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 2人はヴィザールの部屋に戻り、体に異常がないかを絵麻は自分に見える範囲は自分で確認した。最後に確認できない場所を残して、絵麻が恨みがましく呟く。

 

「何でこの部屋鏡ないの」

「変わらない自分の顔を見るのが大嫌いだからだ」


 ヴィザールの言葉に納得しつつ、絵麻はしかたなく、彼に背中を向ける。

「後ろだけ、確認して」

 絵麻が自分で確認できない後ろだけヴィザールが確認することになったのだが、2人して真っ赤になっただけだった。

 


 ひとまず体に表面的な異常はなく、しばらくしても絵麻の体調が悪くなるようなこともなかった。


「呪われないってことはないの?」

「わからないが、本の性質から考えると例外はない気がする」

 ヴィザールが唸るが、あまりに自分の身に何か起きている実感がなく絵麻はなんと言っていいかわからない。

「恐らく呪いの大小はあると思う。周りより時間が遅くなる、髪が短くなる、私が知ってるこの本による呪いはこの二つだけだ」

「髪が短くなる?それって呪い?」

「人や場所によっては、それは命に関わることだ」


 このマナテラ王国周辺では、女性が髪を切ることは死を意味する。悪魔に成り下がった女神と同等とされ、どういう扱いを受けるかもわからない。


「恐らく、鎖を取ってこの本を開いたのは王女殿下だ」

「え?」

「彼女は昔から髪を結い上げたりしない。あれはエマと同じように付け毛だ。誤魔化してはいるが、侍女たちの様子もおかしい。仕える主人の状態を知っているからだろう」

 絵麻から見るとそんな風にはかんじなかったのだが、10年もいるヴィザールにはわかるのだろう。

「でも、呪いは本に願ったことと引き換えなのよね?ハティーナ様は何を願ったの?」

「それは正確にはわからない。推測はできるが、何を望んだかは本人しか知り得ない」

 

 この国の王女であるハティーナが、悪魔と呼ばれる髪の短い女性になった事実はどれほど重いものだろう。これが事実だとすると、彼女の諦め切った物言いは理解できるかもしれない。


「でも、髪はまた伸びるわ」

「今までの長さになるまでどれだけかかると思う?その間何もできなくなる」

 恐らくハティーナもこの国の大半の女性と同様、膝したぐらいの長さまで髪があったに違いない。1年間で10センチ程度だと考えて、15年は掛かる。年齢から考えると結婚適齢期は過ぎる。短いままでの婚姻は、この国では厳しいかもしれない。


 ハティーナの諦めの言葉はこの考えからくるのかもしれなかった。


「魔法で伸ばせないの?」

「……、できないことはないが」

 ヴィザールが言い淀む。

「人への魔法の使用は、基本的に禁止されている。犯罪行為とされ、処罰の対象だ」

「そうなの?」

「だから、エマにもかけてないだろう?」

 確かにヴィザールは、絵麻にも付け毛提案し、決して絵麻自身は魔法をかけようとしていない。

「濡れたのを乾かしたのは?」

「あれは魔法がかけられた対象は、エマの周囲であってエマ自身ではない」


 魔法が発展した世界は、魔法による独裁を禁じるために、その使用に関する決まり事が存在する。

「今の世界は以前と比べると魔法士の存在も減っているからあまり、気にならないかもしれないが、昔はひどい時代もあったんだ。魔法士がやりたい放題に暴れてた時代が……」

「ヴィザールの昔の時代はどうだったの?」

「私の時代は、魔塔と呼ばれる世界中の魔法士たちを教育、管理する機関があった。私自身もそこに所属していた。その機関が魔法に関するあらゆることを取り決めていた。まぁ、今は魔塔もない。ただ、その頃に決めたことは、各国の法律に取り入れられていたから、当時の取り決めが今も生きている国も結構ある。生物全般へ魔法を使用する場合の安全に関する、魔法士たちへの要求事項みたいなものだ」


 なかなか魔法も堅苦しいことがあるようだ。日本だって色んな製品やものに対して安全の要求があるのだから、使う人が多ければ多いほど、何かと制約を作っていかなけらば安全が損なわれるのだろう。考えてみればそうなるのは当たり前なのかもしれない。

 

「まぁ、それはあくまでも平和な状態であるのが大前提だ。戦争がひとたび起きれば、そんなものはただの戯言に過ぎない」

 恐らくヴィザールはそう言う時も見てきたのだろう。唇を噛んだヴィザールを見て、思わず手を握る。ヴィザールは大丈夫だと言うように、少し微笑んだ。


「ここマナテラは昔取り入れた魔塔の取り決めが、国の法に反映されている国だ。基本的に、人体への魔法はかけられない。魔法をかけて良いのは道具などが主なものだ」


 そんなことは今の状況では無視してもいいのでは?と絵麻は思わなくもないが、魔塔に所属していたヴィザールはそれを良しとはしないのだろう。こう言うものは大抵過去に大きな事故が原因で決められることが多い。人体への魔法の使用による事故または事件が起きたことがあるのかもしれない。

 それを安易に気にせず髪を伸ばす魔法をかけようとは言い難い。ハティーナに何かあっては意味がない。


「何か良い方法はないのかな……」

 絵麻の声が虚しく部屋に響いた。



***



 次の日にヴィザールの部屋を訪ねると、髪が短い男性が部屋におり、絵麻は扉を開けた瞬間、間違えたと思い扉を閉じた。


「何やってるんだ」


 すぐに扉が開くと短い髪になったヴィザールが絵麻に声をかけた。

「髪が」

 指し示すとヴィザールが少し耳そばの髪をひっぱった。

「変か?昔はこれぐらいだったから自分ではあまり違和感はないが」

「ううん、びっくりしただけ。よく似合ってるし、なんか、格好いい」

 長い髪の時は静の印象が強かったが、短い髪になるとまた雰囲気が異なり絵麻の方はドキドキする。

「そうか」

 まんざらでもなさそうな顔をするヴィザールに、絵麻は恥ずかしくなりそっぽを向く。

「でも、どうして急に?」


 ヴィザールはテーブルの上のものを指差す。そこには白い布が敷かれた上に、黄金色の長い髪が置かれていた。

「え、これヴィザールの髪なの?」

「切ってから染めた」

 窓から入る光を反射して、きらきらと輝くような綺麗な髪だった。

「もしかしてハティーナ王女に?」

「あぁ、殿下のあの付け毛ではすぐに目敏い者には見破られるだろう。特にあの黄金色は難しい」

 ハティーナの髪をよく知っているヴィザールからすれば、すぐにわかってしまったのだ。他の人に知られるのは時間の問題かもしれない。確かにこの髪であれば、艶やかで簡単に付け毛だとは見破られることもないだろう。

「私にはもう必要ないから」

 ヴィザールがテーブルの上の髪に魔法で色味を加えているのを見ると、なんとなく心がじくりと痛む気がした。

 


 心が、狭い。


 ハティーナ王女はとても綺麗な少女だった。黄金色の髪に、とても魅力的な赤い瞳。そして、面会した時に、彼女のヴィザールへ向ける視線は、ただ親しい先生へ向けるものではなかった。


 これは、たぶん私がヴィザールのことを好きだからわかるのよね。


 思わずため息が出る。ヴィザールが彼女を思ってこの髪を用意したことを考えると、心が真っ黒になりそうだった。ヴィザールの方はそう言う恋愛感情からの行動ではないにしろ、心穏やかでいられそうになかった。

 でも、ヴィザールの心が動かないとも限らない。彼の時間も動き出した。


 私が彼の呪いを解いたからといって、私が彼を縛り付けるようなことはあってはいけない。


 そんなことを思いながら、絵麻は静かにヴィザールを見ていた。



 視線に気づいたヴィザールが、テーブルから離れ、絵麻の側に来る。

「どうした?体調でも悪いのか?」

 様子がおかしいと思ったのか、絵麻の顔を覗き込むが、絵麻は慌てて笑顔を作り誤魔化した。

「ううん、少し考え事してただけ」

 大丈夫だといい、絵麻は部屋を出た。

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