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戦う高校生シリーズ

高校生VSアンパイア 〜そのジャッジを是正しろ!〜

作者: 一木 川臣

「只今より『中町セルウッズ』VS『東町サンダーズ』の試合を行います! プレイボール!!」


 場所はとある球場、俺は柄にも無く地元野球チーム『中町セルウッズ』のユニフォームを着ていた。

 ファンとして応援にきた訳ではない。そもそもこんな草野球チームにファンなんて殆どいない……


 にも関わらず他の野手と混ざり緑色のユニフォームを着る俺……



 

 そう、なんと俺が試合に出場することになってしまったのだ。


 さて、紹介遅れてすまねえ。俺の名前は売木うるぎで、運動なんて全くできないただの高校生だ。何故俺みたいな運動音痴のボンクラ高校生がある日突然選手として出場することになったのか…… 大方お察しがつく奴もいるだろう。


 人手が不足していたのだ。





 つい先日のことである。例の如く親の代わりに近所の寄り合いに参加していた時、地元草野球チーム『中町セルウッズ』の監督から突然声を掛けられた。


『野球をしないか?』と


 ふざけているのかと最初は反発したが、更に話を聞いてみるとどうやらレギュラーメンバーが悉く負傷をしてしまい次の試合までにどうしても人がいなくて困っているとのことであった。


 まぁ〜 それでも俺は断ったけどね。


 当たり前だろ、俺なんて全く運動しねえし、野球なんてルールしか知らねえ。無謀な試合に出場して筋肉痛を患うのも勘弁願いたいからだ。


 家でゆっくりゲームをするのが一番、自ら肉体を痛めつけるような行為は御免被る話だ。


 野球なんてしたくない、する必要なんてない、だからとっとと帰ってくれないかと……強く言ったのだが監督は全く聞いてくれなかった。


『お前がいなければ、明日の試合、棄権することになる…… それだけは避けたい』


 棄権しろやと説き伏せたが、どうやら明日は昔からの因縁の相手である『東町サンダーズ』との伝統の一戦のようで絶対に外すことができないらしい。


 かなりライバル意識を持っているようで、何を言おうと全く引き下がる様子は見られなかった。


『明日の試合を棄権すれば俺たち『中町セルウッズ』だけでなく、俺たちが住む中町が馬鹿にされてしまう…… お前も地元の誇りが少しでもあるなら出場してくれ!』


 挙句の果てには頼み込まれるという事態に。


 俺に地元の誇りなんて微塵もないのでそれでも首を横に振った。なんで野球の勝ち負けで地元が馬鹿にされるんだよ…… 大袈裟すぎるだろ、俺が怪我したらどうするんだよ! ってな感じで譲らなかったんだけど……


 そしたら、寄り合いにいた近所のおばさんたちが俺の言葉に猛反発。


『なんですって、明日はあの『東町サンダーズ』!? 絶対負けられないわ、出場してちょうだい売木ちゃん!』とか


『『東町サンダーズ』に負けるなんて許されないわ。売木君、分かってるわね……』とか


『断るなんて選択肢はないわ売木さん。負けるなんてもっての他、地元のプライドにかけて戦って頂戴』とか


『こんなこともあろうかと売木ちゃんの為にバットとグローブを買っておいてよかったわ!』とか


 もう大騒ぎ。


 寄り合いにいた皆全員『中町セルウッズ』の監督の肩を持ち俺の参加を後押しする始末。


 ここまでくると、どれだけあのチーム地元に慕われているんだと逆に感心してしまったが、そこまで向こうに追い風が来てしまった以上、俺も頷くしかなかった。



「はぁ〜」


 ため息をつきたくなる気分も分かるだろう? 貴重な休日の中駆り出されてこんな暑いグラウンドに半ば無理矢理ほっぽり出されるなんて本当にどうかしている。他の『中町』の町民に頼めなかったのかとさっき監督に確認したけど、それでも


『お前しかいない。頼んだぞ』


 の一点張り。


 嘘つけ! 本当にふざけているぞ、俺しかできねえことなんて世の中にひとつもねえよ。むしろ俺を加入させたことで戦力ダダ下がりじゃねえのか!? もう知らねえけどよ。



 また後から聞いたが俺の住む『中町』の掲示板に野球の試合結果が載るらしく、その結果によって近所のおばさん達が一喜一憂しているとのことを言われた。情けない結果は絶対に許されないとのことだと強くプレッシャーをかけられてしまったし……マジであほくせえな。


 まぁ、俺にとっては試合結果なんてどうでもいい。元々人数あわせで来ているし、無茶やって怪我したら目も当てられないしな。適当に流してソクサリするか。


 試合開始の挨拶を終え、各々準備に入る。俺達『中町セルウッズ』は先攻のようだ。



『1回の表、『中町セルウッズ』の攻撃は……1番、指名打者 売木くん!』


 場内にアナウンスが流れる。ウグイスみたいな綺麗な女の人の声だが……


 適当にスタメン発表を聞き流していたから今になってようやく気づいたのだけど、俺は1番打者だったのか!? 

 なんで俺が1番打者なんだよ、野球なんてマジでやったことねえし、バッティングセンターにも行ったことねえぞ。それなのにあの監督…… 何考えているんだ!?


 と、とりあえずバットを持って打席に入らねえとな…… あぁ、これか、近所のおばさんが俺の為に用意したという青色の木製バットは。野球やらねえ俺の為に買っておいたって言われたけど本当に謎だよなぁ、まぁ使えればなんでもいいけどさあ…… うーわ、俺の名字がしっかりと記載されていやがる、なんなんだよこれ……


 しっかし、こんなほっそい木の棒であのちっこい球を当てるなんてマジで狂ってるな。こんなの無理に決まってるだろ! 


 しかも木製バット地味に重いし…… 草野球なら金属で十分だろうが!


 ──なんて、文句の一つも言いたくもなる。なんならあの監督の目の前で当たり散らかしたい気分だ。


 マウンドに視線をやると相手チーム『東町サンダーズ』のピッチャーが投球練習を始めているのが見えた。ガタイの良い外国人投手だ。


 振りかぶっての一球を拝見するが……


 投げる球がめちゃくちゃ速い! キャッチャーのミットから聞こえる音が半端ない! なんじゃあいつ!?


「ほう、やはり向こうは『チョップマン』できたか」


 耳元から急に声が聞こえ俺は思わず声を上げてしまった。『中町セルウッズ』の監督がいつの間にか俺の近くにいたのだ。監督は髭を蓄えた顎を撫でながら「さすがだなあ」と感心しているが、そんな余裕をかましている場合か!? 


「すげえ球が速えぞ。マジで見えねえ、何者だアイツ」

「東町サンダーズのエース『チョップマン』だ。、最速167kmのファストボールとドロップカーブ、キレの良いスライダーを武器に持つ投手だ」


 なんちゅう速さだよ。言葉失っちまったぞ。明らかに異次元じゃねーか!


「彼はメジャーからのスカウトもあったが断って『東町サンダーズ』に入団した経緯のある大物ピッチャーだ」

「は? なんでメジャー蹴ってこんな街の草野球チームに所属してるんだよ! んだったらメジャー行くのが筋だろうが!」


 こんな草臥くたびれた地元チームで無双されたって面白くないだろ絶対。意味が分かんねえよ、メジャー蹴ってまで『東町サンダーズ』に来る理由がよ!


 二球目も相変わらず見えない。スパァーンと乾いた捕球音がグラウンド内を大きく響かせ思わずビクついてしまう。


 うーわ、エグいな。これはレベチだぞ。こんな奴、地域の草野球に登場させちゃダメだろ……


「あんな奴、誰も打てねえだろ……」

「いや、先日『南町ボンバーズ』から4点取られて負けていたぞ」


 よく打てたな『南町ボンバーズ』。皆野球練習しているからそりゃそうだと言われればそりゃそうかも知れねえけどさあ。


「とはいっても、相手にとって不足はないだろう。売木…… 心してかかれよ」

「心してかかったってアイツは無理だろ!!」


 あんな相手、ワンチャンもねえよ。球全然見えねえし、俺じゃどうしようもできねえぞ。


 ってかなんで草野球チームで外国人助っ人を参加させているんだよ、話はそっからだぞ! さも当然のように出場しているけどさあ、おかしいだろ……



「そうだ、売木。俺が徹夜で分析して解明した『チョップマン』の弱点をお前に教えてやろう。まずアイツは──」


 何を思ったのか監督がふざけた事を話し出すので俺はスルーして打席に向かう。長くなりそうだし絶対打てないのでこれ以上相手ピッチャーについて触れたって無駄だろ、これからの話に関係ねえだろうし。関係ねえところは省略でいいんだよ、省略で。



 俺は右利きなのでとりあえず右打席に立ち適当にそれらしく構える。


 まぁ、とりあえず何もしないのが無難だろう。思い切ってバットを振ったら三振になるけど、振らなきゃ四つボールでフォアボールになる事だってある。

 相手が尻上がりなら序盤のコントロールで苦しむだろうし、俺の背もそこまで高くない。なんなら俺がチームで一番背が低いから、それに伴ってストライクゾーンも狭いはずだ。


 ここは振らない一択だな!



「プレイ!」


 アンパイアが合図を出し試合スタートだ。


 相手チームのピッチャー『チョップマン』は目を凝らすようにしてサインを確認する。そしてすぐさまサインが決まったのか、軽く頷いた後振りかぶって球を投げた。


 その球は…… 電光石火のような速さで俺の足元を横切りキャッチャーミットにおさまった。


 は、速すぎるだろ……? ほんの少し、ほんの少し球筋が見えたけどこれを打つのは不可能だぞ……


 今回は運良く足元を横切ったからボールだったけ──




「ストラァーイク!!」




「は?」


 後ろで高らかに上げられた球審のジャッジ。

 俺は思わず後ろにいる審判まで振り返り声を出してしまった。そのジャッジに納得がいかない抗議の意を含んだものだ。


 ウソだろ……!?


 確かにボールは速かった。速かったけど俺の足元を通ったんだ。ストライクにしてはあまりにも低すぎる。これは野球がやったことがない俺ですら気づくレベルのおかしいジャッジだぞ……


「ちょ、明らかにこれボールだろうが!! 低すぎるだろォ!」

「そんなことないぞぉ、あれはストライクですぞ売木さん」


 審判をひと睨みする。見ると結構な年齢のじいさんが審判やっており、よぼよぼの声で俺に注意をしてきた。


 はぁ!? こんなジャッジ、許されてたまるか! 何が『ストライクですぞ』だ、ボールじゃねえかよ! どこをどう見てストライクなんだよ!?


「いやいや、こんなの絶対ボールだろ!! すげえ低かったじゃねえか、なぁお前も見ていただろ!?」


 俺はその場に座っていた『東町サンダーズ』のキャッチャーに確認を取ってみる。彼も慌てた表情をして立ち上がり……


「まぁ、少なくともストライクじゃないですね」


 と断言してくれた。今回の判定において有利である相手チームの捕手がそんなこと言ってくれるんだぞ。この判定は間違いに他ならねえぞ!!


「えぇ…… 『中町セルウッズ』の選手が言うならまだしも、『東町サンダーズ』の選手に言われてしまうなんてのぉ……」


 なんで審判が困惑しているんだよ! それ以上に俺が困惑しているんだ、しっかりやってくれ!


「そらみろ! こんなのストライクじゃねえよ! 全然入ってねえもん、打てねえよあんなの! 高さ的にゴルフだぞゴルフ! 俺にゴォルフをやらせる気かよ!!」


 猛抗議してやる。でも言っていることは間違ってないぞ、ゴルフやったことねえけどさ。




「どうした売木!? 一体何があった!?」


 異変に気づいたのか、俺達『中町セルウッズ』の監督がベンチから出て小走りでこちらまで来てくれた。


「おい監督。何か言ってくれ、こんなジャッジされちゃたまったもんじゃねえぞ!」

「落ち着け売木、どうしたんだ? まだ一回の表、しかもまだ一球目だぞ」


「監督も見ていただろ!? あんな球ストライクにされちゃ話になんねーだろ!」

「え!? 俺は見ていなかったけどそうだったのか!? これはいけねえ、許せねえな!!」


 せめてお前は試合見ろよ!! 自チームの試合、しかもお前が無理やり誘った選手が打席に立っているんだからせめて見てくれよ! お前が一番話になんねーよ! 見てねえなら帰ってくれ!



「よし売木、ここは俺に任せろ」


 どの口が言うんだと思ってしまったが、ここは監督に任せるか。さっきのボール見てねえけど大丈夫かコイツ。とりあえず野球経験は俺以上なのは確かだから一旦任せるけどさぁ……


 そんな監督はさっと審判まで近寄り強い口調で言い放った。


「おい審判、今のはストライクじゃねえよな! ボールが高すぎるぞ!」


 低いんだよなあ、監督本人は見てねえから適当に言っているだろうけど本件は低くて揉めてるんだよなぁ…… もう不安でしかねえよ。



「いや、そんなことはないぞぉ」

「あの高さで打てるわけねえだろ!! 売木に剣道やらせる気か、剣道を!!」


 ゴルフなんだよなぁ…… あの高さはゴルフなんだよなあ。

 すごい剣幕で監督が抗議してくれているけど逆に話が滅茶苦茶になりそうでクラクラしてきた。全然頼りねえじゃねえかよ。


「なぬ!? 審判の言うことにケチつける気か?」

「今日は因縁のライバル『東町サンダーズ』との一戦で、絶対に負けられねえんだ! クソみてえなジャッジ一つで試合の流れが変わってしまうことだってあり得るんだぞ!」


 それはごもっともだ。それはごもっともだけどさぁ……


 んじゃそれだけ対抗意識を燃やしているのであればしっかりと見てくれって話だぞ。意識高いのか低いのか分からねえぞ…… 次いで言うとこの件で揉めているのも球が高いのか低いのかどっちか分からなくなってきた…… 主に監督のせいで。


「ふお!? 生意気な監督じゃのお」

「俺達『中町セルウッズ』は不屈だ! 何があろうとこのジャッジに抗議してやる、なあ売木!」

「そうだ! こんなジャッジで試合なんてできねーよ!」


 二人揃ってブーイングを浴びせてやる。はよ審判変えろ! 


「おのれ生意気な『セルウッズ』の輩共め、ワシが成敗してくれよう!」


 主審が変な構えをしはじめる。なんでこの球審さっきからこんなに好戦的なんだよ。お前は目の前のボールすら成敗できてねえじゃねえか! 

 そんな審判自ら暴力で物事を解決しようとするなんてあっちゃいけねえことだぞ! 


「やべ、なんとかしろ売木!」「無理だって、俺はガチファイトだけはマジで無理なんだって!」


 主審が怪しいムーブをし始めるので監督が俺を盾にしながら後ろに回り込んできた。何してるんだよォ!


 俺は腕相撲で女の子に負けちゃうほど腕力無いのでこういうバトル展開はてんでダメなんだ。相手は確かに高齢者だけどそれでも俺は多分負けて下手したら怪我を致しかねない。こんなインチキ審判に怪我させられるなんて俺だって御免だぞ。




「ちょっと落ち着いてください皆さん!」


 一触即発の雰囲気を察したのか、相手チーム『東町サンダーズ』の監督が飛び出してきた。黄色のユニフォームにふくよかな体つきが特徴の…… ただのメタボのおじさんだ。


「おぉ、ようやく来てくれたか『サンダーズ』の監督!」


 まるで救世主が現れたかのように目を見開きキラキラした表情を浮かべるジイさんアンパイア。腹立つなぁ! お前さっき俺達に向かって攻撃しようとしていたじゃないかっ!


「聞いてくださいよ監督! 『中町セルウッズ』の生意気な連中がワシのジャッジにケチつけるんじゃ。お陰様でワシはストレスで胃もたれしそうじゃよ」


「なんだとこの野郎!」「おめーのジャッジで俺が胃もたれしそうだぞ!!」


「まぁまぁ、『セルウッズ』の皆さんも一呼吸置きましょうよ」


 俺と監督が食ってかかるところを向こうの監督は「まぁまぁ」と宥めはじめた。あくまで冷静といった感じだな。


「ところで審判。先程のプレイ、私もしっかり見ていましたが…… やはりボールだと思うのです」


 俺たちが静まったところで『サンダーズ』の監督が話し始めた。

 相手チームの監督は先程のプレイを見ていたあたり、ウチのチームの誰かと大違いだな。

 見た目ただのおっさんだけど、ウチの監督よりかよっぽどしっかりしていそうだ。


 さて、そんな言葉を聞いた某球審であるがこれには「うーん」と唸りはじめ……


「確かに、言われてみればそうだったような気がするのぉ」


 とか言いはじめた。


「やっぱり!! 何がストライクだ、ボールじゃねえかよ! はよ判定を変えろや!」


 俺が急かすと審判はむっとした顔つきになり。俺を睨みつけながら


「うーん、でもやっぱりストライクじゃろ」


 とかほざきはじめた。


「はーあ!? どうなってんだよお前の判定! 俺に何か恨みでもあるのか!?」


 再度俺が厳しく指摘をすると『サンダーズ』の監督が割って入ってきてくれた。


「いやいや、流石に低すぎますって。売木くんの足元だったじゃないですか」


 『サンダーズ』は俺達にとっては敵なのにわざわざ俺達の抗議に加勢してくれるなんて…… 普通だったら逆にストライクを推進するべき立場なのに…… いちスポーツマンとして公平な意見を述べる。まさにスポーツマンの鑑だな。


 それに対してウチの監督はなんだ。プレイも見てねえし、言っていること適当だし、本来なら『サンダーズ』の監督がやっていることを行うべきじゃねえのか!? これといって何の役にも立ってないじゃないか、呆れるぜ。


 審判の件だが流石に『サンダーズ』の監督に諭され、ヒートが下がったのか一旦冷静になり「むむむ……」と考え始めた。さっきから物思う素振りを見せているけど考えることなんてねえだろ。見たまま、見たそのままのボールだろうが! 



「うーん、やはりそうか。それはワシも思っていたのじゃよ」


 あたかも自分の意見のように述べているが、とんでもねえ発言だぞこれ。


 そんなこと審判が言い出したら終わりだろうが!! なんちゅうコウモリ野郎だよ、マジで終わってるぞ。


 ……まぁ、上記のように腹立つのはやむなしだが、ここで判定が覆れば俺達の抗議が実ると言うものだ。相手の監督の貢献もあってようやく審判の心が動き出したんだ、このチャンスを逃してたまるかっ!


「んだったらボールにしろや!! なんで思ってたのに変な判定するんだよォ!!」

「そうだそうだ、売木の言う通りだぞ!」


 俺と監督が後押しする。あと少しだ。あと少しで判定が覆る! 


「うーん。でもやはりあれはストライクとしか思えんのお」


 何でだよ!!  また判定が変わったぞ!

 戻るなよ!!  なんだったんだよさっきの発言は!!


「いやいやいや、あれは流石にボールですよ審判。確かに一度下したジャッジを変えるのは些かお心苦しいと思います。しかし審判のジャッジを変えることができるのもまた審判です。審判、ここは一旦考え直してみてください」


 相手チーム監督の懸命な説得。なんていい人なんだ…… 頑張れ『サンダーズ』の監督。俺は応援しているぞ!


「そうじゃの…… あれは間違いなくボール……」


「っしゃおら!! 売木の言った通りボールじゃねえか!! 俺達の勝利だ!!」

「っしゃおら!! あんなクソボールストライクなわけねーだろ!!」


「あー、でもやっぱりストライクじゃ!!」


「はーあ!?」「はーあ!?」


 何でこんなに判定がコロコロ変わるんだよォ!? 話が全然まとまらねーじゃねえか!! 

 まだ1回の表、しかも1球目でコレだぞ。この回でどんだけ時間を潰す気だよ、試合が終わんねえぞ! こんなイタチごっこやってたら夜になっちまうぞ。ナイターゲームやる程電灯ねえよこの球場は!! ってか夜までに俺を家に帰らせろ。


 あとさっきから思ったんだけど俺達が指摘し始めると意図的にストライクにされているような気がするんだけど。あからさまな嫌がらせじゃねえのか!? そうとしか思えん。


「審判。ここは誤ちを認めましょうよ。人間、誰しも間違いがあります。完璧な人間はいないのです。審判だって人間ですから当然間違えることだってあります。ここで自分自身の間違えを潔く認め判定を変えるべきです。その覆った判定に誰も笑いませんよ…… いや、ここにいる皆、貴方のその『変える』勇気を称え拍手を送るはずです」



 なんか…… ここまで一生懸命に説得してくれる『サンダーズ』の審判に逆に申し訳なくなってくる。最初はただのメタボなオヤジだと思って本当にすまねえと、今俺は結構反省している。もはやあれは『大黒様』だろ。


 そんな『大黒様』は穏やかな口調で更に続ける。


「審判…… さあ、勇気ある決断を……」



 例の『大黒様』に諭された審判は「わかった……」と小さく呟いた後すぅっと息を吸い


「ボォール!!」


 と高らかに唱えた。


 ようやく…… ようやく判定が覆った!! ストライクがボールになった!! ストライクがボールになったんだ!!



「当たり前だろ。ボールの球をボールと言って拍手送る馬鹿がいるか。なあ売木?」

「妥当だろ。大袈裟すぎんだよ。最初からボールにしとけや」


 こんな展開にいちいち拍手とかやっていたら手が骨折しちまう。犬を犬と言って都度都度拍手送る奴がいるって言うんか? そんなレベルの話だぞ。


「うるさいぞ! 『セルウッズ』の輩共! 鬱陶しいからストライクにするぞ!」


 なんでそんなこと言えるんだよ! おめえ審判じゃねえか!! 感情に左右されるなや!!


 こんな気まぐれで判定が変っちゃやってらんねえぞ! 何でもありじゃねえかよ、何でもあり!! 職権濫用だぞ! 


 しかしながら冷める俺たちとが真逆に『サンダーズ』の監督は惜しみない拍手を送っていた。


「素晴らしい決断に感涙しました。さぁ、ゲームを続行しましょう。1回の表、1番打者売木くんからで、カウントは『1ボール』です!」


 1回の表の1球目でコレだぞ…… 先が思いやられるぜ。





 さて、試合続行ムードが漂い各々配置につく…… と思いきや、相手チーム『サンダーズ』の大黒様が何かに気がついたような顔をして審判に近寄って軽く審判の肩を叩いた。


「そういえば審判…… あんな低い球をボールとジャッジしてしまうなんて、らしくないですね。もしかして、体調とか悪いのですか? もしそれでしたら──」

「……そうではない」


 『サンダーズ』監督が体調面に気にかける。審判はそれを否定しながら顔を逸らしつつ監督と距離を置き遠くを見つめた。


 どことなく悲しげな顔をし、風に身を任せながらゆっくりと口を開く。


「……球が、疾速はやすぎるのじゃ」

「えっ!?」


 それは、小さく自信無さげの声であった。


 『サンダーズ』の監督は聞き返していたが俺にはよく聞こえた。審判の声が…… そう、先の判定が誤審となってしまった原因、それは……


「『チョップマン』の球が、速すぎて見えないのじゃ……」


 その衝撃的な一言に、その場にいた全員が凍りついた。


 何だって!? 球が見えない!? 速すぎて……!? 見えない……!?


 そりゃ『チョップマン』は最速167kmのファストボールが武器の剛腕だ。その速さは光のように速く目に追えないと揶揄されるのは十分に分かる……


 だが、そんなの言って許されるのは俺みたいな野球シロウトや客ぐらいであって審判が言っちゃまずいだろーが!!


「マジで…… 見えねえの?」

「そうじゃ」


 とんでもねえ事実を暴露されてしまった一同。思うところは皆一緒である。


 こ、こいつ…… 見えてねえのに適当にジャッジしていたのか……??


 これ以上でもこれ以下でもない。こんな恐ろしい現実、俺達がどう処理せよと……? どう咀嚼せよと……?


「やべえぞ売木、コイツどうする?」


 『セルウッズ』の監督が小さな声で俺に問いかけてくる。んな事聞かれたって答えられるわけねーだろーがよ! 俺だって聞きたいぞ。


「な、な……」


 この衝撃的な発言には、『サンダース』の流石の『大黒様』にも相当応えてしまったようで驚き目を開いたまま動かなくなってしまった。それこそ『大黒様』の置物のようにカチンコチンに固まり呆気に取られてしまったようだ。そりゃそうだよな。


「お、おい審判…… ガチで言っているのか!? 見えねえのか……??」


 両チーム審判が全く使い物にならなくなってしまったため代わりに俺が再度確認をとる。依然として答えは変わらないようで、アンパイアは静かに首を縦に振った。


「もう歳なのかのぉ…… 球が速すぎて全く見えん」


 い、言い切りやがったぞ……!


 知らねえぞ、そんなこと…… お前が見えないって言われたらそれこそ最後なんだぞ。そんな簡単に諦めるなや、何とか目を凝らしてでも追っかけろや。


「は、はあ!? じゃ、じゃあどうするんだよ今日の試合。お前がジャッジ出来なきゃ試合が進まねえじゃねえか!!」

「はぁ…… やはりそうなるかのぉ…… 困ったもんじゃわい」


 俺らが一番困ってるぞ。何とかしろや! 

 完全にお手上げ状態となってしまい、俺は固まったまま動くことのない監督達に目を配らせる。


 ……お前ら、なんか言ってくれ。絶句しちまう気持ちが分かるけどさあ……






「じゃあ、ピッチャー変えればいいんじゃないか?」


 数秒の沈黙を経て、最初に口を開けたのは俺ら『中町セルウッズ』の監督であった。


 この謎の提案に「えっ!?」と待ったを唱えたのは他でもない『サンダーズ』の監督である。まぁ、そりゃそうだろう。こんな展開に持ち込まれたら相手もたまんねえだろうなあ。


「ぴ、ピッチャーをですか……?」

「そうだぞ。だって『チョップマン』の球が速すぎて見えねえんだろ? それは速すぎる『チョップマン』にも問題があるんじゃねえか?」


 とてつもない暴論に流石の俺も口開けっぱだ。一体どんなものを飲み食いすればあんな無茶苦茶な発想が浮かび上がるんだ? 


「ええ!? う、ウチのピッチャーがですか!?」

「そうだろ。だってお前のチームのピッチャーの球が速すぎて見えないんだろ? それだったらもっと球速の遅いピッチャーを出すべきじゃねえのか?」


 次々と繰り出されるトンデモ理論に『サンダーズ』監督はただただ戸惑うしかなかった。


 あの監督…… 本気で言っているのか? この機に来て相手のピッチャーが悪いなんて言う展開に持ち込むなんて相当だぞ……


「そう言われると確かに…… もうちょい球を遅くしてくれればワシも落ち着いてジャッジできるわい」


 便乗するかのように審判がそんなことを言ってくる。俺はもうツッコむ気にもならねえよ、そろそろ疲れてきた。これでもまだ一回の表なんだよな……


 でも、こぉれ…… 相手チームが可哀想だぞ。こればかりは流石の俺でも同情する。事が落ち着きだしたあたりでこんなこと言われちゃやってらんねえだろうなあ……


「えええ!? そんなのありなんですか!?」

「往生際が悪いぞ『サンダーズ』監督。球が速すぎてバチが当たったんだろ。はよピッチャー交代しろよ、時間がねえぞ」


 『セルウッズ』の監督が容赦なく急かして来る。聞いたことねえよそんなバチ。


 一方紳士である『サンダーズ』監督は、数秒悩んだ後に「仕方ないですね……」と小声で呟き顔をあげた。


 いいのかよ!? お前凄えよ、こんな理不尽な展開でも音を上げずに素直に承諾するなんて。







「わ、分かりました…… ピッチャー交代です! 『チョップマン』に変わり、ピッチャー……『ギンブレル』!!」


 監督の声に呼ばれ長髭を蓄えた大型の選手が走ってマウンドまでやって来た。


 ……って



 また外国人投手かよ!!






 なお次に出てきた『ギンブレル』という投手も『チョップマン』程ではないが、157kmのファストボールと大きく曲がるカーブが武器の選手であった。

 しかしながら彼が初球で放った大外に外れたカーブがストライクに取られ『この審判じゃダメだ』と言う結論に至り試合は中止、そして延期になってしまった。







 は? もう俺試合にでねーぞ!!  


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何があった外国人投手!? ・・・と、突っ込んでしまいました(笑) この町内の草野球に、どれほどの魅力があったのか。気になって仕方がない。   突っ込みながら、相変わらず爆笑しました!
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