなんです、私が、願ったせいで!」
涙を流しながら謝るハティーナに、絵麻は理解ができない。彼女に謝られる必要は全くないはずだが。
「エマ様が、ここに現れたのは、私が願ったからなんです……!」
絵麻はその言葉を聞いてようやくハッとした。
『恐らく、鎖を取ってこの本を開いたのは王女殿下だ』
ヴィザールの言葉を思い出す。ハティーナはあの本を開いて願ったのだ。
でもそれでなんで私が?私のことをハティーナ王女が知るはずがないのに何故?
「私は、先生のことをとても心配しておりました」
ハティーナがいう先生と言うのはヴィザールのことだ。
「先生はとても優しいですが、常に周りに対して壁を作っておられました。……私は、先生のことを、お慕いしておりましたが、私ではダメだとわかっていました」
彼女の言葉に、絵麻は胸が締め付けられる思いがした。
あぁ、やっぱりそうだったんだ。
「だから、願ってしまったんです。私以外の、先生を変える、救ってくれるような人が現れることを……!」
つまり、絵麻がヴィザールの前に現れたのは、あの本にそう願ったハティーナのせいだと言うことだ。
ただ不思議だなとも思う。あの本であれば、ヴィザールを自分に振り向かせることだって出来そうなものだ。それを願わなかった彼女は、本当の意味で、彼のことを大切に思っているのだろう。
「でも、まさか異世界から呼ばれるなんて思ってなかったんです……!エマ様が、元の世界に戻れなくなることを願ったわけじゃないんです!」
ポロポロと涙を流すハティーナに、絵麻はなんとも言えない気分になる。
「本当に、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
何度も何度も謝るハティーナに、黙って聞いていた絵麻は何となく毒気が抜かれる思いだった。
何と言っていいかわからないが、彼女を責める気にはなれない。それより、気になったことがあった。
「ハティーナ王女は、想いを、ヴィザールに伝えなくていいんですか」
その言葉にハティーナはきょとんとした顔をした。
「お慕いしてはおりますが、先生とどうにかなりたいわけではありません。私はこの国を離れるつもりはありませんし、この国の王になることを定められておりますから」
そう口にしてハティーナは俯いた。
「でも、もう、それも無理かもしれませんが」
「髪が短くなったから?」
絵麻の言葉にハティーナがびくりと身体を震わせた。顔が青ざめ、目が不安げに揺れる。何気なく言ってしまったが、しまったと思い慌てる。
「あ、ごめん、えっと!あーその、ごめんなさい!ヴィザールが、ハティーナの髪は付け毛だって言ってて、たぶん本の呪いだろうって!」
その言葉にハティーナが驚く。
「先生には気づかれてたんですか……。やはり、あの本のせいなんですね。本を開いたら、<汝の願いは、聞き届けられた>と書かれてあったんです。急に髪が短くなって……。長かった髪は跡形もなくどこかへ消えてしまって」
切られたわけでもなく、長い髪は消えてしまった。肩ほどになった髪を誤魔化す術がなく、それからある程度、髪が縛れる長さになるまで伸びるのを待った。それが周囲に病床に伏しているとした理由である。付け毛も近い髪色のものを用意するのが非常に難しく、なんとなく似ているものを用意するのがやっとだった。
「髪が短いと、王様になれないの?」
「誰も悪魔を王に据えたいとは思わないでしょうから。それでも、この国のために何かしたいと思っています」
悲しそうに笑うハティーナは、すでに諦めの色を見せていた。絵麻は自分の頭上に手を伸ばした。そして、いつも通りつけていた付け毛と髪を縛っていたゴムを外した。
はらりと絵麻の髪が落ちる。
肩ほどの長さの髪に、ハティーナが口元を押さえて青ざめた顔をした。
「エ、エマ様、その髪は」
「私は、悪魔なのかな?」
意地悪な質問だったかもしれない。そんなことを思いながら絵麻は聞いてみた。目の前にいるハティーナは、ふるふると首を横に振る。
ヴィザールを誘惑した悪魔だと言われるだろうか?そんなことを考えつつ取ったのだが、ハティーナは懸命に否定した。
「いえ!エマ様は、先生を変えた方です!そんな方が悪魔なわけありません!」
本当に良い子だなぁと思い、さきほどまでの自分の心の狭さが悲しくなった。
「ハティーナ王女も、悪魔なんかじゃないわ。ただ髪が短くなっただけだもの。神話の女神とは違う」
絵麻の言葉をハティーナは静かに聞いている。
「私のこの髪は、自分で望んで切ったの。私の住んでた国はとても夏が暑くて……」
絵麻はよく分からないが、なぜか自分の住んでいた場所の話をし始めた。なんとかして髪が短いことは、そんなに悪いことじゃないと伝えたい。
短い髪を楽しむ女性もたくさんいるのだと、絵麻は説明した。
「短い髪も気持ちいいですし、髪洗うのも乾かすのも楽ですよ」
ハティーナはそこで少し笑う。
「それは実感しました。なんて楽なんだろうって」
「一回切ってしまうと、楽でなかなか伸ばそうと言う気になれないんです」
絵麻もずっと肩につくかどうかぐらいの長さを維持している。
「神話や長きに渡る人の考えを変えるのはとても簡単なことではないと思うけど、でも、すべてを諦めてしまったら勿体無いと思う」
髪が短くなったことで諦めなければならないことではないと絵麻は思う。
「でも、世の中の考え方の方を変えてみるのもいいんじゃないかな」
「考え方を変えてみる……」
「ハティーナ王女と同じように苦しんでる女性って他にもいるかもしれないし。……、まぁ、私の想像ですけど」
少し誤魔化して笑うと、ハティーナも笑う。
「だから、全部を諦めなくてもいいんじゃないかな」
なんか酷く無責任なことを言っている気がしたが、何か伝えたくてしかたなかった。
「本当は、ヴィザールのことだって……」
「エマ様」
急にハティーナは絵麻の手を握り、訴えかけたら。
「私、先生にはエマ様がとてもお似合いだと思っています。エマ様と一緒にいる先生は、とても幸せそうに微笑んでいらっしゃいました。先生には、私ではなく、エマ様が必要です。エマ様だから、変わられたのだと思っています」
きらきらとした赤い瞳が絵麻を見つめる。ハティーナは、ゆっくり微笑んだ。
「私、エマ様のお陰で、新しい目標ができた気がします。どうか、見ていてください」
ハティーナと別れた絵麻は、彼女の笑顔とは裏腹に、心に暗い影が落ちていた。彼女の言っていたことが、気にかかる。
「私を呼んだのは、本……」
その本の力で呼ばれた私の気持ちは、本当に私のものなの?




